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13話 ドワーフの依頼

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 退竜祭はあっけなく終わった。というか、森の中を駆け回っていたせいで特に実感が湧かなかった。リュカも一緒に森を探索していたので、祭りには参加していない。
 何故なら私たちはここ十日ほど、ギルドからの依頼で森の中の調査をしていたのだ。稲妻牛なんて本来この辺りに出没する魔物ではないので、他に何か危険がないか探るのが目的である。この祭りの時期にこんな依頼を受ける冒険者は中々見つからないらしくて受付嬢のお姉さんが困っていたため、私たちが引き受けたのだ。
 ギルドから渡された地図の確認ポイントをすべて見て回り、私たちは帰ってきた。町にはもう、祭りの余韻も何も残っていない。


「本当によかったの? リュカはお祭りに参加しなくて」

「ああ。私は普段からあまりこういう催しには参加していない。……スイラこそよかったのか?」

「うん。またの機会にするよ」


 退竜祭でなければ私も楽しめるのではないかと思うので、別のお祭りが開催されるのを楽しみに待つことにした。
 そうして私たちはギルドへと調査報告に戻る。結論から言えば森の中に異常は見られず、稲妻牛がいなくなったことで動物たちも本来の生息地に戻りつつあり、森は平常を取り戻そうとしているという感じだった。


「お二人とも、本当にありがとうございました」

「いえいえ、お役に立てて何よりでした」


 ギルドの受付嬢から心底感謝されて依頼を完了し、二十万ゴールドを貰った。それをリュカと半分に分けあう。私たちの取り決めで、どんな仕事でも、どちらがどんな活躍をしても、報酬は二等分と決めている。……仕事仲間っぽい感じが何だかとても嬉しい。


「次の依頼はどうしよう?」

「暫くここで活動してもいいし、別のギルドに移動してもいい。ギルドによって依頼の内容は随分違うからな……ここで受けたい依頼がなければ、他の町に移動しよう」


 このギルドに張り出されている依頼は、この辺りの人間の依頼である。場所を変えれば全く違う仕事があるし、依頼終了後の報告は冒険者ギルドであればどこでもいいのだという。
 つまり長距離移動中の護衛依頼などを受けた場合に、わざわざ戻ってこなくても近場のギルドに報告すればいいようにと考えられているシステムなのだ。


「そっか……じゃあちょっと移動のありそうな依頼をやってみるとか?」

「それもいいな。……私はスイラのやりたいことに付き合おう」


 リュカは冒険者として長く活動してきているから、特にやりたいという仕事もないし、懐にもかなり余裕があるという。だから受ける依頼は私が好きなように選んでいいと言われていた。
 依頼の張り出されている掲示板を眺めている時、C級の依頼の中に他と比べて古い紙が貼られているのに気づいて指差した。


「これは、ちょっと古いね」

「ああ……ドワーフの依頼だからだろうな。ジン族はあまり、他人種の依頼を受けたがらない」


 それはもしかして偏見や差別というものではないだろうか。こういうところはどんな世界でも、どんな種族でも同じなのかもしれない。
 私にはヒト種に対する差別がない、と思う。……たぶん。ヒト種はどの種族でも、個性が違うだけでみんな同じくヒトだから。

(偏見も差別意識も、自分じゃ意識してないことが多いからね……私も、竜に対する偏見や差別はあるのかも)

 竜なんてまともな価値観じゃない。そう決めつけてヒトのフリをすることにした私も、実はジン族と変わらないのかもしれないな、と思いながら依頼書を見つめた。


依頼内容:鉱石採取の護衛
報酬:五万ゴールド
依頼者:ゴーン


 報酬が妥当なのかどうか分からずリュカに尋ねると、護衛というのは依頼者によって報酬が変わるので自分がこなせる自信があり、報酬に納得出来たら受けるものなのだと教えてくれた。まあお金に関しては私はしばらく生活に困らないくらい稼げたようで、リュカも長年の活動で随分とため込んでいるというので、報酬は問わない。誰も受けない依頼なら、ということで私たちが引き受けることにした。

 その依頼書を受付に提出し、旅の準備を整えた翌日に依頼者とギルドで落ち合うことになったのだが。


「おう、お前らが俺の依頼受けてくれるって?」


 昼前の時間帯。私たちの前に現れた依頼者のゴーンは、立派な黒いひげを蓄えた男性である。背は私と変わらないくらいなのに、筋肉で横幅があるのであまり小さくは感じない。小柄であるのにかなり筋肉質な体型だ。
 そんな彼はじろじろと私とリュカを見て、やれやれと言った様子で首を振った。


「……エルフか。そっちの嬢ちゃんも、エルフ混じりだろ」

「エルフだと何か問題がありますか?」

「お前らエルフは高慢で好かん。酒も飲まねぇし、面白みがねぇんだよな。……別の冒険者はいねぇのか」


 ゴーンはどうやらエルフという種族を嫌っているようだ。私たちに仕事を任せたくないらしい依頼者の様子に、リュカと顔を見合わせる。どうやらこの依頼をこなすのは難しいかもしれない。


「エルフってお酒飲まないの?」

「そうだな、私も好きではない。……君は飲めるのか?」

「うん。たぶん飲めると思うんだけど」


 そもそも私はエルフではない。酒の類は前世と合わせても飲んだ記憶はないが、この体は竜でできている。人間の集落を襲った黒竜はたまに酒を漁っていたようなので、竜という種族が酒に弱いことはないはずだ。……襲った町の酒を盗んで飲むなんて強盗だと思うのだが、竜にそんな感覚あるはずないもんね。


「おい、エルフ混じりの嬢ちゃん。……酒が飲めるだって?」

「はい。飲んだことはないんですけど、たぶん大丈夫です」

「……ほう、それで簡単に酒が飲めるなんて言ったのかよ。自分の言葉に、責任取ってもらうぜ」


 私が首を傾げると、ゴーンはギルドの外にくいっと親指を向けた。外に出ろ、という意味のようだ。言葉に責任を取るのは構わないが、どうしてほしいのかが分からない。


「もし嬢ちゃんが俺より酒が飲めたら、この依頼任せてやろうじゃねぇか。でも飲めなかった時は――報酬は払わねぇ。この勝負受けるか?」

「勝負……分かりました、受けましょう」


 酒の飲み比べ勝負。誰も傷つくことのない、ヒトらしい勝負だ。竜同士で争ったら周囲への被害も甚大だし、怪我も酷いのである。そんな争いはしたくないけれど、ヒトにしかできないこの勝負なら受けてみたい。……あとついでに、お酒も飲んでみたい。


「……スイラ」

「あ、勝手にごめんね。……だめだった?」

「いや。……ただ、何の利益もないのにいいのか?」

「うーん……なら私が勝った場合、報酬を弾んでもらうとか?」

「へっそれで構わねぇ。なんなら、今後無償でお前たちの仕事を受けてやってもいい。ドワーフ製の道具がタダで手に入るぜ。……まあ、勝てたらの話だがな」


 これならお互いにメリットのある勝負だ。私はゴーンと共に並んで酒屋へと歩きだし、リュカは不安そうな顔で後ろをついてきた。
 そうして昼から開いている酒場に入り、二人で酒を注文して始めた飲み比べの結果は――――私の勝利で決着がついた。


「がはは! すげぇいい飲みっぷりだったなぁ!」


 正面に座っているゴーンは上機嫌に笑いながら、空になったジョッキを机にごつんとぶつけるように置いた。私も小さなタルのような形をした同じジョッキを、壊さないように慎重に両手で包みながら中身を飲み干す。


「そうですか? ありがとうございます。でもお酒って美味しいですね。ドワーフ製のこのお酒、口に入れた時にがつんとくる感じが好きです」

「そうだろうそうだろう!」


 飲み勝負を始めて三時間くらい飲み続けたところで、顔色の全く変わらない私と肌の色を変えているゴーンの差が明確になった。それでも勝負を諦めずに飲んでいたゴーンが途中で腕相撲勝負を申し出てきたので受けたのだが、そちらも完勝した。
 純粋な腕力勝負で負けたショックのせいかベロンベロンとなって一度潰れたゴーンは、水を与えていたら三十分くらいで回復してきて、その時にはすっかり親し気な雰囲気になっており、豪快に笑いながら私のジョッキに酒を注いでは喜んでいる。


「……スイラ、君は一体どうなってるんだ」

「たぶん、あらゆる耐性があるんだと思う」

「……ああ、君の特別の効果の一つか。なるほど」


 隣の席から尋ねてくるリュカに答える。単に元々の体積を考えると有効量に及ばないだけだとは思うが、顔色一つ変えない私に奇妙なものでも見るような目を向けていた彼は、私の魔法が毒無効のような効果をもたらしていると解釈したようだ。


「ドワーフは飲める奴が好きなんだ。スイラの嬢ちゃん、ドワーフの国に来る気はねぇか?」

「ドワーフの国ですか。行ってみたいですね!」


 この世界のヒトはジン族がほとんどを占めているが、人種は様々なのだ。それぞれの人種の国を回ってみたい、という気持ちはある。折角この世界に生まれたのだからもっと、この世界のヒトを知りたい。
 しかし笑顔でそう返した私を見て、リュカが悩まし気な様子で額に手を当てた。……何か間違えたのだろうか?


「今日はせっかくだからこのまま飲み明かそうぜ。依頼については、明日酒が抜けてからだ!」


 ご機嫌なゴーンはそう言って飲んで、しばらくしたらまた潰れて机に突っ伏した。ここまで静かに私たちを見守っていたリュカが、酒場の賑わう声で聞こえないと思ったのか私の耳元に顔を寄せて語りかけてくる。


「ドワーフとの結婚の予定があるのか?」

「? ないよ。どうして?」

「……君は無自覚なのが怖いな。……私が居れば間違いは起きないだろうから、いいんだが」


 ヒトの言葉の理解が浅いのか、リュカが何を言っているのか上手く理解できない。けれどヒトの言葉が分からない、なんて言う訳にもいかずとりあえず意味深に頷いておいた。……何故かリュカはとても不安そうな顔になった。


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