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【京都・昇叙編】
085 呪(しゅ)とは
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「…………、さて、天子様のご機嫌も戻ったようですし……。先程の、呪とは何かという問いにお答え致します」
久脩はしばし後水尾天皇の様子を見てから家光へと向き直るとそう告げたのだった。
「あ、はい、お願いします」
家光は背筋を伸ばす。
「……家光様には昔、私が掛けた呪いが未だ掛かっております」
久脩の赤い瞳が真っ直ぐに家光を見つめる。
「呪いって……、の、ノロイ的な……?(昔……)」
「それを解けば直ぐに理解できますので、只今より解除致します。とはいえ……」
「とはいえ……?」
「……殆ど暗示のようなものなのです。時折呪が薄れることもあったことでしょう」
「暗示って……催眠術……みたいな……?」
家光は首を傾げた。
そんな家光をその場において、久脩は立ち上がって部屋中央に設置された台へと向かう。
「……久脩さん?」
「家光様、こちらへいらして下さい」
「あ、はい」
久脩に呼ばれ、家光は中央の台の側へと近付く。
「私と、向かい合わせでお立ち下さい」
台の前に立ち、久脩はそう告げながら榊を手に取り、それを家光に渡した。
「っ……? これ持ってればいいの……?」
「はい、両手で胸の前にお持ち下さい、そして終わりましたら天子様にお渡し下さい」
「あ、はぁ……」
久脩が、後水尾天皇の座る横にある三方(神事で使われる台、供物なんかをのせたりする)の方へ視線を送りながら説明すると、家光は渡された榊を両手で持ち胸の前に持ってくる。
「……家光様、目を閉じて下さい」
「はい」
家光は言われるままに目を閉じる。
家光の瞳が目蓋で閉じられると、久脩がすぅーっと息を吸い込んだ音がした。
その後で、久脩がかたっと何かを手に取った音が僅かにしたと思ったら、今度は鈴の音が響いてくる。
「っ!?(何々……? すっごい高い音っ! 耳キィンって来るんだけどっ!?)」
りんりんりん。
しゃんしゃんしゃん。
神楽鈴の高い音色が家光の耳の奥へと入って来る気がした。
強く振っているのか、その音は随分と大きく聞こえる。
「……おん、あぼきゃ――…………――」
次第に鈴の音と共に、久脩の声も重なってくる。
りんりんりん。
しゃんしゃんしゃん。
「……ぅっ!(頭の奥……痛いっ! あったま……締まっ……割れそう!!)」
家光は突如襲われた頭痛に眉を顰める。
「……おん、あぼきゃ――…………――」
久脩は何度も同じ言葉を繰り返し、神楽鈴も同時に激しく振り続ける。
りんりんりん。
しゃんしゃんしゃん。
久脩が家光に近付いた気配はない。互いの距離は保ったままのはずが、鈴の音は耳の直ぐ傍で鳴っている気がして、家光は肩を竦めた。
「ぃっ……!!」
次第に耳鳴りがしてくる。
「……おん、あぼきゃ――…………――」
りんりんりん。
しゃんしゃんしゃん。
「も…………、ゃ……」
家光の足ががたがたと震え出し、身体がゆらゆらと揺れるも、久脩はやめなかった。
「……おん、あぼきゃ――…………――」
りんりんりん。
しゃんしゃんしゃん。
「ゃめ…………っ……」
まじやめて、頭締め付けられて痛いんですけどっ!?
家光の瞳から痛みによる涙が零れ落ちる。
「……おん、あぼきゃ――…………――」
りんりんりん。
しゃんしゃんしゃん。
それでも久脩は言葉を繰り返し、鈴を鳴らすのを止めなかった。
「うぅ……(何の罰ゲームなんですか……! この……)」
ドSぅ!!
(ちょっとイケメンだからって、ふざけんなよーっ!!)
家光は久脩のしつこい口撃に「えぐえぐ」と半泣きになりながら耐えたのだった。
久脩の口撃はその後百回ほど続いた……――。
◇
暫くして久脩の口撃は終わったのだが……――。
「…………家光様、もう目を開けて宜しいですよ」
「…………ぅぅ…………」
久脩の声に家光は身体を前後にゆらゆら揺らし唸る。
「家光様……?」
「っ……くっそ……いつ終わるんだっつーの……! いつまで鳴らしてんのさ! もういい加減怒るんだからね……ッチ」
久脩の声が届かないのか、家光は悪態を吐いていた。
何度も近距離で神楽鈴を鳴らされ、耳鳴りがずっと木霊しているようだ。
「…………家光様(聞こえてないようですね……。というか、可愛い顔して舌打ちとは……益々面白い……)」
久脩の口角が自然と上がってしまう。
「……仕様が無いですね」
久脩は鈴を台に置いて、家光に近付いていく。
「ぁぁ……うるさい……うるさいんだって……りんりんりん……しゃんしゃんて……パンダかっつー…………、の……?」
家光には聞こえない衣擦れの音がして、久脩は家光の目の前まで迫る。
すると家光の顔に影が差して、“くぃっ”と久脩に手首を引かれ体勢が崩れると身体が前に倒れた。
「家光様、終わりましたよ」
「ふぁっ!? ……っ、ひ、久脩さん……っ!?」
身体が前に倒れたと思ったら、久脩に抱き留められ、家光の耳元に吐息交じりのイケボが響く。
「んっ……!」
耳に吐息が掛かっただけで、家光の身体がぶるっと震えた。
ぞくぞくぞくっ。
背中から泡立つ感覚が家光を襲う。
「……まだ、完全には解けておりません。最後は、家光様ご自身で解かれるのが宜しいでしょう……」
久脩の腕が背に回ると、彼の手が優しく“とんとん”と家光を安心させるように撫でた。
「ふぁっ!?」
ぞわぞわぞわっ。
家光の身体が震える。
「っ……久脩さんっ……耳っ、耳元でそんな囁かないで……っ! くすぐった……、ぁ。っていうか、思い出したよっ! あなた! 昔お婆様の所に来てた…………!」
家光は顔を上げて久脩を見つめる。
「…………思い出しましたか? 可愛いおちびさん。大きくなりましたね」
自然と上目遣いになってしまった体勢に久脩は破顔し、目を細めたのだった。
「っ……。お兄……、久脩さんは全然変わってないっ!」
家光の瞳がきらきらと輝く。
小さい頃、やはり家光と久脩は出会っていたのだ。
「……ふふっ、そんなことはありません。ほら、ここに皺が出来ましたよ」
久脩はほうれい線に指で触れて告げる。
そこには近くでよく見ないとわからない程度のほうれい線が薄っすらと刻まれていた。
「薄っすらじゃん! 殆どわかんないよ! ていうか、久脩さんが陰陽師だったのねっ!」
家光は楽しそうにはしゃぐ。
「ふふふっ、はい……」
「お婆様と後水尾天皇も一緒だった!」
「ええ」
久脩は首を縦に下ろす。
家光の脳裏に忘れていた記憶が蘇っていくのだった……。
久脩はしばし後水尾天皇の様子を見てから家光へと向き直るとそう告げたのだった。
「あ、はい、お願いします」
家光は背筋を伸ばす。
「……家光様には昔、私が掛けた呪いが未だ掛かっております」
久脩の赤い瞳が真っ直ぐに家光を見つめる。
「呪いって……、の、ノロイ的な……?(昔……)」
「それを解けば直ぐに理解できますので、只今より解除致します。とはいえ……」
「とはいえ……?」
「……殆ど暗示のようなものなのです。時折呪が薄れることもあったことでしょう」
「暗示って……催眠術……みたいな……?」
家光は首を傾げた。
そんな家光をその場において、久脩は立ち上がって部屋中央に設置された台へと向かう。
「……久脩さん?」
「家光様、こちらへいらして下さい」
「あ、はい」
久脩に呼ばれ、家光は中央の台の側へと近付く。
「私と、向かい合わせでお立ち下さい」
台の前に立ち、久脩はそう告げながら榊を手に取り、それを家光に渡した。
「っ……? これ持ってればいいの……?」
「はい、両手で胸の前にお持ち下さい、そして終わりましたら天子様にお渡し下さい」
「あ、はぁ……」
久脩が、後水尾天皇の座る横にある三方(神事で使われる台、供物なんかをのせたりする)の方へ視線を送りながら説明すると、家光は渡された榊を両手で持ち胸の前に持ってくる。
「……家光様、目を閉じて下さい」
「はい」
家光は言われるままに目を閉じる。
家光の瞳が目蓋で閉じられると、久脩がすぅーっと息を吸い込んだ音がした。
その後で、久脩がかたっと何かを手に取った音が僅かにしたと思ったら、今度は鈴の音が響いてくる。
「っ!?(何々……? すっごい高い音っ! 耳キィンって来るんだけどっ!?)」
りんりんりん。
しゃんしゃんしゃん。
神楽鈴の高い音色が家光の耳の奥へと入って来る気がした。
強く振っているのか、その音は随分と大きく聞こえる。
「……おん、あぼきゃ――…………――」
次第に鈴の音と共に、久脩の声も重なってくる。
りんりんりん。
しゃんしゃんしゃん。
「……ぅっ!(頭の奥……痛いっ! あったま……締まっ……割れそう!!)」
家光は突如襲われた頭痛に眉を顰める。
「……おん、あぼきゃ――…………――」
久脩は何度も同じ言葉を繰り返し、神楽鈴も同時に激しく振り続ける。
りんりんりん。
しゃんしゃんしゃん。
久脩が家光に近付いた気配はない。互いの距離は保ったままのはずが、鈴の音は耳の直ぐ傍で鳴っている気がして、家光は肩を竦めた。
「ぃっ……!!」
次第に耳鳴りがしてくる。
「……おん、あぼきゃ――…………――」
りんりんりん。
しゃんしゃんしゃん。
「も…………、ゃ……」
家光の足ががたがたと震え出し、身体がゆらゆらと揺れるも、久脩はやめなかった。
「……おん、あぼきゃ――…………――」
りんりんりん。
しゃんしゃんしゃん。
「ゃめ…………っ……」
まじやめて、頭締め付けられて痛いんですけどっ!?
家光の瞳から痛みによる涙が零れ落ちる。
「……おん、あぼきゃ――…………――」
りんりんりん。
しゃんしゃんしゃん。
それでも久脩は言葉を繰り返し、鈴を鳴らすのを止めなかった。
「うぅ……(何の罰ゲームなんですか……! この……)」
ドSぅ!!
(ちょっとイケメンだからって、ふざけんなよーっ!!)
家光は久脩のしつこい口撃に「えぐえぐ」と半泣きになりながら耐えたのだった。
久脩の口撃はその後百回ほど続いた……――。
◇
暫くして久脩の口撃は終わったのだが……――。
「…………家光様、もう目を開けて宜しいですよ」
「…………ぅぅ…………」
久脩の声に家光は身体を前後にゆらゆら揺らし唸る。
「家光様……?」
「っ……くっそ……いつ終わるんだっつーの……! いつまで鳴らしてんのさ! もういい加減怒るんだからね……ッチ」
久脩の声が届かないのか、家光は悪態を吐いていた。
何度も近距離で神楽鈴を鳴らされ、耳鳴りがずっと木霊しているようだ。
「…………家光様(聞こえてないようですね……。というか、可愛い顔して舌打ちとは……益々面白い……)」
久脩の口角が自然と上がってしまう。
「……仕様が無いですね」
久脩は鈴を台に置いて、家光に近付いていく。
「ぁぁ……うるさい……うるさいんだって……りんりんりん……しゃんしゃんて……パンダかっつー…………、の……?」
家光には聞こえない衣擦れの音がして、久脩は家光の目の前まで迫る。
すると家光の顔に影が差して、“くぃっ”と久脩に手首を引かれ体勢が崩れると身体が前に倒れた。
「家光様、終わりましたよ」
「ふぁっ!? ……っ、ひ、久脩さん……っ!?」
身体が前に倒れたと思ったら、久脩に抱き留められ、家光の耳元に吐息交じりのイケボが響く。
「んっ……!」
耳に吐息が掛かっただけで、家光の身体がぶるっと震えた。
ぞくぞくぞくっ。
背中から泡立つ感覚が家光を襲う。
「……まだ、完全には解けておりません。最後は、家光様ご自身で解かれるのが宜しいでしょう……」
久脩の腕が背に回ると、彼の手が優しく“とんとん”と家光を安心させるように撫でた。
「ふぁっ!?」
ぞわぞわぞわっ。
家光の身体が震える。
「っ……久脩さんっ……耳っ、耳元でそんな囁かないで……っ! くすぐった……、ぁ。っていうか、思い出したよっ! あなた! 昔お婆様の所に来てた…………!」
家光は顔を上げて久脩を見つめる。
「…………思い出しましたか? 可愛いおちびさん。大きくなりましたね」
自然と上目遣いになってしまった体勢に久脩は破顔し、目を細めたのだった。
「っ……。お兄……、久脩さんは全然変わってないっ!」
家光の瞳がきらきらと輝く。
小さい頃、やはり家光と久脩は出会っていたのだ。
「……ふふっ、そんなことはありません。ほら、ここに皺が出来ましたよ」
久脩はほうれい線に指で触れて告げる。
そこには近くでよく見ないとわからない程度のほうれい線が薄っすらと刻まれていた。
「薄っすらじゃん! 殆どわかんないよ! ていうか、久脩さんが陰陽師だったのねっ!」
家光は楽しそうにはしゃぐ。
「ふふふっ、はい……」
「お婆様と後水尾天皇も一緒だった!」
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