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第45羽

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 教室が近づく頃にはもう走ってはいなかったが、それでも足早に歩き、教室の中に入ると脇目も振らず彼の元へ向かいその手を取った。

「わっ、どうしたの愛里ちゃん?」

 もう昼休みも終わり際、席に座っていた空は突然の事に驚いていたが、

「……一緒に、来て」

「………うん」

 僅かに目の下が赤くなった愛里の悲しげな顔を見て、理由は訊かずに空は立ち上がった。 そのまま愛里は空の手を引いて教室を後にする。

 その一部始終を隣の席で見ていた真尋は、

「こ、告白……じゃなさそうだったけど………」

 あっという間の出来事に、真尋は止める間もなく、ただ茫然と二人が消えた教室の入り口を見つめ呟くだけだった。



 会話も無く空を連れて歩く愛里は、もう人気ひとけの無くなった中庭で立ち止まる。 
 そして空の手を離し、振り向くなり何かを堪えるような目を向け空と向かい合い、

「空くんがいけないんだからっ……!」

 なんの説明も無く不満をぶつける愛里。 
 空は僅かに目を大きくしたが、すぐにその目を細め、小さく言葉を零した。

「ごめん」

 手を取られた時の愛里の顔、ここまで無言で連れて来た理由。 そして、開口一番愛里から出た台詞だけで、空には謝る理由が自分にあると判断したから。

 だが、そんな空だからこそ、愛里は説明も出来ずに不満をぶつけるしかなかった。 その思いが、彼女に次の台詞を言わせる。

「たまには……って、って……言ってよ……」

 震える声で願う愛里の言葉、溢れる涙は最後を言い終わる前に少女の頬を伝っていく。 空はそれを拭ってやる事が出来ずに、ただ見つめるしかなかった。

 愛里は表情を変え、空を睨みつけて言い放つ。

「抱きつくから、逃げんなよ」

 普段の愛里とは大分違う口調だったが、それが彼女なりの照れ隠しだと理解出来た空は、

「了解」

 と真剣な眼差しで愛里の視線を受けとめる。
 そして、

「思い知れっ!」

 そう言って愛里は中々の勢いで空に抱きつき、受ける空はしっかりとその身体を支えてから、愛里の背中にそっと手を回した。

 昼休みの終わるチャイムが鳴る中、二人の生徒は学生の本分を放棄して抱き合う。 

 その音も止み、暫くして愛里が空の後ろ髪から囁く。

「……結構、引き締まってるんだね」

 純情な小悪魔の羞恥混じりな声に、

「まあ、昔ちょっと、ね」

 微かに笑みを浮かべて返事をする空。

「こんなんじゃ、許してあげないけど……」
「うん」

 恨みがましい声色でまだ足りない、と言う愛里に頷く空。 愛里は、同じ言葉を呟き出す。

「……ムカつく」

 愛里の腕に力が入る。

「ムカつく………ムカつく、の……」

 空の身体を絞るように抱きつく。
 空は背中に回した右手を愛里の頭に置き、優しく撫で始めた。

「……学習、してるね」
「はい」

 愛里先生の教えを実行する空。
 だがその生徒は意外と優秀で、つい生意気な事を言ってしまう。

「少し、わかるようになったよ」
「なにが?」
「愛里ちゃんの言葉」
「………嘘だね」

 どの言葉の事を空が言っているのかは定かではないが、まだまだ未熟な生徒に愛里先生は信を置いていないようだ。

「じゃあ、やめようかな?」
「言わないと怒るけど」

 間髪入れずに脅しを入れる愛里、空は優しく微笑んでから、

「さっきの “ムカつく” は、 “怖かった” 、じゃないかな?」

「………」

 空の言ったことが正解なら、愛里はその台詞を三度続けて口にしている。 それが恥ずかしかったのか、愛里は黙秘を続けた。
 その間空は何も言わず、ただ愛里の返答を待つ。 その時間が彼女に言わせたのは、以前も空に言っていた台詞だった。

「……ドS」
「はは、まさか」

 揶揄われた気分になったのか愛里はまた、

「ムカつく」

 四度目を呟くと、

「今のは言葉のままだね」

 空は愛里を撫でながらそう言った。
 その後、空から出たとは思えない、冷たく、鋭い声が愛里の耳に届く。

「愛里ちゃんを泣かせた、の原因を教えて」

「――っ!」

 微かに肩が上がる愛里。
 だが、それを言えるのなら初めからそうしている。

 空はさっきと変わらない声で続ける。

「内容は訊かない。 ただ、その名前だけでいい。 じゃないと僕は守れないし、守れないなら―――失うしかないんだ」

 氷の声は最後、真逆の熱を持っていた。
 決して強い口調だった訳ではない、だが愛里には……


 ―――知れないなら離れるしかない。


 そう感じた。

 守れないなら傍に置かない、その資格が無いから。 彼はそう言っている。 愛里は縋るような気持ちで、まるで “捨てないで” 、そう言うかのように名を囁く。

 それから一つ溜息を吐いた空は、

「わかったよ」

 と言って愛里の両肩を優しく包みながら離れ、か弱い少女になった愛里にいつもの笑顔を見せた。
 別人のようだった声色も元に戻り、ほっと胸を撫で下ろし安堵する愛里。

「今戻ったら、皆にどう思われるかな?」
「こんな目だし、私がフラれたって思うんじゃない?」

 ここで本格的に泣いてしまった愛里は、空を連れ出した時より明らかに “泣いた後” 、そうわかる顔をしている。

「てことは僕は……」
「完全に “女泣かせ” 、だね」

 それも、クラス一の美少女を泣かせた極悪人。 まさに男子の敵となる事は容易に想像出来る。

 そこで空が出した解決策は、

「保健室行こっか」

 愛里を保健室に連れて行った、という話にする作戦だが、寧ろ連れ出したのは愛里……だが他には策が無い。 鞄も教室にある状態では帰るのも選択出来ないからだ。

 だがこれは、愛里にとっても渡りに船。 何故なら愛里には……


「ちょうど良かった。 私も保健室に用があるんだっ」


 眩しく弾ける美少女の笑顔を取り戻した愛里、それに照らされた空は笑みを浮かべたが、おかしな事に気づいて首を傾げる。

「保健室に用? って、普通無いよね?」

 そう言った空に彼女は目を細め、吐き捨てるように心配事の多い彼に言った。


「空くんには言われたくない」

「ああ……―――えっ?」


 確かに空はがあって一度保健室を訪れている。 あの泣いて救いを求めてきた朋世の自宅に行った翌日に。

 だが、それを愛里が知っている筈もなく、今の台詞を言われる心当たりが無かったのだ。

 腕組みをした赤い目の美少女は言った。


「噂の小悪魔、舐めんなよ」



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