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第26話 『すみません』の真意
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「毒虫事件の黒幕は、以前セレーナと共に神殿の下働きをしていた侍女だった。どうやら投身自殺を図ったようで、騎士が見つけた時には既に事切れていた」
自殺現場に残された遺書には『幸せそうなセレーナが羨ましく憎らしくて、縁談をぶち壊してやりたい衝動に駆られました』などと、これまでの犯行を全面的に認める内容が記されていたらしい。
さらに『これ以上は逃げられない、許されない。だから自ら命を絶ちます』とも書かれていたそうだ。
鏡の向こうで話を聞いていたセレーナが、めそめそと涙をこぼす。
「あぁ……なんてことでしょう。正直に話してくれれば、わたしは彼女を許したのに……死ぬなんて……」
犯人の自死というなんともスッキリしない終わり方に全員が黙り込む。
その沈黙を打ち破ったのは、控えめなポールの発言だった。
「あの……犯人が捕まったということは、セレーナ様の身の危険はなくなった、ということですよね? では、身代わり作戦は終了ですか……?」
ポールの問いに、泣き崩れていたセレーナがハンカチで目元を拭いながら「そうですね」とうなずく。
「フェルナン殿下、そしてベアトリス。今まで、迷惑をかけてしまって、すみませんでした……わたし、すぐに王宮へ戻りま──」
「いや、身代わりは続行する」
「…………え?」「え? なんで?」
セレーナとベアトリスは驚き、ほぼ同時にフェルナンを見た。
「殿下……? どうして、ですか……?」
「それは、遺体で見つかった侍女が本物の犯人だという確信が無いからだ。例えば、身の危険を感じた真犯人が、侍女にすべての罪をなすりつけ殺害した線も否めない。少なくとも、来月の国内視察が終わるまでは、ベアトリスに身代わりを続けてもらう」
「そんな…………」
(まだ続けなきゃいけないの!? ああ、最悪だわ~)
てっきり、これで任務終了だと思っていたベアトリスは、ひどく打ちひしがれた。
落胆しているのはセレーナも同じようで、先ほどから必死に「おそばに置いてください」とフェルナンに懇願している。
「わたしはもう大丈夫ですから、どうか……」
「いいや、まだ駄目だ。完全に身の危険が排除できるまでは、もうしばらく隠れていてくれ」
「…………そう、殿下がおっしゃるのなら……」
「セレーナ、分かってくれてありがとう。というわけだ、ベアトリス。あともう少し影武者を頼んだぞ!」
ここで『えー、嫌です、もう解放してください』と申し出ても、どうせフェルナンは聞き入れてはくれないだろう。
仕方ない、乗りかかった船。最後まで仕事を完遂して、後腐れ無く成功報酬をいただこう。
「殿下。本当に、あと少しですよね? 無事に視察を終えたら、今度こそ私はお役御免。すみやかに契約を履行してくださいますか?」
「ああ、約束する」
「それでは、ここまで頑張ったのですから一旦、ご褒美をください」
「はあ? 褒美? 全く抜け目がないというか、えらく欲深い奴だな。……一応聞いてやる、なにが欲しいんだ?」
「お父様に会わせてください。聞いたところによると、父は今、来月視察に行くヘインズ公爵領の監獄にいるのでしょう? 数分で良いので、面会時間をください」
フェルナンは眉間にしわを寄せ、腕組みをして考え込んだ。
「…………分かった。検討する」
(了承ではなく、検討? どうしてここまで渋るのかしら?)
ベアトリスは僅かなひっかかりを覚えたが、文句を言ってフェルナンの機嫌を損ねたらまずいと思い、ひとまず口を挟まないことにした。
「ありがとうございます、殿下! ご褒美、楽しみにしてますわね!」
満面の愛想笑いで礼を言うと、フェルナンは複雑そうな表情でうなずいた。
✻ ✻ ✻
にこやかに笑うベアトリスと、それを見つめるフェルナン。
ふたりの様子を眺めていたセレーナは通信をぷつりと遮断した。
先ほどまでベアトリスの姿が映し出されていた鏡の中には、今はセレーナだけが映っている。
ほの暗い目で一点を見つめる、死人のように青白く覇気のない自分の顔が……。
「うそつき」
自分のものじゃないような、ぞっとするほど低い声だった。
「フェルナン殿下のうそつき!」
ひとこと発したら、恨み言が次から次へと口からこぼれる。
「このまま、わたしを遠ざけるつもり? まさか、今さらベアトリスの方が良いとか思っているんじゃないわよね。冗談じゃないわ! ここまでわたしがどれほど苦労したと思っているのよ」
あぁ、だめよ。聖女は清らかで、慈悲深い心を持っていなくちゃ。心が汚れたら、聖なる力が失われてしまう。
セレーナは心を落ち着かせると、両手を胸の前で組み、神に祈った。
「あぁ、神様……」
──フェルナン殿下の愛を疑ってしまい。
「すみません……」
──わたしのことを嫌う王妃様を煩わしく思って。
「すみません……」
──目障りなベアトリスを、殺したいほど憎んで……。
「すみません」
──心から謝罪しますから、どうかわたしの心が。
「綺麗なままでありますように」
自殺現場に残された遺書には『幸せそうなセレーナが羨ましく憎らしくて、縁談をぶち壊してやりたい衝動に駆られました』などと、これまでの犯行を全面的に認める内容が記されていたらしい。
さらに『これ以上は逃げられない、許されない。だから自ら命を絶ちます』とも書かれていたそうだ。
鏡の向こうで話を聞いていたセレーナが、めそめそと涙をこぼす。
「あぁ……なんてことでしょう。正直に話してくれれば、わたしは彼女を許したのに……死ぬなんて……」
犯人の自死というなんともスッキリしない終わり方に全員が黙り込む。
その沈黙を打ち破ったのは、控えめなポールの発言だった。
「あの……犯人が捕まったということは、セレーナ様の身の危険はなくなった、ということですよね? では、身代わり作戦は終了ですか……?」
ポールの問いに、泣き崩れていたセレーナがハンカチで目元を拭いながら「そうですね」とうなずく。
「フェルナン殿下、そしてベアトリス。今まで、迷惑をかけてしまって、すみませんでした……わたし、すぐに王宮へ戻りま──」
「いや、身代わりは続行する」
「…………え?」「え? なんで?」
セレーナとベアトリスは驚き、ほぼ同時にフェルナンを見た。
「殿下……? どうして、ですか……?」
「それは、遺体で見つかった侍女が本物の犯人だという確信が無いからだ。例えば、身の危険を感じた真犯人が、侍女にすべての罪をなすりつけ殺害した線も否めない。少なくとも、来月の国内視察が終わるまでは、ベアトリスに身代わりを続けてもらう」
「そんな…………」
(まだ続けなきゃいけないの!? ああ、最悪だわ~)
てっきり、これで任務終了だと思っていたベアトリスは、ひどく打ちひしがれた。
落胆しているのはセレーナも同じようで、先ほどから必死に「おそばに置いてください」とフェルナンに懇願している。
「わたしはもう大丈夫ですから、どうか……」
「いいや、まだ駄目だ。完全に身の危険が排除できるまでは、もうしばらく隠れていてくれ」
「…………そう、殿下がおっしゃるのなら……」
「セレーナ、分かってくれてありがとう。というわけだ、ベアトリス。あともう少し影武者を頼んだぞ!」
ここで『えー、嫌です、もう解放してください』と申し出ても、どうせフェルナンは聞き入れてはくれないだろう。
仕方ない、乗りかかった船。最後まで仕事を完遂して、後腐れ無く成功報酬をいただこう。
「殿下。本当に、あと少しですよね? 無事に視察を終えたら、今度こそ私はお役御免。すみやかに契約を履行してくださいますか?」
「ああ、約束する」
「それでは、ここまで頑張ったのですから一旦、ご褒美をください」
「はあ? 褒美? 全く抜け目がないというか、えらく欲深い奴だな。……一応聞いてやる、なにが欲しいんだ?」
「お父様に会わせてください。聞いたところによると、父は今、来月視察に行くヘインズ公爵領の監獄にいるのでしょう? 数分で良いので、面会時間をください」
フェルナンは眉間にしわを寄せ、腕組みをして考え込んだ。
「…………分かった。検討する」
(了承ではなく、検討? どうしてここまで渋るのかしら?)
ベアトリスは僅かなひっかかりを覚えたが、文句を言ってフェルナンの機嫌を損ねたらまずいと思い、ひとまず口を挟まないことにした。
「ありがとうございます、殿下! ご褒美、楽しみにしてますわね!」
満面の愛想笑いで礼を言うと、フェルナンは複雑そうな表情でうなずいた。
✻ ✻ ✻
にこやかに笑うベアトリスと、それを見つめるフェルナン。
ふたりの様子を眺めていたセレーナは通信をぷつりと遮断した。
先ほどまでベアトリスの姿が映し出されていた鏡の中には、今はセレーナだけが映っている。
ほの暗い目で一点を見つめる、死人のように青白く覇気のない自分の顔が……。
「うそつき」
自分のものじゃないような、ぞっとするほど低い声だった。
「フェルナン殿下のうそつき!」
ひとこと発したら、恨み言が次から次へと口からこぼれる。
「このまま、わたしを遠ざけるつもり? まさか、今さらベアトリスの方が良いとか思っているんじゃないわよね。冗談じゃないわ! ここまでわたしがどれほど苦労したと思っているのよ」
あぁ、だめよ。聖女は清らかで、慈悲深い心を持っていなくちゃ。心が汚れたら、聖なる力が失われてしまう。
セレーナは心を落ち着かせると、両手を胸の前で組み、神に祈った。
「あぁ、神様……」
──フェルナン殿下の愛を疑ってしまい。
「すみません……」
──わたしのことを嫌う王妃様を煩わしく思って。
「すみません……」
──目障りなベアトリスを、殺したいほど憎んで……。
「すみません」
──心から謝罪しますから、どうかわたしの心が。
「綺麗なままでありますように」
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