上 下
30 / 214
第2章 商会の設立

30.【面接2 貴族令嬢】

しおりを挟む
 従業員として働いてもらうために必要な物は、接客をするための『礼儀正しさ』、勘定をするための『計算能力』、商品を管理するのための『読み書き能力』、そして、商品を出し入れするための『肉体能力』だ。

 正直、バミューダ君は肉体能力以外、従業員として不合格だ。それでも俺は彼を雇うことにした。

 それは同情かもしれない。ただの偽善かもしれない。それでも俺は彼を雇いたいと思った。

(店長は俺なんだ。俺の好きにするさ)

 他の従業員は礼儀や頭脳面で優れた人を雇えば問題ない。この時の俺はそう考えていた。





「――――まじか……」

 5人目の面接を終えたところで名簿を見直す。名簿に丸印がついているのは、バミューダ君の隣だけで、残りはバツ印がついていた。

 バミューダ君の後に4人の応募者の面接を行ったが、彼らはおそらく俺が幼かったため、なめていたのだろう。面接中に『自分を副店長にしろ』と言ってきたり、『リバーシの特許権を寄越せ』と言ってきたのだ。

(能力以前に人格に問題アリだよ。バミューダ君を採用して大正解だったな)

 そんなことを考えながら俺は次の人を待った。



「コンコン」
「どうぞー」
「失礼します」

 ドアが開く。入ってきたのは、青い髪、青い瞳の美少女だった。
 
「はじめまして。わたくしはクリス=ブリスタ。ブリスタ子爵家の三女です。今年、12歳になりました。よろしくお願い致します」
 
 満面の笑みを浮かべ、いかにも貴族といった洗礼された仕草でお辞儀をするブリスタ子爵令嬢。不思議と場の空気が暖かくなる。ドキドキしてしまうのは男のサガだろうか。
 
(まじか!? 子爵令嬢ってこんなに綺麗なの!? 本当に同じ人間か? …………いや落ち着け。俺は精神年齢42歳! しかも今は面接官なんだ! 誰が相手でも引いちゃいけない!)
 
「そちらにお座りください」
 
 焦る心をなんとか抑えて、用意した対面のソファーに着席を促し、自分も座る。
 
「面接官のアレン=クランフォードです。こちらこそよろしくお願いします。ブリスタ子爵令嬢」
「クランフォード様、わたくしは面接を受けに来たのですよ? わたくしのことはクリスと呼び捨てにしてくださいな」
 
(そんなわけにいくか!)

 ここで馬鹿正直に『クリス』と呼ぶ人はいないだろう。貴族を呼び捨てにしたら、不敬罪で殺されても文句は言えないのだから。しかし、貴族の命令を無視するわけにもいかない。
 
「そうですね……それでは、クリス様と呼ばせて頂きます。初対面の女性を呼び捨てにするわけにはいきませんので。私のこともアレンと呼んでください」 
「まぁ、アレン様は誠実でいらっしゃるのですね。呼び捨てで構いませんのに。では、仲良くなりましたら、ぜひ、呼び捨てにしてくださいませ」 
「……かしこまりました」
 
 面接をするはずだったがお見合いのような空気になってしまった。

(落ち着け。落ち着け)

 気を取り直し、面接を再開する。
 
「クリス様はどのようなお仕事ができますか?」 
「基本的なことはできるかと思います。計算や読み書きなどは習って来ましたし、料理や掃除なども花嫁修行としてこなしてまいりました。ただ、商人として働いた経験がないので、いろいろ教えて頂ければ幸いです」
 
 下級貴族の令嬢は、裕福な商人などの平民に嫁ぐこともよくある。子爵家とはいえ、三女のクリスは、持参金目的の結婚をする可能性があったのだろう。商人としての下地は十分磨かれているようだ。
 
(家のために自分を磨いてきたのか。いい子だなぁ)
 
「もちろん仕事は教えさせて頂きます。計算ができるのでしたら、即戦力ですよ。ただ、寮は平民の方と一緒になりますがよろしいですか?」
 
 寮は用意していたが貴族の方専用というわけではない。何となく、クリス様なら文句は言わないと思うが、一応確認させてもらう。
 
「ありがとうございます! もちろん大丈夫です。働かせていただく以上、特別扱いなど無用です」
 
(めっちゃいい子じゃないか! 本当に貴族令嬢か? 貴族令嬢って、もっと傲慢なイメージだった。なんか申し訳ないな)
 
 クリス様の真面目さ、誠実さ、そして暖かく優しい雰囲気に、俺は完全にやられていた。
 
「承知しました。以上で面接は終了となります」

 俺はそう言って姿勢を正した。

「面接の結果ですが、ぜひクランフォード商会の従業員として一緒に働いて頂きたいと考えております。問題なければ明日の朝9時にお店に来てください」 

 そう伝えた瞬間、目の前に青い可憐な花が咲いた。

「ありがとうございます! これからよろしくお願いします!」

 花ではなく、クリス様だった。だが、俺にはとても可憐な花に見えたのだ。

「こちらこそ、よろしくお願いします。それでは、お気を付けてお帰りください」
 
 これほど、噛まないように注意して口を動かしたのは初めてかもしれない。何とか噛まずに言い切った。

 クリス様が立ち上がり、丁寧なお辞儀をする。俺も立ち上がりお辞儀を返して、クリス様が出て行くのを見送った。
 
 後姿を見つめていると、ドアを閉めるために振り返ったクリス様と目が合った。クリス様は再びにっこりとほほ笑んでくれたので、俺も笑みを返す。ドアが閉まるまで何とか顔を崩さないように耐えた。

 ドアが閉まると同時にソファーに倒れこむ。身体中の筋肉が弛緩するのを感じる。
 
(本当にいい子だなぁ)
 
 心地よい疲労感を感じながら、ソファーに座り直し、鏡を見る。顔のほてりは感じていたが、想像以上に真っ赤になっていた。

(何意識してんだよ! 相手は子爵令嬢だぞ! 俺なんか相手にされるわけないだろ! 落ち着け、落ち着け……)

 深呼吸を繰り返し、顔を元に戻そうと心を落ち着かせる。
 
 
 
 次の方が来るまでになんとか落ち着きを取り戻すことができた。鏡を見ると顔の赤みも取れている。

(よし! そろそろ次の方が来る頃かな?)
 
「コンコン」
「どうぞー」 
 
 ドアが開く。入ってきたのは、侍女をつれた赤髪赤目の女の子だった。

「ごきげんよう。わたくしの名前はミーナ=ミルキアーナ。ミルキアーナ男爵家の娘ですわ。10歳ですの。こちらは侍女のリンダ。これからよろしくお願いしますわ」

 入ってくるなり、女の子は不機嫌そうに言い放ち、そのまま出て行った。リンダさんが、俺に侮蔑の視線を向けて扉を閉める。俺は何も言えずに立ち尽くした。
 
(――いや待て。『お願い致しますわ』ってなんだ? 俺は何も聞いてないぞ。男爵令嬢だから雇われて当たり前とか思ってのんかな? クリス様とは大違いだ……まぁ、貴族令嬢のイメージそのままだったけど……)
 
 クリス様が優しいお方だったので、勘違いしてしまったが、やはり貴族令嬢はなのだろう。

 当然雇うつもりはないので、名簿のミーナ様の名前の横にバツ印をつける。その際、クリス様の名前の横に印がついていないことに気付き、慌てて丸印をつけたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勇者に幼馴染で婚約者の彼女を寝取られたら、勇者のパーティーが仲間になった。~ただの村人だった青年は、魔術師、聖女、剣聖を仲間にして旅に出る~

霜月雹花
ファンタジー
田舎で住む少年ロイドには、幼馴染で婚約者のルネが居た。しかし、いつもの様に農作業をしていると、ルネから呼び出しを受けて付いて行くとルネの両親と勇者が居て、ルネは勇者と一緒になると告げられた。村人達もルネが勇者と一緒になれば村が有名になると思い上がり、ロイドを村から追い出した。。  ロイドはそんなルネや村人達の行動に心が折れ、村から近い湖で一人泣いていると、勇者の仲間である3人の女性がロイドの所へとやって来て、ロイドに向かって「一緒に旅に出ないか」と持ち掛けられた。  これは、勇者に幼馴染で婚約者を寝取られた少年が、勇者の仲間から誘われ、時に人助けをしたり、時に冒険をする。そんなお話である

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

クラス転移したからクラスの奴に復讐します

wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。 ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。 だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。 クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。 まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。 閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。 追伸、 雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。 気になった方は是非読んでみてください。

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

幼馴染み達が寝取られたが,別にどうでもいい。

みっちゃん
ファンタジー
私達は勇者様と結婚するわ! そう言われたのが1年後に再会した幼馴染みと義姉と義妹だった。 「.....そうか,じゃあ婚約破棄は俺から両親達にいってくるよ。」 そう言って俺は彼女達と別れた。 しかし彼女達は知らない自分達が魅了にかかっていることを、主人公がそれに気づいていることも,そして,最初っから主人公は自分達をあまり好いていないことも。

ハズレスキル【分解】が超絶当たりだった件~仲間たちから捨てられたけど、拾ったゴミスキルを優良スキルに作り変えて何でも解決する~

名無し
ファンタジー
お前の代わりなんざいくらでもいる。パーティーリーダーからそう宣告され、あっさり捨てられた主人公フォード。彼のスキル【分解】は、所有物を瞬時にバラバラにして持ち運びやすくする程度の効果だと思われていたが、なんとスキルにも適用されるもので、【分解】したスキルなら幾らでも所有できるというチートスキルであった。捨てられているゴミスキルを【分解】することで有用なスキルに作り変えていくうち、彼はなんでも解決屋を開くことを思いつき、底辺冒険者から成り上がっていく。

加工を極めし転生者、チート化した幼女たちとの自由気ままな冒険ライフ

犬社護
ファンタジー
交通事故で不慮の死を遂げてしまった僕-リョウトは、死後の世界で女神と出会い、異世界へ転生されることになった。事前に転生先の世界観について詳しく教えられ、その場でスキルやギフトを練習しても構わないと言われたので、僕は自分に与えられるギフトだけを極めるまで練習を重ねた。女神の目的は不明だけど、僕は全てを納得した上で、フランベル王国王都ベルンシュナイルに住む貴族の名門ヒライデン伯爵家の次男として転生すると、とある理由で魔法を一つも習得できないせいで、15年間軟禁生活を強いられ、15歳の誕生日に両親から追放処分を受けてしまう。ようやく自由を手に入れたけど、初日から幽霊に憑かれた幼女ルティナ、2日目には幽霊になってしまった幼女リノアと出会い、2人を仲間にしたことで、僕は様々な選択を迫られることになる。そしてその結果、子供たちが意図せず、どんどんチート化してしまう。 僕の夢は、自由気ままに世界中を冒険すること…なんだけど、いつの間にかチートな子供たちが主体となって、冒険が進んでいく。 僕の夢……どこいった?

処理中です...