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12.5話 孤独のエルフ

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(……だめだ、見れば見るほどどんどん放っておけなくなる……)

 リュカはスイラと共に行動をしながら、彼女から次第に目が離せなくなっていた。それは彼女が目を引く容姿をしているからではない。彼女をじっと舐めるように見ている他人種の男たちとはまったく別の理由である。

(このままでは食い物にされてもおかしくない。スイラには危機感がなさすぎるんだ)

 力だけは強いのに、あまりにも世間知らずでお人よしが過ぎるスイラ。その人の好さは正直に言えば好ましい。ここまで人がいい人間は、三百年生きても他に覚えがない。
 金にならない子供の依頼を受け、強力な治癒魔法を使って子供の母親を治療し、そこで依頼完遂かと思いきや、親の病で蓄えが底をついている家のために薬草採取をして、その採取したものを売らせた上に、それ以上の稼ぎになる魔物の肉まで分け与える。……ここまでくるといっそ人間ではなく地上に降りてきた女神なのだと言われてもおかしくはない。
 これほど親切にされれば幼心には強烈に刻み込まれただろう。あの子は将来確実に冒険者になって、スイラを訪ねてくるに違いない。

(子供の初恋を奪っておいて無自覚なのは……まあ、致し方ないか。そもそも優しくしているつもりもないんだろうから)

 こんな善人を世間知らずのまま放っておけば詐欺に遭うのは時間の問題で、というかすでに服屋で金を巻き上げられそうになっていたし、常識がない事情を把握している者が傍にいて知識を与えなければどうなるか分かったものではない。

(自分がどんな目で見られているかも自覚していなさそうだ。……このまま離れては、彼女の身が危ない)

 初めは命の恩人である彼女に対する恩返しの意味合いが強く、スイラの冒険者としての新人指導が終わったらどこかのパーティーに入れるよう、手助けするつもりだった。もしくはリュカのようにソロの冒険者としてやっていけるようなら、それでもよかった。

 しかしスイラは一人にしてはいけない。このまま一人にすれば、気づいた時には身ぐるみはがされて売り飛ばされる未来が容易に想像できてしまう。
 男たちの欲にまみれた視線に気づかず、仲間として誘われたのだと嬉しそうにしていた時も、鍵付きの宿でなければ部屋に押し入られるだろうくらい金を持っているだけでも危ないのに、これだけ愛らしい容姿をしておきながら野宿でも大丈夫などと言い出した時も、すさまじい不安に襲われた。エルフにはそういった欲が希薄だから分からないのか、なまじ力が強いだけに「危険」に疎過ぎるのか。

(強いのは事実だ。稲妻牛の突進を生身で受け止めて無傷でいられる冒険者なんて他にいやしない。素手で絞め殺せるものだって、数える程だろう。……力は、ある。それも飛びぬけていて……周囲に妬まれるほどの力が)

 スイラに魔法を教えた祖父も、祖父の魔法を不足なく受け継いでいるスイラも、卓越した魔法使いである。そんな彼女とパーティーを組んで、共に活動できる同レベルの冒険者。そもそもそんな相手は存在しないのだ。
 実力の釣り合わない者とパーティーを組むと、悲惨な結果になる。……リュカは、それを身をもって知っていた。

 報酬は貢献度によって分配するもの。一人だけ活躍する者がいれば、その者の取り分が大きくなる。それがずっと続けば、妬まれるようになる。ならばと分け前を同等にしようと取り分を減らすと、今度は施しだなんて何様のつもりだと責められるようになって――。

(……スイラも同じ思いをするかもしれない。たとえそんなことを思わない良い仲間に出会えても……ジン族の冒険者は二十年程度で引退することが多い)

 大事な仲間が出来たとして、彼らの老いはとても早い。老いないエルフとは生きる時間が違い、大事な仲間は先に引退していなくなる。そして最後まで仲間でいてくれるような、気のいい人間ばかりのパーティーに出会える可能性は限りなく低い。……エルフと他人種の恋愛観の違いで、大変なことになったこともある。
 だからリュカは仲間を作らなくなった。いや、仲間などできるはずがないと諦めていた。それでも孤独には耐えられず、どのような形でもいいから誰かと関わっていたくて、冒険者という仕事を続けてきたのである。

 そんな中で出会ったのが、スイラだ。彼女との短い旅の間、リュカは孤独を忘れていた。あまりにも規格外の力で魔物をなぎ倒しながらも、善人で驕りのない彼女を見ているのが楽しかった。……まあ、彼女は常識がないので心配も多かったが。


「中金貨三枚だと分けにくいですね。ギルドで両替はしてくださるのでしょうか」

「稲妻牛の売却金は、全部貴女のものですよ」


 素材の買い取りが終わり、受け取った金貨を見て困った顔をしていたスイラはリュカの言葉で驚いたように顔を上げた。そして次第にその表情は、申し訳なさそうに眉が下がっていく。


「二等分に致しませんか……?」

「……貴女が一人で倒した魔物ですよ。貴女の報酬です」

「けれど解体をほとんどお任せしてしまいましたから……それにとてもお世話になっていますし」


 スイラが一人で倒した稲妻牛の素材。その報酬は彼女が受け取ってしかるべきだというのに、どうしてもリュカに分けたいらしい。一人で報酬を受け取るのが申し訳ないようだ。

(……人に嫌われるのが怖いと、言っていたな)

 それ故の人が良すぎる行動なのだろうか。彼女はおそらく、幼い頃純正のエルフに否定されて生きてきたのだと思う。だから、これほど嫌われまいと誰にでも親切で、優しいのかもしれない。
 しかしその優しさは、対等なはずの仲間に向けると「施し」「侮り」と受け取られる可能性がある。……彼女を受け入れることのできるパーティーは、そういないだろう。


「スイラ、一つ提案があります。この先の依頼、私と組みませんか」


 その提案はスイラのためでもあり、自分のためでもあった。
 まずは世間知らずでカモにされる未来しか見えない彼女を守るため。ハーフエルフで、おそらくエルフからは迫害され、祖父と二人きりで暮らしてきたことで外の常識を何も知らない彼女を、リュカは守りたいと思っている。
 

「貴女を一人にするのは、まだ不安です。ギルドとしての新人教育は依頼の完了と共に終了なのですが……教え切れていないことがあるように思います。貴方は特殊な出自ですから」


 これもたしかな本音である。彼女がハーフエルフでなくてもこの状態のまま放り出すことは出来なかっただろう。
 だがそれとはまた別の理由もある。……一人で居続けることに、リュカ自身も限界を感じていたのだ。

(私ならスイラについていけるだろうし……私に付き合える冒険者も、彼女くらいしかいない)

 気安く名前を呼んで、呼ばれて。くだらない話をして、共に日々の達成感を味わって、労ったり、祝ったり、喧嘩したりでもいい。……とにかく対等に話せるような、そんな相手がほしいと願うのは我儘だろうか。

 エルフであるリュカは、他人種とは比べ物にならないくらい寿命を持つ。エルフが死ぬのは事故か、病か、そして自ら死を選んだ場合か。そんな自分と同じような時間を生きられるのはスイラだけだ。……そして、それはまた逆もしかり。おそらくお互いしか、この世界で同じ景色を見て生きる相手はいないだろう。
 同族から迫害され、集落から追い出されたエルフ。自分以外に、そういう存在に出会ったことを奇跡だと思う。

(いつかは過去を話すべきだと分かってる。……けれどどうか、もうしばらく……)

 追放者リュカ。エルフの集落に、リュカは入れない。何故ならリュカは元々住んでいた集落と同胞を竜によって殺され、生き残った唯一の存在だから。
 上空より現れた巨大な黒竜と、その火炎に焼き尽くされた森と、焼け焦げて人型だけが残った血族――あの光景は、二百年以上経った今でも忘れられない。

 竜の襲来で同胞を全て失い、一人生き残った後。傷だらけの体を引きずりながら、身を寄せる場所を探して別のエルフの集落を訪れた。しかしそこにも、リュカの居場所はなかった。


『竜の獲物であるお前を集落へ入れたら、次は我々が襲われるであろうが!』


 竜の獲物の生き残りとして、危険を連れてくる存在として追い出され呆然としたこともよく覚えている。家族も住む場所も失ったばかりのリュカにとって、同族からの拒絶は絶望するに充分だった。……それ以降、リュカはどのエルフの集落にも入れない「追放者」となったのである。黒竜が集落を焼いたあの日から、リュカの居場所はどこにもなくなった。

(竜が人間一人に執着するはずも無い。……現に私は、未だ殺されていないからな)

 それでもリュカは全てのエルフに嫌われたままだ。無知を利用するようで罪悪感もあるけれど、自分に対して恐怖と嫌悪の入り混じった視線を向けてこない同族は、リュカの過去を知らないスイラだけなのである。……この純粋な光を湛える黄金の目に、どれほど救われているか。彼女は知らないだろう。


「貴女が嫌になったらいつでもパーティーを解消して構いません。……どうでしょう?」


 これは彼女に過去を話した時、もしくは意図せず彼女がリュカの過去を知った時。いつでもリュカを拒絶できるように、という提案だった。
 スイラが他の仲間を探したいなら諦めるしかない。しかしできれば仲間になってほしいと、不安を抱えながら願っていた。
 

「ああ、いえ。むしろ私からもお願いしたかったことです。……では、これからもよろしくお願いします」


 その提案をスイラは笑って受け入れてくれた。久方ぶりにできた仲間に胸が躍り、つい差し出された手を強く握ってしまう。
 仲間らしく、丁寧な言葉遣いもやめて対等に話したい。その願いも彼女は聞き入れてくれた。


「ではスイラ。改めてよろしく」

「うん、改めてよろしくねぇ」


 随分と柔らかい、優しい口調だ。まるで孫を見守る祖父母のような、そんな印象を受ける。見た目は十代の少女なのでその落ち着いた話し方は少し意外だったが、たしか彼女は八十歳程度なのだ。おかしなことでもない。

(仲間、か。……もう二度と、奪われたくない。スイラとなら……竜退治ですら、できるかもしれないな)

 ヒトの限界を超えたような力を感じさせる少女。しかしまだ世間を知らない彼女に、リュカがしてやれることはたくさんあるはずだ。
 互いを支え合う仲間になりたい。そう願って、リュカはスイラに「退竜祭」の説明をするべく、広場へと足を向けた。

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