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第3章 躍進の始まり
85.【サーシスの傷跡2 1人目】
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ミッシェルさんに案内されてある民家にたどり着く。ミッシェルさんの指示で父さんと母さんは離れた場所で待機していた。
「心の準備はええか? ほな、行くで」
ミッシェルさんが小声で俺達に声をかけた後、民家の扉をノックする。
「ケイミーちゃーん! 遊びにきたでー!」
ミッシェルさんが明るく声をかけると、扉が開いて女の子が出てきた。後ろには女の子の両親と思われる大人が付き添っている。
俺は出てきた女の子を見て、思わず顔を背けそうになってしまう。女の子の頭部には髪が無く、顔面の右半分は焼きただれて変色してしまっていた。右の瞼は右目を覆うほどに腫れあがっており、右耳は本来の半分ほどの大きさしかなく、唇も右半分だけ赤黒くなっている。
顔面の左半分が無傷のため、その異様さが際立っていた。
(こんな……こんなことする人間がいるなんて!)
直視するのが辛いかったが、両手を強くにぎりしめて表情を崩さないように努める。
「……あ……ミッシェルさん。……こんにちは」
女の子はミッシェルさんを見て笑みを浮かべた。この子がケイミ―ちゃんだろう。
「はい、こんにちは。今日はわての友達を連れて来たんや。アレンはんとクリスはんや。色々おもちゃ作るんが得意でな。今日は新しいおもちゃを持ってきたんや。仲良うしたってや」
ミッシェルさんに紹介されて俺達は前に出る。
「こんにちは。アレンって――」
「――!! いやー!!!!」
突然ケイミ―ちゃんは大声を上げて、頭を抱えた。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! 許してください! 許してください! 許してください!」
突然の事に俺は立ち尽くしてしまう。
「アレンはん! 下がりや!」
ミッシェルさんに肩を掴まれてようやく我に返る。
「ケイミ―! 大丈夫! 大丈夫だから!」
「落ち着いてゆっくり息を吸うの。ほら、ゆっくり吸ってー、はいてー」
ケイミ―ちゃんの両親が必死に慰めた。俺はケイミ―ちゃんの視界に入らないよう急いで離れる。
「はっ! はっ! はっ、はぁーはぁーはぁー…………パパ? ママ?」
「ここにいるよ。大丈夫、大丈夫だ。ここにはお前にいじわるする奴はいない」
「ほんと? ほんとに? パパとママもいなくならない? 目が覚めてもいなくならない?」
「いなくならないわ! 私達はずっと一緒にいるわよ」
「………………うん。あ、さっきの人……」
どうやら落ち着いたようだ。だが、俺が近づくと再度パニックになるかもしれない。
「ケイミ―? 今日はもう――」
「――ううん。私お話ししたい」
「……そうかい? なら――」
ケイミ―ちゃんのお父さんが俺を見た。俺達はゆっくりとケイミ―ちゃんに近づいていく。
「こんにちは……えっと……アレンさん?」
「そうだよ。こんにちは、ケイミ―ちゃん」
「お姉さんは……えっと……」
「クリスって言います。こんにちは、ケイミ―ちゃん」
「クリスさん……こんにちは」
何とかケイミ―ちゃんと挨拶をすることが出来た。
「おもちゃ作ってるの?」
「そうだよ。今日は新しく開発したおもちゃを持ってきたんだ。一緒に遊ぼう」
「うん!」
独楽や羽子板の使い方を教えると、楽しそうに遊び出す。まるで、普通の子供のように。
(――!? 今俺は何を考えた!? 違うだろ! ケイミ―ちゃんは普通の子だ!)
ミッシェルさんに言われていたのに、つい忘れてしまう。どうしても可哀そうな子だと思ってしまうのだ。
ケイミ―ちゃんがクリスと羽子板で遊んでいた時、ケイミ―ちゃんのお父さんに小声で話しかけられた。
「アレン君、今日は娘のためにありがとう。不快な思いをさせてしまって申し訳ない」
「不快だなんてそんな事――」
「――分かってるよ。普通の人にとってあの子がどう見えるか。町を歩けば否応なしに分からされる……同情や、憐みの視線を感じるんだ。興味本位で見てくるやつもいれば、嫌悪感をあらわにするやつだっている」
お父さんは暗い顔のまま話し続ける。
「君達みたいに、普通の子として接してくれる奴は稀さ。いや、君達だってそうとう無理しているはずだ。…………あぁ、すまん。攻めているわけじゃないんだ。むしろ感謝している。あの子に普通に接してくれてありがとう」
「………………いえ」
俺はそんなことしか言えなかった。俺もお父さんもしばらく無言でケイミ―ちゃんが遊んでいるのを見ている。
「………………どうしても」
俺が何を言うべきか悩んでいると、お父さんが口を開いた。
「どうしても考えてしまうんだ。どうして……どうしてケイミ―なんだ、って。子供なら他にいるじゃないか…………どうしてケイミ―がこんな目に、って」
お父さんの眼には涙が浮かんでいる。
「分かってるさ。帰ってこられなかった子もいるんだ。帰ってこられただけ、ケイミ―はラッキーなんだって。でも、でもさ……」
お父さんが自分の手を見つめた。その手は激しく震えていた。
「なんでもうちょっと早く助けてくれなかったんだって。ケイミ―が取り返しのつかない傷を負う前に……どうして助けてくれなかったんだって。……分かってる! ……分かってるさ! 俺が言えることじゃないって。ただ祈っていただけの俺なんかより、ずっと頑張ってくれたんだろうさ! でも! それでも!」
お父さんは泣き崩れてしまった。気持ちを吐き出す場所なかったのだろう。今までため込んでいたものを吐き出すように小声で怒鳴っていた。
そんなお父さんに俺は何も言うことが出来ない。何を言っていいか分からなかった。励ましや慰めの言葉、その他、様々な言葉を考えたが、どの言葉も適切だと思えなかったのだ。
結局、お父さんが落ち着くまで、俺は側にいることしかできなかった。
「……話を聞いてくれてありがとう。楽になったよ」
「いえ……こんなことしか、俺には……」
「十分だよ。いや、それが大事な事なんだ」
お父さんが笑って言う。
「この後も、他の家を回るんだろ? その時もこうやって親の話を聞いてやって欲しい。普段ため込んでいる大人達も君達相手なら素直に吐き出せるかもしれない。辛い役目を頼んでしまって申し訳ないと思うが……」
「いえ、俺達にできることがるなら喜んでやります」
「……そうか。すまないね。よろしく頼むよ」
普段隠している胸の内は、俺達みたいな部外者相手の方が吐き出しやすいのかもしれない。気の利いたことなど言えないが、話を聞くだけなら喜んでやるつもりだ。
(それにしても、被害にあった子供だけじゃなく、その家族まで苦しめるなんて……サーシスめ!)
今回の件の被害の大きさを、改めて心に刻む。
その後も蹴鞠やメンコの遊び方を教えて一緒に遊んだ。ケイミ―ちゃんは新しい娯楽品を見せるたびに、目を輝かせていた。
一通り遊び終わると、次の家に行くために、ケイミ―ちゃん達に別れを告げる。
「楽しかった! ケイミ―ちゃん、また遊ぼうね」
「うん! またね! ばいばい!」
「ばいばい!」
ケイミ―ちゃんも両親も、来た時よりだいぶ明るくなったと思う。
(このまま立ち直ってくれたらいいんだけど)
ケイミ―ちゃんの家から大分離れたところで父さん達と合流する。その場には、父さんと母さんの他に、知らない女性がいた。
「ええな? 今日が山場や。しっかり見とき」
「はっ!」
ミッシェルさんの指示を受けて、女性がその場を離れる。
「ミッシェル様、今の方は?」
「監視や。ケイミ―ちゃんの家を見張ってもらう」
「監視!?」
俺は驚いてミッシェルさんを見た。
「……護衛ってことですか?」
「そうやない。まぁ、護衛も兼ねとるが、メインは監視や。心中させへんためのな」
「心中って……そんな……ケイミ―ちゃんもご両親も大分明るくなりましたよ!」
「だからこそ、や。地獄の底におるもんが少しだけ救われた時、反動で自殺してまうケースは多いんや。少し立ち直ったせいで、今いる地獄に耐えられんようになってまってな」
少し立ち直ったことで、正常な判断力が戻り、耐えられなくなる。だが、立ち直らせないわけにはいかない。
「そのための監視や。心配いらん。わての部下は優秀や。間違っても一家心中なんてさせへん」
ミッシェルさんの言葉には、部下への絶対の信頼があった。ミッシェルさんが大丈夫というのであれば、大丈夫なのだろう。
ミッシェルさんを信じて、俺達は次の家に向かった。
「心の準備はええか? ほな、行くで」
ミッシェルさんが小声で俺達に声をかけた後、民家の扉をノックする。
「ケイミーちゃーん! 遊びにきたでー!」
ミッシェルさんが明るく声をかけると、扉が開いて女の子が出てきた。後ろには女の子の両親と思われる大人が付き添っている。
俺は出てきた女の子を見て、思わず顔を背けそうになってしまう。女の子の頭部には髪が無く、顔面の右半分は焼きただれて変色してしまっていた。右の瞼は右目を覆うほどに腫れあがっており、右耳は本来の半分ほどの大きさしかなく、唇も右半分だけ赤黒くなっている。
顔面の左半分が無傷のため、その異様さが際立っていた。
(こんな……こんなことする人間がいるなんて!)
直視するのが辛いかったが、両手を強くにぎりしめて表情を崩さないように努める。
「……あ……ミッシェルさん。……こんにちは」
女の子はミッシェルさんを見て笑みを浮かべた。この子がケイミ―ちゃんだろう。
「はい、こんにちは。今日はわての友達を連れて来たんや。アレンはんとクリスはんや。色々おもちゃ作るんが得意でな。今日は新しいおもちゃを持ってきたんや。仲良うしたってや」
ミッシェルさんに紹介されて俺達は前に出る。
「こんにちは。アレンって――」
「――!! いやー!!!!」
突然ケイミ―ちゃんは大声を上げて、頭を抱えた。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! 許してください! 許してください! 許してください!」
突然の事に俺は立ち尽くしてしまう。
「アレンはん! 下がりや!」
ミッシェルさんに肩を掴まれてようやく我に返る。
「ケイミ―! 大丈夫! 大丈夫だから!」
「落ち着いてゆっくり息を吸うの。ほら、ゆっくり吸ってー、はいてー」
ケイミ―ちゃんの両親が必死に慰めた。俺はケイミ―ちゃんの視界に入らないよう急いで離れる。
「はっ! はっ! はっ、はぁーはぁーはぁー…………パパ? ママ?」
「ここにいるよ。大丈夫、大丈夫だ。ここにはお前にいじわるする奴はいない」
「ほんと? ほんとに? パパとママもいなくならない? 目が覚めてもいなくならない?」
「いなくならないわ! 私達はずっと一緒にいるわよ」
「………………うん。あ、さっきの人……」
どうやら落ち着いたようだ。だが、俺が近づくと再度パニックになるかもしれない。
「ケイミ―? 今日はもう――」
「――ううん。私お話ししたい」
「……そうかい? なら――」
ケイミ―ちゃんのお父さんが俺を見た。俺達はゆっくりとケイミ―ちゃんに近づいていく。
「こんにちは……えっと……アレンさん?」
「そうだよ。こんにちは、ケイミ―ちゃん」
「お姉さんは……えっと……」
「クリスって言います。こんにちは、ケイミ―ちゃん」
「クリスさん……こんにちは」
何とかケイミ―ちゃんと挨拶をすることが出来た。
「おもちゃ作ってるの?」
「そうだよ。今日は新しく開発したおもちゃを持ってきたんだ。一緒に遊ぼう」
「うん!」
独楽や羽子板の使い方を教えると、楽しそうに遊び出す。まるで、普通の子供のように。
(――!? 今俺は何を考えた!? 違うだろ! ケイミ―ちゃんは普通の子だ!)
ミッシェルさんに言われていたのに、つい忘れてしまう。どうしても可哀そうな子だと思ってしまうのだ。
ケイミ―ちゃんがクリスと羽子板で遊んでいた時、ケイミ―ちゃんのお父さんに小声で話しかけられた。
「アレン君、今日は娘のためにありがとう。不快な思いをさせてしまって申し訳ない」
「不快だなんてそんな事――」
「――分かってるよ。普通の人にとってあの子がどう見えるか。町を歩けば否応なしに分からされる……同情や、憐みの視線を感じるんだ。興味本位で見てくるやつもいれば、嫌悪感をあらわにするやつだっている」
お父さんは暗い顔のまま話し続ける。
「君達みたいに、普通の子として接してくれる奴は稀さ。いや、君達だってそうとう無理しているはずだ。…………あぁ、すまん。攻めているわけじゃないんだ。むしろ感謝している。あの子に普通に接してくれてありがとう」
「………………いえ」
俺はそんなことしか言えなかった。俺もお父さんもしばらく無言でケイミ―ちゃんが遊んでいるのを見ている。
「………………どうしても」
俺が何を言うべきか悩んでいると、お父さんが口を開いた。
「どうしても考えてしまうんだ。どうして……どうしてケイミ―なんだ、って。子供なら他にいるじゃないか…………どうしてケイミ―がこんな目に、って」
お父さんの眼には涙が浮かんでいる。
「分かってるさ。帰ってこられなかった子もいるんだ。帰ってこられただけ、ケイミ―はラッキーなんだって。でも、でもさ……」
お父さんが自分の手を見つめた。その手は激しく震えていた。
「なんでもうちょっと早く助けてくれなかったんだって。ケイミ―が取り返しのつかない傷を負う前に……どうして助けてくれなかったんだって。……分かってる! ……分かってるさ! 俺が言えることじゃないって。ただ祈っていただけの俺なんかより、ずっと頑張ってくれたんだろうさ! でも! それでも!」
お父さんは泣き崩れてしまった。気持ちを吐き出す場所なかったのだろう。今までため込んでいたものを吐き出すように小声で怒鳴っていた。
そんなお父さんに俺は何も言うことが出来ない。何を言っていいか分からなかった。励ましや慰めの言葉、その他、様々な言葉を考えたが、どの言葉も適切だと思えなかったのだ。
結局、お父さんが落ち着くまで、俺は側にいることしかできなかった。
「……話を聞いてくれてありがとう。楽になったよ」
「いえ……こんなことしか、俺には……」
「十分だよ。いや、それが大事な事なんだ」
お父さんが笑って言う。
「この後も、他の家を回るんだろ? その時もこうやって親の話を聞いてやって欲しい。普段ため込んでいる大人達も君達相手なら素直に吐き出せるかもしれない。辛い役目を頼んでしまって申し訳ないと思うが……」
「いえ、俺達にできることがるなら喜んでやります」
「……そうか。すまないね。よろしく頼むよ」
普段隠している胸の内は、俺達みたいな部外者相手の方が吐き出しやすいのかもしれない。気の利いたことなど言えないが、話を聞くだけなら喜んでやるつもりだ。
(それにしても、被害にあった子供だけじゃなく、その家族まで苦しめるなんて……サーシスめ!)
今回の件の被害の大きさを、改めて心に刻む。
その後も蹴鞠やメンコの遊び方を教えて一緒に遊んだ。ケイミ―ちゃんは新しい娯楽品を見せるたびに、目を輝かせていた。
一通り遊び終わると、次の家に行くために、ケイミ―ちゃん達に別れを告げる。
「楽しかった! ケイミ―ちゃん、また遊ぼうね」
「うん! またね! ばいばい!」
「ばいばい!」
ケイミ―ちゃんも両親も、来た時よりだいぶ明るくなったと思う。
(このまま立ち直ってくれたらいいんだけど)
ケイミ―ちゃんの家から大分離れたところで父さん達と合流する。その場には、父さんと母さんの他に、知らない女性がいた。
「ええな? 今日が山場や。しっかり見とき」
「はっ!」
ミッシェルさんの指示を受けて、女性がその場を離れる。
「ミッシェル様、今の方は?」
「監視や。ケイミ―ちゃんの家を見張ってもらう」
「監視!?」
俺は驚いてミッシェルさんを見た。
「……護衛ってことですか?」
「そうやない。まぁ、護衛も兼ねとるが、メインは監視や。心中させへんためのな」
「心中って……そんな……ケイミ―ちゃんもご両親も大分明るくなりましたよ!」
「だからこそ、や。地獄の底におるもんが少しだけ救われた時、反動で自殺してまうケースは多いんや。少し立ち直ったせいで、今いる地獄に耐えられんようになってまってな」
少し立ち直ったことで、正常な判断力が戻り、耐えられなくなる。だが、立ち直らせないわけにはいかない。
「そのための監視や。心配いらん。わての部下は優秀や。間違っても一家心中なんてさせへん」
ミッシェルさんの言葉には、部下への絶対の信頼があった。ミッシェルさんが大丈夫というのであれば、大丈夫なのだろう。
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