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8章:沈黙のらせんと黄昏の帝国男児

黄昏の帝国男児【side:テオ】

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 母と引き離され、罪人よろしく黒塗りの馬車に押し込められ連れてこられたのは、ブラスト家の敷地内から街道に出て少し進んだ先。

 帝都郊外の森の奥底にぽつんと建つ侯爵家所有の別邸だった。

 
 建物全体にツタがからみ、ところどころ塗装が剥がれおちてび、外壁が灰や茶に変色している。
 
 うち捨てられ誰にも見向きもされなくなった様は、貴族の住居というよりは廃墟同然。

 異端の罪人にふさわしい、人生の幕引きの場所ということか。


 両腕を黒服の男達に掴まれたまま、朽ちかけの邸内を無言で歩いていると、一番日当たりが良い部屋に連れて行かれた。

 室内の真ん中には、茶色の執務机と赤いクッションが置かれた木造の椅子。

 バルコニーに続く大きな窓から夕焼け空が広がり、空間の全てを橙色に染めていた。


 見張りの二人の男が、部屋の外に立ちはだかっている。

 がらんどうな部屋にいるのは、テオと、一人の男――ブラスト侯爵に忠誠を誓う第一秘書だけ。

 テオが無言で木造の簡素な椅子に腰掛けると、木の継ぎ目がぎぃっと不気味にきしんだ。
 

 机の上に置かれているのは、陽光に照らされ鈍く光る鉄の塊。

 無慈悲に無機質に、容赦なく人の命を奪う――拳銃だ。


 テオは何も言わず拳銃のグリップを握り、持ち上げた。ずっしりと重たい。
  
 貴族として銃の訓練をした経験は何度もあったが、こんなに……腕が痺れる程の重たさがあっただろうか。

 冷たく固い鉄の感触に鳥肌が立つ。

 体温が根こそぎ奪われ頭からさぁっと血が引いて、トリガーを引く前に死人になってしまったかのように体が冷たくなった。
 

 テオは目をつぶり深く息を吸って吐く。

 そして、ゆっくりまぶたを持ち上げると……眼前にはカーテンが開け放たれた大きな窓ごしに、壮大な景色が広がっていた。

 葉も花もない寒々しい雪景色に、鮮やかな夕焼けが見える。
 
 命を燃やし尽くすかのように輝きを放つ黄金の太陽が、西の地平線にゆっくりと体を沈めていた。

 もうすぐ、日が落ちる。

 夜が来る。

 一日の終わりが訪れる。
 
 今日に別れを告げ、明日に想いをはせる時を迎える。


 テオは今までの無表情を崩して、目元を緩めると、しんと静かな空間で楽しそうに微笑んだ。

 
 思い出すのはハンナの店から帰る時に、三人で肩を並べて歩いた帰り道に見た、幸せな光景。


【あぁ、綺麗だな……。見事な夕焼け空だ。なぁ、お前達もそう思うだろ?】

 
 笑みにも、言葉にも、返事をしてくれる大切な人たちはいない。
 
 だが、今は会えなくても遠く離れていても、一度繋いだ手は、絆は、絶対に切れないと信じているから。

 いつか、未来のどこかで再び会える日を夢見て――。



【さようなら、だ。ソフィア、アーサー】
 


 
 銃声が、鳴り響いた――。
 
 森の木々に止まっていた鳥たちが驚いて、一斉に空へ羽ばたいた。

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