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27.5話 街人と白いやつ
しおりを挟む氷雪竜の出現と、その討伐を果たした五人組が帰還した姿を見たボンノは、その日は年甲斐もなくはしゃいでしまい大工仕事も手につかないため、昼で作業を切り上げた。
自分は西の果てのギルドがあるこのガルブの街に生まれて育ったのだから、やはりここは大事な故郷。付近に恐ろしい魔物が住み着いたからといって出ていく気にはなれなかったし、日に日に下がっていく気温や天候の異常、いつ氷雪竜が街を襲ってくるか知れぬ恐怖、竜の出現で乱れた生態系の影響などに耐えるしかなかったそんな日々が終わったのである。
(さすが伝説の冒険者リュカと、有名なA級カルロパーティーだな)
その日ばかりは昼間から、外に席を構える風通しのいい酒場で酒を飲んだ。ちょうど、氷雪竜を討伐したパーティーが解散する姿を目にすることができたのだが、リュカのパーティーに小さな少女が居ることに気づく。
最近噂になっている、リュカの仲間。小さな体に見合わぬ実力で、めきめきと頭角を現しているという。実際に目にしてもか弱そうにしか見えない少女だったので信じられないのだが、氷雪竜の討伐にもついていって無事で帰ってきているのだから、それなりに実力はあるのだろう。
(ああ、今日は気持ちよく眠れそうだ……)
自分の建てた家に戻り、酔いと眠気に身を任せてベッドへと沈む。いい夢を見ていたはずのボンノは、轟音によって叩き起こされた。
何事かと飛び起きたのは明け方。がたがたと揺れる窓から外を見ると、すぐそこに竜巻が迫っており、慌てて窓から離れる。
派手な音を立てて割れたガラスは強い風に飛ばされてボンノを襲った。慌てて顔を庇った腕や、がら空きの腹などにガラス片が突き刺さる。
「いっぅ……!」
何が起きた。何があった。訳も分からないまま、体のあちこちに感じるじぐじくとした痛みと滴り落ちる血の熱さに混乱しながら、奥の部屋へと逃げる。外の轟音は数分でやんだ。誰かに助けを求めようと外に出て、そして、目に入る光景に唖然とした。
「おれの、まちが……」
自分の家は無事だ。自分が丹精を込めて頑丈に作った家だから。けれど周囲にあった木造の家は倒れていたり、屋根が吹き飛んでいたりと酷い有様で、向かいに住んでいる酒飲み友達が壊れた家の柱の下敷きになって足を潰され、呻いているのが見えた。
「お、おい……! おい、しっかりしろよ……!」
「ぅ……」
向かいの友人は返事をすることもできないようだ。わずかに意識はあるが、足からの出血がひどいようで血だまりができている。先ほどの豪雨でできた泥と混じっても分かるくらいに赤い水溜まり。きっと助からないだろう。瓦礫をどかそうにも、ボンノの腕とてズタボロで上手く力が入らない。何もできない自分が無力で情けなかった。
(なんでこんなことに……何があったんだよ……)
ふと、視界の端に白く光るものが見えてそちらに目を向けた。日の出かと思ったが、違う。太陽は確かに顔をのぞかせ始めたのだろう。その朝日を反射して輝く、白い巨体。街からは少し距離があるというのにそれでも目にすることができるほど大きな存在。
「竜だ……! 竜がいるぞ……!!」
白い竜。光の属性竜。数年前にジルジファールに退けられたという、邪竜である。ボンノはそれを指して周囲に危険を知らせた。知ったところで逃げられる人間など居るか分からないが。
白く輝く竜は、ゆったりと首を持ち上げる動作を見せる。大きく息を吸うような動き。竜の息吹が来る、と覚悟した瞬間、放たれた光に街ごとボンノの視界も飲み込まれた。
(ああ、死ぬんだな……俺……)
人が逆らうことなどできない大天災。その一端である下位竜を討伐して浮かれた罰なのか。矮小な人間が驕った結果なのか。……そんなことを考える余裕があることに疑問を持つ。
(あれ……? 痛くないな。……っていうか、痛みがなくなって……? いやこれが死なのか……?)
ぽちゃぽちゃと地面の方で水音がする。まだ辺りは真っ白で、何がなんだか分からない。死とはもっと苦しいものだと思っていたのに、今はむしろ気持ちがいい。いつまでもこの光の中に居たいと思い始めた時、ゆっくりと光が消えていった。
気が付くとすでにあの白い竜は消えている。慌てて周囲を確認すると、呆けている人間が多い。家の下敷きになっていた友人も、痛みすら忘れた顔できょとんとしていた。
「なんだったんだ、いまの……」
「お、おい。それより大丈夫なのかよ、足が……」
「んん……? 痛くねぇな……っていうか、なんか体が軽いような……」
「いや、上にそんな物乗ってて軽い訳が……っていうか俺も痛くない。怪我が治ってるな……?」
足を潰された友人の血でできていた水たまりは消えていて、相変わらず下半身は崩れた建物の下敷きの割にケロリとしている。ボンノの足元には、自分の体に刺さっていたはずのガラス片が水溜まりに沈んでおり、服は破けたままだが傷は血の汚れごと綺麗に消えていた。
「今ならそれどかせるかもしれないから、ちょっと待ってろ」
「おい、無理するな。お前も潰されるぞ」
「大丈夫だ、俺は大工として鍛えてる」
友人の上に乗っている大きな柱を掴んで、力を入れた。すると予想よりはるかに軽く持ち上がってしまい、二人してきょとんとしたまま数秒固まる。
「……いや、なんだこれ」
「お前そんなに怪力だったっけ」
「ちげーよ。……なんか、やたらと力が強いっていうか……もしかしてさっきの竜の……仕業か?」
白い竜は光属性を司るもの。光に包まれてから傷がすべて治ったことを考えれば、あの竜は治癒魔法の息吹をこの街に吹きかけたはずである。もしかするとそこに、身体強化系の魔法も加わっていたのではないか。
(竜が人間に手を貸した? ……そんなことありえるか?)
しかしボンノは確かに白い竜と、それが息吹を使う瞬間を見た。今の不思議な状況は、あの竜が引き起こしているとしか思えない。
「竜?」
「いや、まあとにかく。ちょっと自分で動いてみろ」
「動けるわけねーだろこんな……いや動けたわ。なんだこれ」
文句を言いつつも一応力を入れてみたらしい彼は、積み重なった材木の下から這い出てきた。潰されていたはずの足はしっかり健在であり、本人も訳が分からないと言った様子である。
「……治癒魔法と身体能力強化系の魔法がかかってると思う」
「……なんだそりゃ。そんなこと、誰にできるんだよ」
「竜だ。……白い竜がやった」
「はあ? お前、頭ぶつけておかしくなったのか?」
「いや、俺は確かに見たんだよ。……他に見たやつもいると思うが、それを探す前に他の奴助けに行くぞ」
「……それはそうだな」
街は酷い有様だ。建物が崩れて助けを呼んでいる声が響く。しかし誰も怪我をしていない。そのおかしな状況のせいか、悲壮な顔をしている者はいなかった。
(奇跡だ。……そういや、神の奇跡って都市伝説もあるよな。上空から白い光が降ってきて、病気や怪我を治してしまうっていう………………いや、まさかな。同じものな訳ないか)
誰もが奇跡を経験して、どこか夢見心地なのだろう。普通なら運べるはずのない瓦礫をどかしたり、素人が動かしたことで瓦礫の山が崩れても下敷きになった人間が平気そうだったり、ありえない光景が広がっている。
「あ、悪い! 崩れた!」
「げほっ! もっと慎重にしてくれや!」
「すぐ出してやるから怒るなよー!」
泥まみれの人々が、せっせと動いて他の人を助けようとしている。ボンノも協力して活動しているが、その中で一番目立っていたのがリュカと共に活動している少女だった。
木材ならともかく石材やレンガ造りの壁、巨大な鐘などは数人で持ちあげて運ぶ重さである。それを軽々と両手にそれぞれ持って運んでいる姿を見かけて驚いた。
(強化かかってるって言ったって限度があるだろ……ってことは、あのナリで普段から俺より力が強いんだな……)
街にいたすべての人間の身体能力が向上していたおかげで住民全員の救助が終わり、全員の無事が確認できた。壊れた建物は多いが人命に被害がなかったことを考えれば奇跡だ。
白い竜についての噂も人々の間で広まっている。ボンノも目撃者の一人として、この奇跡は竜が起こしたのだと証言した。信じない奴も多いが、誰もがその身に奇跡を体験している。「神の奇跡派」と「竜の奇跡派」に別れた論争が巻き起こっていた。実際に見た人間は大抵が後者である。
そんな奇跡は一日で終わってしまったが、それでも充分だ。何せ誰も死なずに済んだのだから。街の復興には時間が掛るかもしれないが、そこは大工の腕の見せどころである。
そして壊れた街の復興に着手し始めたボンノの前に、あの白い少女が現れた。
「建物の再建のお手伝いをさせてくださいませんか」
「おう、もちろん頼むぜ。お前さんは力が強いみたいだからな」
「はい!」
可憐で華奢で愛らしい姿のその少女はスイラと名乗った。見た目にそぐわない膂力があるはずなので力仕事を任せようと思っていたのだが、彼女はひび割れた建物を見つけて駆け出していく。形は残っていても崩れる可能性があるのだ。強化が消えている今、下手に近づいてはいけない。
「おい、あぶねぇぞ!」
彼女はボンノの制止を聞かず建物に触れ、何か呪文のようなものを唱えた。するとどうだろう、崩れかけの建物がみるみるうちに修復され、昨日の嵐で受けたダメージなどなかったように元通りになっていく。
「この程度ならこのように直すことができます」
振り返ってにこりと可憐に笑う少女の姿に、ボンノは訳も分からず「へ、へぇ……」と気の抜けた返事をしながら笑うしかできなかった。
白い竜にも驚いたが、こっちの白い少女にも驚くしかない。とんでもない高水準の魔法を平然と使って見せた訳だが、一体何者なのか。白は吉兆の色だっただろうか。
(実は大賢者ジルジファールの弟子です、とか言われても信じるぞ俺は)
復興は、スイラという小さいがとんでもない冒険者の存在で、思った以上に早く進みそうだった。
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