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二人の王子⑦

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「ハルマ殿下。

 オンセンタマゴが出来上がりました。

 お召し上がりください」

 ブアゾンに差し出された黒く変色した卵を、僕は若干顔を引きつらせながら受け取った。

「あ、ありがと……」

 ピットが馬車を飛び出して行って、たった二時間しかたっていないのに。

 食べ物への執着って、凄いんだね?

 どこにどう手配したのか、僕たち一行は温泉を発見した流れで旅隊を停止し、休憩に入っている。

 なにせ結構山深いし。

 普段は通行も少ない道だから、もしかしたら誰も来たことのない秘湯かもしれないな。

 そんなわけで、温泉の発見とともに旅隊の料理人たちは、温泉タマゴと温泉饅頭の準備に取り掛かった。

 っていうか、よく温泉饅頭の材料そろうよね……?

 だけど温泉から卵を引き上げた料理人たちが、殻が真っ黒くなった卵を見て騒ぎ始めた。

「わぁ!!! 黒タマゴ!!」

 僕は懐かしく・・・・なって、思わず歓声を上げた。

 だけど、黒タマゴを見慣れていない料理人は、僕の反応に済まなそうに頭を垂れた。

「……殿下……。

 も、申し訳ありません。

 何故か、卵が黒くなり……とてもお召し上がりには……」

 え……?

 黒く、なることあるよね???

 食べられるよね?

 母上、言ってなかった……?

 あれ……?

「えっと……。

 黒いのは、温泉の成分が卵の殻の成分と反応しただけだから、普通に食べられるよ……?」

 僕が教えてあげると、カルが、「よかったぁぁぁ。しっろい神様が、教えてくれたんだな!! よっし!!! くおーぜ?」と、カルが卵に手を伸ばしている。

 ち、違うよ? 白い神様、そんなことをいちいち教えたりなんかしないから……。

 あれ? そうすると、どうして僕知ってるのかな……??

 考えてみたけど、よく思い出せない。

 僕はまた、もやもやした気持ちになった。

 喉元まで答えが出てるのに思い出せない、そんな感じ。

 う……ん。

 やっぱり駄目!

 思い出せない!!!!







「ほら、春馬。

 食べてごらん?」

「……真っ黒……。

 食べれるの??」

「はは……もちろんだ、春馬。

 これは殻に着いた鉄分が温泉の成分と反応して黒くなってるだけだからな。

 美味しいから食べてごらん」

 僕は父さんから黒い卵を受け取って、自分で殻を剥いた。

「……上手だな?」

 父さんは目を細めながら、僕の手元を見つめていた。

「うん!

 僕、上手に殻、剥けるよ?」

 久しぶりに会った父。

 そして温泉地への家族旅行。

 僕などいなくてもいいんじゃないかと思ったけど、そういう訳にはいかないらしい。

 僕はというと、空気を読んで楽しいフリをしていた。

 嬉しそうに声を上げながら父さんを見上げながら答えると、父さんの大きな手が僕の頭を撫でた。

 その手つきはとても優しかったけど、僕は胸がきゅっと締め付けられていた。

 僕と父さんは、家族だけど、一緒に暮らしてはいない。

 両親の離婚後、僕が引き取られたのは父さんの実家である祖父母の家だ。

 祖父母の家は代々伝わるその土地の地主みたいな存在で、今でも広大な土地を保有する財産家の祖父は、地元ではは知らない人がいないほどの有名人だった。

 そんな田舎暮らしと、古くから守られている風習を嫌った父が、ある女性と恋に落ち生まれたのが僕だった。

 だけど数年後、父の浮気が発覚し両親が離婚するのだが僕はまだ幼すぎてその当時の記憶はほとんど残っていない。

 母さんのことなんて何一つ覚えていないのに、僕には兄さんがいた。

 そのことははっきり覚えている。

 僕のことを愛おしそうに見つめる瞳。

 抱きしめる温かい手。

 僕を引き取ってくれた祖父母は優しいし、不満があるわけじゃない。

 こうしてだいたい2、3か月に一度の面会も、それほど苦痛じゃないけれど。

 だけど、無性に寂しくなる時がある。

 そんな時、僕は兄さんを思い出す。

 顔なんてぜんぜん覚えてない。

 だけど。

 いつも美味しいものを作ってくれて。

 優しく頭を撫でてくれて。

 愛おしそうに僕をぎゅっと抱きしめてくれて。

 そんなことが断片的に思い出された。

「にーちゃ……」

 僕はいたるところから立ち上がる温泉の湯気を見ているフリをしながら、父さんに気付かれないように小さくため息をついた。

 誰にも気付かれていないと思っていたのに、僕の手に、あたたかな温もりが伝わった。

 そうして僕の寂しさをいたわるようにきゅっと握りしめられた手に、僕は驚いて瞳を落とす。

「…………っは!!」


 がばりと起き上がって、僕は発しようとしていた言葉を失った。

 はぁはぁと、息が苦しい。

 僕はいつの間に横になっていたんだろう。

 そして。

 あれ?

 ここはどこ?

 周囲が暗すぎて、最初自分の置かれている状況が分からなかった。

 注意深く目をこらしながら周りを見渡すと、張幕と小さな燭台の炎、心配げな召使に気がついた。

 そうだ。

 僕とカルは今、ファ・ムフールへの旅の途中……。

 温泉に入ったりして、今日は疲れてしまって早くに眠ったんだった。

 落ち着いてもう一度確認すると、僕の隣ではカルコフィアが獣化して鼻を鳴らしながら身体を丸めて眠っている。

 なんだ夢か。

 僕はカルのもふもふの体の横に抱き着くように体を滑り込ませて、再び横になり、目を閉じた。

 それにしても不思議な夢……。

 夢の中は、僕だったけど、僕じゃなかった。

 見慣れぬ服を着ていたし。

 沢山の人。

 四角い乗り物。

 僕は知らない小父さんを父上だと思っていて。

 それに……何故だか母上が、母上じゃなくて兄上になっていたな……。

 だけどまだ眠りが足りなかったのか、夢を思い出しつつ、僕はいつの間にか眠ってしまっていた。

 そして目が覚めた時には、夢のことはすっかり忘れていた。








 朝からほんのすこし雨が降っていた。

 そのせいかっちょっぴり肌寒い。

 僕とカルは馬車の中で歌を歌ったり、母上の考えた「とらんぷ」で、「ばばぬき」をしたりして遊んでいた。

「じゃあ、次はハルマの番」

 そう言われて、僕はカルの差し出したカードに手を伸ばす。

 そうしてカードに手をかけようとすると、眉のあたりが嬉しそうに緩まるカルの表情が目に入る。

 手を引いて別のカードに手を伸ばすと、カルは心配そうに息を詰める。

 ………ダメだ。

 笑っちゃだめだ。

 だけど、弱くない??

 そんなにはっきり顔に出されると、かえって「じょーかー」を引きにくいんだけど!!!

「ッ……はやく選べよ、ハル!!!」

 そう言ってカルは急かすけど、僕はおかしさをこらえるのに必死で、顔をそむけた。

「ちょっ……ちょっと、待ってよ、カル!!」

 僕は尻尾をきゅーっと握りしめて、どうにか笑うのを我慢した。

「……じゃぁ、じゃぁ、引くよ?」

 そう言って、カードに手を伸ばしたとき、急に光が降り注ぐような不思議な感覚が僕を襲った。

「ふぁ……!!!!」

 そのまま固まってしまった僕の顔を、カルが心配そうにのぞき込んだ。

「大丈夫?

 ハル?」

 大丈夫、じゃない!!!!

 僕は動揺して、叫んだ。

「たたたたた!!!

 大変だ!!!!

 馬車を止めて!!!!」 

 僕は真っ青になって、馬車を止めるようにお願いした。

 突然の停車に反動で体が揺れて。
 
「……来る!!!!」 

 僕がカルにそう言うと、カルは首を傾げながら、「あ、トイレ?」と聞いてきた。

 トイレじゃない!!!!

「早く行かないと!!!!」

 僕は説明ももどかしく、馬車から転げるように飛び降り目前の崖を一心不乱に登り始めた。

「待って!!

 僕も行くから!!!」

 カルの声が聞こえていたけど、僕は急いでいて返事もしなかった。

「殿下!!

 どこに!!!」

 コーネリウスの焦った声も聞こえる。

「トイレ行ってくる!!!」

 続いて聞こえるカルの声。

 違う!!!

 トイレじゃないからぁぁぁぁ!!!!!

 




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 あれ?

 まだミノル君出てこない……。

 そしてミノル登場時にカル、ハルマ、コーネリウスの3人しかいなかった理由……。
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