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8話 初心者装備

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 依頼用紙を掲示板から剥がした後は一度受付に提出し、自分が依頼を受けることを伝える。そうすればギルドが依頼者とコンタクトを取って、翌日には会えるよう手筈を整えてくれるらしい。
 受付嬢も私が持っていった依頼書を見るとほっと安心したような顔をしたので、似たような価値観をもっているのだろう。……やはりヒトの中だと安心する。竜として過ごしていた時は、私の気持ちをいくら説明しようと理解されなかったから。


「受ける依頼を決めたら、依頼に向けて準備をしましょう。依頼内容を見て、必要そうな道具があれば揃えます。スイラはまず……装備だけでなく服も考えた方がよさそうですね」


 現在の私が着ているのは精霊に作ってもらった服である。ヒトの姿で裸でいる訳にはいかないからそのあたりの植物の繊維を服の形にしてもらう魔法を使ったのだ。
 ヒトに変化する魔法のように苦労したくなかったので、非常に簡素な造りのワンピースである。それも古くなってきていたし、おそらく今の私はかなり見すぼらしい。服が必要だというリュカの言葉には私も賛成だ。


「分かりました。……さっきのお金で足りるでしょうか?」

「充分すぎるくらいですよ」


 そうしてリュカに連れられて、この町の服屋に向かった。リュカは異性の自分が居ると買いにくいものもあるだろうから、と店の外で待っていると言うので、私は一人で服屋の扉をくぐる。


「いらっしゃいま……せー」


 笑顔で出迎えてくれた店員は、私の姿を見るとあからさまにやる気をなくした。これだけボロボロの服を着ていたら、お金を持っているようにも見えないだろう。
 というかむしろ訝しむように見ている。商品を盗む気ではないかと疑っているのかもしれない。

(それは仕方ないよね。万引きは店からすれば本当に大ダメージなんだし……お金を見せたら安心してくれるかも)

 さて、私には服がどれくらいの価値があるのか、先ほどもらった四十九万ゴールドでどれくらい買えるのかが分からない。とりあえず大きい方の金貨を取り出して、店員に差し出した。


「これで服が買えますか?」

「!? 勿論でございますお客さん!」


 だらしなくカウンターに肘をついていた店員は飛び起きるように体を起こすと、もみ手をしながらこちらにツカツカと歩み寄ってきた。
 こっちの世界でももみ手ってあるんだ……。と驚きつつ、態度が180℃変わった店員の勢いにちょっと体がのけぞった。


「どのような服をお探しですか?」

「冒険者として動きやすい服を揃えたいんですけど……」

「ええ、ええ、ではこちらなどいかがでしょうか! ヴァッハモスの糸で作られた、頑丈でありながら伸縮素材の――」


 マシンガンのようなセールストークに目を白黒させながら、勧められたものを購入していく。下着や肌着などもあわせて色々買ったので、大きな袋二つ分となった。
 店員に勧められるまで下着の存在をすっかり忘れていた私は、リュカはこれのために外で待つと言ってくれたのだと今更気づいた。……生まれて三百年近く裸だったから忘れてたよね。
 古いワンピースは処分してもらい、新しい下着や服を一式身につけてる。これはこのまま着ていっていいとのことなので、残りの服を袋に詰めて貰ったら会計だ。


「ええと……これっていくらぐらいですか?」


 物の価値が分からない私は買おうとしている服がどれくらいの値段かも想像がつかない。先ほど貰った金貨を袋を広げて見せながら尋ねると、店員は一瞬息を飲んだがすぐににっこりと笑みを浮かべた。


「中金貨二枚で充分ですよお客様」

「中金貨……これですか?」

「ええ、ええ、まいどありがとうございます」


 私が持っている中で大きい方の金貨を二枚渡す。これが「中」金貨ということは、もっと大きな金貨があるのだろう。
 服の支払いには中金貨二枚、つまり二十万ゴールドを使ったので残りは二十九万ゴールドである。半分近く使ってしまったのだが、戦闘用の装備は残りでちゃんと揃えられるだろうか。
 両手に服が詰まった袋を下げながら店を出ると、外で待っていたリュカが私を見て少し驚いたように片眉を上げた。


「随分買い込みましたね」

「はい。服の類は何も持っていなかったので……たくさん買ってしまって、お金が半分くらいになったんですけど装備はそれでも買えるでしょうか?」


 私が自分の心配を告げると、彼の形の整った細い眉が今度は眉間に寄っていく。もしかして残金で装備を整えるのは難しいのだろうか。どうしよう。クーリングオフはこの世界にあるだだろうか。


「……スイラ、いくら支払ったんですか?」

「中金貨二枚です」

「……少しここで待っていてください」


 リュカは厳しい顔のまま、私が出てきた店に入っていく。何事かと頭の中に疑問符を浮かべつつ言いつけ通り待っていたら、彼は数分もしないうちに店を出てきた。


「お釣りを渡し忘れたようでしたから、回収してきました。……どうぞ」

「あ、そうでしたか。ありがとうございま……す……?」


 お釣りの中に中金貨が一枚交じっている。おつりというならそのままの形の金貨で返ってくるのはおかしい。細かく確認してみると、中金貨一枚と小金貨は七枚あった。結局払ったのは小金貨三枚、三万ゴールドということになる。

(……もしかしてぼったくられてたのかな?)

 お金と物の価値を知らない外国でぼったくられるのは、元の世界でも珍しいことではない。日本のように適正価格で売られていることがほとんど、という国ばかりではないのだ。
 あまりにも世間知らずな様子だったので、カモにされてしまったのだろう。リュカはそれを見かねて店員を問い詰めにいったようだ。


「次からは私も一緒に選びますよ」

「ありがとうございます、リュカ」


 ぼったくられた分を取り返してくれたこと、そして買い物に付き合ってくれることで二重に感謝しながら礼を言った。本当にお世話になりっぱなしである。
 しかし笑顔で礼を言った私を見る彼が、なんとなく迷子でも見るような心配そうな表情をしているような気がするのは気のせいだろうか。

 その後、服は嵩張るため精霊に圧縮してもらい、腰の袋に納めた。その様子を見ていたリュカは感嘆の息を漏らしてこう言った。


「その魔法は素晴らしいと思います。私にも闇属性に適性があれば是非使いたかったところです」

「あ、それならリュカの荷物も私が小さくしますよ!」

「……魔力を消費しませんか? これは結構な事象の書き換えのように見えますが、消費魔力も多いでしょう?」

「大丈夫です、魔力なら多いので!」


 これはここまで世話になりっぱなしの彼に恩返しするチャンスだ。そう思って笑顔で引き受けようとしたら、リュカはしばらく迷ったような顔をして首を振った。


「いえ、それは……貴女がパーティーを組むことになった時に、仲間のために使ってあげてください」


 新人指導が終わったら、リュカとは別れて私は別の仲間を探すことになるのだろう。それまでに恩返しをする機会があまりなさそうなのがなかなか心苦しい。


「そうですか……リュカに恩返しがしたかったんですけど……」


 私としてはかなり迷惑をかけている自覚があるため、彼の役に立つ何かができればと思っているのだが難しい。そんな私を見たリュカは驚いた顔をしたあと、ふっと表情を緩めた。


「貴方は本当に変わった人ですね」

「……そう、ですかね。私、普通ではないですか?」


 私はヒトとしておかしな行動をしているのだろうか。自分の、元々ある「人間」価値観で行動しているつもりなのだが、それでもこちらのヒトの中で変人になってしまうなら私の居場所はここにもないことになってしまう。
 少し不安になってリュカを見上げると、彼は安心させるように優しい顔をしたまま頷いた。


「ええ。普通ではなく、とんでもないお人よしです。……私こそ貴女に恩返しをしている最中なんですから、これ以上恩を重ねないでください。返せなくなってしまいますよ」


 変人というよりは底抜けの善人だと思われているようだ。私は彼の命の恩人ではなく命の危機を作った原因なので、彼に恩を作ったとは思えないのだが、少なくともリュカはそう考えている。
 彼の方こそお人好しで親切な善人ではなかろうか。……でもとりあえず、悪い意味で変だということではないようで安心した。


「次は装備を整えに行きましょう。武器は何を使いたい、というのがありますか? エルフなら弓が扱いやすいでしょうか」

「あ、いえ。私は素手でやりたいので……こう、頑丈な手袋とかが欲しいですね。水をはじく素材か、血で汚れても簡単に洗えるやつがいいです!」


 先ほどまで笑っていたリュカが一瞬で真顔になった。武器は気を遣って魔力の壁などを作らないと握りつぶしそうだからこその提案だったのだが、よくよく自分の台詞を振り返ってみると「素手で血まみれになる戦い方がしたい」と言っている戦闘狂である。


「えっと、その……変なことを言ってすみません。ただ武器を使い慣れていなくて、ですね……」

「……ちょっと常識にない戦闘スタイルだったので、面食らっただけです。そういえば貴女は素手で魔物を討伐していますからね」


 ……常識のない発言をしてしまって大変申し訳ない。しかしヒトになったばかりの竜なので感覚がずれているんです、という言い訳をするわけにもいかず縮こまった。


「貴女の力が強いのはハーフ特有の能力でしょうか。……なら、防具の希望は?」

「やっぱり動きやすくて洗いやすい方が……」

「……となると革製ですか。分かりました、それで揃えましょう」


 そういう訳で私は革製のグローブと防具を手に入れた。ついでに丈夫で大きい腰巻のポシェットも手に入れて、なんとお値段は小金貨一枚、一万ゴールドである。服より安いことに驚いた。


「とても安いんですね……」

「こういうのは初心者用の装備なんですよ。貴女の資金力ならもっといい装備を揃えられるんですが……貴女の重視する性能は汚れにくいこと、そして洗いやすいことですからね」


 初心者向けの皮装備は水をはじき汚れにくく、またツルリとしているのでたとえ汚れても洗いやすいらしい。ただし防御力や攻撃力なんかは大したことがないのだという。……私の場合はそれで充分だが。
 一応武器の専門店も見たのだが、やはりどれも壊しそうだったので使い捨てられそうな投げナイフ数本を購入する。リュカも私のせいで失ったと言っても過言ではない弓矢を購入していた。

(大分冒険者っぽい見た目になったかも?)

 革製の武器と鎧を身に着けて、太腿には投げナイフのホルダーを巻き、気分は新人冒険者だ。みすぼらしい恰好をしていた時よりもずっと人間らしいだろう。


「今日の宿はどうしますか?」

「よく分かりません。でも、私その辺でも眠れます!」

「……まともな宿を紹介しますね。私も同じ宿に泊まりますので、明日は一緒にギルドまで行きましょう」

「あ、はい」


 何故だろう。リュカが道端で転んだ子供でも見ているような顔をしている気がするのは。
 ……気のせいだと思いたい。


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