上 下
22 / 214
第2章 商会の設立

22.【商品開発2 早とちり】

しおりを挟む
 ミッシェルさんに言われた通り、アナベーラ商会から来てくれた従業員に店の運用方法、リバーシの販売方法を伝える。もともと商会で働いていた人達だ。リバーシについてと店の設備について軽く説明しただけで、問題なく運用してもらえるようになった。

 これなら追加の従業員さえ来てくれれば、店の運用は問題ないだろう。俺はユリを呼んでチェスの開発用の説明図を描いてもらう依頼をする。

「フィリス工房にチェスの開発を依頼する。そのため駒の絵を描いてほしいんだ」

 そう言って父さん達に説明するときに見せた絵をユリに見せる。ユリは俺が見せたナイトの絵を見て一言。

「――何これ? カエル?」
「え、いや…………『ナイト』って言って騎士様の馬をモチーフにした駒だよ」
「……お兄ちゃん、騎士様に殺されるよ?」

(いやいやいや! 殺されるって大袈裟な。まぁ、自分でもちょっと・・・・わかりにくいなとは思うけど)

「ま、まぁデザインはユリに任せるからデザイン画を描いてくれるかな? 描き終わり次第、フィリス工房に行こう」
「……わかった」

 ユリの呆れたような視線には気付かないふりをしてその場を離れる。ちょうどその時、お店のドアが開いた。

「追加の従業員を連れてきたで」

(仕事が早い!)

 そこには、ミッシェルさんと5人の従業員がいた。

「とりあえず今日は顔合わせや。シフト管理はアレンはんに任せるで。この後工房に行くんやろ?」
「あ、そうですね。ユリがデザイン画を描き終え次第、工房に向かおうと思っていました」
「よかよか。向かう工房は決まっとるん?」
「はい! フィリス工房に行こうと思います」
「――フィリス工房!?」
「――!?」

 ミッシェルさんがいきなり大きな声を出した。突然のことで俺はおどろいてしまう。

「え、ええ。リバーシもフィリス工房で生産してもらっているので、チェスもお願いしようかなと」
「……露出魔と腹黒女がいる工房やね?」

 露出魔はマリーナさんの事として……腹黒女はミケーラさんの事だろうか。父さんが言っていた通り、ミケーラさんもただの苦労人ではないようだ。

「ええ、おそらくそうです。この辺りで、短納期で大量の生産が可能な工房は他にないので」
「まぁ確かにこの辺りじゃ一番大きい工房やし、質も悪くないけどな。うむぅ……」

 ミッシェルさんが何かを考えている。

「よっしゃ。それならわても、フィリス工房に同行させてもらおうか」
「いいんですか!?」
「ああ。今回の件は、アナベーラ商会も関係あることやさかい、口添えさせてもらうわ」

(ミッシェルさんの口添えがあれば100人力だ。従業員も補充されたし、父さんには先にフィリス工房に向かってもらおう)

「ユリ、あとどれくらいで描き終わる?」
「1時間もあれば余裕で!」
「わかった。それじゃ父さんは先にフィリス工房に向かって。1時間後に俺達が行くことを伝えておいて。むこうの都合がよければ、軽く説明しておいて欲しい。今回もお酒はなしね」
「了解だ!」

 父さんはそういってフィリス工房に向かおうとしたが、ミッシェルさんに止められる。

「――ちょぉ待てや、ルークはん。あんさん、あの女と酒飲んどるんか?」

 父さんが固まる。その額に汗がにじんでいた。

「そ、それは……」
「あんさん、奥はんおりますよなぁ。どういうことや?」

 ミッシェルさんが父さんを問い詰める。その顔はヴェールに隠れて見えなかったが、声に怒気が乗っていた。場の空気が凍り付く。

「こ、これには深いわけがありまして」
「奥はんはご存じなんか? ああ?」

 声にさらに怒気が乗った。

(ミッシェルさん、めちゃくちゃ怒ってる! こりゃ父さん死んだかな……)

 父さんの命運もここまでかと思われたが、突如、救いの手が差し伸べられる。

「しかも、あんさんの奥はんってたしか――」
「お母さん知ってるよ! この前、お父さんと話してた」
「……は?」

 ちょうど何枚目かのデザイン画を描き終えたユリがミッシェルさんの言葉を遮って答えた。

「奥はん、知っとるんか?」

 声から怒気が無くなった。父さんは命拾いしたころを自覚したのか、身体を弛緩させて深呼吸をする。

「うん。お母さんお父さんに飴もらって許してた。でもお母さんが『今夜は寝かさない』って言ってたからめちゃくちゃ怒られたと思うよ」

 命拾いした直後で油断していたのだろう。ユリの台詞を止めに入るのが遅れる。

「ユリ! ちょっと待っ――」
「次の日、お父さん眠そうだったし、お母さんすっきりした顔してたから」

 先ほどとは別の意味で場の空気が凍り付いた。

「そ、そか。すでに奥はんからお仕置き・・・・を受けとるんやな」
「うん! だからお父さんをあんまり怒らないであげて?」

 ユリはただ、父さんが怒られただけだと思っているのだろう。悪気はなかったに違いない。

「そ、そうやな。うん。ならええんや。夫婦は仲ええんが一番や!」

 意外にもミッシェルさんが慌てている様子だった。ヴェールで見えないが、顔を真っ赤にしているミッシェルが想像できる。

「――ほ、ほら、父さん。早くフィリス工房に行きなよ! 俺達も1時間後に行くからね!」

 俺は場の空気を変えようと努めて明るい声を出した。

「そ、そうだな!……うん……行ってくりゅ…………行ってくる……」

 そんな俺の努力を察した父さんが明るく答えようとしてくれたが、羞恥心が勝ってしまったのだろう。思いっきり嚙んだ。

「ル、ルークはん! その……わての早とちりやった。かんにんや」

 ミッシェルさんが謝った。ミッシェルさんも悪気があったわけじゃないとはいえ、父さんの羞恥心にダメージを与えてしまったことを悔いているのだろう。

「お気になさらず。……いえ、お願いですから忘れてください」
「そ、そうやな。うん。忘れますわ」

 そう言って俺達は父さんを見送った。まだ開店準備中であり、その場には俺達の他の従業員もいたが、誰も動き出すことができない。

 そんな俺達をユリだけは不思議そうな顔で見ていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勇者に幼馴染で婚約者の彼女を寝取られたら、勇者のパーティーが仲間になった。~ただの村人だった青年は、魔術師、聖女、剣聖を仲間にして旅に出る~

霜月雹花
ファンタジー
田舎で住む少年ロイドには、幼馴染で婚約者のルネが居た。しかし、いつもの様に農作業をしていると、ルネから呼び出しを受けて付いて行くとルネの両親と勇者が居て、ルネは勇者と一緒になると告げられた。村人達もルネが勇者と一緒になれば村が有名になると思い上がり、ロイドを村から追い出した。。  ロイドはそんなルネや村人達の行動に心が折れ、村から近い湖で一人泣いていると、勇者の仲間である3人の女性がロイドの所へとやって来て、ロイドに向かって「一緒に旅に出ないか」と持ち掛けられた。  これは、勇者に幼馴染で婚約者を寝取られた少年が、勇者の仲間から誘われ、時に人助けをしたり、時に冒険をする。そんなお話である

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

クラス転移したからクラスの奴に復讐します

wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。 ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。 だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。 クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。 まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。 閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。 追伸、 雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。 気になった方は是非読んでみてください。

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

幼馴染み達が寝取られたが,別にどうでもいい。

みっちゃん
ファンタジー
私達は勇者様と結婚するわ! そう言われたのが1年後に再会した幼馴染みと義姉と義妹だった。 「.....そうか,じゃあ婚約破棄は俺から両親達にいってくるよ。」 そう言って俺は彼女達と別れた。 しかし彼女達は知らない自分達が魅了にかかっていることを、主人公がそれに気づいていることも,そして,最初っから主人公は自分達をあまり好いていないことも。

ハズレスキル【分解】が超絶当たりだった件~仲間たちから捨てられたけど、拾ったゴミスキルを優良スキルに作り変えて何でも解決する~

名無し
ファンタジー
お前の代わりなんざいくらでもいる。パーティーリーダーからそう宣告され、あっさり捨てられた主人公フォード。彼のスキル【分解】は、所有物を瞬時にバラバラにして持ち運びやすくする程度の効果だと思われていたが、なんとスキルにも適用されるもので、【分解】したスキルなら幾らでも所有できるというチートスキルであった。捨てられているゴミスキルを【分解】することで有用なスキルに作り変えていくうち、彼はなんでも解決屋を開くことを思いつき、底辺冒険者から成り上がっていく。

加工を極めし転生者、チート化した幼女たちとの自由気ままな冒険ライフ

犬社護
ファンタジー
交通事故で不慮の死を遂げてしまった僕-リョウトは、死後の世界で女神と出会い、異世界へ転生されることになった。事前に転生先の世界観について詳しく教えられ、その場でスキルやギフトを練習しても構わないと言われたので、僕は自分に与えられるギフトだけを極めるまで練習を重ねた。女神の目的は不明だけど、僕は全てを納得した上で、フランベル王国王都ベルンシュナイルに住む貴族の名門ヒライデン伯爵家の次男として転生すると、とある理由で魔法を一つも習得できないせいで、15年間軟禁生活を強いられ、15歳の誕生日に両親から追放処分を受けてしまう。ようやく自由を手に入れたけど、初日から幽霊に憑かれた幼女ルティナ、2日目には幽霊になってしまった幼女リノアと出会い、2人を仲間にしたことで、僕は様々な選択を迫られることになる。そしてその結果、子供たちが意図せず、どんどんチート化してしまう。 僕の夢は、自由気ままに世界中を冒険すること…なんだけど、いつの間にかチートな子供たちが主体となって、冒険が進んでいく。 僕の夢……どこいった?

処理中です...