73 / 109
8章:沈黙のらせんと黄昏の帝国男児
黄昏の帝国男児【side:テオ】
しおりを挟む
母と引き離され、罪人よろしく黒塗りの馬車に押し込められ連れてこられたのは、ブラスト家の敷地内から街道に出て少し進んだ先。
帝都郊外の森の奥底にぽつんと建つ侯爵家所有の別邸だった。
建物全体にツタがからみ、ところどころ塗装が剥がれおちて錆び、外壁が灰や茶に変色している。
うち捨てられ誰にも見向きもされなくなった様は、貴族の住居というよりは廃墟同然。
異端の罪人にふさわしい、人生の幕引きの場所ということか。
両腕を黒服の男達に掴まれたまま、朽ちかけの邸内を無言で歩いていると、一番日当たりが良い部屋に連れて行かれた。
室内の真ん中には、茶色の執務机と赤いクッションが置かれた木造の椅子。
バルコニーに続く大きな窓から夕焼け空が広がり、空間の全てを橙色に染めていた。
見張りの二人の男が、部屋の外に立ちはだかっている。
がらんどうな部屋にいるのは、テオと、一人の男――ブラスト侯爵に忠誠を誓う第一秘書だけ。
テオが無言で木造の簡素な椅子に腰掛けると、木の継ぎ目がぎぃっと不気味にきしんだ。
机の上に置かれているのは、陽光に照らされ鈍く光る鉄の塊。
無慈悲に無機質に、容赦なく人の命を奪う――拳銃だ。
テオは何も言わず拳銃のグリップを握り、持ち上げた。ずっしりと重たい。
貴族として銃の訓練をした経験は何度もあったが、こんなに……腕が痺れる程の重たさがあっただろうか。
冷たく固い鉄の感触に鳥肌が立つ。
体温が根こそぎ奪われ頭からさぁっと血が引いて、トリガーを引く前に死人になってしまったかのように体が冷たくなった。
テオは目をつぶり深く息を吸って吐く。
そして、ゆっくりまぶたを持ち上げると……眼前にはカーテンが開け放たれた大きな窓ごしに、壮大な景色が広がっていた。
葉も花もない寒々しい雪景色に、鮮やかな夕焼けが見える。
命を燃やし尽くすかのように輝きを放つ黄金の太陽が、西の地平線にゆっくりと体を沈めていた。
もうすぐ、日が落ちる。
夜が来る。
一日の終わりが訪れる。
今日に別れを告げ、明日に想いをはせる時を迎える。
テオは今までの無表情を崩して、目元を緩めると、しんと静かな空間で楽しそうに微笑んだ。
思い出すのはハンナの店から帰る時に、三人で肩を並べて歩いた帰り道に見た、幸せな光景。
【あぁ、綺麗だな……。見事な夕焼け空だ。なぁ、お前達もそう思うだろ?】
笑みにも、言葉にも、返事をしてくれる大切な人たちはいない。
だが、今は会えなくても遠く離れていても、一度繋いだ手は、絆は、絶対に切れないと信じているから。
いつか、未来のどこかで再び会える日を夢見て――。
【さようなら、だ。ソフィア、アーサー】
銃声が、鳴り響いた――。
森の木々に止まっていた鳥たちが驚いて、一斉に空へ羽ばたいた。
帝都郊外の森の奥底にぽつんと建つ侯爵家所有の別邸だった。
建物全体にツタがからみ、ところどころ塗装が剥がれおちて錆び、外壁が灰や茶に変色している。
うち捨てられ誰にも見向きもされなくなった様は、貴族の住居というよりは廃墟同然。
異端の罪人にふさわしい、人生の幕引きの場所ということか。
両腕を黒服の男達に掴まれたまま、朽ちかけの邸内を無言で歩いていると、一番日当たりが良い部屋に連れて行かれた。
室内の真ん中には、茶色の執務机と赤いクッションが置かれた木造の椅子。
バルコニーに続く大きな窓から夕焼け空が広がり、空間の全てを橙色に染めていた。
見張りの二人の男が、部屋の外に立ちはだかっている。
がらんどうな部屋にいるのは、テオと、一人の男――ブラスト侯爵に忠誠を誓う第一秘書だけ。
テオが無言で木造の簡素な椅子に腰掛けると、木の継ぎ目がぎぃっと不気味にきしんだ。
机の上に置かれているのは、陽光に照らされ鈍く光る鉄の塊。
無慈悲に無機質に、容赦なく人の命を奪う――拳銃だ。
テオは何も言わず拳銃のグリップを握り、持ち上げた。ずっしりと重たい。
貴族として銃の訓練をした経験は何度もあったが、こんなに……腕が痺れる程の重たさがあっただろうか。
冷たく固い鉄の感触に鳥肌が立つ。
体温が根こそぎ奪われ頭からさぁっと血が引いて、トリガーを引く前に死人になってしまったかのように体が冷たくなった。
テオは目をつぶり深く息を吸って吐く。
そして、ゆっくりまぶたを持ち上げると……眼前にはカーテンが開け放たれた大きな窓ごしに、壮大な景色が広がっていた。
葉も花もない寒々しい雪景色に、鮮やかな夕焼けが見える。
命を燃やし尽くすかのように輝きを放つ黄金の太陽が、西の地平線にゆっくりと体を沈めていた。
もうすぐ、日が落ちる。
夜が来る。
一日の終わりが訪れる。
今日に別れを告げ、明日に想いをはせる時を迎える。
テオは今までの無表情を崩して、目元を緩めると、しんと静かな空間で楽しそうに微笑んだ。
思い出すのはハンナの店から帰る時に、三人で肩を並べて歩いた帰り道に見た、幸せな光景。
【あぁ、綺麗だな……。見事な夕焼け空だ。なぁ、お前達もそう思うだろ?】
笑みにも、言葉にも、返事をしてくれる大切な人たちはいない。
だが、今は会えなくても遠く離れていても、一度繋いだ手は、絆は、絶対に切れないと信じているから。
いつか、未来のどこかで再び会える日を夢見て――。
【さようなら、だ。ソフィア、アーサー】
銃声が、鳴り響いた――。
森の木々に止まっていた鳥たちが驚いて、一斉に空へ羽ばたいた。
10
お気に入りに追加
919
あなたにおすすめの小説
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました
まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました
第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます!
結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。
もう彼女でいいじゃないですか
キムラましゅろう
恋愛
ある日わたしは婚約者に婚約解消を申し出た。
常にわたし以外の女を腕に絡ませている事に耐えられなくなったからだ。
幼い頃からわたしを溺愛する婚約者は婚約解消を絶対に認めないが、わたしの心は限界だった。
だからわたしは行動する。
わたしから婚約者を自由にするために。
わたしが自由を手にするために。
残酷な表現はありませんが、
性的なワードが幾つが出てきます。
苦手な方は回れ右をお願いします。
小説家になろうさんの方では
ifストーリーを投稿しております。
【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました
八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます
修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。
その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。
彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。
ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。
一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。
必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。
なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ──
そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。
これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。
※小説家になろうが先行公開です
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
旦那様、愛人を作ってもいいですか?
ひろか
恋愛
私には前世の記憶があります。ニホンでの四六年という。
「君の役目は魔力を多く持つ子供を産むこと。その後で君も自由にすればいい」
これ、旦那様から、初夜での言葉です。
んん?美筋肉イケオジな愛人を持っても良いと?
’18/10/21…おまけ小話追加
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる