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アザーズ Side
わたくしのおろかなねがい
しおりを挟む「ご機嫌よう、ライサ。」
「ご機嫌よう、王妃様。本日はお時間をいただきありがとうございます。」
「気にしないで?義娘からの頼みだものいくらでも時間を作るわ。」
ほほほ、と和やかにそう言ってくださる王妃様。
そんなふうに挨拶を交わす最中、わたくしの心臓は早鐘をうち口から飛び出てしまうのではないかと思わせるほどで、無意識に握り締めた手には汗をかいていましたわ。
いえわたくしに余裕がないだけで、顔も強張っているのかも知れません。
ここまでわたくしが緊張しているのは、今からしようとしている話題のせいなのは言うまでもありませんわ。
この話をすれば、最悪よくしてくださった王妃様との関係が悪化するかも知れませんし、そんな不安を抱いているわたくしはなかなかお話を切り出すことができませんの。
王妃様はそんなわたくしの様子に何か感じるものがあったのでしょうか、穏やかにわたくしが言葉を発するのを待ってくださっていましたわ。
「あの、本日お時間をとっていただいたのは、えーっと・・・。」
やっと覚悟を決めたつもりで口を開きましたが、口をついて出てきたのはそんなしどろもどろな言葉でしたわ。
そんなわたくしに王妃様は優しく微笑みかけてくださいました。
「急がなくても大丈夫、ゆっくり言葉にすればいいのよ。」
そんな優しいお言葉に、このままではいけないと奮起いたしましたわ。
「せ、先日のお茶会でのお話なのですが、陛下の側妃を迎えるというお話、わたくしではダメでしょうかっ?」
最初は声がひっくり返りながらも勢いで言い切りましたわ。
これでもう後戻りはできませんの。
言い切ったあと、反応を見るのが怖くてわたくしは下をむいてしまいましたわ。王妃様に対して大変失礼なのは承知の上ですが、顔をあげることはどうしてもできませんの。
「ライサ、顔を上げてちょうだい。」
そう優しく言われて下を向き続けるわけにはいかず、それでもまだ気まずさがあっておずおずと顔を上げましたわ。
「気に病ませてしまっていたようで、ごめんなさいね。あなたがそのような決断をしてくれたこと、とてもありがたく思うわ。」
そうおっしゃる王妃様の顔には労りやそれに類する感情しか読み取れませんでしたわ。
「でもねこのことであなた達の負担を増やすつもりはないのよ、相談したけれど決定ではないし、私達の我儘ですもの。そもそも、これでも王家ですもの繋がりを得るために家から側妃を出したいという家はそれなりにあるのよ。もちろん陛下のとなると色々とあるでしょうけど、あなた達の時みたいに限られた人選にはならないわ。
だから、ね、私達のことを考えての決断でしょうけど無理はしなくていいわ。あなたには想い人がいるのでしょう?それなのに父親と変わらない年齢のおじさんの側妃になるなんて、あなたに我慢を強いるようなことはしたくないわ。」
そう諭すようにおっしゃられた。
そして、それを聞いてわたくしは根本的な話を勘違いされていることに気付きましたわ。
いえ、わたくしは今まで何も言ってこなかったのですものそうなるのも当然でしたわ。
「いいえ、いいえ違いますわ!そうではありませんの!!わたくしは陛下の側妃になることを望んでいるのですわ!ずっとずっと憧れていましたの、初めてお会いした時から!!でも、王妃様がいらっしゃったから、比翼の鳥のようなお二人の様子に入り込む隙間など無いと思って、その想いを胸に秘めていましたの!ずっと、死ぬまでその想いを誰にも告げることなく過ごすつもりでしたわ!でも、お二人の仲がそうでは無いなら、と希望を抱いてしまいましたの。いえ、わたくしのような子供など相手にしてもらえないでしょうが、ぜめてその御子を産むことができたら、と浅ましくも願ってしまって今日お話しにきてしまいましたの。」
言って、しまいましたわ。
本当にもう後戻りができないくらいに全て晒してしまいましたわ。
わたくしの心の裡に居たのは陛下でしたの。
お父様もお兄さまもわたくしの想い人を王太子殿下と思っていたようですが。
それもそうですわよね、陛下はお父様とあまり変わらない年ですもの。簡単には口にできない想い人、しかもその想い人ができたタイミングから言って王家の人間となれば同じ年頃の王太子殿下となるのは当然の思考でしょう。
わたくし自身、そう匂わされても否定をすることはありませんでしたし。
ええ、わたくしが言えなかったのは伴侶がいる方であり、これほどに年が離れている方だったから。
幼い頃は伴侶がいらっしゃるから、という理由だけで言わないという選択をしていましたわ。ですが年頃になってからは王太子殿下に焦がれる方はいても、陛下に焦がれる方はいない。だから陛下に恋い焦がれるのは少々変わっているのだと思うようになり余計に胸に秘めておかなくてはならないと思いましたの。
全てを晒し、勢いづいているのか、今度はしっかりと王妃様を真っ直ぐ見つめ続けることができていますの。
王妃様はわたくしの言葉に目を丸くされた後、わたくしから目を逸らし、何かを考え込んでいらっしゃいましたわ。
そして、十分に時間が経ってから王妃様は口を開かれましたわ。
「本気、なの?」
「ええ、本気でなければ王妃様にこのような話できませんわ。」
「そう、そうよね。」
と、ためらうようにおっしゃられたのはここまでで、背筋を伸ばした凛とした姿になられましたわ。
「もし本当にそれを望むのであれば相応の覚悟がいるわよ、それは分かっていて?」
「もちろんですわ。」
「どのようなことがあっても、逃げることは許しません。それに、あなたにお願いすることになればおそらく、陛下との関係は隠し、できた子は王太子の子として産ませます。陛下の御子と知られれば、一番に非難されるのはライサ、あなたになるわ。あなたには特に社交の面で補佐をしてもらっているから、影響はかなり大きいでしょうし、ご実家の方にも少なからず影響が出るでしょうね。
そういったことも含めて、本当に、覚悟はできていて?」
実家のことを言われ、一瞬、言葉に詰まってしまう。
自分が非難に晒される覚悟はできますわ、でも、家族も・・・?
そんな一瞬でも躊躇してしまったわたくしの様子に王妃様の顔がふっと緩みましたわ。
「あなたの気持ちは理解したわ。でもね、憧れは憧れのままの方が良い時もあるのよ。
側妃に関しても、外の人間を入れてしまった方が変な非難を浴びずにすむわ。いえ、非難を浴びるのは私達だけで良いのよ。だって私達夫婦の我儘だもの。」
・・・わたくしは情けなく、歯がゆくも言葉が出ませんでしたわ。
悩んでいるふりをして、真実は浮かれて考えが浅くなっていたみたいですわ。家族への影響に考えが及ばないなんて。
「お茶が冷めてしまっているわね、いれなおさせ」
でも。
「嫌ですわ。」
「ライサ?」
「嫌ですの、せっかくチャンスがあるのに諦めるなんて!」
ええ、ええ、愚かであることも、自分勝手であることも分かっていますわ、でも。
「ずっと、ほんとうにずっとお慕いしていましたの。また、なにもなかったように心の中にこの気持ちを秘めておくことは出来ませんわ・・・。」
言葉に気持ちが溢れてしまうのと同時に涙かポロポロとこぼれ落ちます。
子供がただをこねるような、なんの覚悟も出来ていない癇癪に過ぎないのは分かっていますの。
「わたくしでも、王妃様でもない誰かを側妃にするのであればわたくしは暇をいただき修道院に入らさせていただきますわ。」
それだけ言い切って、幼子の様に泣きじゃくりながら言葉にならなくなってしまったわたくしの頭を王妃さまは優しく撫でてくださいましたわ。
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