上 下
26 / 46

20話 指名依頼

しおりを挟む

 名の知れた冒険者には名指しで依頼がくることもある。その場合、冒険者の等級によって指名料に違いがあるという。
 リュカのようなS級冒険者になるとその指名料だけでも高額だ。だから彼に依頼をするのは大抵、貴族か国家がらみの大きな案件であるらしい。


「今回は合同案件で……A級の他パーティーと、組んでいただくことに、なってますぅ……」

「……それが依頼主の意向なら、了解しました。合流するのはカルロのパーティーでしょうか?」

「は、はい……」


 どうやらリュカの知り合いの冒険者パーティーのようだ。こういった依頼も珍しくはないのだろう。彼は一人でヒュドラの討伐をやっていたくらいだからこの依頼も私たちで片づけるものだと思っていたが、依頼主から合同でやるように指示される場合もあり、その場合は依頼主の意向に従うものなのだろう。


「では、依頼の詳細を」

「はいぃ……今回は討伐依頼でして、その対象は、氷雪竜ですぅ……」


 今回の討伐対象は下位竜である。「氷雪竜」と呼ばれるもので、元から寒くない地域だろうと辺り一帯を凍り付かせて吹雪を起こすような、ヒトからすれば厄介な竜だ。
 水属性なので水竜の子孫なのは確定である。彼女は風竜と仲が良いので、その間の子だろうか。私が生まれてから竜が子供を成した姿は見ていないので詳しくはないのだが。

(属性の相性もあるから基本的には仲のいい相手の子供だよね)

 私たちは属性を司る竜だ。弱点属性の竜は本能的に避けていることが多い。……ただし相互関係の光と闇の竜に関しては、私と黒竜のように「好き」と「嫌い」に分かれるのかもしれない。上手くいけばお互いに「好き」で光と闇の混合竜という、人間にとっては嫌な性質の下位竜が生まれるのだろう。まあ他竜と合わない私が光の竜である以上、新しく光属性の下位竜が生まれることなどないが。


「……では、他パーティーとの合流を目指します」

「ご武運を……っ」


 私たちがこの街に来てからずっと慣れる様子もなくおどおどしていた受付嬢に見送られて、私とリュカはギルドを後にした。
 

「他のパーティーとは現地集合?」

「ああ。合流地は討伐対象がいる区域に一番近いギルドだから……そう遠くないな」


 私たちはちょうど依頼の土地に向かうように移動をしていたため、目指すギルドまでは十日とかからない。これならそこまで急がなくても充分間に合うと言われて安心した。
 乗り物に乗れない私としてはそうでなくては困る。いざとなればリュカだけ魔物車で移動してもらい、私は走ってついて行くことになっていただろう。


「そっか、よかった。……そのパーティーの人たち、リュカの知り合いなんだよね?」

「……昔の仲間の、子孫たちなんだ。孫……はしばらく前だったから、玄孫……いやそれよりももっと後だったか」


 なんと彼が冒険者を初めて間もない頃に組んでいたパーティーの子孫たちらしい。他のジン族とはほとんど関わらない彼でも、最初の仲間の子供たち、さらにその子供たち――という感じで二百年交流を続けてきたという。


「よっぽど大事な仲間だったんだね」

「そうだな。……あの頃も楽しかった。今も、君のおかげで楽しくやっている」


 そう言って微笑む彼は私を仲間として認めてくれているのだろう。過去の仲間たちと同じように、本当の仲間だと思ってくれている。

(……この依頼が終わったら、言おうかな。私、本当はハーフエルフじゃないんだ……って)

 私もリュカのことは大事な仲間だと思っている。だからこそ、嘘を吐き続けていることが苦しくなってきた。ちゃんと自分の本当を打ち明けて、そのうえで仲間だと胸を張りたくなったのだ。
 彼は私と居て気楽だと言ってくれた。それは私も同じだし、種族がどうであれ性格の面で私たちは相性がいいのは間違いない。……だから、そろそろ言える気がするのだ。

(よし、この依頼の間に覚悟を決めておこう。リュカに本当のことを伝えてみせる。……意気込むと急に怖いなぁ)

 竜の評判は、ヒトの中に入れば時折耳に入ってくる。竜を良く思っている人間なんて、その中にはいなかった。彼らはすぐそこに竜が化けた者がいると知ったら、きっとあの憎悪の目を向けてくる。
 私はリュカにあの目で見られるのが怖い。……せっかく、仲良くなれたから。けれど私が正体を告げない限り、彼との間にある超えられない線のようなものは残り続ける。それがある限り私たちはこれ以上親しくなることはできないように思う。

(終わったら言う……この依頼が終わったら、言う……)

 そうして内心で意気込みながらどことなく口数が減った二人旅を終えて、私たちは目的の町へとたどり着いた。発展具合としては私が冒険者登録をしたあの町に似ている。都市部ではなく田舎に近い感覚だ。
 その町で一番大きな宿を取り、さっそくギルドに向かった。時間帯的には日暮れ前でそろそろ皆終業時間といった様子だが、合流予定のパーティーが来ているかどうか確認するためである。
 そのギルドに足を踏み入れるといつものように一気に視線が集まった。そして――。


「リュカ! 久しぶりだな!」

「リュカー! こっちよ!」


 気軽にリュカへと声を掛けてくる者たちがいた。明るく笑う男性と、嬉しそうに手を振っている女性、そして無言でぺこりと頭を下げてくる男性。全員ジン族に見える。そんな三人組の方へリュカも歩き出したので、私もついて行った。


「よう、活躍は聞いてたぜ。さすがリュカだな。で、お前が固定のパーティーを組んだって聞いてシャロンが大騒ぎして」


 燃えるような赤い髪の青年は、太陽のように明るい笑みを浮かべて緑の目を細めながらリュカの肩を叩いている。腰に下がっている剣が彼の武器なのだろう。剣を使っている冒険者はよく見かけるので、スタンダードともいえる。気軽に接してくる彼のことをリュカが嫌がっているそぶりもないので、それなりに親しそうだ。


「ちょっとカルロ、黙って!」


 青い髪の女性が赤髪の青年を叩きながら言った。青年はカルロ、女性はシャロンという名であるらしい。
 女性はリュカを見て少し照れたような、恥じらうような顔を見せている。リュカに対して憧れのようなものでも――。

(……あれ、睨まれた……かな?)

 そんな彼女の髪と同じ色の瞳が、ちらりと一瞬私を見た。その目がとても鋭かったように思えて、首を傾げる。……まだ何もしていないので、嫌われるようなことはしていないはずだが。


「……リュカ、壮健そうで何よりだ」

「カルロ、シャロン、モルトン。皆、お元気そうでなによりです」


 もう一人の黒髪黒目の男性はモルトンというらしい。大きな盾を背負っているので、パーティーの防御役を担っているようだ。低い声で静かに話す様子が他の二人と正反対である。
 パーティーのバランスを考えると、手ぶらに見えるシャロンは魔法使いかもしれない。……彼女の傍にいた精霊はこっちに寄ってきてしまったのだが、ジン族にしては精霊に好かれる体質のようだし。
 

「……そちらの仲間を紹介してもらえるか」

「ええ。……こちらは、スイラ。ハーフエルフで、全属性の魔法を使います。肉弾戦も得意ですね、稲妻牛を素手で絞め殺せます」


 その紹介はどうなんだろうと思ってリュカを見上げた。たしかに私は稲妻牛を絞めたが、あれはまだ気絶させただけで命までは奪っていない。……と思うのだが、あれ、もしかしてとどめも刺してたのかな。


「ぜんっ……!?」

「いな……素手で!?」


 青い目と緑の目が見開かれてこちらに向けられた。その視線がなんだか落ち着かなくてリュカの陰に隠れたくなる。モルトンは顎を撫でながら「ほう」と小さく呟いているだけで落ち着いていたので、そこまで変なことでもないのだろう。ただ私の容姿は弱そうらしいから、ギャップに驚かれただけのはずだ。


「スイラ、道中で話しましたが彼らが私が臨時で組むことの多いパーティーです。順にカルロ、シャロン、モルトンといいます。接近戦はカルロ、魔法での攻撃やサポートをシャロン、メンバーを守るのがモルトンです」

「スイラです。よろしくお願いします」

「いやぁ、こちらこそ。一応俺がリーダーなんで、代表で握手させてくれ。よろしくな、スイラちゃん。……こんなに小さくて可愛いのになぁ」


 差し出されたカルロの手を握りつぶさないように慎重に握ろうとしたら、逆にぎゅっと手を掴まれた。まあこれなら潰す心配はないかと思い、そのまま手を添えるようにして握手を返す。……ヒトを触るのはまだ怖い部分がある。マグマスライムのように消し去ってはいけないし、力を籠めればヴァッハモスのように潰してしまうのだから。
 しかし、カルロはまじまじと私の顔を見つめてなかなか手を放してくれなかった。


「その、私は力が強くて……カルロさんの手を潰さないかが心配なので、放してください」

「あ、ごめんな。嫌だったか?」

「いえ、嫌なのではなく……傷つけないか、怖くて」


 つい先日弱い生き物を潰してしまったばかりの私としては、ヒトに長く触れるのは怖いのである。全く腕を動かせないままでいる私の困り顔を見たカルロはようやく理解したのか手を放してくれた。離れ際に「かわい」などと小さく呟いた声が聞こえたのだが、聞き違いだろうか。……いや、もしかして「怖い」って言ったのかもしれない。これ以上怖がらせないように気を付けよう。


「よし、じゃあ面子が揃ったんで打ち合わせといこうか!」


 笑顔のカルロに軽く背中を押されて、慌てて彼に合わせて動く。……気軽に触るの、やめてくれないだろうか。
 いろいろな意味で心配になる、依頼の始まりだった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

はぐれ妖精姫は番の竜とお友達から始めることになりました

Mikura
恋愛
「妖精姫」――侯爵令嬢オフィリア=ジファールは社交界でそのような二つ名をつけられている。始めは美しい容姿から賞賛の意味を込めての名だった。しかしいつまで経っても大人の証が訪れないことから次第に侮蔑の意味を込めて「はぐれ妖精姫」と呼ばれるようになっていた。  第二王子との婚約は破談になり、その後もまともな縁談などくるはずもなく、結婚を望めない。今後は社交の場に出ることもやめようと決断した夜、彼女の前に大きな翼と尾を持った人外の男性が現れた。  彼曰く、自分は竜でありオフィリアはその魂の番である。唐突にそんなことを言い出した彼は真剣な目でとある頼み事をしてきた。  「俺を貴女の友にしてほしい」  結婚を前提としたお付き合いをするにもまずは友人から親しくなっていくべきである。と心底真面目に主張する竜の提案についおかしな気分になりながら、オフィリアはそれを受け入れることにした。  とにもかくにもまずは、お友達から。  これは堅物の竜とはぐれ者の妖精姫が友人関係から始める物語。

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

竜焔の騎士

時雨青葉
ファンタジー
―――竜血剣《焔乱舞》。それは、ドラゴンと人間にかつてあった絆の証…… これは、人間とドラゴンの二種族が栄える世界で起こった一つの物語――― 田舎町の孤児院で暮らすキリハはある日、しゃべるぬいぐるみのフールと出会う。 会うなり目を輝かせたフールが取り出したのは―――サイコロ? マイペースな彼についていけないキリハだったが、彼との出会いがキリハの人生を大きく変える。 「フールに、選ばれたのでしょう?」 突然訪ねてきた彼女が告げた言葉の意味とは――!? この世にたった一つの剣を手にした少年が、ドラゴンにも人間にも体当たりで向き合っていく波瀾万丈ストーリー! 天然無自覚の最強剣士が、今ここに爆誕します!!

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

魔力値1の私が大賢者(仮)を目指すまで

ひーにゃん
ファンタジー
 誰もが魔力をもち魔法が使える世界で、アンナリーナはその力を持たず皆に厭われていた。  運命の【ギフト授与式】がやってきて、これでまともな暮らしが出来るかと思ったのだが……  与えられたギフトは【ギフト】というよくわからないもの。  だが、そのとき思い出した前世の記憶で【ギフト】の使い方を閃いて。  これは少し歪んだ考え方の持ち主、アンナリーナの一風変わった仲間たちとの日常のお話。  冒険を始めるに至って、第1章はアンナリーナのこれからを書くのに外せません。  よろしくお願いします。  この作品は小説家になろう様にも掲載しています。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

幼女と執事が異世界で

天界
ファンタジー
宝くじを握り締めオレは死んだ。 当選金額は約3億。だがオレが死んだのは神の過失だった! 謝罪と称して3億分の贈り物を貰って転生したら異世界!? おまけで貰った執事と共に異世界を満喫することを決めるオレ。 オレの人生はまだ始まったばかりだ!

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

処理中です...