逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【京都・昇叙編】

092 蘇った記憶

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「……あ、私……、前日に池に落ちて……っ、マジか……」


 追懐から現在に戻った家光は、口元を覆って記憶を辿っていた。

 ――久脩ひさながしゅを施された日の記憶を家光は思い出していく。
 あの日・・・の前後三日間、一体何をし、誰と会い、何があったのか……という記憶は、久脩が云っていたように全て勾玉によって封印されていたのだった。


「……家光様?」


 久脩が家光を窺うように、少しだけ身を屈める。


「っ、……勾玉っ! あれっ! どうやって私の中に!?(確かに口の中に入ったけどもっ!)」

(飲み込んだ覚えはないんだよね……。歯が当たって、舌が触れて、気が付いたら消えてたし……)

 記憶が蘇った家光は、久脩の着物を掴んで引っ張った。


「……ふふっ、さぁ、どうやったんでしょうね?」


 愉快そうに久脩の目が細くなると、形のいい薄い唇の口角が上がる。


「……っ、食えない人ねっ」


 久脩の悪戯な笑みに、家光は口をへの字にした。


「……封印は解かれましたが、勾玉はまだ家光様の体内にあります。記憶が戻られた今、体内に残るのは危険ですので取り出さねばなりません」
「危険?」
「はい。勾玉が家光様の記憶を糧に気を鎮めておりましたので、糧がなくなった勾玉は体内ではただの異物になってしまいます故、数日中には痛みが出ます」
「どこに?」

 久脩の説明に、矢継ぎ早に家光が訊ねると、


「…………どこかに?」


 久脩はにっこりと優雅に微笑みながら首を傾げた。
 ゆったりとした動きが滑らかで、首を傾げ遅れて垂れる輝いた銀の髪が美しい。


「っ、いやいや、なんで疑問系なのよ……(いちいちこの人色っぽいな……)」

 家光の頬がぽっと火が灯ったように熱くなる。
 けれども、まだ勾玉が体内にあるからか、昔程惹かれることはなかった。


 勾玉のお陰……?
 それとも、身体が大人になったから理性で抑えられているのかな?


 なんとなく、家光はそう感じたのだった。


「……術を途中で放り出したことはありませんので……」

「……ふーん……、そんなもん……なの?」


 話を聞きながら家光は目の前の久脩をじぃっと見つめる。


(あ……なんか普通に喋れてるなぁ……。鼓動もそんなに早くならないし……)


 とくとくとく、と。
 多少鼓動が逸る気もするが、久脩と普通に話せていることに気が付いて、家光はほっとしたのだった。


「はい、そんなものですよ」
「へぇ……」

「あえて言えば、どこかに出ますね」


 久脩が悪戯っぽく微笑む。


「はは……。やっぱどこか・・・なんだね……(おいおい適当だなぁ……)」

「そうですね……、例えて言うならば、薬の副作用みたいなものですよ。きちんと用法用量を守らなければ身体を害します。それがどこに出るかは人それぞれ。術もきちんと始末を付けなければ反動が来るのです。勿論掛けっ放しのものも御座いますが……」


「薬……、ねぇ……」


 なんだかわかったような、わからないような……。

 そんな気持ちで家光は久脩が盃を手渡してくるので、首を傾げる。


「こちらの土器かわらけをどうぞ」

「かわらけ……?(この盃のことかな……?)」


 家光は素焼きの盃を受け取る。


「早速勾玉を取り除きましょう」
「どうやって、取り出すの?」
「……こちらの御神酒を飲んでいただいて……、真言を……」


 久脩は神楽鈴を再び手にする。


「うげっ! またっ!? ちょ、マジで!? さっきのアレまたやんの!?」

「はい」


 家光の心底嫌そうな顔に久脩が嬉しそうに破顔一笑した。


「いーーやーー!!」


(またフラフラすんじゃーん! てか何で嬉しそうなのよ!! ドSかあんた!)


 衣擦れと畳を摺る足袋の音、一歩後退る家光の瞳に涙が浮かぶ。


「ささ、家光様。こちらを飲み下して下さいませ。使用した土器かわらけは処分致しますので御戻し下さいね」


 家光の戦々恐々とした様子など無視して、久脩はさっさと御神酒を盃へと注いだのだった。


「っ、マジですんの……?」


 じわじわ、と。
 家光の涙が滲んで、そろそろ零れそうだ。


「……ふふっ、はい。しっかり解いておきましょうね」


 しゃんっ!

 家光に見せつけるように鈴を一振りし、久脩が満面の笑みで告げて来る。


「ひどい……」


(何でそんなに楽しそうなんですかねぇ……? 悪魔の微笑みに見える……)


 そうして、家光は久脩に促されるままに御神酒を口にし、勾玉を取り出す為にあの・・試練を受けるのだった。



『うわぁぁぁぁぁぁぁ!!』



 家光の声でそれまで静寂だった部屋は、叫喚地獄と相成りまして候……。









 家光の叫び声は本丸御殿に轟き、それは遠く離れた別室にも僅かに届く程だった。


「っ! 今の声は……っ!!(家光様っ!!)」


 使者の間で待機し、座していた正勝が立ち上がって耳を澄ませる。
 そこには春日局の他にも、同行した家光の従者達が控えていたのだった。

 秀忠が家光の弟まさを引き連れ一足先に戻って来たため、彼女の従者達は共に二の丸御殿に戻っている。
 使者の間の人数が減り、部屋は静かになったからか襖向こうで誰かが話している声が時々聞こえていた。
 そんな中、家光の絶叫が微かに届いたというわけだ。
 残った者達は黙り込み、互いに視線を交わし様子を窺っている。


「……ああ、家光様の御声だ。何かあったのか……?(後水尾天皇がここ・・で何か事を起こすようなことはないと思うが……)」


 春日局もそっと耳に手を添え、耳を澄ます。


 ……が。


 耳を澄ませても続きは聞こえないため、春日局は出されていた茶を口に含んだ。


「……続きはなさそうだ。……もうしばらく待とう」

「春日局様!? 何を仰っておられるのですか!? 家光様に何かあったのでは!?」


 春日局の落ち着いた様子に、正勝は食って掛かる。


「……問題ない。家光様には護衛を付けてある」
「……え」

「……そうだな……、念のため……、…………」


 春日局は後れ毛を耳に掛ける仕草を二度繰り返す。
 正勝が首を傾げて見ている間に、天井から“カタッ”と木が鳴り合う音が聞こえたのだった。


「っ、春日局様っ! もし家光様に何かあったら……!」
「……落ち着け正勝。今もう一人向かっている。我々は後水尾天皇の御前においそれと謁見することは出来ないのだ」
「っ、わかっておりますっ、ですがっ!」

「……ふむ、そろそろ……」

 春日局はちらりと出入り口の襖へと視線を投げる。


「え……?」


 正勝も春日局に倣って出入り口の襖に視線を移した。


『……なれど、家光様の昇叙とあらば何処にいても、何があろうと馳せ参じるのが家臣の務めではないか』


『そうだな、全く……次期将軍となる方が我々の情勢を慮るとは……』


『全く水臭いことよな……』


 襖の向こうから複数の男女の声が近付いたと思ったら、襖が開く。


「……お待ちしておりました。伊達様、佐竹様、他御一同様……」


 春日局は恭しく頭を垂れ、座礼するのだった。
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