ヒトナードラゴンじゃありません!~人間が好きって言ったら変竜扱いされたのでドラゴン辞めて人間のフリして生きていこうと思います~

Mikura

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19.5話 美を愛する女と美しい冒険者

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 ヴェロニカは美しいものが好きだ。それは人でも物でもいい。とにかく美しい、目を奪われるような魅力あるものを愛している。
 しかし世の中にはそんな、美しいものは少ない。だから自ら作りだすことにした。人を美しくするための衣服、存在するだけで美しいドレス、輝く宝石を更に美しく魅せるデザイン――好きだからこそ、自らが求めるからこそ作り出したそれらは、他の人間の心も捉えたようで、今ではこの国に十店舗の店を構えるオーナー兼デザイナーとなっている。

(ヴァッハモスが、足りないわ。……一気に皆成体になってしまったものね)

 ヴァッハモスの幼体は上質な糸を吐く。それが服を作るうえで非常に重要な素材になるのだが、成体になってしまえば魔物としての本性を現す。幼体の間は人間を見ても逃げるばかりで脅威にならないのに、成体は襲い掛かってきて人の体液をすするのだ。

 卵から孵る幼体は芋虫のような形をしており、逃げ出せないよう飼育場に入れて餌を与えておけば、いくらでも巣をつくろうとして糸を吐く。その糸を回収してまた餌をおくという繰り返しで糸を入手するのだが、彼らがその姿でいる期間は一年から最長で三年ほど。その期間を過ぎると幼虫は蛹となる。
 今年、バラバラの時期に捕獲したヴァッハモスたちが一斉に成体に進化するための繭を作ったので、処分することになった。…材料が無ければ服は作れない。

(ギルドに依頼を出したけれど、請けてくれる冒険者がいるかしら)

 ヴァッハモスの幼体には大した戦闘力がない。しかし逃げ足が速いので、捕獲は容易でない。ランクの低い冒険者では、捕獲は難しいと判断して諦めるだろう。
 しかしランクが高い冒険者となると、今度は栄誉を求めるのでこういった地道な汚れ作業の依頼を受けなくなっていく。なんとも微妙な難易度の仕事だ。


「オーナー、ギルドから連絡が。明日、冒険者と顔合わせできると」

「……まさかこんなに早く受けてくれる冒険者がいるなんてね。まともな冒険者だと、良いのだけれど」


 冒険者が依頼を受けると、ギルドから依頼者へ連絡がくる。翌日指定の時間に訪れれば、どの冒険者が仕事を請けたか伝えられ、そこで初めて顔合わせをすることになるのだ。
 ヴェロニカの名に釣られた欲望まみれの男であったり、金に釣られてできもしない仕事を引き受けた低ランクの冒険者であったりしなければいいのだが。そう願って翌日ギルドを訪れ、受付の女性が「あちらのテーブルの、二人組で……」と手を差し出した方を見て驚いた。

(……リュカだわ。伝説の、エルフの冒険者リュカ)

 冒険者でない人間でも知っている。二百年もの間冒険者として活動を続けている、冒険者唯一のエルフ族。この世で二人といないS級の称号を与えられた、伝説の冒険者だ。
 しかしヴェロニカが注目しているのはそこではない。何よりも注目しているのは、エルフという種族の「容姿」である。

(なんて整ったバランスなの。等身、手足の長さ……ああ、素晴らしいわ。私だったら彼にどんなデザインの服を着せるかしら。そうね、やはりすらりと長い足を生かすのが――)

「あ、あのう……?」

「……ああ、ごめんなさい。あちらの二人組ね、分かったわ」


 リュカを見つめたまま受付台の前で立ち止まり、女性を困らせていたことに気づいてすぐに動いた。リュカとその仲間が話しているテーブルだ。リュカの姿はよく見えるが、もう一人はこちらに背を向けているので分からない。さらりとした、冒険者の割に傷みの全くない美しい白い髪だけが目に入る。


「まさかリュカがこんな依頼を受けてくれるなんて……感激よ」


 まずは名の知れた冒険者の彼へ声をかけ、そしてヴェロニカの声に反応してこちらを見たその仲間と目が合った。
 少女である。白髪に黄金の瞳という神秘的な組み合わせの色彩を持った、まだ幼さの残る顔立ちの少女。しかし髪の間からツンと先の尖った耳が見えるため、エルフの血が混じっているだろうことが予想できた。

(この子…………なんて美しい、原石かしら)

 磨けば光る原石、というより磨かずとも光っている原石だ。磨けばさらに美しくなることが約束されているような、素材の持ち主である。

(ああ……これじゃ、体のラインが隠れてやぼったく見えるわよ。綺麗な体つきしてるでしょうに。髪だってもっと、顔を出していいわね。こんなに可愛いんだもの。リュカと並ぶと余計に可愛いく見えるわねこの子……んん、私の服を着せたいわぁ)

 端正だが鋭い印象のあるリュカの隣に、愛らしさの塊のような少女がいれば余計に双方の魅力が際立つというものだ。特に少女の方は自分の魅力を分かっていない着こなしで、もっといい服を着せたいという欲求がもぞもぞと湧き上がってくる。

(でもよかった、リュカなら間違いなく依頼を完遂してくれるわよね)

 少女の方は愛らしくていつまでも眺めていたい程美しいものだったが、力はあまり期待できそうにない。リュカが彼女と行動しているのが不思議なくらいだった。
 そんな自分の考えが間違っていたのだと知るまで、そう時間はかからなかった。


「オーナー、ヴァッハモスの納品がありました」

「あら、さすがリュカね。もう捕まえたなんて」


 ヴァッハモスの養殖場へ、納品された幼体が届いたのだろう。二人に依頼して一日ですでに一体目を捕獲できたらしい。
 これなら順調に、一か月以内に十体という目標は達成できそうだ。養殖場ではすぐに飼育が開始されているだろう。オーナーとして数日中に一度、ヴェロニカも養殖場へ赴くつもりだった。


「オーナー、今日も納品がありました。

「あら……これで二体目ね。ほんと、さすがS級は違うわ」

「いえ。……今日は二体の納品がありましたので、三体目です」

「……二体も?」


 ヴァッハモスの幼体は隠れるのが上手く、見つけるのも至難の業だ。見つけても足が速いので逃げられやすい。そしてなにより、巨大な体を持っている。
 重さは精々十キログラム程度だとしても、人間より大きいのだ。油断すれば逃げられてしまうし、大荷物を抱えたまま二体目を探すことなどできるはずもない。

(……あの女の子を見張り番にして、リュカが二体目を探しに出たのかしらね。それで、二人で一体ずつ抱えてきたなら一日に二体の捕獲もできるかしら。さすが、上級にもなると違うわね)

 いままでヴァッハモスの捕獲を依頼して、こんなに素早く納品をしてきた者はいなかった。一日に一体が限度だと思い込んでいたが、上級の冒険者ともなれば違うらしい。これは予想よりはるかに早く数が集まる――と思っていたら、あの二人組はさらにその予想を超えてきた。


「オーナー……本日は四体の納品がありました」

「……どうしたらそんなことができるのかしら」

「どうやら、リュカの仲間のハーフエルフが特殊な魔法を使っているらしく、噂になっておりました。魔物を小さくして持ち運んでいるとか」

「……魔物を小さく?」

「ええ。そしてそれは、何の問題もなく元の大きさにも復元できるようで……」


 あのか弱そうな少女には、そんな特殊な力があるのか。さすがずっとソロ活動をしてきたリュカが選んだだけのことはある。
 しかし、その能力はあまりにも有用だ。ヴァッハモスを小型化して養殖し、生産した糸だけ復元で元の大きさにできるのなら――狭い場所でも大量の生産ができる。

(欲しいわ、あの子。……リュカは一人でも冒険者ができるんだもの。勧誘したら、ウチに来てくれないかしら?)

 専属の雇われ冒険者として安定した収入を得ることは、冒険者にとっては喜ばしい出来事である。そうなりたくて金持ちの依頼ばかり受けるものだっているのだ。
 あの少女ももしかしたらそれを望むかもしれない。もし専属になってくれるのなら、毎日彼女に似合う服を着せて、美しく仕上げる。ヴェロニカにとっては目の保養になる上、かなりの利益が見込める。大枚はたいても構わない。

 結局リュカと少女のパーティーは、八日間で二十体のヴァッハモスを納品してくれた。養殖場がいっぱいになり、今年は大量の糸が生産できそうでヴェロニカも職員も大喜びだ。
 後日、依頼報酬を受け取るために店を訪れた二人をVIPルームへと案内し、礼を伝えたあとさっそく彼女――スイラを勧誘した。


「ねぇ貴女、私の専属にならない? 素材を集める冒険者を雇いたいと常々思っていたのよね」


 卓越した魔法の使い手であれば、魔物の素材収集の能力は申し分ないだろう。正直に言えば素材の収集が出来なくてもモデルとして雇いたいくらいの容姿であるし、是非自分の元に来てほしい。
 スイラはこの提案を喜ぶか、それとも嫌がるのか。そう思って見ていたら彼女はあまり分かっていない様子で首を傾げ、むしろ彼女の隣のリュカの方が顔をしかめていた。

(あら……? 貴方が嫌がるのね。……ふぅん?)

 リュカという冒険者は、何にも執着していないのだと思っていた。彼はただ受けた依頼をこなし続けており、仲間を持つこともなく、一人で長い時を生きている。
 誰の勧誘もすべて断って、一人でいることを選んできた。それは皆が知っていることだ。だから最初からは彼は誘わなかったのだが。

(……二人一緒に誘うべきだったかしらね。でも、さすがにリュカまで雇う資金はないから、結局断られたでしょう)

 専属冒険者についてリュカがスイラに説明をしている様子を眺めながら、すでにこの勧誘が失敗したことを悟った。
 どうやらスイラを必要としているのは、リュカの方らしい。長い間さすらっていた彼にとって、彼女はようやく見つけた大事な仲間なのだろう。さすがにそれを奪おうという気は起きなかった。……何故なら、ヴェロニカは美しいものが好きだから。


「私は一人でヴァッハモスを捕らえることができません。リュカがいなければまともに生活もできないような未熟者なのです……申し訳ありません」

「あら……そうなの。残念ね」


 残念だと思いながらも納得はしている。スイラにとってもリュカは信頼できる仲間であり、二人の間に割って入ろうとするのは美しくない。
 それに、この二人は仲良く並んでいる時が一番美しい。依頼をした時よりも、今の方が強くそう思う。二人でいることが「しっくり」くるのだ。

 ならば次なるヴェロニカの願いは――この二人に、自分の作った服を着てもらうことだろうか。

(腕がなるわね。……二人によく似合うデザインで、一般受けもするもの。……うふふ……燃えるわぁ……)

 依頼完了のサインをし、早期納入分と追加納入分の上乗せをした五十万ゴールドを気前よく支払ったヴェロニカは、全く似ていないのによく似合う二人組を見送って、新しいデザインを考えるために自室へと引きこもった。



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