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15話 マグマスライム

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「大量だったぜ。結構珍しい石もあったし、こいつを加工するのは腕が鳴るぞ。最近じゃ採掘に来れるやつもいないから手に入れられたのかもしれねぇな。まさに、スイラの嬢ちゃん様様って訳だぜ!」


 ゴーンはご機嫌な様子で、鉱石がたっぷり詰まった籠を背負っている。あとは無事に帰れれば任務完了だ。行きがけでスライムを討伐しまくった効果なのか、帰り道ではあの赤いゼリー状の物体を全く見かけない。……段々警戒心が解けてきたよ。


「にしても、暑いな。来た時より気温上がってねぇか? スライムも出てこねぇし、早いとこ降りちまおう」


 額に汗を浮かべて辛抱ならないと言った様子でため息を吐くゴーンの顔は、体温の上昇で赤みが強くなっていた。
 私の体はヒトとは違う造りのせいか、熱気や寒気には鈍いらしく暑さを感じないし汗もかかない。ここは元から気温が高い場所なのだが、洞窟に入る前より気温が上がっているらしい。……私には分からないのだが、リュカも時折首筋に伝う汗をぬぐっていたのでヒトに適した温度でないのは間違いない。


「……妙ですね。あれしきで、ここまで大量に発生していたスライムが消えるはずがありません。警戒は怠らないようにしましょう」


 リュカがそういうならこの状況はおかしいのだろう。しっかり周囲に警戒を、と気を引き締め直そうとしたところで、背後から妙な音が聞こえてきたため振り返った。私が先導していたので、後ろにいた二人はそんな私に怪訝そうな顔をしている。


「変な音がしませんか?」

「音……?」

「……そうですね。湯でも沸騰するような音が――」


 ゴーンには聞こえないようだが、リュカは耳を澄ませて私と同じように振り返った。そして目にしたものにピタリと口を閉じる。私の視界にも、異質なものが入り込んだ。
 それは赤い山だった。赤い小山が、ゴポゴポと表面を沸騰させながら動き、ゆっくりと斜面を下って、こちらに近づいてきていた。よくよく見てみればその山の下に小さなスライムたちが集まっており、時折その周囲で分裂して増えている。……あの巨大なスライムの傍にいれば小さなスライムを増やしやすいのだろうか。


「……あれ、赤スライムですか?」

「いや、あれはマグマスライム……ですね。赤スライムの進化したものと言われていますが……」


 確かに表面はまるでマグマが沸騰するような様相なので、ぴったりのネーミングである。どうやらあのスライムの周囲に他のスライムが集まっているから、これまで全然見かけなかったのだろう。


「ああいう巨大系のスライムは、スライムの群生地によく表れるんですよね。あそこまで大きなものは見たことがありませんが」

「ここ五年くらいで急に数が増えたからな……毎年でかいのは出てたんだが、あそこまで育ったのはみねぇな。でかいのが出てきてもなんでかすぐいなくなってたしよ」


 ゴーンの言葉で私はふと、思い当たることがあった。そういえば私は毎年大きなスライムを食べにくる場所があったのだ。
 上から見た景色と下から見る景色が別物だから気づくのが遅れたが、どうやらここは私がスライムを食べていた山だったらしい。

(……ってことはあれ、私がここ最近スライムを食べなかったせいかな)

 私の二百年程度の行動が生態系の一部に組み込まれて、この地域を安定させていたのだ。そんな私が活動パターンを変えたせいでスライムは巨大になり続け、そして増え続けた。……これは、私が責任を取るべきかもしれない。


「水魔法を使ってみましょうか?」

「……あの大きさを水牢の魔法で包むのは、相当な魔力を消費するかと」

「だな、無理だぜ嬢ちゃん。さすがにデカすぎるわ」

「うーん……じゃあ水の弾を撃ってみますね」

「……私も一応、射ってみましょうか」

「おう。……まあ、無理なら逃げるだけだ、やるだけやってみな」



 火属性スライムに有効な戦闘手段を持たないゴーンは見学で、私とリュカはそれぞれ一撃放ってみた。私の水の弾はマグマスライムに触れた途端蒸発し、リュカの矢もマグマスライムの体に飲まれて溶けた。なるほど、普通に戦える相手ではない。


「撤退ですね」

「だな。鉱石は充分とれた。……あいつを倒すにはそれなりの準備がいるだろ」

「了解です。じゃあ私が殿やるので、二人は先に行ってください」


 マグマスライムは足が遅いし、撤退は難しくないはずだ。それでも一番頑丈な私が殿をやるべきだと思い名乗り出た。
 リュカは少し心配そうに私を見たけれど、目が合うと任せたというように頷いて前を向き、ゴーンを連れて坂道を下りはじめる。私はもし戦闘が始まっても二人が安全と思われる距離をあけてその後ろについていく。そうして坂を下りながら時折マグマスライムを振り返って確認するが、特に反応はない。

(あとでここに来てあれ、食べちゃおうかな。……あれだけ大きかったらいつもより美味しいかも。あ、でもリュカが作ってくれるごはんには負けるかなぁ……)

 しかしこの辺りの生態系を崩した者の責任として、私はあのマグマスライムを狩る必要がある。あとでまた来ようと思いつつまた確認のため振り返ると、マグマスライムが急に大きくなっていた。……というか、こちらに向かって転がり落ちてきていた。
 スライムの柔らかい体のせいなのか、このあたりに吹きすさぶ風の音でか、それとももしかすると飛び跳ねてきたのか、この巨体が転がってくる音はしなかったので目を離した隙に眼前に迫っていたのである。


「うわっ」

「どうし……っ!?」

「うお!?」


 吃驚して腕を振り払うと、マグマスライムの柔らかい体に思いっきりぶつかる。巨体はその衝撃で宙に浮かび上がり、私の腕が当たった場所から振動が伝わるようにに赤いゼリー体は消滅していって、最終的に核もろとも跡形もなく消し飛んでしまった。
 ……これ、ヒト相手にやったらやばい。絶対に気をつけなきゃと内心冷や汗が流れる。

 私の声で振り返った二人も、消えゆくマグマスライムが視界に入ったようだ。驚いた声が聞こえていた。恐る恐るそちらを見てみると、リュカがこちらに駆け寄ろうとしている姿が目に入る。


「スイラ、怪我は!?」

「あ、リュカ止まって! このあたり熱いと思う!」


 私はいまいち熱の感覚がないので分からないが、マグマスライムが居た部分の地面は焼けたように赤くなっているし、このあたりは相当な熱のはずだ。
 水の精霊に頼んであたりにどしゃっと水を降らせてもらったが、今度は水が一気に蒸発してサウナ状態になった。……普通の人間だったら火傷で死んでいたと思う。リュカが遠くから「大丈夫か!?」と叫んでいるので「大丈夫!」と大きな声で返した。


「あ……服がめちゃくちゃだね」


 マグマスライムに触れたグローブや服の一部は燃えてしまっていて、そのあと上から降らせた水でぐっしょりと濡れてしまっている。結構酷い有様だな、と思っていたらこちらに駆けつけてきたリュカが自分のマントを私に羽織らせた。……そういえば女性としては見せられないような状態だったかもしれない。上半身の布、殆どなかったし。


「……無事か?」

「うん、全然大丈夫。……買ったばかりの装備はだめになったけどね」

「装備なんて何度でも買える。……服の心配が出来るなら本当に無事だな、よかった」


 私が普通に会話をしている様子を見てリュカはほっと安心したように息を吐いた。一方、放心した様子で固まっていたゴーンはわなわなと体を震わせたと思ったら、ずんずんとこちらに向かって歩いてきた。
 そして私の前で膝をつき、両手の掌を差し出してくる。その行動の意味が分からず首を傾げた。何か欲しいのか、それともここに手を乗せろ、ということなのか。


「結婚してくれ」

「ええ……?」


 ゴーンのつぶらな瞳が私を見つめてくる。そんな目で見られても、困るというか、なんというか。差し出された手を取ったら受け入れたことになりそうで、持ち上げかけていた手をひっこめた。


「こんなに強ぇ女は初めて見た。惚れた。裸も見ちまったし責任を取りたい」

「……それなら私も一緒に見たことになるのですが」

「私も別に気にしてないですよ、裸くらい」

「……スイラは気にした方が良いですよ」


 リュカがいつもの心配そうな目を向けてきたけれど、私はヒトでない時間が長かったので裸を見られる羞恥心などないのである。……この体だって、ヒトのように見えるだけで作りものだ。上半身どころか下半身をさらされたって恥ずかしくはない。


「だが俺は本気だぞ。ドワーフの国にこないか、スイラの嬢ちゃん」


 その言葉でもしかして彼がたびたび言っていた「ドワーフの国に来い」という言葉は、嫁に来いという意味だったのではないかと思い当たる。
 嫁にしたいと思うくらいヒトとして好かれたことはもちろん嬉しい。けれど私はそれに応えられない。


「ごめんなさい、私はまだ冒険者としてリュカと冒険するつもりだから……いつか、普通にドワーフの国に遊びに行くのはだめですか?」


 これからたくさん冒険しようと、彼と約束したのだ。それを果たさぬうちに別のヒトのところに行くなんて、ヒトとして不義理なことはできない。……まあ結婚したいという欲求もないけども。それでも、リュカがいなかったら居場所ができると思ってついて行ったかもしれない。


「……フられちまったか、残念だ。ま、俺には縁がなかったってことだな。じゃあいつでも遊びに来てくれよ、歓迎するから」

「……ひとまず山を下りましょう。スライムたちはスイラを恐れて近づいてきませんが、魔物の区域はできるだけ早めに離れたほうが賢明です」

「あ、じゃあ引き続き私が殿しますね。先行ってください」


 私が居ればスライムは近づいてこないのだ。やはり私が殿をやるべきだろう。そう思っての提案だったが、何故かリュカは離れる前に小さな声で「ありがとう」と言い残していった。……殿をするくらい当然なのに、何故だろう。

 無事に下山して、物陰で服を予備の物に着替えたあと。ゴーンからは依頼金と依頼書へとサインをもらい、依頼は無事に終了した。……それにしても依頼書、リュカに持っててもらってよかったな。私が持ってたら燃えなくてもびしょぬれだったかも。


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