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第10羽

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 ―――はぁ、学校なんてつまらない。


 母さんが行けって言うから行ってるだけで、別に友達作ろうなんてめんどくさいこと思ってないし、そもそも出来ても遊ぶ時間なんて無い。

 外でバリバリ働いて、あたし達姉妹を養ってくれてる母さんには感謝してるから、家の事をやるのも嫌じゃないし、妹の海来留みくるも可愛い。

 今になってみれば、あんなクソ親父出て行ってくれて本当に良かった。

 それでも、最初は三人で大変だったんだ。
 海来留もまだ一歳だったし……。

 親父あいつがいなくなってから、あたしは母さんに名字の “別府” を変えようと言った。 でも、何故か母さんは聞いてくれなかった。

 あんなヤツと同じ名字なんか名乗りたくない、誰かに呼ばれるだけで虫唾が走る。
 男なんて偉そうにしてるだけで、ちょっとの事で弱音を吐いて、何も守れずに、無責任に逃げて行くんだ。

 あんなヤツより母さんの方が、女の方がよっぽど強い。


「ただいま……」



 ――またか……。



 海来留は小学校に上がる少し前からサッカーに夢中になった。
 小学生になってからは、学校が終わるといつも友達とボールを追いかけている。 

 一応家のすぐ近くの公園でやるように言ってあるけど、遅くまで帰って来ないであたしが迎えに行くなんてしょっちゅうだ。


 それが一週間くらい前、海来留が不貞腐れた顔をして帰って来た。

 何があったのか訊いてみると、「みんな、みくるがおんなの子なのにいちばんじょうずだから、いやなんだ。 おとこの子なんてキライ」そう言って、目に涙を溜めていた。


 仲間外れにされたのは可哀想だけど、男なんてそんなもんだ。 あたしも嫌いだよ、海来留。

 そんな海来留が数日前、今度は嬉しそうな顔をして帰って来た。 友達と仲直りしたのかと思ったら、話を聞くとそうじゃなかった。

 公園で一人ボールを蹴っていたら、知らない男が声をかけて来て、一緒に遊んだらしい。

 あたしは海来留を酷く叱った。 

 世の中どんなヤツがいるか分からない。 大事な妹に何かあったら、そう考えたら怖くて身体が震えた。

 海来留にそいつがどんなヤツだったか色々訊いてみると、何となく特徴が似ていた。


 ―――クラスメイトのアイツに。



 ◆



「へたくそー、ちゃんとパスしてよ」

「ゴメンゴメン」

「もぉ、ちゃんとボール止めてからけらないと、へたなんだから」


「いやぁ、みくるちゃんはセンスが良いね」
「あ、あったりまえでしょ? おんなはね、センスがだいじなんだからっ。 ママもいってたもん」


「そっか、ママ……か」

「うん、ママはカッコいいよっ」


「カッコいいママかぁ。 そうだ、お姉ちゃんもいるんだよね? じゃあお姉ちゃんもセンスいいんだ?」

「うーん、おねーちゃんは、だめだね」
「えっ、そうなの?」

「おねーちゃんはダサい、みくるとママとはね、センスがあわないの」

「ははっ、じゃあ僕と仲間だ」
「おちょうしにのらない」
「はい」

「おねーちゃんとあうのは、おとこの子がキライなとこだけ」

「そっか」

「そ、空はとくべつに、おともだちにしてあげたんだから……」


「光栄です」
「こーえい?」

「ありがとう、だよ」

「ふ、ふんっ! しってるし!」


「そうだ、お姉ちゃんの名前はなんて言うの?」


「おねーちゃん? おねーちゃんはね、みやだよ。 べっぷみや」

「ふーん、なんか聞いたことあるような……」



 ―――心配して来てみれば、やっぱりアイツか。

 ウチの海来留と勝手に……ああいうナヨナヨした男は嫌いなんだよ、男なんてみんな嫌いだけど。


 ―――ん? なにあれ………。


「――あっ……」

「どうしたの?」


 海来留ぐらいの男の子が何人かと、男子中学生らしいのが二人公園に入って来た。 海来留のやつ、なんで灰垣の後ろに隠れてるの?


「おい、ヤバイんじゃねーの? あれ高校生じゃね?」
「大丈夫だろ、あれじゃ小学生みたいなもんだ」


 ………はぁ、まるで古い漫画のワンシーンだ。


 どうやらあの子供達は灰垣と海来留が邪魔で、中学生の兄貴でも呼んで来たんだろう。 灰垣も情けない、中学生にまで舐められて……。


「みくるちゃんのお友達?」

「……もう、ちがう」


 やれやれ、あたしは灰垣より背が低いけど、あんなガキになんて舐められない。 情けないクラスメイトに引導を渡して、二度と海来留に近づかないように――――


「みくるちゃんのお友達だろっ? 一緒にやろう!」

「空? や、やだよ……」


 ………何言ってんだアイツ。

 まぁ、なんか頭の中お花畑みたいなイメージのヤツだとは思ってたけど……気持ち悪い。


「なんで?」
「だって……」

「みくるちゃん、お友達は、違う人にはならないよ」


 海来留に何言ってるの? 余計なこと言わないでよね、アンタみたいな男悪影響だから。


「あの偽高校生、なんか言ってるぞ?」
「バカなんだろ? さっさと追い出そう」


 ホント………情けない。―――えっ………。


「空、今日飯なに?」

「「――ッ!!」」


 ………誰、アイツ………。


「ほ、本物の高校生が来た……!」
「おい、ヤベェって」


「……僕も本物だけどね」

「空の、おともだち?」

「そうだよ、小学生から一緒の、今も変わらない友達。 勇っ!サッカー終わったらたっぷり作るからっ!」

「俺、球技だめだぜ? 格闘技専門だから」


 灰垣の知り合いみたいだけど……なんか似合わない二人……。


「格闘技だってよ……」
「うん、逃げよう」


「よし、みんなでやろう。 僕も少しはみくるちゃんにいいとこ見せないとねっ」

「空………う、うんっ!」



 ―――何これ。 バカみたいだね。



 海来留のやつ、知らないヤツと遊んじゃだめだって言ったろ? 帰ったらまた叱ってやらないと。


 ………でも、今は少し大目に見てあげる。 灰垣、アンタもね。 だって海来留のやつが………



 ―――あんなに楽しそうに笑ってるから……。



 ◆



「はぁ……はぁ……もうだめ、普段こんな運動しないから………」

「まーだぁ、空、ほら立って!」

「い、勇さん、ちゃんとボール蹴ってくださいよっ! 勇さんに蹴られるとめっちゃ痛いっす!」

「悪りぃ、空、腹へった」


「みくるちゃん、また遊べるから。 お友達ともさ、また仲良くなれたんだし。 お姉ちゃんが心配しちゃうよ?」

「だって……」

「海来留」



「――へ? お、おねーちゃん?!」



「もう帰るよ」

「………うん」


 まったく、あたしだって家の仕事あるんだからね。


「あっ……別府さんって、そうだ、別府さんがみくるちゃんのお姉ちゃんだったんだ」

「灰垣、あたしは別府って言われんの嫌いなんだよ。 それに、勝手に妹と遊んで……」

「ご、ごめん……」

「おねーちゃん、空しってるの?」
「別に」

「みくるはね、また空と遊ぶよ」


 ……生意気そうな顔して睨んで、誰に似たんだか……。


「あんまり遅くしないでよ、灰垣」

「もちろん。 べっ……ええと……」
「みやだよ、さっきおしえたじゃん」

「ああそうだ。 わかった、約束するよ。 海弥ちゃん」

「――ち、ちゃんって……! は、恥ずかしくないの?!」

「え? じゃあ……海弥?」

「な、なんでもいい!」


 変なヤツ………何が  “約束する” 、よ……。


 男なんか、約束なんて守らない癖に。

 信じたって、どうせ裏切るんだから……。


「またね、みくるちゃん」
「うん、やくそくだからねっ」


「僕はね、約束は守るよ」



 ―――そんな、みくるに信じさせるような顔………しないでよ。  悪影響だから………。



 みくると手を繋いで、私達は先に公園を出た。


 満足そうな顔で歩く妹を見て、あたしもつい優しい気持ちになる。 これじゃ、帰っても叱れそうにないな。


「みくるね、空になら、およめさんになってあげてもいいよっ」

「………そっか」

「うんっ!」


 明日、灰垣に言ってやろう。


 ―――二度と海来留に近づくな………と。


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