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22話 声援
しおりを挟む馬車はほどなくして停まり、私たちは王城へと帰り着いた。犯人の馬車も王城へと着いたならその車を引いていた馬の精霊も王城の敷地内にいるはずだ。
その精霊に人間の見分けがつくかどうかは分からないが、王の子供を攫ったのならさすがに何か知っているだろう。まずは犯人の乗った馬車の精霊探しである。
馬の精霊は車を引く時以外は広い牧草地を自由に動き回っている。馬舎のような建物はなく、見渡す限りの原っぱに思い思いの姿でくつろいでいる姿が見えた。
車を引かせる場合は車体を出してほら貝を吹く。それは精霊に聞こえる音らしく、呼ばれた精霊は車体を見て自分のものだと判断したら近づいてきてくれる、というのが手順なのだが、今回は馬車に乗りたいのではなく、犯人が使っていた馬車や王の子の行方を捜したいのでその方法は使わない。一体一体に話を聞いて回ることにした。
『森の王のところにいったやつ? あー俺じゃないけど……えーと、あいつは最近行ったはずだ。そういや帰ってきてからだんまりして元気ないなぁ』
一体ずつ聞いて回るなら時間がかかりそうだと思ったけれど、馬の精同士は結構コミュニケーションをとるようで、誰が何処に行った、何を貰った、というような話をしているらしい。
教えてくれた精霊に礼を言い、彼の情報から元気がないという馬の精に話しかけに行った。全身真っ白の、美しい毛並みの精霊である。
『すまない、少しいいか』
『……声の君? おぬしの車を引くのは儂ではないぞ』
「ウルベルト様の車を引くのは自分じゃない、と言っています」
『車を引いてほしいんじゃない。話が聞きたいんだ。……お前は森の王の元へ人間を運んだんだろう? その時の様子や……できればどの馬車だったかも教えてほしいんだが』
『…………そうか、隣にいるのは耳か……おぬしになら話せるな。よし、ついてくるがいい』
のそりと立ち上がった白馬はゆったりと歩き出し、馬車の車体が納められている車庫へと向かっていく。彼について行きながら、ぼそりぼそりと語られる話に耳を傾けた。
『運んでいる最中は気付かなんだ。あの子を長いこと見てきたが、こんなことをしでかすような子ではなかった。いつからおかしくなってしまったのか……』
「……犯人のことをよく知っているような口ぶりです」
『良く知る者なのか?』
『ああ、儂はあの子が子供の頃からどこへでも連れて行ったからな。海にも、大きな街にも、どんな場所へも……』
白馬はどんな場所へ行ったか、思い出を語っている。やがて私たちは車庫へと辿りつき、白馬は一つの馬車の前で歩みを止めた。
貴族の使う馬車には紋章が刻まれている。それを見れば、どの家に属する者が乗っているのか分かるように。たとえばウルベルトの場合は王家の紋章入りの馬車と、ノクシオン家の紋章入りの馬車のどちらも使える。彼の許可があれば私も乗せてもらえるが、私が一人で使うならディオット家の紋章の馬車になる。だから使われた馬車が分かれば、犯人をかなり絞り込めると思ったのだが――。
「この、馬車は……」
『……犯人はこれを使っていたのか……?』
『そうだ。これを引いて森へと行った。まさか……まさか、森の王の子を攫ってくるとは思わなんだ……ここに帰ってきてから気づいたのだ……』
馬車に刻まれていた紋章は、ウルベルトもよく使っているものと同じ。……つまり、王家の紋章の入った馬車だった。
犯人は王族の内の誰か、ということになる。衝撃の事実にめまいがしそうだった。まさか王の血族が、国を害するようなことをするとは思わないではないか。
王家の馬車を使える王族はそれなりにいる。だが複数ある王族の馬車のうち、この精霊が引いている車を使う者となればかなり絞り込めるはずだ。ウルベルトは思い当たる人物がいるのか、かなり難しい顔をしている。
「ウルベルト様。……もしや、心当たりがおありですか」
『ああ……何となくな。だが断定はできない。犯人が誰か訊きたいところだが……精霊は人間の名前など把握できないからな……』
「ええ、彼らには人間の会話が聞こえませんからね。……ウルベルト様、王の子がどうなったか知らないか尋ねてください。せめて子供の行方を……何か手掛かりがほしいです」
『王の子がどうなったか知らないか? ここに連れて来られたのだろう?』
その質問に白馬は困ったようにゆるりと首を振った。……どうやら子供の行方は知らないようだ。
『知らないか……』
「犯人の手がかりがあるだけでも助かりました。白馬にお礼を伝えていただけますか?」
『そうだな……情報、感謝する。これから王の子を探してみよう』
『うむ。……儂もな、王の子だと気づいた時、送り返さねばと思ったのだ。しかしなぁ……攫われてしまってな……』
白馬が奇妙なことを言い出した。誘拐された王の子が、さらに誘拐されたというような口ぶりだ。私が困惑しているとウルベルトがその様子に気づき『どうした?』と尋ねてくる。
「白馬は……王の子が攫われたと言っているんです」
『ん……?』
「ここに連れて来られた王の子が、再び連れ去られたというようなことを言っています」
『……なんだと?』
ここに来て別の犯人が出てくるとは思わなかった。王族が誘拐犯というだけでも頭が痛いのに、さらに頭が痛くなりそうだ。
森の王の子となれば利用価値は大きい。誰がどんな目的で攫ってもおかしくはない。どうしたものかと焦っていたその時、突然どこからかけたたましい笑い声が響いてきた。
『カカカ! 大事なモンを探してるだろ?』
「っ……笑い声の精がきました。ええと、どこに……」
きょろきょろと辺りを見回してしまったが、この精霊には体がない。声だけの存在の彼を目で探しても見つかるはずがないので、当然どこにいるかは分からない。
『あの精霊がいるのか。……どこだ?』
『ここだ、ここ。お前らが大事なモンを探してると思ってきてやったぜぇ』
「……またウルベルト様の肩の上ですね。私たちが大事な物を探しているからきた、と言っています」
意外な理由だ。正直、体のない精霊の手ですら借りたいところなので、森の王の子を探すのを手伝ってくれるというならとてもありがたい。そう思って手伝いにきてくれたのかとウルベルトに尋ねてもらうと、再び大きな笑い声が響いた。
『カカッ! カカカ! 違ぇよ、そんなんじゃねぇなァ』
それなら何故来たのだろうか。この精霊には表情がないため、いまいち判断が難しい。声色はとても楽しそうに興奮しているが、何を考えているか本当に分からない。
『俺はよ、お前たちとの約束をきちんと守ってんだぜ。お前たちは城の中で危ない目に遭ってるやつがいたら隠せって言っただろ?』
「…………まさか……」
『だから俺はよ、隠してやったんだ。お前たちの探してる、大事な大事なモンをなァ……!』
この声が聞こえているのは私と白馬だけだ。白馬の方は『おぬしであったか』とあきれたように呟いているが、私としては彼の姿が見えていれば抱きしめていたくらいに感謝したくなった。
「笑い声の精霊さん……っ! だいすき!」
『なっ……おい、何があった。どういうことだ?』
『カカカ、いいなァ、その顔だけで喜んでるのが分かるぜ。おい、声の君からお前の感謝の気持ちを伝えさせろ。そうしたら返してやるよ』
「貴方は本当に素敵! 心底感謝しています! 貴方に体があったら精いっぱい抱きしめていたところです! と伝えてくださいウルベルト様!」
両手を組み合わせながらウルベルトを見上げて頼むと、彼はぐっとこらえたような顔をして声の精霊がいるであろう肩を睨んだ。
とてつもない棒読みで私の言葉を繰り返した後、彼は苦々しく呟いた。
『言っておくが、彼女は私のものだからな』
『カカカ! 余程喜ばれたらしいなァ、人間に嫉妬されるなんて面白ェ。……よぉし、じゃあ返してやるぜ! カカ!』
瞬きの間に、私とウルベルトの横に先ほどまでなかった存在が現れた。……それは私と目線が変わらないほど大きな、しかしとても愛らしい黒鹿だった。
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