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第3章 躍進の始まり
63.【ミルキアーナ男爵9 男爵の真意】
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「お母さんのトレーニング……うぅぅ」
週に一度、母さんが鍛えてくれると聞いて、ユリが泣きそうな顔になっている。
「俺とバミューダ君も一緒にやるから……な?」
「一緒に頑張る! ……です!」
「うぅぅ……いいもん。頑張るもん! お兄ちゃんより強くなるんだもん!」
どうやら決心がついたようだ。
(そうはいくか! すでに義弟には負けてるんだ。義妹にまで負けるわけにはいかない!)
俺も密かにやる気を出した。
翌日、役所が開始すると同時に養子縁組の書類を提出する。万が一書類内容に不備があって受理してもらえない場合は、すぐに家に戻って再提出しようと考えていたが、問題なく受理してもらえた。
これでバミューダ君は正式にバミューダ=クランフォードとなり、俺の義弟になったのだ。
お店に戻ると、バミューダ君が出迎えてくれる。
「あ、店長様! おかえりなさい! ……です!」
「ただいま。養子縁組の書類受理してもらえたよ。これでバミューダ君は正式に義弟だ」
「うわぁ……。店長様の家族。嬉しい……です。」
バミューダ君は満面の笑みを浮かべている。
「家族になったんだから、『店長様』じゃなくて『アレン』でいいんだよ? ユリみたいに『お兄ちゃん』でもいいし……」
「……あ、えっと……お兄ちゃん様? ……です?」
「いや、『ちゃん』と『様』は一緒に使わなくても……」
「……なら、お兄様? ……です?」
なんだろう……なぜかわからないけどそれはまずい気がする。
「バミューダ君は俺の義弟なんだ。『お兄ちゃん』でいいんだよ」
「お、お兄ちゃん……です」
「そう! 良く言えました!」
バミューダ君が恥ずかしそうに言い切った。俺がバミューダ君の頭を撫でると照れくさそうにしながらも、笑みを浮かべてくれる。
「抜け駆け禁止!」
突然、ユリの声が響いた。どうやら俺達の会話を聞いていたようだ。
「バミューダ君! 私の事も『お姉ちゃん』って呼んでいいんだよ?」
「お、お姉ちゃん……です」
「はわーー!! 可愛い。可愛いよバミューダ君! そうだよ、お姉ちゃんだよー」
そう言ってバミューダ君の頭を撫でまわす。バミューダ君は俺が撫でた時以上に顔を真っ赤にしてしまう。
「こら、ユリやりすぎ。バミューダ君が真っ赤になってるだろ」
「いいんだもん! 義弟を可愛がるのは義姉の特権だもん!」
「……あんまりやるとミーナ様が怒るぞ」
「その時はミーア様も撫でちゃうもん!」
結局バミューダ君が逃げ出すまでユリは撫で続けた。
「逃げられちゃった……お母さんに鍛えてもらえれば逃げられなくなるかな」
「そんなことのために強くなろうとするんじゃありません!」
突っ込んだが、ユリには響いていないようだ。バミューダ君の今後を祈りつつ、俺は明日に備えて準備を進めた。
そして翌日。ミルキアーナ男爵と話をする日になった。朝一で父さんも支店に来てくれたので、俺と父さん、そしてバミューダ君でミルキアーナ男爵が泊っている宿に向かう。
懐にはミッシェル様に頼んで手に入れた録音用の魔道具を忍ばせてある。バミューダ君の養子縁組が受理された証明書や、バミューダ君とミーナ様の婚約について記載した契約書も2枚作成し、カバンに入れた。問題はないはずだ。
宿について受付の人に声をかける。
「すみません、アレン=クランフォードです。ミルキアーナ男爵に取り次いで頂けますか?」
「お久しぶりです、クランフォード様。どうぞこちらへお越しください」
3日前に訪れた俺の事を覚えているらしい。さすがは高級宿の受付係だ。
前回同様、最上階に案内される。受付の人が部屋の扉をノックすると、今回はミーナ様が扉を開けてくれた。
「お待ちしておりました、クランフォード様こちらへどうぞ」
「失礼します」
どこか他人行儀なミーナ様に案内され、部屋に入る。室内では、ミルキアーナ男爵が立って待っていた。ミーナ様に案内されてソファーの前に進む。
「初めましてだな。ライノ=ミルキアーナだ」
「ご丁寧にありがとうございます。ルーク=クランフォードです」
ミルキアーナ男爵が座ったのを見て、俺達もソファーに座る。ミーナ様は座らず、お茶の準備を始めた。皆の前にお茶が置かれ、ミーナ様がミルキアーナ男爵の隣に座ると、ミルキアーナ男爵が口を開く。
「さて、クランフォード会頭。ご子息のアレン殿は知っているが、隣の彼は誰かな? 今日は家同士の話し合いをしたいので、無関係な者には同席してもらいたくないのだが……」
「これはこれは。紹介が遅くなってしまい、申し訳ありません。彼は私の息子のバミューダと申します」
「……息子、だと?」
ミルキアーナ男爵の目が鋭くなる。
「クランフォード商会の息子はアレン殿のみと記憶していたが」
(きた!)
俺はカバンを握りしめる。
「ご認識の通り、バミューダは私の実子ではありません」
「という事は……養子か?」
「ええ。彼は、クランフォード商会の従業員だったのですが、とても優秀な人材だと分かりましてね。先日養子縁組を致しまして、今では正式に私の息子です」
「……なるほど。それで? 『ミルキアーナ家の娘とクランフォード商会の息子の婚約』は『ミーナとバミューダ殿の婚約とする』という事か?」
「はい。そうしたいと考えております」
ここが正念場だ。ミルキアーナ男爵に難癖付けられても対処する用意はしてきたが、相手は本物の貴族だ。想定外の難癖をつけられる可能性は十分にある。
「分かった。だがこちらが用意した婚姻の契約書は『アレン』殿と『ミーナ』の名前で作成してしまった。そちらで『バミューダ』殿と『ミーナ』の婚姻の契約書は準備してあるか?」
「もちろんです。アレン、契約書を」
咄嗟にミルキアーナ男爵の言葉の意味が理解できなかった。
(契約書の名前が違う? そんなものこちらで用意しているに決まってるじゃないか……なんだ? どんな難癖をつけるつもりなんだ?)
父さんに言われなければ、契約書を出すことはできなかっただろう。頭の中は混乱していたが、父さんの指示に従い2枚の契約書を提示する。
ミルキアーナ男爵は、俺が渡した契約書を確認する。
「ふむ。契約書はこれで問題ないが、子供を2人以上産むことについては念を押しておくぞ」
「それについては回答致しかねます。子供は授かりものですから」
「……ちっ。まあいい」
そう言ってミルキアーナ男爵は2枚の契約書にサインをして父さんに渡した。父さんもサインをしてから1枚をミルキアーナ男爵に渡して、もう1枚を俺に渡す。
「……え?」
渡された契約書を見ると、バミューダ君とミーナ様の婚約について記載されており、サインもしっかりされている。
「アレン、何を呆けている?」
「え、いや、だって……え?」
「……貴様、私が契約に合意したことがそんなに意外か?」
ミルキアーナ男爵に見抜かれてしまった。
「貴様の父が言うようにバミューダ殿はクランフォード商会の息子なんだろう? ならば何の問題もない」
「……疑わないんですか?」
「貴様、馬鹿か? 平民が貴族の婚姻に関する契約書に偽りの名前を書けば、不敬罪に偽証罪で下手をすれば打ち首だ。そんなことをするメリットが貴様らのどこにある?」
言われてみればその通りだ。
「むしろありがたい話だ。ミーナも良かったな。アレン殿ではなく、バミューダ殿に娶られるならクリス子爵令嬢と会う機会も少ないだろう」
「? それの何が良いんですか?」
「ん? ああ、こちらの話だ。我々はブリスタ家に恨まれているからな。寵愛を受けている正妻と押し付けられた妾という立場になれば何をされていたか……」
(ミーナ様やリンダさんが誤解していたのはそのせいか!)
「そ、そうですね」
完全な誤解だが、わざわざ訂正することもないだろう。
「クランフォード会頭。それでは、ミーナは今日からそちらの寮に入れる。侍女としてリンダをつけるが問題ないな?」
「ええ、かまいません。よろしくお願いします、ミーナ男爵令嬢」
「こちらこそ、よろしくお願いしますわ」
ミーナ様が父さんにお辞儀をしながら返事をした。
「こちらの話は以上だ。そちらは何かあるか?」
「1つだけ。ミルキアーナ男爵は先日、ミーナ男爵令嬢が襲われたことはご存じですか?」
「――ああ、知っている。治安部隊から注意喚起があったからな」
「ご存じでしたか……治安部隊からお聞きかもしれませんが、犯罪グループはミルキアーナ男爵に恨みを持っています。お気をつけて」
「忠告は感謝しよう。……が、すでにケリはつけてある。心配は無用だ」
少し意外だった。ミルキアーナ男爵が、ミーナ様が襲われたことを気にするとは思わなかったのだ。
「この私に弓を引いた者を野放しにはできんからな」
俺の内心に気付いたのか、ミルキアーナ男爵が続けて言ってきた。
(あー、そういう認識か。でも……)
確かに、ミルキアーナ男爵は自分が狙われているからケリをつけたのだろう。しかし、それにしては、ミーナ様が心なしか喜んでいるように見えるのだ。
(もしかして、ミルキアーナ男爵って……)
クリスさんが言っていた。『ミーナ様は今回の件が無ければ、誰も行きたがらないような商人の後妻か妾にされていた』と。
(そうならないために今回の婚約を強引に進めた?)
だから、婚約相手が俺だろうが、バミューダ君だろうが気にしていないのかもしれない。
それに誤解ではあるものの、クリスさんに恨まれている事をミーナ様に伝えていた。
(まるで、『だから気をつけろ』と言わんばかりに……)
俺に3日間の猶予をくれたのも、俺が感情的になって愚かな判断をしないように、一度冷静になるための時間を与えたのかもしれない。
(自領の事だけを考えたら、特許権を手に入れた方が絶対いいはずだ……)
そして、リンダさんはミルキアーナ男爵が雇っている侍女だ。給金だって、ミルキアーナ男爵が払っている。それを、寮に入った後もミーナ様と一緒にいさせるという事は……。
(…………………………この人……ツンデレか!?)
確証はない。ミルキアーナ男爵の表情からは何も読み取れない。でも、確信がある。
ミーナ様に向かって、婚約者が俺からバミューダ君に代わって『良かったな』と言ったあの時、ミルキアーナ男爵は優しい顔をしていた。あの顔は娘の事を想って、本当に良かったと思っている顔だったと思う。
(素直に言えばいいのに……何か事情があるのかな?)
ミーナ様のお母さんはメイドだと言っていた。その辺が関係しているのかもしれないが、それを聞くのは野暮だろう。
「サーシス伯爵の調査が行われるのは明後日だったな。調査には私も協力しよう。それが終わり次第、私は領に戻るつもりだ。話は以上か?」
「ええ。お時間頂き、ありがとうございました」
「ああ。……バミューダ殿」
「は、はい! ……です!」
「娘を頼む」
そう言ってミルキアーナ男爵は軽く、本当に軽く首だけを動かして、頭を下げた。通常であれば、男爵が平民に頭を下げるなどありえない。父さんやミーナ様も驚愕の表情を浮かべている。
「はい! ……です! ミーナ様は僕が守る! ……です!」
そんな中、バミューダ君が言い切った。
「ああ。……ミーナ、もう支度はできているな?」
「…………え、あ、はい! できていますわ」
「それなら荷物を持って彼らとともに寮に向かえ」
「分かりましたわ。その……お、お父様」
「……なんだ?」
「…………い、今までありがとうございました……ですわ」
そう言ってミーナ様はミルキアーナ男爵に向けてカーテシーをする。
「……ふん。さっさと行け」
ミルキアーナ男爵は顔を逸らしてしまう。以前俺にしたのと同じように手を振って『出て行け』と態度で表していた。
「それでは、我々も失礼します。ミーナ男爵令嬢、お荷物などは?」
「隣の部屋にありますわ。リンダ! 行きますわよ!」
「はい! お嬢様!」
ミーナ様の掛け声で隣の部屋のドアが開いた。そこには両手に抱えきれない荷物を持ったリンダさんが立っていた。
(……どう考えても娘に興味がない父親が買い与える量の荷物じゃないよな)
「手伝う! ……です!」
「我々も手伝おう。行くぞ、アレン」
「分かった」
バミューダ君が荷物の大半を1人で持ってくれたので、何とか持ち切ることができた。
「ミーナ様、行こう……です」
「ええ。参りますわ」
俺の倍以上の荷物を持っているバミューダ君が、持っている荷物を左手に集めて、右手でミーナ様をエスコートする。バミューダ君にエスコートされているミーナ様は幸せそうな顔をしていた。
バミューダ君達に続いて、父さんとリンダさんも部屋を出て、最後に俺も部屋を出ようとする。部屋を出る時にちらりとミルキアーナ男爵を見ると、その眼には涙が浮かんでいるように見えた。
(……)
俺は心の中でミルキアーナ男爵にお辞儀をした後、皆に続いて部屋を後にした。
週に一度、母さんが鍛えてくれると聞いて、ユリが泣きそうな顔になっている。
「俺とバミューダ君も一緒にやるから……な?」
「一緒に頑張る! ……です!」
「うぅぅ……いいもん。頑張るもん! お兄ちゃんより強くなるんだもん!」
どうやら決心がついたようだ。
(そうはいくか! すでに義弟には負けてるんだ。義妹にまで負けるわけにはいかない!)
俺も密かにやる気を出した。
翌日、役所が開始すると同時に養子縁組の書類を提出する。万が一書類内容に不備があって受理してもらえない場合は、すぐに家に戻って再提出しようと考えていたが、問題なく受理してもらえた。
これでバミューダ君は正式にバミューダ=クランフォードとなり、俺の義弟になったのだ。
お店に戻ると、バミューダ君が出迎えてくれる。
「あ、店長様! おかえりなさい! ……です!」
「ただいま。養子縁組の書類受理してもらえたよ。これでバミューダ君は正式に義弟だ」
「うわぁ……。店長様の家族。嬉しい……です。」
バミューダ君は満面の笑みを浮かべている。
「家族になったんだから、『店長様』じゃなくて『アレン』でいいんだよ? ユリみたいに『お兄ちゃん』でもいいし……」
「……あ、えっと……お兄ちゃん様? ……です?」
「いや、『ちゃん』と『様』は一緒に使わなくても……」
「……なら、お兄様? ……です?」
なんだろう……なぜかわからないけどそれはまずい気がする。
「バミューダ君は俺の義弟なんだ。『お兄ちゃん』でいいんだよ」
「お、お兄ちゃん……です」
「そう! 良く言えました!」
バミューダ君が恥ずかしそうに言い切った。俺がバミューダ君の頭を撫でると照れくさそうにしながらも、笑みを浮かべてくれる。
「抜け駆け禁止!」
突然、ユリの声が響いた。どうやら俺達の会話を聞いていたようだ。
「バミューダ君! 私の事も『お姉ちゃん』って呼んでいいんだよ?」
「お、お姉ちゃん……です」
「はわーー!! 可愛い。可愛いよバミューダ君! そうだよ、お姉ちゃんだよー」
そう言ってバミューダ君の頭を撫でまわす。バミューダ君は俺が撫でた時以上に顔を真っ赤にしてしまう。
「こら、ユリやりすぎ。バミューダ君が真っ赤になってるだろ」
「いいんだもん! 義弟を可愛がるのは義姉の特権だもん!」
「……あんまりやるとミーナ様が怒るぞ」
「その時はミーア様も撫でちゃうもん!」
結局バミューダ君が逃げ出すまでユリは撫で続けた。
「逃げられちゃった……お母さんに鍛えてもらえれば逃げられなくなるかな」
「そんなことのために強くなろうとするんじゃありません!」
突っ込んだが、ユリには響いていないようだ。バミューダ君の今後を祈りつつ、俺は明日に備えて準備を進めた。
そして翌日。ミルキアーナ男爵と話をする日になった。朝一で父さんも支店に来てくれたので、俺と父さん、そしてバミューダ君でミルキアーナ男爵が泊っている宿に向かう。
懐にはミッシェル様に頼んで手に入れた録音用の魔道具を忍ばせてある。バミューダ君の養子縁組が受理された証明書や、バミューダ君とミーナ様の婚約について記載した契約書も2枚作成し、カバンに入れた。問題はないはずだ。
宿について受付の人に声をかける。
「すみません、アレン=クランフォードです。ミルキアーナ男爵に取り次いで頂けますか?」
「お久しぶりです、クランフォード様。どうぞこちらへお越しください」
3日前に訪れた俺の事を覚えているらしい。さすがは高級宿の受付係だ。
前回同様、最上階に案内される。受付の人が部屋の扉をノックすると、今回はミーナ様が扉を開けてくれた。
「お待ちしておりました、クランフォード様こちらへどうぞ」
「失礼します」
どこか他人行儀なミーナ様に案内され、部屋に入る。室内では、ミルキアーナ男爵が立って待っていた。ミーナ様に案内されてソファーの前に進む。
「初めましてだな。ライノ=ミルキアーナだ」
「ご丁寧にありがとうございます。ルーク=クランフォードです」
ミルキアーナ男爵が座ったのを見て、俺達もソファーに座る。ミーナ様は座らず、お茶の準備を始めた。皆の前にお茶が置かれ、ミーナ様がミルキアーナ男爵の隣に座ると、ミルキアーナ男爵が口を開く。
「さて、クランフォード会頭。ご子息のアレン殿は知っているが、隣の彼は誰かな? 今日は家同士の話し合いをしたいので、無関係な者には同席してもらいたくないのだが……」
「これはこれは。紹介が遅くなってしまい、申し訳ありません。彼は私の息子のバミューダと申します」
「……息子、だと?」
ミルキアーナ男爵の目が鋭くなる。
「クランフォード商会の息子はアレン殿のみと記憶していたが」
(きた!)
俺はカバンを握りしめる。
「ご認識の通り、バミューダは私の実子ではありません」
「という事は……養子か?」
「ええ。彼は、クランフォード商会の従業員だったのですが、とても優秀な人材だと分かりましてね。先日養子縁組を致しまして、今では正式に私の息子です」
「……なるほど。それで? 『ミルキアーナ家の娘とクランフォード商会の息子の婚約』は『ミーナとバミューダ殿の婚約とする』という事か?」
「はい。そうしたいと考えております」
ここが正念場だ。ミルキアーナ男爵に難癖付けられても対処する用意はしてきたが、相手は本物の貴族だ。想定外の難癖をつけられる可能性は十分にある。
「分かった。だがこちらが用意した婚姻の契約書は『アレン』殿と『ミーナ』の名前で作成してしまった。そちらで『バミューダ』殿と『ミーナ』の婚姻の契約書は準備してあるか?」
「もちろんです。アレン、契約書を」
咄嗟にミルキアーナ男爵の言葉の意味が理解できなかった。
(契約書の名前が違う? そんなものこちらで用意しているに決まってるじゃないか……なんだ? どんな難癖をつけるつもりなんだ?)
父さんに言われなければ、契約書を出すことはできなかっただろう。頭の中は混乱していたが、父さんの指示に従い2枚の契約書を提示する。
ミルキアーナ男爵は、俺が渡した契約書を確認する。
「ふむ。契約書はこれで問題ないが、子供を2人以上産むことについては念を押しておくぞ」
「それについては回答致しかねます。子供は授かりものですから」
「……ちっ。まあいい」
そう言ってミルキアーナ男爵は2枚の契約書にサインをして父さんに渡した。父さんもサインをしてから1枚をミルキアーナ男爵に渡して、もう1枚を俺に渡す。
「……え?」
渡された契約書を見ると、バミューダ君とミーナ様の婚約について記載されており、サインもしっかりされている。
「アレン、何を呆けている?」
「え、いや、だって……え?」
「……貴様、私が契約に合意したことがそんなに意外か?」
ミルキアーナ男爵に見抜かれてしまった。
「貴様の父が言うようにバミューダ殿はクランフォード商会の息子なんだろう? ならば何の問題もない」
「……疑わないんですか?」
「貴様、馬鹿か? 平民が貴族の婚姻に関する契約書に偽りの名前を書けば、不敬罪に偽証罪で下手をすれば打ち首だ。そんなことをするメリットが貴様らのどこにある?」
言われてみればその通りだ。
「むしろありがたい話だ。ミーナも良かったな。アレン殿ではなく、バミューダ殿に娶られるならクリス子爵令嬢と会う機会も少ないだろう」
「? それの何が良いんですか?」
「ん? ああ、こちらの話だ。我々はブリスタ家に恨まれているからな。寵愛を受けている正妻と押し付けられた妾という立場になれば何をされていたか……」
(ミーナ様やリンダさんが誤解していたのはそのせいか!)
「そ、そうですね」
完全な誤解だが、わざわざ訂正することもないだろう。
「クランフォード会頭。それでは、ミーナは今日からそちらの寮に入れる。侍女としてリンダをつけるが問題ないな?」
「ええ、かまいません。よろしくお願いします、ミーナ男爵令嬢」
「こちらこそ、よろしくお願いしますわ」
ミーナ様が父さんにお辞儀をしながら返事をした。
「こちらの話は以上だ。そちらは何かあるか?」
「1つだけ。ミルキアーナ男爵は先日、ミーナ男爵令嬢が襲われたことはご存じですか?」
「――ああ、知っている。治安部隊から注意喚起があったからな」
「ご存じでしたか……治安部隊からお聞きかもしれませんが、犯罪グループはミルキアーナ男爵に恨みを持っています。お気をつけて」
「忠告は感謝しよう。……が、すでにケリはつけてある。心配は無用だ」
少し意外だった。ミルキアーナ男爵が、ミーナ様が襲われたことを気にするとは思わなかったのだ。
「この私に弓を引いた者を野放しにはできんからな」
俺の内心に気付いたのか、ミルキアーナ男爵が続けて言ってきた。
(あー、そういう認識か。でも……)
確かに、ミルキアーナ男爵は自分が狙われているからケリをつけたのだろう。しかし、それにしては、ミーナ様が心なしか喜んでいるように見えるのだ。
(もしかして、ミルキアーナ男爵って……)
クリスさんが言っていた。『ミーナ様は今回の件が無ければ、誰も行きたがらないような商人の後妻か妾にされていた』と。
(そうならないために今回の婚約を強引に進めた?)
だから、婚約相手が俺だろうが、バミューダ君だろうが気にしていないのかもしれない。
それに誤解ではあるものの、クリスさんに恨まれている事をミーナ様に伝えていた。
(まるで、『だから気をつけろ』と言わんばかりに……)
俺に3日間の猶予をくれたのも、俺が感情的になって愚かな判断をしないように、一度冷静になるための時間を与えたのかもしれない。
(自領の事だけを考えたら、特許権を手に入れた方が絶対いいはずだ……)
そして、リンダさんはミルキアーナ男爵が雇っている侍女だ。給金だって、ミルキアーナ男爵が払っている。それを、寮に入った後もミーナ様と一緒にいさせるという事は……。
(…………………………この人……ツンデレか!?)
確証はない。ミルキアーナ男爵の表情からは何も読み取れない。でも、確信がある。
ミーナ様に向かって、婚約者が俺からバミューダ君に代わって『良かったな』と言ったあの時、ミルキアーナ男爵は優しい顔をしていた。あの顔は娘の事を想って、本当に良かったと思っている顔だったと思う。
(素直に言えばいいのに……何か事情があるのかな?)
ミーナ様のお母さんはメイドだと言っていた。その辺が関係しているのかもしれないが、それを聞くのは野暮だろう。
「サーシス伯爵の調査が行われるのは明後日だったな。調査には私も協力しよう。それが終わり次第、私は領に戻るつもりだ。話は以上か?」
「ええ。お時間頂き、ありがとうございました」
「ああ。……バミューダ殿」
「は、はい! ……です!」
「娘を頼む」
そう言ってミルキアーナ男爵は軽く、本当に軽く首だけを動かして、頭を下げた。通常であれば、男爵が平民に頭を下げるなどありえない。父さんやミーナ様も驚愕の表情を浮かべている。
「はい! ……です! ミーナ様は僕が守る! ……です!」
そんな中、バミューダ君が言い切った。
「ああ。……ミーナ、もう支度はできているな?」
「…………え、あ、はい! できていますわ」
「それなら荷物を持って彼らとともに寮に向かえ」
「分かりましたわ。その……お、お父様」
「……なんだ?」
「…………い、今までありがとうございました……ですわ」
そう言ってミーナ様はミルキアーナ男爵に向けてカーテシーをする。
「……ふん。さっさと行け」
ミルキアーナ男爵は顔を逸らしてしまう。以前俺にしたのと同じように手を振って『出て行け』と態度で表していた。
「それでは、我々も失礼します。ミーナ男爵令嬢、お荷物などは?」
「隣の部屋にありますわ。リンダ! 行きますわよ!」
「はい! お嬢様!」
ミーナ様の掛け声で隣の部屋のドアが開いた。そこには両手に抱えきれない荷物を持ったリンダさんが立っていた。
(……どう考えても娘に興味がない父親が買い与える量の荷物じゃないよな)
「手伝う! ……です!」
「我々も手伝おう。行くぞ、アレン」
「分かった」
バミューダ君が荷物の大半を1人で持ってくれたので、何とか持ち切ることができた。
「ミーナ様、行こう……です」
「ええ。参りますわ」
俺の倍以上の荷物を持っているバミューダ君が、持っている荷物を左手に集めて、右手でミーナ様をエスコートする。バミューダ君にエスコートされているミーナ様は幸せそうな顔をしていた。
バミューダ君達に続いて、父さんとリンダさんも部屋を出て、最後に俺も部屋を出ようとする。部屋を出る時にちらりとミルキアーナ男爵を見ると、その眼には涙が浮かんでいるように見えた。
(……)
俺は心の中でミルキアーナ男爵にお辞儀をした後、皆に続いて部屋を後にした。
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交通事故で不慮の死を遂げてしまった僕-リョウトは、死後の世界で女神と出会い、異世界へ転生されることになった。事前に転生先の世界観について詳しく教えられ、その場でスキルやギフトを練習しても構わないと言われたので、僕は自分に与えられるギフトだけを極めるまで練習を重ねた。女神の目的は不明だけど、僕は全てを納得した上で、フランベル王国王都ベルンシュナイルに住む貴族の名門ヒライデン伯爵家の次男として転生すると、とある理由で魔法を一つも習得できないせいで、15年間軟禁生活を強いられ、15歳の誕生日に両親から追放処分を受けてしまう。ようやく自由を手に入れたけど、初日から幽霊に憑かれた幼女ルティナ、2日目には幽霊になってしまった幼女リノアと出会い、2人を仲間にしたことで、僕は様々な選択を迫られることになる。そしてその結果、子供たちが意図せず、どんどんチート化してしまう。
僕の夢は、自由気ままに世界中を冒険すること…なんだけど、いつの間にかチートな子供たちが主体となって、冒険が進んでいく。
僕の夢……どこいった?
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