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9章:それぞれの思惑・影の陰謀

凜と前へ

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 王都通信社が出した記事の内容に、リベルタ王都中の人々は衝撃を受け、朝刊は飛ぶように売れた。
 
 情報と噂が街中にまたたく間に広がってゆく。

 限界まで膨らんだ市民の恐怖と鬱憤は一気に爆発し、憎悪の矛先は全て一人の女性――ソフィア・クレーベルへと向けられた。

 朝にもかかわらず、迎賓館前には怒れる市民が次々と集まり、関係各所にも続々と抗議の声や意見書が寄せられている。
 
 聞くところによると、ソフィアが住んでいる寮の場所はすぐさま特定され、追い出しデモが行われているようだ。

――家には帰れない……。王都の市民に見つかったら、どうなるか……。とにかく、ここを出たら、人目に付かないように行動しなきゃ。

 ソフィアは今後について考えると、同僚とアーサー様に謝罪と挨拶をした後、裏口から迎賓館を出ようと心に決めた。

 廊下を歩いていると、外から人の叫び声や怒声が聞こえてきた。
 
 ぎょっとして窓から外の様子を伺うと、建物の入り口には沢山の市民が集まってきている。

 人波を迎賓館警備騎士がなだめ、押しとどめているようだ。

 市民が口々に叫ぶのは、セヴィル人であるソフィアへの恐怖と怒り、憎しみの感情がこもった言葉だった。

『帝国のスパイ、ソフィア・クレーベルを連れてこい!』

『悪女!犯罪の黒幕ソフィア・クレーベルを ここに出せ!』

『迎賓館は、なぜ大罪人を匿っているんだ!?』

『俺達市民には知る権利がある!クレーベル本人に説明責任を果たさせろ!』
 
 聞くに堪えない、ありとあらゆる言葉が耳に届くたび、心臓をえぐられるような痛みが胸に広がる。
 
 ソフィアは恐ろしさと悲しさをこらえると、所属する部署に向かって歩みを早めた。

 扉を開けて中に入ると、室内にいた同僚たちが一斉にこちらに注目する。

 沢山の視線にさらされ、ソフィアは居たたまれない気持ちになってその頭を下げようとした――が、同僚たちがこちらに駆け寄って来た。

 『何を言われるだろう』と、とっさに身構えるが驚くべきことに、同僚たちの中に自分への疑いの目を向ける者や、敵意を向ける者は居なかった。

「ソフィア、大丈夫?大丈夫な訳ないわよね……。ほんと酷い人間がいるわね。絶対に許せない!」

「そうだそうだ!いったい、どこのどいつが、あんなデタラメ記事を書かせたんだ」

「私達はみんな、あなたの味方よ!」同僚達の温かい言葉に救われる。

「みなさん、ありがとうございます。今館長とお話ししてきたのですが、私、この件がきちんと解決されるまで、お休みを頂くことになりました」

「うん、それが良いわ。ソフィア、仕事は私達がやっておくから安心して。全部落ち着いたら、また一緒に仕事しましょう」

 自分を励ます同僚の温かな言葉に、ソフィアはこみ上げてくる感情を何とか押さえ、震える声で「ありがとうございます」と感謝の言葉を紡いだ。

「お礼なんて水くさい。私たち仲間でしょ!出身地なんて関係ないわ。迎賓館の人間は、みんなソフィアこと応援しているから!」

「こっちは任せて。また元気に、ここで会いましょう」

「皆さん……」周囲の面々を見渡し、ソフィアはもう一度深々と頭を下げた。

 今度は謝罪ではなく、溢れる感謝の気持ちを伝えるため。 

 さっきまで……、悲しくて、辛くて、恐ろしかった。
 
 朝起きたときは、昨日までの普段と変わらない日常だったのに、一瞬にして何もかもが変わってしまった。

 事実とは全く違う情報が出回り、顔も名前も知らない人々からわれのない誹謗中傷や罵詈雑言をぶつけられ、感情のはけ口にされている。

 どうして自分が酷いことを言われなければいけないのか?
 
 何も悪いことをしていないのに、なぜ傷つけられなければならないのか?

 悔しくて、悲しくて、でも自分では、どうしようもない……。

 当たり前の平穏な日々が崩れ、足下から奈落の底に真っ逆さまに落ちていくような不安と恐怖が、胸の中に渦巻く。

 輝いていた日常が、一気に真っ暗闇に閉ざされ、誰も彼もが自分を陥れる敵の様に見えてしまい、人間不信になりかけていた。

――でも、全員が敵じゃない。同じ人種でも良い人と悪い人がいるように……。

 私に悪意を向ける人が居れば、こうして、私の頑張りを認めて信じてくれる、応援してくれる人達がいる。

――だから私は、悪意になんか負けない。人を信じる気持ちを、失わない。

 ソフィアは顔を上げると、しっかり胸を張り、ハキハキとした声で言った。

「不在の間、皆様にご負担をおかけ致しますが、戻ってきたらまた頑張りますので、なにとぞ、よろしくお願い致します!」
 
 一緒に働く仲間達は、口々に「おう!任せておけ」「ええ、心配しないで」「また元気に会おうね!」と言って頷く。

 そして彼らは笑って『またね!』と笑顔で背中を押して送り出してくれた。

 さようならじゃなく、また会おう。それは、今のソフィアにとって何より勇気の出る魔法の言葉だった。

 またいつか共に笑い合い、働ける日が来る。
 
 一夜にして変わってしまった真っ暗な日々も、前へ諦めず進めばいつか、光溢れる未来に続くと信じて――。

 ソフィアは背筋を伸ばし、凜と前を向いて。
 
 晴れやかな表情で同僚に一時の別れを告げ、しっかりとした足取りで部屋の外に出た。

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