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25話 A級昇格

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「いやぁなんていうかスイラちゃん……いやスイラさん……すごいっすわ」


 両手にそれぞれ竜の頭と胴体を乗せて歩く私に、苦笑い気味のカルロがそんな声を漏らした。なんだか口調まで微妙に変わっていて少し丁寧になっている上、私の名前も丁寧な敬称付けになっている。


「カルロさん、急にどうしました?」

「いや、なんか……舐めた口きいてすいませんでした……」

「そうでしたっけ……?」


 やはりジン族は変人が多いのかもしれない。カルロの様子が変わってやたらと近寄ってくることがなくなったのはむしろいいことなので、放っておくことにした。


「ねぇそれ軽々運んでるけど、重さは変わらないって言ってなかった? ほんとに重さ変わってないの?」

「はい。……持ってみたいですか?」

「重さ変わらないなら持てる訳ないでしょ。モルトンならともかく」

「……俺でも頭を持つのが限界だろう。しかし重くないのか? 頭だけでも良ければ持つぞ」

「大丈夫ですよ、私にとってはそう大変な重さでもないので」


 逆にちょっと距離が近くなったのがシャロンとモルトンだ。気軽に触れるような距離ではないにしろ、あの寡黙なモルトンですら話しかけてくる。
 氷雪竜のような大きな魔物がいる付近だと他の魔物が寄ってこなくなり、討伐後もしばらくは安全ということで皆少し気が緩んでいるようだ。……まあその安全なはずの区域で氷狼に襲われてしまった前例があるので、完全に油断することはできないのだが。あれは恐らく私が原因なので特殊な例か。


「それだけ力が強かったら普段気を遣うでしょ?」

「はい。壊さないか、傷つけないかって不安になりますね」

「……大変ね」

「そうですね。……でも、ヒトの中で暮らしたいので頑張ります」


 私は竜である。本来ヒトとは生きていけるはずのない生き物が、無理やりヒトの形をしてヒトの中に紛れ込んでいる。それが苦労することであるのは理解していて、それでも竜ではなくヒトと暮らしたいからこうしてここにいるのだ。


「うう……でもやっぱりかわいい……」

「あんたいい加減にしなさいよ」

「だってやっぱり健気でかわいいんだよ。強い冒険者にはそりゃ男として憧れるし尊敬するさ。最初舐めてて馴れ馴れしくしちまったの恥ずかしいくらい。でもやっぱり可愛いものを可愛いって思っちゃうのは仕方なくないか? 守るどころかむしろ守られる立場で守りたくなっちまうのどうしたらいい?」


 カルロが少し離れた位置から熱弁している。私の評価はそのような状態らしい。両手が竜の死骸で塞がっていなかったら、落ち着かずに指でも組んでいたかもしれない。


「気持ち悪いわね」

「シャロンに同意だな」

「ひでぇ……」


 この三人のパーティーも長く組んでいるのだろう、ずけずけと物が言えるのは仲のいい証拠だ。私とリュカはまだそこまでの仲ではないかもしれない。……いや、お互いに不満がないだけかな。

(あれ、そういえばリュカが全然喋らないな)

 帰路についてからリュカは一言も発していない気がする。振り返って最後尾にいるはずの彼を見たが、何かを考え込んでいるようで視線が下向きであり、私が見ていることには気づかなかったようだ。

(そういえば何か話があるって言ってたよね。…………私も、話さなきゃ)

 竜はヒトから恐れられ、嫌われる存在。下位竜がヒトの生息圏に近づけばこのように退治されるし、それを悲しむものだっていない。分かっている。……でも、リュカなら「私」を知っているから、竜でも受け入れてくれるかもしれない。私の中身を好きだと、そう言ってくれているのだから。

(私がどれだけ強い力を見せてもリュカは変わらないで受け入れてくれてるし…きっと、大丈夫)

 私たちのパーティーは明るい雰囲気のままギルドまで帰還した。帰り道は安全なもので、野営も行きよりはどこか気楽であり、リュカと二人になることもなかった。……逆にテントで2人きりになりやすいシャロンとは少し仲良くなれた気がする。


「討伐証明に竜の死骸を持ち帰った? ……それが、その死骸、ですか。随分小さいですけど」


 このギルドでは私の縮小&解除の魔法を披露したことがなかったし、他のギルドからの話も回ってきていないのか受付嬢に怪訝な顔をされた。
 竜の頭はともかく体の方はギルド内で復元するわけにもいかないので、とりあえず頭だけを魔物引き取りカウンターへと持っていく。ここが一番広いからだ。
 こちらの受付の男性も、台の上に乗せられた小さな竜の頭に首を傾げている。
 

『これに掛かってる魔法を解いてもらえますか?』

『いいよー』


 途端に巨大化する氷雪竜の頭。突如現れた人よりも大きな竜の首に、悲鳴のような驚きの声が上がった。何故か自慢げであるカルロの背中をシャロンが叩いている姿が横目で見える。


「体の方もあるのですけど、この建物の中に入りきらないと思うので……どこに出せばいいでしょうか?」

「ごっ……え、いや……まッ……か、解体場にお願い、します」

「解体場はどこですか?」

「ぎっギル……ギルドの、うらに……」


 驚きすぎたのかしゃっくりを繰り返す受付の男性の案内で、ギルドの裏にある広い解体場へと案内された。解体係のガタイのいい男性は運ばれてきた竜の頭に感心した様子だったのに、竜の体を復元した時は真顔になっていた。……そこは喜ぶところじゃないのか、と不思議だ。

 氷雪竜の素材の査定にはかなりの時間を要して、待ち時間の間にギルド内の冒険者がカルロたちの三人に群がって話を聞いていた。
 私とリュカには近寄りがたいのか寄ってこなかったので、久々に二人取り残されて少し不思議な感じだった。


「この依頼ももうすぐ終わりだね」


 最初はどうなることかと思っていたけれど、カルロ達との関係は悪くないと思う。また会えたらいいねと笑顔で別れられるくらいの雰囲気にはなった。


「……ああ。スイラ、このあと……カルロ達と別れたら、街を離れたいんだがいいか?」

「うん。分かった」


 この後、氷雪竜の討伐報酬として二百万ゴールドに加え、氷雪竜の素材が一千万で売れた。これを五人で割って、一人あたり二百四十万ゴールドである。
 このギルドにそれだけの膨大なゴールドの現物がなかったため、それぞれギルド預かりの貯金に追加されることになった。


「あんた、ほんとにいいの?」

「はい。だって今回は、五人パーティーでしたからね」

「…………リュカがあんたを仲間にした理由が分かった気がするわ」


 報酬を分け合った後、大喜びするカルロから離れて近づいてきたシャロンがそんなことを言っていたが、その言葉の意味はあまり分からなかった。パーティーは皆で協力するものだから活躍の貢献度が違っても等分する、というのはリュカから教えてもらったことだし、普通のことのはずである。……臨時パーティーだと違うのだろうか。


「スイラさん、ギルドカードをお預かりさせてください」

「あ、はい」


 素材売却の後、すっかり礼儀正しくなった受付嬢からギルドカードの提出を求められたので提出した。しばらくすると金色のギルドカードを差し出されて首を傾げる。私のカードは銀色だったはずだが。


「こちらが新しいギルドカードになります。本日より、スイラさんはA級の冒険者です」


 カードに刻印されている文字がBからAへと変わっている。……私の予定ではもっと時間をかけてから階級を上げる予定だったのだが、氷雪竜を丸ごと持って帰ってきたのが大きかったようだ。


「てかスイラさんがB級だったことに驚いてるんだが」

「むしろS級まで上げなくてよかったの? って感じよ」

「……すぐ上がるんじゃないか?」


 近くで私の階級が上がるのを見ていたカルロ達のパーティーがそんなことを言う。さすがにS級にあがるのは百年くらいはかけたいので、今後はあまり難しくない依頼をこなしていこうと決めた。


「スイラ、おめでとう」

「ありがとう、リュカ」


 こうして氷雪竜の依頼も完了し、臨時のパーティーも解散した。私とリュカは二人に戻って、街を出る。……大事な話をするために。

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