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第6章 裏側

180【もう一人の実行犯7 身代わり人形】

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 支店の裏口に『転移』した俺は、ユリの肩を借りて休憩室に入った。まだ、ユリの肘打ちのダメージが抜けていなかったのだ。

「アレン!?」
「お兄様!?」

 そんな俺を心配してクリスとマナが駆け寄ってきてくれる。

「大丈夫ですか!? どこかやられたのですか!?」
「だ、大丈夫……大丈夫だから――」
「ユリピ! 早く『回復』魔法を――って、ユリピ!? 大丈夫!?」

 ユリは顔を真っ赤にしてうつむいていた。

「クリス、マナ、大丈夫だから落ち着いて。俺もユリもやられたわけじゃないし、少し休んだら良くなるから……」
「…………お兄様?」
「アレン……ユリさんに何をしたんですか?」

 クリスとマナの眼が鋭くなる。

(察しが良すぎない!?)

「え、えっと……」
「お兄ちゃんに後ろから抱き着かれた……」
「――っ! アレン!?」
「ちょ、ユリ!? 待って! 違うんだ、クリス。いや、違わないんだけど、誤解があって…… ん? マナ? 何やって……」

 マナの腰には、いつの間にか腰に刀が差されていた。そしてその鯉口は、すでに切られている。

「お兄様? 許可なくユリピに抱き着いたんですか?」
「マナ! 落ち着けって! 刀はシャレにならない! 誤解があるんだって! 説明させてくれ!」
「……何をやっとるんじゃ、おぬしらは……」

 おばあちゃんが休憩室に入って来たおかげでマナの眼に正気が戻った。今なら俺の話も聞いてくれるだろう。俺は早口でまくし立てるように、先ほどの事を説明した。
 


「……なるほど。状況は理解しました。それでもいきなり抱き着くのは良くないと思いますよ?」
「そうそう! ユリピは繊細なんだから。ちゃんと声を掛けなきゃダメだよ。お兄様」
「うぅ……それについては悪かったと思ってるよ。ごめんな、ユリ」
「…………もういいよ。とっさの事だったし、お兄ちゃんに悪気が無いのは分かってるから。私こそ、思いっきり打っちゃってごめんね。はい、『回復』魔法」

 ユリが俺に『回復』魔法を使ってくれる。おかげで、腹に少しだけ残っていた鈍痛がきれいさっぱりなくなった。

「ありがとう。助かったよ」
「はぁ……それで? ダーム様の妹様はどのような感じだったのですか? ご病気の正体は分かりましたか?」
「そうそう! もともとそれが目的でしょ? どうだったの?」
「えっと……」
「それは……」

 俺もユリも言いよどむ。ユリに抱き着いた事を話しただけであれだけ狼狽していた2人だ。アンナさんの事情を話したら、どれほど、ショックを受けるか。

「アレン。話しにくいなら、わしから話すぞ。同性の方が、まだ話しやすかろう」

 おばあちゃんが気をきかせて説明役を買って出てくれる。

「……ありがとう。だけど、俺から話すよ」
「そうかの? まぁ、おぬしが自分で決めたのなら、そうするがよい」
「うん。だけど簡単に話せる話じゃないから終業後に、ね。2人共、終業後に実験室に集まるように皆に言っておいてくれる?」
「なんだか怖いですが……分かりました」
「お兄様がもったい付けるなんて……分かった。心の準備をしておくね」

 クリスもマナも俺達の様子から何かを察したのか、神妙な面持ちで頷いた。

 2人と休憩室で別れた後、俺は、ユリを連れて実験室に入り、魔道具の開発を始める。

「よし! まずは、あの魔道具の複製を作る。その後は、ダームさん用の魔道具を作るぞ。今回もよろしくな、ユリ!」
「任せて!」

 ユリがいれば、あの魔道具の複製は簡単に出来るだろうし、ダームさん用の魔道具も問題なく作れるだろう。終業時間までに完成させるべく、俺達は作業を開始する。



 作業は問題なく進み、ダームさん用の魔道具を開発することが出来た。そして、終業時間が過ぎた後、実験室に集まった皆に、アンナさんの事情について、話をする。あまりの事情に、皆、特に女性陣はショックを受けていた。ニーニャさんやナタリーさんは嫌悪感をあらわにし、心の準備をしていたはずのクリスとマナは顔が真っ青にしている。そして、心の準備をしていなかったミーナ様は、話の途中で気を失ってしまい、バミューダ君に支えられていた。

「カミール王子を殺すまで、これ以上被害者を出さずに済むようにする魔道具は完成しました。明日にでも、ダームさんの所に持っていきますので、これ以降の被害者は出ないでしょう」

 俺の言葉に、皆は安堵のため息を漏らす。皆に伝えている今後のスケジュールでは、カミール王子を1年後のまで放置する事になっていた。こんな状態で、カミール王子を1年間放置したら、被害者は増え続ける一方だ。皆それを心配したのだろう。皆が安心したところで、その日は解散した。

 

 翌日、俺とユリ、そしておばあちゃんの3人で、大きな荷物を風呂敷で包んで持ち、ダームさんの家に向かう。家の扉をノックすると、ダームさんが出迎えてくれた。

「やぁ、君達か。どうぞ、入って」

 ダームさんに案内され、家に入る。前回と同じ部屋に入り、ダームさんが『防音』の魔道具を起動したところで、本題に入った。

「ダームさんにお渡ししたい物があります。こちらです」

 俺は風呂敷の包みから中身を取り出す。風呂敷の中身は、胴体のみの石膏人形だ。

「ふふ。なんか大事そうに持っていたから、この部屋に入るまで聞かなかったけど……なんだい? これ?」
「私が開発した魔道具です。『身代わり人形』と名付けました。効果は、『奴隷化の首輪をつけたものと入れ替わる』と『奴隷化の首輪が発動した時、所有者に望んだ夢を見せる』です。これにより、ダームさんは奴隷化の首輪から解放され、カミール王子は今まで通り、ダームさんを操っている夢を見ます。妹さんの治療も問題なく続けられるでしょう。さっそく起動したいのですが、よろしいですか?」
「な……え? いや……ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 ダームさんは驚きの表情を浮かべる。

「『身代わり人形』……これさえあれば、俺はもう女性を襲わなくて済むっていう事?」
「ええ。あ、今まで会っていた兵士達の事ならご心配なく。すでにこちらで始末しましたから」

 カミール王子に指示された場所でダームさんと合流していた兵士は、ブルーとアイズだった。あの2人が拘束用の魔道具で女性を拘束した後、カミール王子がダームさんの身体を操ってその女性を犯していたらしい。

「ほ、本当に……本当にカミール王子にはバレないのかい?」
「はい。絶対大丈夫です。もともとカミール王子は『奴隷化の首輪』でダームさんの感覚を奪っていました。『奴隷化の首輪』で奪った感覚と、『身代わり人形』が与える感覚は同じですから、気付きようがありません」

 『鑑定』して分かったのだが、『奴隷化の首輪』も『夢への誘い』も、同じ仕組みで感覚を与えていた。当然、『身代わり人形』も同じ仕組みで感覚を与えるので、そこに差異は生まれない。

「唯一心配なのは、カミール王子が身体を操っているはずの時間に、ダームさんが別の場所で目撃されてしまう事です。なので、カミール王子から例の命令が下った日は、一日家にいてください。そうすれば、バレる事はありません」
「………………分かった。それで被害女性が減るのなら是非もない。やってくれ!」

 ダームさんに言われて、俺は『身代わり人形』を起動する。次の瞬間、ダームさんの首に掛けられていた『奴隷化の首輪』が『身代わり人形』に『転移』した。

「は、外れた……首輪が外れた……」
「ええ。もうカミール王子の命令に従う必要はありません。ですが、奴隷化の首輪の事は、もう少しだけ内緒にしてくださいね。あ、外に出る時は、念のため、これを付けてください。なんの効果もない、ただのチェーンです」

 そう言って、俺は『奴隷化の首輪』に似たチェーンを渡す。

「あ、ああ。分かった。この事はもちろん内緒にするよ」
「お願いします。いずれ、ダームさんの冤罪もちゃんと解きますので……」

 俺の言葉に、ダームさんは首を振った。

「いや、いいよ。俺は自分の欲のためにカミール王子の犯罪に加担したんだ。罪は罪さ。償わなくちゃ」
「ですが……いえ、言葉が正しくなかったですね。実は、私達はあるタイミングでカミール王子を糾弾するつもりです。その時、ダームさんには今回の件の真実を語って欲しいのです。あ、妹さんの事は心配しないで下さい。その時になってもまだ完治していなければ、ちゃんと治療を続けられるようモーリス王子に掛け合いますので」

 実際には、治療の必要はなく、カミール王子を始末した後は、アンナさんは退院するだろうが、その辺りの事情は話さない約束だ。この程度の嘘は方便の内だろう。

「なので、俺達のために、真実を話して頂けませんか?」
「……分かった。その時が来たら、真実を話すと約束するよ。信じてもらえるかは分からないけどね」
「そこはこちらでうまくやります。では、その時はよろしくお願いします」
「ああ。本当にありがとう。感謝するよ」

 こうして、俺達はダームさんの協力を得る事が出来た。の武器を1つ手に入れたのだ。

 その後、俺達はアンナさんのもとに行き、ダームさんに『身代わり人形』を渡した事を話してから、『気絶している人を起こす』効果のある魔道具を渡した。これで、『夢への誘い』で気絶してしまったダームさんを起こす事が出来るはずだ。もちろん、ダームさんが違和感を感じないよう、ゆっくりと目が覚めるようになっている。目が覚めた直後、話がかみ合わないかもしれないが、そこはアンナさんに頑張ってもらうしかない。

 魔道具を受け取ったアンナさんの眼には、少しだけ精気が戻っていた。アンナさんのは、これから始まるのだ。後はダームさんに期待しよう。

 お礼を言うアンナさんに別れを告げて、俺達は病院を後にした。
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