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24話 氷雪竜討伐
しおりを挟む視界が白い。というか、猛烈な吹雪のせいで雪以外何も見えない。氷雪竜が近い証拠なのだが、これではまともに戦闘ができそうにない。
氷雪竜のいる場所にはその竜が発する魔力で分厚い雲ができあがり、気温が下がるので雪が降るという。風に関してはこの場所が本来「風吹き荒ぶ平原」と呼ばれて強い風がおこりやすい地域なので、その二つが合わさってこの状況だ。
まあしかし、風はともかく雪に関しては雲を飛ばせばいいのでどうにかできそうである。
『この辺り一帯、地面に氷が張っている地域の上空の水分を含んだ雲を、日が沈むまでの間晴らし続けてほしいんですが、お願いできますか?』
『いいよ』
風の精霊が承って、上空の雲を吹き飛ばす。強い風は残るものの、雪が降らなければ視界の妨げにはならない。
ちょっと魔力は消費したが問題にならない程度だ。これなら問題なく戦えるはずだと思いながら背後のパーティーを振り返った。
「ちょっと……あんた今、大魔法使わなかった?」
「大魔法……?」
魔法にそんな種類があるのだろうか。ジジからは特に聞いていないのだが。……もしかして魔力の消費量が多い魔法をそう呼ぶのかな。ヒトと感覚が違うためどの程度から大魔法になるのか分からないのだが。
「魔力消費、大丈夫なの? こんな……天候を変えるような魔法」
「ああ、大丈夫です。まだ余裕あります」
「……あんたね。討伐の本番はこれからなんだから、余計な力使うんじゃないわよ」
シャロンはなんだかよく話しかけてくるようになった。テントの中で本音をぶちまけて以降、彼女から居心地の悪い態度を取られたこともない。少々きつい口調のように感じるが、目に敵意はないのである。多分、元から素直ではない性格をしているだけだ。
「いや、でもすげぇ助かる。これなら戦いやすいしな。ありがとなースイラちゃん」
「いえ、大したことでは」
「そんな謙遜しなくていいんだぜ。大したことだよ」
私の隣を歩くカルロはやたらと褒めたたえてくる。今は陣形の関係でそこまでではないが、彼は普段かなり距離感が近いので私も扱いに困っていた。主に怪我をさせないかどうかという観点でかなり心配だ。ふいに触れるのはやめてほしい。
そんな私とカルロの後ろにシャロン、その後ろにリュカ、最後尾がモルトンという縦並びなので、自然と後ろの二人とは会話が減る。元々口数の少ない二人は尚更、離れた位置にいる私には話しかけにくいだろう。
この合同パーティーにいる間はあまりリュカと話せていないので、討伐が終わったらたくさん話がしたい。……リュカも何か話があるらしいし、私も大事な話がある。
「さっさと氷雪竜を片付けて帰りましょう!」
「いやぁ……あれ、さっさと片付く相手には見えねぇな」
私にはずいぶん前から見えていたが、カルロにもようやく見えたらしい。氷でできた台座、いや巣だろうか。そこに寝そべる大きな体は、白みがかった水色の鱗に覆われている。
大きさとしては立ち上がったところでビル三階建ての高さがあるかどうか。私の本来の姿よりはずっと小さいが、それでもヒトからすれば大きな生物である。
「うーん……首を絞めるのは無理そうですね。腕が回らないから」
「いや、スイラちゃんまじであれ相手に素手で行く気なんだ?」
「はい。絞めるのは難しいけど打撃は効きそうですよね。氷纏ってるので、アレを割って……」
氷雪竜は鱗だけでなく、体に氷の鎧のようなものを纏っている。関節まで固めている訳ではないにしろ動きにくそうなのだが、頭や胸部などの弱点部分をそれで守っているようだ。
「なんで弱点属性の雷魔法使うって発想がでないのよ。あんた全属性でしょうが」
「あ、その手がありますね。……でも素材に傷付かないか心配です。竜の素材って高く売れそうですし」
「……竜に対して自分の命じゃなく素材の心配してる人間初めて見たんだけど」
だって命の危険を感じないのだから仕方ない。あの程度の竜ならば、赤子の手を捻るがごとくである。ただやはり、全力で抵抗してくる相手に加減するのは難しいのでどうやって力を抜いて倒せばいいのやら。
「作戦のおさらいするぞ。まずシャロンは……相性悪いしサポートだな」
「ええ。氷雪竜の警戒区域に入ったら、私が氷で足場を作るから好きに使って」
「……俺は詠唱するシャロンを守る」
「リュカは目玉潰し優先で、そのあとは羽に穴開ける感じで狙ってくれ。俺とスイラちゃんは、別れて周囲から氷雪竜の意識をそぐ感じで」
「分かりました」
「了解です」
むしろ全員下がってくれた方がやりやすいな、と思ったのは秘密である。それとなく全員が怪我をしないように気を配りながらいなす程度で戦ってみよう。……まあ、誰かが怪我をしそうだったら手加減など無用だが。
私たちは静かに氷雪竜へと近づいた。辺りは氷漬けにされていて遮蔽物もないため、竜も近づく私たちに気づき、ゆったりとした動作で体を起こす。
「じゃ、行くぞ。全員無事でな」
カルロの声にそれぞれが短く答えて、駆け出した。私はカルロを引き離さない程度に走って竜に向かう。
氷雪竜の周囲に氷の階段のようなものが出来上がっていくのが見えた。あれがシャロンの作った足場だろう。ヒトが巨大な敵を相手にするなら、高さはあった方が良い。リュカがその階段を駆け上がる姿を横目でとらえながら、私は巨体の足元にもぐりこんだ。
(多分お腹が柔らかいから、ひっくり返そうかな。そうしたら皆攻撃しやすいかも)
氷雪竜は不快そうに唸り声をあげているが、小粒に見える人間に対して不快には思っても警戒はしていない。
足元にいる私を踏み潰そうとして、氷雪竜の前足が上がる。「よけろ!」と叫ぶカルロの声は離れた位置にあるし、リュカの使っている足場の方向、シャロンとモルトンのいる後方とも離れていることを確認した。ヒトがいないのは、私から向かって右側である。
「こっち!」
「ギャアアアア――!!」
振ってきた足の指先を掴み、誰もいない方向へ引き倒す。氷雪竜は悲鳴のような声をあげながら、派手な音を立てて倒れ地面を揺らした。
そちらの方向にもシャロンの作った氷の足場があったようで、氷が砕け散って辺りを舞っている。足場の大部分は割れてしまったが少し残っていたので、私はリュカを真似てそこを駆け上がった。
本当は足場などいらないしここに体重を掛けようものなら壊れるだけなのだが、ヒトらしい行動を見せるのは必要だ。何が起こったのか分からずひっくり返ったまま暴れている氷雪竜の頭めがけて、足場から飛び降りる。
(足場無くても自分で作れるし、なんなら跳んでもいいんだけど……ちゃんと高いところに上るのには足場を使って、ヒトらしくしなきゃね)
魔物相手に魔力の壁を使って保護する必要もないので、いつかの岩竜のように大きな頭、というか顎の裏側に着地した。氷雪竜の頭は氷の鎧と地面を砕きながらのめり込んだが、岩竜のように木っ端みじんになることはなく原型をとどめている。氷の鎧のおかげか、それとも飛び降りる高さの違いだろうか。
(あ、これ……リュカの矢だね。あの一瞬で射貫いたんだ? さすがだなぁ)
見下ろしながらその片目に矢が突き刺さり周囲が焼け爛れていることに気づいた。もしかして投げ飛ばす間の悲鳴はこの矢のダメージを受けてのことだったのかもしれない。
(……あれ、全然動かない。呼吸は……してるんだけど。頭撃ったから脳震盪とか……いやこれ気絶してるかな)
ここからどうしようかと思っていたが、氷雪竜はピクリとも動かない。しかし呼吸音は聞こえているので、死んではいないはずだ。
「気絶したみたいです! 首落とせば倒せると思いますー!」
とりあえず四人の仲間に向かって声を掛けたのだが、辺りを舞っていた氷の粉がきれいさっぱり消えてはっきり見えるようになったカルロパーティーの顔は固まっていた。……やりすぎただろうか。動けないように頭押さえた方が良いと思ったんだけど、気絶までさせたのはまずかったかな。頭打ったくらいで気絶するとは思わなかったよ。
「……私がやろう。彼らが戻るまではしばらくかかりそうだ」
「あ、そっか。じゃあリュカにお願いするね。私はこのまま頭押さえとくよ」
足場から近くに飛び降りてきたリュカだけは通常運転で、首の切断を申し出てくれた。他の三人は私の戦い方など見慣れていないし、驚いて固まっている様子なので彼らの意識が戻るまで待つ必要はない。その間に氷雪竜が意識を取り戻すかもしれないから。
さすがに素手で首をちぎるのは絵面が凶悪過ぎるし、他人に頼みたかったのだ。リュカがやってくれるなら助かる。
『我、願。雷刃、斬、手先』
『……いいよ』
やはりヒトが使う魔法は分かりにくい。けれどこれでもリュカの魔法は聞き取りやすい方だ。
彼の願いを聞いて、少し迷っているような返事をした雷の精霊が応えた。リュカが手を翳す竜の首へと雷でできた刃が放たれ、その首を焼き切るように落とす。私もそれまで乗っていた竜の顎の裏から地面へと降りた。
氷雪竜は無事に討ち取った。そしてこういう討伐は、討伐証明のために素材を持ち帰る必要がある。
「小さくしたら丸ごと運べそうだね。討伐証明はそれでいいかな」
「……ああ、君ならできるだろうな」
「これだけ素材があれば、報酬は五人で分けてもほくほくだよね?」
「やはり、五等分するんだな」
「うん。だってパーティーだもん」
リュカは何故か仕方がなさそうに笑って「君らしい」と言っていた。
こうして氷雪竜の討伐は無事に終わった。なお、放心していた三人は氷雪竜を縮小したところで大きな声を出しながら正気に戻った。
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