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いつか手放す愛

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「それ、は。俺、ずっと後ろめたくて……好きだから、罪悪感があるっていうか……」

「うしろめたい?」

 首を傾げた彼の言葉に、頷く。

「俺が恋人になりたいなんて言わなきゃ、お前は誰かと結婚して、普通の貴族として生きられたのに。俺が、お前を、不幸にしてるんじゃないかって」

 言いたいことが頭の中で絡まって、上手く言葉にならない。
 こんな風に、心の中をさらすことは怖い。

 けれど、少しずつ、吐き出すように感情を形にして伝えていく。
 思っているだけじゃ伝わらない。ずっと胸に隠し持っていた言葉たちを一つずつ、紡ぐ。

「2年前のあの日、俺は、優しいお前が俺の頼みを断れないと知ってて、告白した。むりやり、お前を恋人として縛り付けてたんじゃないかって。ずっと、罪悪感があったんだ。だから、俺から、離れなきゃって。幸せな道に、お前を戻してやらなきゃいけない――」

 ユーリに勢いよく抱きしめられて、不自然に言葉が途切れた。
 自分より背の高い彼の腕の中に捕らえられ、もう離さないとばかりに、きつく抱きしめられる。

 俺の右肩に顔を埋めたユーリが、絞り出すような掠れた声音で呟いた。

「ごめん」

 声が少し震えていた。
 「なんでお前が謝るんだよ」と言うと、彼は額を俺の肩に押し付けて言った。

「ずっと不安にさせてごめん。そんなこと考えてたなんて……リオンが何か思いつめてたのは知ってたのに」

「謝るなよ。嘘ついたのは、俺なんだから」

 ユーリは体を離すと、俺の両肩を掴んで、視線を合わせた。

「僕は、出会ってから今日まで、幸せじゃない瞬間なんてなかったよ。実はあの日、君が告白してくれた日ね。僕も同じことを君に伝えようとしていたんだ」

「え……」

 驚いて声を上げると、ユーリは慈しむように目を細めて微笑んだ。

「君が告白しなくても、僕が君に想いを伝えていた。君が僕を縛り付けているんじゃない。僕は自分の意思で、君を愛している。ずっと一緒にいたいと思っているよ。だから、僕のことを想ってくれるなら、離れないで。そばにいて」

 頬を両手で包まれ、ユーリの顔が近付いてきて、こつりと額が触れる。

 まつげが当たりそうなくらい近く。唇が触れそうで触れない、ギリギリの場所で、ユーリが囁く。

「リオンは一つ、勘違いしてるよ」

「勘違い?」

 あまりの近距離に恥ずかしくなって体を離そうとした俺の腰に、ユーリが手を回してぐいっと引き寄せた。
 
 とっさに彼の胸に手をついて顔をそらすと、頬に柔らかくキスを落とされる。そのまま、頬や首筋に、何度も口づけされ、柔らかく食まれ、吸われる。

 さすがに照れくさくて、俺は「なぁ、その勘違いってなんだよ」と問いかけた。

 ユーリは、さっきまでの穏やかな湖面のようだった瞳から一転。目の奥に仄暗く、あやしい光を宿して、ゆったりと笑う。

「リオンは、自分の方が僕のことを好きだと思ってるでしょ。でも、きっと違うよ。僕の方が、ずっとずっと愛が重い。今まで必死に隠してたけど、もう色々我慢するのやめるね」

 ユーリは少し身をかがめると、さらされた俺の首筋に顔をうずめた。

 少し癖のある髪が肌にあたってくすぐったい。
 身をよじる俺の体を封じるように、力強い腕に抱かれる。
 
 首筋に、ちくりとした、でも痛みとも言えない何ともむず痒い感覚が一瞬した。
 
 跡をつけられた――と気づいて、俺は頬が一気に熱くなるのを自覚した。

 ユーリは今まで、こんな、独占欲をさらすような行為はしてこなかったのに。

 いつも余裕で、飄々として穏やか。
 でも、いま目の前にいる男に、穏やかさなんて微塵も感じない。
 むしろ、どこか荒々しく、熱っぽく、激しい感情が、触れる体と瞳から伝わってくる。

「僕から離れるなんて許さないよ。今までは君を怖がらせないように、余裕ぶっていたんだ。でも、それが君を不安にさせちゃったのかな」

 ゆったりと、上品かつ柔らかくユーリが話す。
 ふんわり笑った表情は優しいはずなのに、俺の頭の中では警鐘が鳴り響いていた。

「だから、リオンが二度と不安にならないくらい、教えてあげるね。どれだけ、僕が君に執着してるか。愛してるか」

 本能が、まずい逃げろと訴えかけてくる。
 
「ここなら、どれだけ声を出してもいいから。我慢しないでね」

 俺は彼の意図したことを察して、ひくりと口の端を引きつらせた。

「お前の気持ちはよーく分かった。もう逃げない。不安になって勝手に突っ走ったりしないから、な、一旦落ち着いて」

「落ち着く?はは、僕は落ち着いてるよ。ただ、君は言葉で何を言っても不安になっちゃう子だからね。体に教えてあげないと。そうしたら、また不安になって離れようとした時、今日のことを思い出して思いとどまれるでしょ?名案だ」

「名案じゃねぇよ!」

 笑顔でぐいぐい体を近づけてくるユーリの胸を押し返しながら、俺は半泣きになった。
  
 俺は知っている。普段大人しくて優しい奴に限って、振り切れた時、何をしでかすか分からない。
 ユリウスという男は、その典型的なパターンだ。

「目が怖いんだよ!ちょ、近付いてくんな!はな、はなせ馬鹿力!もう嘘ついて離れたりしないから!なぁ、ゆるし」

 噛みつくように唇を掬い取られ、叫びをあげた声ごと封じられる。
  
 触れ合った温もりが離れる頃には、俺は足に力が入らず、自力で立てないくらい溶かされていた。

 縋りついて彼の顔を見上げ……清々しいほどの暗黒微笑を浮かべる恋人を目の当たりにして、さすがに観念する。

「もう二度と、忘れたなんて言わせない。記憶にも、体にも、しっかり刻み込んであげる。覚悟してね、リオン」

 深い愛情と独占欲、そして激情を纏わせた恋人に逆らうことなく、俺は柔らかな芝生の上に押し倒された。
  
「大好きだよ、リオン。離れないで」

 俺の両手を握り、指を絡めてきた彼にこたえながら「もう離れないよ」と呟いて目を閉じた。
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