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【上洛の旅・窮地編】
060 家光との出会い
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お菊を運ぶ二人の男の目の前で、竹千代が太助に襲われ、喉元に刀が添えられていた。
「何奴!? 賊か!?」
男の一人は若かりし頃の春日局で、春日局は二メートル程しか離れていない場所で険しい顔をし、腰に差した刀の鍔に親指を添える。
「春日局様っ、ここは私めに!」
「待てっ! まだ子供だ!」
もう一人は判らないが、此度の護衛の者らしい。既に刀を抜き、構えている。
「わぁああああああっ」
駕籠持ちの二人は腰を抜かしてその場にへたりこんでしまう。
「あの子を離せっ、さもなくば、この子を殺すっ!!」
「…………」
掠れた声で必死に叫ぶ太助に、竹千代は声一つ出さず、自身を捕らえた者の様子をじっと見ていた。
「あの子? あの子とは、駕籠に乗っている子供のことか? お前の血縁者か?」
春日局は護衛を制止しながら冷静に太助に向かって話し掛ける。
「そうだっ」
「……何を勘違いしているのかは知らないが、我々は人攫いではない」
太助は興奮状態で春日局に噛み付く。
「ならどうして菊を攫う!」
「……興奮しているようだな。冷静になったらどうだ? 竹千代様の御前、無粋な真似はよしてもらいたい」
一方で春日局は努めて冷静。
こういう場合、相手が興奮すればするほど冷静になれるようである。
「竹千代様ってなんだよっ!? こいつの命が惜しいなら早く菊を……」
太助は家光の肩を片手でがっちり掴みながら、短刀を持った手を水平に何度か振って指示する。
「……ふぅ。威しをするのに自分の血縁かどうかなど話してはいけませんよ」
「え……?」
春日局はやれやれといった表情で駕籠へと戻り、ぐったりして意識のないお菊の首根っこを猫の子を掴むように持ち上げた。
「この娘が欲しければ、竹千代様を放しなさい」
「……福っ!! そういうことしないでよ!!」
春日局が冷たい視線を太助に送ると、竹千代が怒鳴る。
「なっ、なっ、なっ!!?」
太助はうろたえるが、竹千代を放すわけには行かなかった。
「……ああ、まだこの娘は息がありますよ。ただちょっと上から落ちてきたのか、怪我をしていましてね。治療が必要なので麓まで運ぼうと思っていたんですが……このまま放っておけば死んでしまいますよ?」
春日局はそう言って、お菊をぶらぶらと揺する。
うう……。
と僅かにうめき声が聞こえた。
「え……」
太助は目をぱちくりと瞬かせ、理解する。
あれ?
もしかして、この人達通りすがりにお菊を助けてくれたとか?
「…………ねぇ、君も、怪我してるよ? 痛くないの? 痛いよねぇ? 血ぃだらだらだもんねぇ」
「っ!? お前っ、勝手に動っ……!!」
太助が考えてる最中に竹千代はするりと抜け出て、自身の既にぼろぼろになった着物の袖を破いて、いつの間にか傷付き切れ、血が出ている太助の腕にそれを巻きつけたのだった。
更に、太助から簡単に短刀を奪うと、自分の喉元にそれを宛てる。
「大丈夫、ちゃんと人質するし! うん、とりま、皆治療しようぜぃ! というわけだから、福、この人も駕籠に乗せてやって」
「竹千代様、冗談が過ぎますよ」
てきぱきと、指示を出して、春日局が小さくため息を吐く。
「ってか、ほらほら、私の命が惜しいならその子大事に扱ってやってよー!! 猫じゃないんだからその持ち方はないわー。ほら、君も、乗って」
竹千代はそっと太助の手に触れて、その手を繋ぐ。
「っ……おまっ……俺が怖くないのか?」
「怖くないよ? 凶器もここだし? それに……だって、君、ずっと震えてる。……何か辛いことがあったのね?」
竹千代は朗らかに笑った後で、哀しそうな瞳で太助を見る。全身泥だらけに汚れた着物に、頬っ被りで顔を隠している。
顔は隠れてよく見えないが、奥にある瞳が怯えながらも必死に何か訴えている。
声は叫び続けた後のように潰れた声で出し辛そうに死に物狂いだ。
短刀を持って自分の喉元に添える手は小刻みに震えていた。
竹千代は、人を殺したことが無い手なのだろうと、思った。
自分を殺す気はないのだろう、ただ、怪我をした女の子を取り返したい一心なのだ。
何があったのかはわからないが怪我を負っている女の子の血縁だというのなら、誰かから逃げている途中なのかもしれない。
「え?」
「……もう、大丈夫。もう、助かったから」
竹千代は不憫に思えて、短刀を地面に落とすと、震える太助をぎゅっと強く抱きしめる。
「大丈夫だよ」
「……っ……あ、ああ……ぁぁああああ……」
竹千代の言葉と温かなぬくもりが太助の胸にすとんと落ちて、溶け込んでいく。
太助は自分を包む優しさに母や姉を思い出して抱きしめ返したのだった。
先程泣き続けて、もうあまり声も出ない掠れた泣き声が木々の隙間を抜けていった。
「……ね、福わかった?」
「……わかりましたよ、後はお任せ下さい」
竹千代は太助の頭を撫でながら春日局にそれだけ言って、太助が泣き止むまで一緒に駕籠に揺られたのだった。
◇
ふっと、そこまで思い出して意識が現在に戻って来る。
――あの後、幼い頃の家光に会うことはもう無かったが、あんたは医師を呼んでくれて、月花と、駕籠の奥に居た寛太も治療してくれた。
暫く麓の村での静養をさせてくれて、その後俺と月花を忍びの里に、まだ幼すぎた無邪気な寛太はそこそこいい武家の養子に。
今も幸せに暮らしている。
命の恩人のあんたが、辛い思いをするのは嫌だ。
もう、幼い頃のように誰も護れないのは嫌だ。
「……家光……」
切ないような、恋焦がれるような眼で眠る家光を見つめ風鳥は温かい手がどうか、このまま変わらないようにと願うのだった。
◇
――それからしばらくして。
とん、とん。
とん、とん。
遠慮がちに小さく襖が叩かれる。
「……正勝様?」
「はい、失礼します」
襖の向こうで春日局に報告を終えた正勝が静かに部屋へと入って来るのを見て、風鳥は静かに家光の手を布団の中へと戻したのだった。
「……今夜は私がずっと起きておりますから、正勝様、お休み下さい」
部屋に入ってくる正勝に、風鳥は家光から距離を取って座礼をすると、正勝が風鳥の前まで静かに歩いて来て正座をしたのだった。
「……あの、それなのですが……」
「はい」
二人して見合う形で向かい合うと、正勝は薄暗がりの中躊躇ったように口篭る。
「……ここで眠っても?」
「は?」
「あ、いえ、もし、家光様が夜中魘されでもしたらと」
暫く言葉にし辛そうにした後で音を紡ぐと、ちらりと、眠る家光の顔を窺いながら愛想笑いを浮かべた。
「……正勝様は家光様をお慕いされているのですね」
「えっ!? あっ、いやっ、そのっ!!」
「隠さなくても大丈夫ですよ、わかります。私も同じ気持ちですから」
風鳥は正勝のわかりやすい態度につい、微笑んでしまった。
歳は然程変わらないはずだが、正勝が自分とは違う世界で生きてきた者なのだなと羨ましいような、ほっとするような気持ちで見てしまう。
「んんっ!? 何ですって!?」
「正勝様っ、しーっ!」
ふいに大きな声を出した正勝の口を風鳥は片手で覆うと、空いてるもう片方の手で正勝の後頭部を押さえた。
「どういふ……!? ごにょごにょ……!!」
「家光様が寝ていますので、お静かに願います」
もごもごとする正勝に風鳥が冷静に伝えて暫くすると、正勝はこくりと頷いた。
「……やはり……」
「ああ、気付かれていましたか?」
声を潜めながら二人は会話を続けているが、正勝は少し困り顔だった。
反面、風鳥は楽しそうに済ました顔で正勝を見る。
「それはもちろん、貴方の家光様を見る目は何だか兎を狙う鷹のようで……」
「……それは心外です、正勝様、家光様は兎なんかじゃありませんよ。どちらかというと家光様が鷹では?」
「どういうことですか、それ。家光様は可憐で、美しくて儚くてそれでいて……」
正勝は宙を見つめ、何やら自分の世界に入りかけているようである。
「……うーん、正勝様それ、ちょっと違う気がします。家光様は可憐で美しいですが、儚くは断じてないかと」
そして、水を差すように、風鳥は手振りを加えて首を横に振る。
「風鳥、うるさいですよ、私の家光様像を崩そうとしないで下さい」
風鳥の態度に正勝は訝しい顔で、口を尖らせたのだった。
「そんなつもりは……、ああ、でも、今回は正勝様大手柄ですね。見事でした」
囚われのお姫様を救った剣士……いや、お世話係?
一応正勝も武家の人間なので剣士のままでもいい気もするが。
風鳥は自分の失敗はともかく、それを補ってくれた正勝に素直に感謝するのだった。
「……手柄なんてどうでもいい。家光様のお心さえお守り出来たならそれで。けれど、守れたかはわからない……」
「そうですか……」
先程まで軽く言い合っていた正勝の顔が曇る。
何とか家光の操は守られたはず。
けれど、心は?
それだけが心配だった。
そんな正勝を見て、風鳥はその場から立ち上がると、押入れを開いて、中から布団を取り出す。
「……何を?」
「お布団を敷きましょう。正勝様、家光様のお隣で寝てください」
「えっ!?」
「もちろん、距離は離しますし、私も隅に居ります」
そう告げながら困惑する正勝を横目にさっさと布団を敷いて、ぽんぽんと、正勝に褥に来るよう促すのだった。
「明日も恐らく予定通り出発します。本日のことはなかったことになると思われます。どうか、気心の知れた正勝様だけでもなるべく長くお傍に仕え、家光様に寄り添っていただけたら、と」
風鳥は褥から離れ座礼すると、部屋の隅に移動し座り直した。
「風鳥……」
「……おやすみなさいませ、正勝様」
「……ああ。わかった、おやすみ、風鳥」
風鳥の思いやりに正勝は布団を被りながら応えると、隣で眠る家光の寝顔を見つめて、
(おやすみなさいませ、家光様)
心の中で告げて目を閉じた。
……というか、眠れそうにないんですけど。
そうだ、今日の出来事を振り返ろう。
そう思いながらも濃い内容の一日を思い出そうとすると、次第に正勝の意識は薄れていったのだった。
「何奴!? 賊か!?」
男の一人は若かりし頃の春日局で、春日局は二メートル程しか離れていない場所で険しい顔をし、腰に差した刀の鍔に親指を添える。
「春日局様っ、ここは私めに!」
「待てっ! まだ子供だ!」
もう一人は判らないが、此度の護衛の者らしい。既に刀を抜き、構えている。
「わぁああああああっ」
駕籠持ちの二人は腰を抜かしてその場にへたりこんでしまう。
「あの子を離せっ、さもなくば、この子を殺すっ!!」
「…………」
掠れた声で必死に叫ぶ太助に、竹千代は声一つ出さず、自身を捕らえた者の様子をじっと見ていた。
「あの子? あの子とは、駕籠に乗っている子供のことか? お前の血縁者か?」
春日局は護衛を制止しながら冷静に太助に向かって話し掛ける。
「そうだっ」
「……何を勘違いしているのかは知らないが、我々は人攫いではない」
太助は興奮状態で春日局に噛み付く。
「ならどうして菊を攫う!」
「……興奮しているようだな。冷静になったらどうだ? 竹千代様の御前、無粋な真似はよしてもらいたい」
一方で春日局は努めて冷静。
こういう場合、相手が興奮すればするほど冷静になれるようである。
「竹千代様ってなんだよっ!? こいつの命が惜しいなら早く菊を……」
太助は家光の肩を片手でがっちり掴みながら、短刀を持った手を水平に何度か振って指示する。
「……ふぅ。威しをするのに自分の血縁かどうかなど話してはいけませんよ」
「え……?」
春日局はやれやれといった表情で駕籠へと戻り、ぐったりして意識のないお菊の首根っこを猫の子を掴むように持ち上げた。
「この娘が欲しければ、竹千代様を放しなさい」
「……福っ!! そういうことしないでよ!!」
春日局が冷たい視線を太助に送ると、竹千代が怒鳴る。
「なっ、なっ、なっ!!?」
太助はうろたえるが、竹千代を放すわけには行かなかった。
「……ああ、まだこの娘は息がありますよ。ただちょっと上から落ちてきたのか、怪我をしていましてね。治療が必要なので麓まで運ぼうと思っていたんですが……このまま放っておけば死んでしまいますよ?」
春日局はそう言って、お菊をぶらぶらと揺する。
うう……。
と僅かにうめき声が聞こえた。
「え……」
太助は目をぱちくりと瞬かせ、理解する。
あれ?
もしかして、この人達通りすがりにお菊を助けてくれたとか?
「…………ねぇ、君も、怪我してるよ? 痛くないの? 痛いよねぇ? 血ぃだらだらだもんねぇ」
「っ!? お前っ、勝手に動っ……!!」
太助が考えてる最中に竹千代はするりと抜け出て、自身の既にぼろぼろになった着物の袖を破いて、いつの間にか傷付き切れ、血が出ている太助の腕にそれを巻きつけたのだった。
更に、太助から簡単に短刀を奪うと、自分の喉元にそれを宛てる。
「大丈夫、ちゃんと人質するし! うん、とりま、皆治療しようぜぃ! というわけだから、福、この人も駕籠に乗せてやって」
「竹千代様、冗談が過ぎますよ」
てきぱきと、指示を出して、春日局が小さくため息を吐く。
「ってか、ほらほら、私の命が惜しいならその子大事に扱ってやってよー!! 猫じゃないんだからその持ち方はないわー。ほら、君も、乗って」
竹千代はそっと太助の手に触れて、その手を繋ぐ。
「っ……おまっ……俺が怖くないのか?」
「怖くないよ? 凶器もここだし? それに……だって、君、ずっと震えてる。……何か辛いことがあったのね?」
竹千代は朗らかに笑った後で、哀しそうな瞳で太助を見る。全身泥だらけに汚れた着物に、頬っ被りで顔を隠している。
顔は隠れてよく見えないが、奥にある瞳が怯えながらも必死に何か訴えている。
声は叫び続けた後のように潰れた声で出し辛そうに死に物狂いだ。
短刀を持って自分の喉元に添える手は小刻みに震えていた。
竹千代は、人を殺したことが無い手なのだろうと、思った。
自分を殺す気はないのだろう、ただ、怪我をした女の子を取り返したい一心なのだ。
何があったのかはわからないが怪我を負っている女の子の血縁だというのなら、誰かから逃げている途中なのかもしれない。
「え?」
「……もう、大丈夫。もう、助かったから」
竹千代は不憫に思えて、短刀を地面に落とすと、震える太助をぎゅっと強く抱きしめる。
「大丈夫だよ」
「……っ……あ、ああ……ぁぁああああ……」
竹千代の言葉と温かなぬくもりが太助の胸にすとんと落ちて、溶け込んでいく。
太助は自分を包む優しさに母や姉を思い出して抱きしめ返したのだった。
先程泣き続けて、もうあまり声も出ない掠れた泣き声が木々の隙間を抜けていった。
「……ね、福わかった?」
「……わかりましたよ、後はお任せ下さい」
竹千代は太助の頭を撫でながら春日局にそれだけ言って、太助が泣き止むまで一緒に駕籠に揺られたのだった。
◇
ふっと、そこまで思い出して意識が現在に戻って来る。
――あの後、幼い頃の家光に会うことはもう無かったが、あんたは医師を呼んでくれて、月花と、駕籠の奥に居た寛太も治療してくれた。
暫く麓の村での静養をさせてくれて、その後俺と月花を忍びの里に、まだ幼すぎた無邪気な寛太はそこそこいい武家の養子に。
今も幸せに暮らしている。
命の恩人のあんたが、辛い思いをするのは嫌だ。
もう、幼い頃のように誰も護れないのは嫌だ。
「……家光……」
切ないような、恋焦がれるような眼で眠る家光を見つめ風鳥は温かい手がどうか、このまま変わらないようにと願うのだった。
◇
――それからしばらくして。
とん、とん。
とん、とん。
遠慮がちに小さく襖が叩かれる。
「……正勝様?」
「はい、失礼します」
襖の向こうで春日局に報告を終えた正勝が静かに部屋へと入って来るのを見て、風鳥は静かに家光の手を布団の中へと戻したのだった。
「……今夜は私がずっと起きておりますから、正勝様、お休み下さい」
部屋に入ってくる正勝に、風鳥は家光から距離を取って座礼をすると、正勝が風鳥の前まで静かに歩いて来て正座をしたのだった。
「……あの、それなのですが……」
「はい」
二人して見合う形で向かい合うと、正勝は薄暗がりの中躊躇ったように口篭る。
「……ここで眠っても?」
「は?」
「あ、いえ、もし、家光様が夜中魘されでもしたらと」
暫く言葉にし辛そうにした後で音を紡ぐと、ちらりと、眠る家光の顔を窺いながら愛想笑いを浮かべた。
「……正勝様は家光様をお慕いされているのですね」
「えっ!? あっ、いやっ、そのっ!!」
「隠さなくても大丈夫ですよ、わかります。私も同じ気持ちですから」
風鳥は正勝のわかりやすい態度につい、微笑んでしまった。
歳は然程変わらないはずだが、正勝が自分とは違う世界で生きてきた者なのだなと羨ましいような、ほっとするような気持ちで見てしまう。
「んんっ!? 何ですって!?」
「正勝様っ、しーっ!」
ふいに大きな声を出した正勝の口を風鳥は片手で覆うと、空いてるもう片方の手で正勝の後頭部を押さえた。
「どういふ……!? ごにょごにょ……!!」
「家光様が寝ていますので、お静かに願います」
もごもごとする正勝に風鳥が冷静に伝えて暫くすると、正勝はこくりと頷いた。
「……やはり……」
「ああ、気付かれていましたか?」
声を潜めながら二人は会話を続けているが、正勝は少し困り顔だった。
反面、風鳥は楽しそうに済ました顔で正勝を見る。
「それはもちろん、貴方の家光様を見る目は何だか兎を狙う鷹のようで……」
「……それは心外です、正勝様、家光様は兎なんかじゃありませんよ。どちらかというと家光様が鷹では?」
「どういうことですか、それ。家光様は可憐で、美しくて儚くてそれでいて……」
正勝は宙を見つめ、何やら自分の世界に入りかけているようである。
「……うーん、正勝様それ、ちょっと違う気がします。家光様は可憐で美しいですが、儚くは断じてないかと」
そして、水を差すように、風鳥は手振りを加えて首を横に振る。
「風鳥、うるさいですよ、私の家光様像を崩そうとしないで下さい」
風鳥の態度に正勝は訝しい顔で、口を尖らせたのだった。
「そんなつもりは……、ああ、でも、今回は正勝様大手柄ですね。見事でした」
囚われのお姫様を救った剣士……いや、お世話係?
一応正勝も武家の人間なので剣士のままでもいい気もするが。
風鳥は自分の失敗はともかく、それを補ってくれた正勝に素直に感謝するのだった。
「……手柄なんてどうでもいい。家光様のお心さえお守り出来たならそれで。けれど、守れたかはわからない……」
「そうですか……」
先程まで軽く言い合っていた正勝の顔が曇る。
何とか家光の操は守られたはず。
けれど、心は?
それだけが心配だった。
そんな正勝を見て、風鳥はその場から立ち上がると、押入れを開いて、中から布団を取り出す。
「……何を?」
「お布団を敷きましょう。正勝様、家光様のお隣で寝てください」
「えっ!?」
「もちろん、距離は離しますし、私も隅に居ります」
そう告げながら困惑する正勝を横目にさっさと布団を敷いて、ぽんぽんと、正勝に褥に来るよう促すのだった。
「明日も恐らく予定通り出発します。本日のことはなかったことになると思われます。どうか、気心の知れた正勝様だけでもなるべく長くお傍に仕え、家光様に寄り添っていただけたら、と」
風鳥は褥から離れ座礼すると、部屋の隅に移動し座り直した。
「風鳥……」
「……おやすみなさいませ、正勝様」
「……ああ。わかった、おやすみ、風鳥」
風鳥の思いやりに正勝は布団を被りながら応えると、隣で眠る家光の寝顔を見つめて、
(おやすみなさいませ、家光様)
心の中で告げて目を閉じた。
……というか、眠れそうにないんですけど。
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