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8章:沈黙のらせんと黄昏の帝国男児

託した意志【side:テオ】

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 翌朝、和平合意に反対する貴族たちを無視し、テオは帰国する決定を下した。

 凍て晴れの某日早朝――。
 
 帝国使節団の面々は、迎賓館前に止まった馬車に続々と乗り込んでいた。

 テオは自分のために用意された馬車には乗らず、別の馬車に強引に乗り込んで座席に腰かけた。


 馬車の主――子犬のような童顔の貴族、フランツ伯爵は驚いた様子でこちらを見つめている。

【失礼するぞ】

【ブラスト様……】

【少し話がしたくてな。同乗させてもらうぞ。御者、出して良いぞ!】

 驚いて言葉を失うフランツに構わず、テオは御者に命じてさっさと出発させてしまう。


 ガタゴトと音を鳴らしながら、帝国へ向けて馬車が駆け出す。


 テオは狭く窮屈な車内で長い足を組み替え、【フランツ伯爵、貴殿に頼みがあるのだ】と話を切り出した。

【頼みとは、一体何でしょうか】

【帰国後、俺は早々に異端者の末路を辿るだろう。そのことに恐怖を覚え、人々が再び沈黙してしまえば、今回俺が命をかけた意味がない】

 顔面蒼白な彼に、テオは言葉を続けた。

【フランツ伯爵。貴殿は敵だらけの中、堂々と自分の意見を言える勇気と真の強さを持った男だ。どうかこれからも、臆することなく自分の姿勢を貫き通してくれ。そして、同じ志を抱く者達を救って欲しいのだ】

【ブラスト様……。はい、貴方のご意思は必ず。無駄には致しません】

 彼は膝に置いた両手を握りしめると、迷いのない様子で力強く頷いた。

【頼んだぞ。強硬派閥を抜けるのなら、中立派の中核であるクレーベル伯爵家を頼れ。あそこは中立的な姿勢を保ったまま帝国内で上手く地位を確立してきた家だ。きっと知恵と力を貸してくれる】

【クレーベル家ですか……?私は面識がなく……】

【案ずるな。クレーベル家の令嬢から、本家へ話を通してもらう手はずを整えている。安心して頼るがいい】

【貴方様は、いつの間に……】

【もう一つ、リベルタ王国への賠償金の件についてだが、恐らく資金が足りないだろう。不足分は、技術で支払え】

 フランツは【技術、ですか?】と首を傾げた。

【そうだ。リベルタ王国の蒸気機関車開発が遅れているのは知っているな?】

【はい。何でも、不具合が多発して予定より大幅に開発が遅れているとか】

【その通りだ。我が帝国は、昔から武器や兵器開発をしてきたノウハウと鉄鋼の加工技術がある。きっと、リベルタ側の蒸気機関車開発に役立つ技術を保有しているだろう。資金の代わりに、その一部を提供しろ】

 テオは懐からメモを取り出すと、フランツに手渡した。

【リベルタ側と秘密裏に今後について交渉する場合は、このアーサー・オルランドという人物を頼れ。あいつは信頼出来る男だ。これが、オルランドの利用している、帝国内外を行き来している貿易商のリストだ】


 貿易商リストを受け取ったフランツは、テオの用意周到さに驚きながら、【既にそのような準備までなさっているとは……貴方は本当に、偉大なお方だ】と呟き、言葉を続けた。
 
【貴方は、自ら死ぬと分かっていながら、その先を託された者の事も考え行動している……。普通ならみっともなく怯えて、逃げ出してしまう局面で、どうしてそんなにも迷いなく居られるのですか? 死が……恐ろしくはないのですか】
 
【恐ろしいに決まっているだろう。だが、自分が死ぬより、俺の大切な人たちが傷つく事の方が遥かに恐ろしい】

 テオは、静かな言葉の奥底に確かな決意を宿して、大胆不敵に笑って告げた。
 
【後は任せたぞ、フランツ伯爵。帝国男児たるもの、常に強く。そして優しくあれ】

 

 馬車は迷いなく走り続ける。

 目的地は、もはや慣れ親しんだ祖国と我が家ではない。

 恐らくこの旅の終わりが、自分の人生の終着点だ。


 フランツ伯爵は涙をこらえるように眉根を寄せると、はっきりとした口調で言った。


【テオ・ブラスト様。私は、あなたの雄志を、生き様を。生涯忘れません】



 
 帝国使者を乗せた馬車は、南から北へ。

 時の流れと同じように無慈悲に進む。
 
 途中休憩を何度か挟み、両国を隔てる要塞関所を通過して、数日ののち帝国首都に到着した。

 

 
 テオは日の出とともに馬車で帝都入りした後、一人、皇帝陛下に謁見し、会談と和平合意の内容を報告した。

 さらに、賠償金の支払いについて、不足する資金部分を技術提供で補うという案も提示したが、皇帝は興味のなさそうな様子で聞いていた。

 しかし、国が転覆する局面にあることを告げるとさすがに危機感を抱いたのか、【分かった。お前に任せる】とテオに一任して奥離宮へさっさと引き上げてしまった。


 案の定、政治に興味のない陛下は、自分が君臨している間だけでも国が存続し、自らの生活が豊かで平穏で幸せであれば、それで良いのだ。


 たとえ帝国が黄昏時を迎えていようとも、多くの民が苦しんでいたとしても憂うことはない。
 

――人として、自らの幸せを優先する気持ちは分かるが……為政者としては失格だな。

 


 皇帝陛下に謁見後、テオはすぐさま帝国議会に出席した。

 会議では、強硬派貴族からの罵詈雑言と非難の嵐にさらされながら思案する。


――フランツ伯爵を始めとした一部の帝国貴族だけで国を変えるには限界がある。上からの改革だけじゃ駄目なら、下から……国民の側からの働きかけも必要だな。もし、俺がもう少し生きられたら……民を鼓舞して国を変える動きが出来たのかもしれないが……。

 
 やりたい事を見つけた途端、先がなくなるとはな。人生とは皮肉なものだ。



 テオが全ての役割を終えた頃には、太陽は頭上をすっかり通り越していた。
 
 議会庁舎から乗り込んだ馬車は、住み慣れた我が家――ブラスト侯爵邸へ向かって蹄の音を響かせて進んでいた。
 

 父は今日の帝国議会には、出席していなかった。

 恐らく屋敷で息子の処遇を考え、諸々の手配を済ませているのだろう。

 窓枠に肘を突いて窓の外を眺めると、見慣れた屋敷の大門が見えてきた。

 棺桶に思える鉄の箱馬車は、無情にも鈍色の門をくぐり――。

 
 父の待つ、屋敷の前に到着した。

 

 See you tomorrow……

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