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第1章 初めての商品
13.【開店初日1 妨害1】
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翌日、まだ寝ていた俺は予定より早い時間に起こされた。
「ふぁー……ふぅ。どうしたの? 父さんの方が先に起きるなんて珍しいじゃん」
「ちょっとな。初日は何が起こるかわからないから早めに行こう」
予定した時間も、余裕を持った時間ではあったが、父さんにせかされて支度を済ませる。ユリはもともと朝に強いタイプなので、もう起きて支度を終わらせていた。
結局、予定より1時間以上早く家を出て、支店に向かう。
「いよいよだね! お兄ちゃんのお店!」
「うん。…………売れるといいんだけど」
「絶対大丈夫だよ! リバーシ面白いもん。絶対人気出るって!」
「……そうだな。ユリが描いてくれた看板もあるんだ。絶対売れるな!」
不安を吹き飛ばすように明るく答えた。そんな俺達を父さんは優しい顔で見つめている。
隣町につき、支店に向かう。
「………………なに? …………これ」
そこには信じられない光景が広がっていた。支店の周りには大量のゴミが捨てられ、ユリが作ってくれた宣伝版は壊され、無造作に捨てられている。
「……こうなったか」
父さんはこうなる可能性を感じていたのだろうか。驚きながら父さんの顔を見た。
「昨日、卸売りを断った事で、何かしらの嫌がらせをしてくる可能性はあるかもとは思っていたが、ここまでするとはな」
父さんの顔は怒りに満ちていた。普段は温厚な父さんのこんな怒った顔は産まれて初めて見る。
「これ、ドット商会がやったってこと!?」
「――人聞きの悪い事を言わないでほしいですね」
いつからそこにいたのか、俺達の後ろにガンジールさんが立っていた。
「ガンジール=ドット……」
「これはこれは、クランフォード商会の皆様、おはようございます。開店初日から大変なことになったようですねぇ」
笑顔を浮かべながらガンジールさんが続ける。
「これでは、本日、開店するのは難しそうですね。どうです? 今からでも私どもにリバーシを卸しませんか?」
俺は言葉が出せなかった。
(こいつ……そんなことのために、ユリが作ってくれた宣伝版を…………)
俺の怒りに気付いていないのか、ガンジールがさらに続ける。
「定価の7割で卸していただければ本日販売予定だったリバーシは買い取らせて頂きますよ」
(こいつはもうダメだ)
「6割で卸していただけるのでしたら、現在倉庫にお持ちの分も全て――」
「黙れ」
「……っ!!」
我慢の限界だった。
「クズに卸す商品はない。リバーシはその価値にふさわしい場所で売る」
これ以上、ガンジールと話すことはない。そんなことに時間を使っている余裕はないのだ。
この大量のゴミを何とかしないと、店を開くことはできない。正直、3人で協力しても、開店時間までにこのゴミをかたずけるのは難しいだろう。だが、それでもやるしかない。
俺は支店長として、父さんとユリに指示を出した。
「父さんは店内を確認して、このクズが何をしたのか確認してほしい。ゴミを捨てた以外にも何かしているかもしれない。終わったら、開店準備をお願い」
「よし、わかった。任せろ」
「ユリは宣伝版を描きなおしてほしい。せっかく作ってくれたのにごめんな」
「大丈夫だよ! 任せて! 1時間くらいで描きなおすから!」
2人とも何も反論せずにすぐに動き出してくれる。目の前には大量のゴミがあったが、2人とも、俺が何とかすると信じてくれているようだ。
俺は周りを見渡す。朝早かったが、道には少なからず人がいた。おそらく、他の店舗に向かう従業員だろう。俺は声を張り上げた。
「皆様、申し訳ありません! 私共の店舗が何者かの嫌がらせを受けてしまいました! 急いで掃除をしなければならないのですが、手が足りません! どうか、掃除を手伝っていただけないでしょうか! 手伝っていただいた方には、本日発売予定のリバーシを無料で差し上げます!」
俺は頭を下げる。リバーシと聞いて、何人かが興味を持ってくれた。
「うわ、ひどいな」
「今日から買えるのか! 露店では買えなかったからな。よし、手伝うぞ!」
「え、待って! ここリバーシのお店!?」
「わぁ、ずっと変えなくてお店が出来るの楽しみにしてたの! やっと販売されるのね!」
「でも、これ片づけないと営業できないよね? 私も手伝うわ!」
俺の声が聞こえたのか、向かいのベーカリー・バーバルから、トムさんとモアさん、それにアリスちゃんが来てくれた。
「アレン君、大丈夫かい!? ……こりゃひどい。モア、店に戻って仕込みを頼む。お前が手伝えば、作業しているやつらの半分は手が空くはずだ。そいつらをこっちに寄越してくれ」
「わかったわ。すぐに呼んでくる」
「ユリちゃんは!? 大丈夫なの!?」
お店がこんなことになっていて、ユリの姿が見えないので不安になったのだろう。アリスちゃんが慌てて聞いてきた。
「大丈夫だよ。ユリには店内で宣伝版を描きなおしてもらってる」
そう聞いてアリスちゃんはほっとしたようだ。
「良かった。それなら私も掃除手伝う!」
「いや、アリスは戻ってモアと一緒に仕込みの手伝いをしてきなさい。こっちの掃除は力仕事だ。男手があった方がいい」
トムさんが冷静に判断してくれる。
「え……でも…………」
「そうですね。アリスちゃん、心配してくれてありがとう。トムさんの言う通り、アリスちゃんはモアさんの手伝いをしてきてくれるかな? モアさんのお手伝いが終わったら、こっちを手伝ってほしい」
アリスちゃんも俺達の力になりたかったのだろう。俺達を手伝いたそうにしていた。しかし、トムさんの言う通り、ゴミ出しは力仕事だ。幼いアリスちゃんに無理はさせられない。
「今のゴミ出しが終わったら、次は掃除をする。その時までにモアさんのお手伝いを終わらせてくれると助かるな」
「そっか……うん! 分かった。お母さんの手伝いしてくる!」
アリスちゃんは走って戻っていった。俺はトムさんにお礼を言う。
「朝のお忙しい時間にすみません。手伝っていただいてありがとうございます」
「なに、困ったときはお互い様さ。それにしてもひどいもんだ。いったい誰がこんなことをしたんだろうなぁ」
そう言ってトムさんは俺の後ろを見た。俺も後ろを振り返ると苦い顔をしたガンジールがいた。
「なぁガンジールさんよぉ。あんた隣の店に住み込みで働いてんだろ? なんか知ってんじゃないのか?」
トムさんがガンジールに詰め寄る。昨日見たときはふっくらした体型に見えたが、今は筋肉隆々な体型になっていた。トムさんの圧力が凄く、ガンジールの表情が引きつる。
「何をおっしゃるんですか? 私がやったという証拠がどこにあるんですか?」
「あん? 何言ってやがる? 俺は、何か知らないかって聞いただけだろ。隣に住んでんだ。これだけのゴミが運び込まれりゃ、ふつー音や匂いで気付くだろ。気付かなかったのか?」
「き、昨日は早く寝たので気付かなかったんです!」
「そうか。だったら仕方ないな。そんじゃあ、いっちょ片づけるか。ガンジールさん、あんたも手伝うだろ?」
「な、なんで私が!?」
「は? お前、隣の店がこんな状態なのをほっておくのか? 困ったときは助け合いだろ? 万が一、お前の店がゴミだらけになったとき、助けてもらわなくていいのか?」
「い、いや…………その」
ガンジールが言いよどむ。トムさんはガンジールにも片づけを手伝わせようとしているようだ。だが、俺はガンジールを信用できない。
「いいよ、トムさん。こんなやつに手伝わせたら、何されるか分かったもんじゃない」
「……いいのかい?」
「はい。ありがとうございます」
俺がそういうとトムさんはガンジールを視線から外した。いつも間にか、体型も元のふっくらした感じに戻っている。
「アレン君がそういうならこの話はここまでにしよう。ちょうどうちの連中も来たようだ」
向かいを見ると、4名の男性がこちらに来てくれている。最初に手伝うと言ってくれた2名の男性と3名の女性、トムさんに俺を合わせた11名でゴミ掃除を開始する。
「トムさん、一番近いゴミ収集場はどこにありますか?」
「2件向こうにあるよ」
「ありがとうございます。では、皆様! まずはゴミを外に出しましょう!」
俺の指示で皆が動き出す。俺もゴミを運んだ。11人がかりでゴミを運び、半分近くのゴミを運び終える。
「ベーカリー・バーバルの方々はそのままゴミを運んでください! 残りの方々は外のゴミを収集場まで運んでください!」
ちょうどその時、アリスちゃんが戻ってくる。
「アレンさん! お店の仕込み終わったよ! こっち手伝わせて!」
「ありがとう! それじゃアリスちゃんはゴミを運び終えたところを掃除してもらえるかな」
「うん!」
モップを持って掃除を始めるアリスちゃん。手際よく、お店の周りを掃除してくれる。
途中から開店準備を終わらせた父さんも片付けに参加し、片付けを初めて1時間ほどで、何とか元通りの店舗に戻すことができた。
「皆様、ありがとうございました! おかげさまで開店に間に合いました! こちらお礼のリバーシです! 本当にありがとうございました!!」
最初に手伝ってくれた5名とベーカリー・バーバルの方々にリバーシを配る。
そこへ、パンを抱えたモアさんがやってきた。
「皆さんお疲れ様でした。パンの余りがありますので、よかったら食べてくださいな。これを食べて、今日もお仕事頑張ってくださいね」
モアさんが手伝ってくれた5名にパンを配ってくれた。皆、リバーシとパンを抱えて嬉しそうな顔をしている。
俺はパンを配り終えたモアさんにお礼を言う。
「手伝って頂いてありがとうございます。パンまで配って頂いて…………何から何まですみません」
「気にしないで。あなたが悪いわけじゃないわ。困ったときはお互い様よ」
(トムさんと同じことを言っている……)
お向かいさんが良い人達で本当に良かった。
「アリスちゃんもありがとう。おかげで助かったよ。掃除上手なんだね!」
「へっへーん! ベーカリーの掃除は私が一番上手いんだよ! それより、ユリちゃんは? まだ描いているの?」
「あ、そうだね。もうすぐ描き終わると思うけど」
1時間くらいで描けると言っていたからそろそろだろう。先ほど様子を見た時には最後の仕上げに取り掛かっていた。
「先に看板を出すか。ちなみに看板もユリが描いたんだよ」
「え、そうなの!? 見たい!」
「わかった! ちょっと待ってて」
店の中に置いておいた看板を店の入り口に掲げる。掲げられた看板は家で見た時より綺麗に見えた。周りから歓声が上がる。
「凄い! これユリちゃんが描いたの!?」
「そうだよ! ユリの絵は凄いでしょ。本店の看板もユリが描いたんだよ」
「ほー、大したもんだ」
トムさんも感心している。
その時、ユリが宣伝版を抱えて出てきた。
「おー! 凄い! 昨日より綺麗になってる! あ、お兄ちゃんお待たせ! 宣伝版、描き終わったよ!」
ユリが持ってきてくれた宣伝版は以前の宣伝版に勝るとも劣らない良いできだった。店の前に立てかけると再び歓声が上がる。
「え、何? 何?」
「みんなユリの絵が上手くてびっくりしてるんだよ」
「そんなぁ、大袈裟だよ」
まんざらでもない様子でユリが答える。
「そうだ! トムさん。良かったら、今日のお礼にベーカリー・バーバルの宣伝版やポスターをユリに描かせて頂けませんか?」
「いいのかい!?」
「もちろんです。ユリもいいよね?」
「喜んで! お時間頂ければ看板も描きます!」
「それは助かる! 向かいがこんなに素敵な看板なのに、うちがあんな古い看板じゃ申し訳ないと思ってたんだ。ユリちゃんに描いてもらえるならそれが一番だ」
景観を気にしてくれたんだろう。ベーカリー・バーバルの看板は趣があるがいい看板だが、さすがに古くなっている。向かいが新しい看板を掲げているのに、古い看板を掲げ続けるのは申し訳ないと思ったようだ。
「お安い御用です! どんな看板にしますか? パン屋さんって一発で分かるものにもできますよ!」
「そうだな。パン屋とわかるようにしてもらってうちの看板メニューのカレーパンを…………」
トムさんとユリが細かいすり合わせを行っていく。家族以外での、ユリのデザイナーとしての初仕事だ。邪魔はしたくない。幸い、開店準備は父さんが終わらせてくれた。俺はそっとその場を離れ、支店に入る。
支店の中に父さんがいた。店内の最終確認をしてくれていたようだ。そういえば昨日、父さんに言われて看板は出さないでおいて正解だった。
「父さん、お疲れ様。昨日看板は出さないって言ってくれてありがとう。看板まで壊されてたら、開店できなかったよ」
「そうだな。俺もまさかここまでやるとは思わなかったが、念のため、備えておいてよかったよ」
父さんは手を止めて答えてくれる。
「やっぱり犯人はガンジール?」
「まず間違いなくな。宣伝版は壊されたし、ゴミで汚されはしたが、店の備品は無事だった。店の備品は役所の管轄だ。そこまで手を出すと後々面倒だと思ったんだろ。嫌がらせが『今日、店を開けなくする』レベルだ。ガンジール以外考えられないな」
あのクズめ。絶対許さない。
「――アレン、ガンジールのことは一度忘れろ」
「え!?」
「今、お前が気にしなきゃいけないのは、この店をちゃんとオープンして今日一日を乗り切ることだ。今後の対策は必要だし、気を許すわけにはいかないが、今は他にやるべきことがあるだろ?」
そうだった。今日はこの店の開店日だ。クランフォード商会にとって、一番大事な日といっても過言ではない。あんな奴のことより、他に考えなきゃいけないことがたくさんある。
「……そうだね。父さんの言う通りだ。今日はお店のことに集中する」
「おう! 頑張れよ。隣の奴のことは、今日を乗り切ったら皆で考えよう」
父さんに言われて気を引き締める。開店時間まであと10分を切っていた。
ユリが作ってくれた支店の案内板と1組のリバーシを持って店の外に出る。トムさんとユリの打ち合わせも終わったようだ。
「これから俺と父さんで露店の場所に行く。父さんは机を持ってきて。俺は最初の声出しをした後、店に戻るけど父さんは残って宣伝を続けて」
「了解!」
「ユリは宣伝版の横で待機。10時になったらオープンだからお客さんが来たら対応して」
「わかった!」
父さんと一緒に露店を開いた場所に行く。ここでは、今日は来てくれたお客さんを店舗に案内するだけだ。宣伝道具として、机の上にリバーシを置き、案内板を立てれば、準備完了である。
さぁ、いよいよ開店だ!
「ふぁー……ふぅ。どうしたの? 父さんの方が先に起きるなんて珍しいじゃん」
「ちょっとな。初日は何が起こるかわからないから早めに行こう」
予定した時間も、余裕を持った時間ではあったが、父さんにせかされて支度を済ませる。ユリはもともと朝に強いタイプなので、もう起きて支度を終わらせていた。
結局、予定より1時間以上早く家を出て、支店に向かう。
「いよいよだね! お兄ちゃんのお店!」
「うん。…………売れるといいんだけど」
「絶対大丈夫だよ! リバーシ面白いもん。絶対人気出るって!」
「……そうだな。ユリが描いてくれた看板もあるんだ。絶対売れるな!」
不安を吹き飛ばすように明るく答えた。そんな俺達を父さんは優しい顔で見つめている。
隣町につき、支店に向かう。
「………………なに? …………これ」
そこには信じられない光景が広がっていた。支店の周りには大量のゴミが捨てられ、ユリが作ってくれた宣伝版は壊され、無造作に捨てられている。
「……こうなったか」
父さんはこうなる可能性を感じていたのだろうか。驚きながら父さんの顔を見た。
「昨日、卸売りを断った事で、何かしらの嫌がらせをしてくる可能性はあるかもとは思っていたが、ここまでするとはな」
父さんの顔は怒りに満ちていた。普段は温厚な父さんのこんな怒った顔は産まれて初めて見る。
「これ、ドット商会がやったってこと!?」
「――人聞きの悪い事を言わないでほしいですね」
いつからそこにいたのか、俺達の後ろにガンジールさんが立っていた。
「ガンジール=ドット……」
「これはこれは、クランフォード商会の皆様、おはようございます。開店初日から大変なことになったようですねぇ」
笑顔を浮かべながらガンジールさんが続ける。
「これでは、本日、開店するのは難しそうですね。どうです? 今からでも私どもにリバーシを卸しませんか?」
俺は言葉が出せなかった。
(こいつ……そんなことのために、ユリが作ってくれた宣伝版を…………)
俺の怒りに気付いていないのか、ガンジールがさらに続ける。
「定価の7割で卸していただければ本日販売予定だったリバーシは買い取らせて頂きますよ」
(こいつはもうダメだ)
「6割で卸していただけるのでしたら、現在倉庫にお持ちの分も全て――」
「黙れ」
「……っ!!」
我慢の限界だった。
「クズに卸す商品はない。リバーシはその価値にふさわしい場所で売る」
これ以上、ガンジールと話すことはない。そんなことに時間を使っている余裕はないのだ。
この大量のゴミを何とかしないと、店を開くことはできない。正直、3人で協力しても、開店時間までにこのゴミをかたずけるのは難しいだろう。だが、それでもやるしかない。
俺は支店長として、父さんとユリに指示を出した。
「父さんは店内を確認して、このクズが何をしたのか確認してほしい。ゴミを捨てた以外にも何かしているかもしれない。終わったら、開店準備をお願い」
「よし、わかった。任せろ」
「ユリは宣伝版を描きなおしてほしい。せっかく作ってくれたのにごめんな」
「大丈夫だよ! 任せて! 1時間くらいで描きなおすから!」
2人とも何も反論せずにすぐに動き出してくれる。目の前には大量のゴミがあったが、2人とも、俺が何とかすると信じてくれているようだ。
俺は周りを見渡す。朝早かったが、道には少なからず人がいた。おそらく、他の店舗に向かう従業員だろう。俺は声を張り上げた。
「皆様、申し訳ありません! 私共の店舗が何者かの嫌がらせを受けてしまいました! 急いで掃除をしなければならないのですが、手が足りません! どうか、掃除を手伝っていただけないでしょうか! 手伝っていただいた方には、本日発売予定のリバーシを無料で差し上げます!」
俺は頭を下げる。リバーシと聞いて、何人かが興味を持ってくれた。
「うわ、ひどいな」
「今日から買えるのか! 露店では買えなかったからな。よし、手伝うぞ!」
「え、待って! ここリバーシのお店!?」
「わぁ、ずっと変えなくてお店が出来るの楽しみにしてたの! やっと販売されるのね!」
「でも、これ片づけないと営業できないよね? 私も手伝うわ!」
俺の声が聞こえたのか、向かいのベーカリー・バーバルから、トムさんとモアさん、それにアリスちゃんが来てくれた。
「アレン君、大丈夫かい!? ……こりゃひどい。モア、店に戻って仕込みを頼む。お前が手伝えば、作業しているやつらの半分は手が空くはずだ。そいつらをこっちに寄越してくれ」
「わかったわ。すぐに呼んでくる」
「ユリちゃんは!? 大丈夫なの!?」
お店がこんなことになっていて、ユリの姿が見えないので不安になったのだろう。アリスちゃんが慌てて聞いてきた。
「大丈夫だよ。ユリには店内で宣伝版を描きなおしてもらってる」
そう聞いてアリスちゃんはほっとしたようだ。
「良かった。それなら私も掃除手伝う!」
「いや、アリスは戻ってモアと一緒に仕込みの手伝いをしてきなさい。こっちの掃除は力仕事だ。男手があった方がいい」
トムさんが冷静に判断してくれる。
「え……でも…………」
「そうですね。アリスちゃん、心配してくれてありがとう。トムさんの言う通り、アリスちゃんはモアさんの手伝いをしてきてくれるかな? モアさんのお手伝いが終わったら、こっちを手伝ってほしい」
アリスちゃんも俺達の力になりたかったのだろう。俺達を手伝いたそうにしていた。しかし、トムさんの言う通り、ゴミ出しは力仕事だ。幼いアリスちゃんに無理はさせられない。
「今のゴミ出しが終わったら、次は掃除をする。その時までにモアさんのお手伝いを終わらせてくれると助かるな」
「そっか……うん! 分かった。お母さんの手伝いしてくる!」
アリスちゃんは走って戻っていった。俺はトムさんにお礼を言う。
「朝のお忙しい時間にすみません。手伝っていただいてありがとうございます」
「なに、困ったときはお互い様さ。それにしてもひどいもんだ。いったい誰がこんなことをしたんだろうなぁ」
そう言ってトムさんは俺の後ろを見た。俺も後ろを振り返ると苦い顔をしたガンジールがいた。
「なぁガンジールさんよぉ。あんた隣の店に住み込みで働いてんだろ? なんか知ってんじゃないのか?」
トムさんがガンジールに詰め寄る。昨日見たときはふっくらした体型に見えたが、今は筋肉隆々な体型になっていた。トムさんの圧力が凄く、ガンジールの表情が引きつる。
「何をおっしゃるんですか? 私がやったという証拠がどこにあるんですか?」
「あん? 何言ってやがる? 俺は、何か知らないかって聞いただけだろ。隣に住んでんだ。これだけのゴミが運び込まれりゃ、ふつー音や匂いで気付くだろ。気付かなかったのか?」
「き、昨日は早く寝たので気付かなかったんです!」
「そうか。だったら仕方ないな。そんじゃあ、いっちょ片づけるか。ガンジールさん、あんたも手伝うだろ?」
「な、なんで私が!?」
「は? お前、隣の店がこんな状態なのをほっておくのか? 困ったときは助け合いだろ? 万が一、お前の店がゴミだらけになったとき、助けてもらわなくていいのか?」
「い、いや…………その」
ガンジールが言いよどむ。トムさんはガンジールにも片づけを手伝わせようとしているようだ。だが、俺はガンジールを信用できない。
「いいよ、トムさん。こんなやつに手伝わせたら、何されるか分かったもんじゃない」
「……いいのかい?」
「はい。ありがとうございます」
俺がそういうとトムさんはガンジールを視線から外した。いつも間にか、体型も元のふっくらした感じに戻っている。
「アレン君がそういうならこの話はここまでにしよう。ちょうどうちの連中も来たようだ」
向かいを見ると、4名の男性がこちらに来てくれている。最初に手伝うと言ってくれた2名の男性と3名の女性、トムさんに俺を合わせた11名でゴミ掃除を開始する。
「トムさん、一番近いゴミ収集場はどこにありますか?」
「2件向こうにあるよ」
「ありがとうございます。では、皆様! まずはゴミを外に出しましょう!」
俺の指示で皆が動き出す。俺もゴミを運んだ。11人がかりでゴミを運び、半分近くのゴミを運び終える。
「ベーカリー・バーバルの方々はそのままゴミを運んでください! 残りの方々は外のゴミを収集場まで運んでください!」
ちょうどその時、アリスちゃんが戻ってくる。
「アレンさん! お店の仕込み終わったよ! こっち手伝わせて!」
「ありがとう! それじゃアリスちゃんはゴミを運び終えたところを掃除してもらえるかな」
「うん!」
モップを持って掃除を始めるアリスちゃん。手際よく、お店の周りを掃除してくれる。
途中から開店準備を終わらせた父さんも片付けに参加し、片付けを初めて1時間ほどで、何とか元通りの店舗に戻すことができた。
「皆様、ありがとうございました! おかげさまで開店に間に合いました! こちらお礼のリバーシです! 本当にありがとうございました!!」
最初に手伝ってくれた5名とベーカリー・バーバルの方々にリバーシを配る。
そこへ、パンを抱えたモアさんがやってきた。
「皆さんお疲れ様でした。パンの余りがありますので、よかったら食べてくださいな。これを食べて、今日もお仕事頑張ってくださいね」
モアさんが手伝ってくれた5名にパンを配ってくれた。皆、リバーシとパンを抱えて嬉しそうな顔をしている。
俺はパンを配り終えたモアさんにお礼を言う。
「手伝って頂いてありがとうございます。パンまで配って頂いて…………何から何まですみません」
「気にしないで。あなたが悪いわけじゃないわ。困ったときはお互い様よ」
(トムさんと同じことを言っている……)
お向かいさんが良い人達で本当に良かった。
「アリスちゃんもありがとう。おかげで助かったよ。掃除上手なんだね!」
「へっへーん! ベーカリーの掃除は私が一番上手いんだよ! それより、ユリちゃんは? まだ描いているの?」
「あ、そうだね。もうすぐ描き終わると思うけど」
1時間くらいで描けると言っていたからそろそろだろう。先ほど様子を見た時には最後の仕上げに取り掛かっていた。
「先に看板を出すか。ちなみに看板もユリが描いたんだよ」
「え、そうなの!? 見たい!」
「わかった! ちょっと待ってて」
店の中に置いておいた看板を店の入り口に掲げる。掲げられた看板は家で見た時より綺麗に見えた。周りから歓声が上がる。
「凄い! これユリちゃんが描いたの!?」
「そうだよ! ユリの絵は凄いでしょ。本店の看板もユリが描いたんだよ」
「ほー、大したもんだ」
トムさんも感心している。
その時、ユリが宣伝版を抱えて出てきた。
「おー! 凄い! 昨日より綺麗になってる! あ、お兄ちゃんお待たせ! 宣伝版、描き終わったよ!」
ユリが持ってきてくれた宣伝版は以前の宣伝版に勝るとも劣らない良いできだった。店の前に立てかけると再び歓声が上がる。
「え、何? 何?」
「みんなユリの絵が上手くてびっくりしてるんだよ」
「そんなぁ、大袈裟だよ」
まんざらでもない様子でユリが答える。
「そうだ! トムさん。良かったら、今日のお礼にベーカリー・バーバルの宣伝版やポスターをユリに描かせて頂けませんか?」
「いいのかい!?」
「もちろんです。ユリもいいよね?」
「喜んで! お時間頂ければ看板も描きます!」
「それは助かる! 向かいがこんなに素敵な看板なのに、うちがあんな古い看板じゃ申し訳ないと思ってたんだ。ユリちゃんに描いてもらえるならそれが一番だ」
景観を気にしてくれたんだろう。ベーカリー・バーバルの看板は趣があるがいい看板だが、さすがに古くなっている。向かいが新しい看板を掲げているのに、古い看板を掲げ続けるのは申し訳ないと思ったようだ。
「お安い御用です! どんな看板にしますか? パン屋さんって一発で分かるものにもできますよ!」
「そうだな。パン屋とわかるようにしてもらってうちの看板メニューのカレーパンを…………」
トムさんとユリが細かいすり合わせを行っていく。家族以外での、ユリのデザイナーとしての初仕事だ。邪魔はしたくない。幸い、開店準備は父さんが終わらせてくれた。俺はそっとその場を離れ、支店に入る。
支店の中に父さんがいた。店内の最終確認をしてくれていたようだ。そういえば昨日、父さんに言われて看板は出さないでおいて正解だった。
「父さん、お疲れ様。昨日看板は出さないって言ってくれてありがとう。看板まで壊されてたら、開店できなかったよ」
「そうだな。俺もまさかここまでやるとは思わなかったが、念のため、備えておいてよかったよ」
父さんは手を止めて答えてくれる。
「やっぱり犯人はガンジール?」
「まず間違いなくな。宣伝版は壊されたし、ゴミで汚されはしたが、店の備品は無事だった。店の備品は役所の管轄だ。そこまで手を出すと後々面倒だと思ったんだろ。嫌がらせが『今日、店を開けなくする』レベルだ。ガンジール以外考えられないな」
あのクズめ。絶対許さない。
「――アレン、ガンジールのことは一度忘れろ」
「え!?」
「今、お前が気にしなきゃいけないのは、この店をちゃんとオープンして今日一日を乗り切ることだ。今後の対策は必要だし、気を許すわけにはいかないが、今は他にやるべきことがあるだろ?」
そうだった。今日はこの店の開店日だ。クランフォード商会にとって、一番大事な日といっても過言ではない。あんな奴のことより、他に考えなきゃいけないことがたくさんある。
「……そうだね。父さんの言う通りだ。今日はお店のことに集中する」
「おう! 頑張れよ。隣の奴のことは、今日を乗り切ったら皆で考えよう」
父さんに言われて気を引き締める。開店時間まであと10分を切っていた。
ユリが作ってくれた支店の案内板と1組のリバーシを持って店の外に出る。トムさんとユリの打ち合わせも終わったようだ。
「これから俺と父さんで露店の場所に行く。父さんは机を持ってきて。俺は最初の声出しをした後、店に戻るけど父さんは残って宣伝を続けて」
「了解!」
「ユリは宣伝版の横で待機。10時になったらオープンだからお客さんが来たら対応して」
「わかった!」
父さんと一緒に露店を開いた場所に行く。ここでは、今日は来てくれたお客さんを店舗に案内するだけだ。宣伝道具として、机の上にリバーシを置き、案内板を立てれば、準備完了である。
さぁ、いよいよ開店だ!
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そう言われたのが1年後に再会した幼馴染みと義姉と義妹だった。
「.....そうか,じゃあ婚約破棄は俺から両親達にいってくるよ。」
そう言って俺は彼女達と別れた。
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ハズレスキル【分解】が超絶当たりだった件~仲間たちから捨てられたけど、拾ったゴミスキルを優良スキルに作り変えて何でも解決する~
名無し
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お前の代わりなんざいくらでもいる。パーティーリーダーからそう宣告され、あっさり捨てられた主人公フォード。彼のスキル【分解】は、所有物を瞬時にバラバラにして持ち運びやすくする程度の効果だと思われていたが、なんとスキルにも適用されるもので、【分解】したスキルなら幾らでも所有できるというチートスキルであった。捨てられているゴミスキルを【分解】することで有用なスキルに作り変えていくうち、彼はなんでも解決屋を開くことを思いつき、底辺冒険者から成り上がっていく。
加工を極めし転生者、チート化した幼女たちとの自由気ままな冒険ライフ
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交通事故で不慮の死を遂げてしまった僕-リョウトは、死後の世界で女神と出会い、異世界へ転生されることになった。事前に転生先の世界観について詳しく教えられ、その場でスキルやギフトを練習しても構わないと言われたので、僕は自分に与えられるギフトだけを極めるまで練習を重ねた。女神の目的は不明だけど、僕は全てを納得した上で、フランベル王国王都ベルンシュナイルに住む貴族の名門ヒライデン伯爵家の次男として転生すると、とある理由で魔法を一つも習得できないせいで、15年間軟禁生活を強いられ、15歳の誕生日に両親から追放処分を受けてしまう。ようやく自由を手に入れたけど、初日から幽霊に憑かれた幼女ルティナ、2日目には幽霊になってしまった幼女リノアと出会い、2人を仲間にしたことで、僕は様々な選択を迫られることになる。そしてその結果、子供たちが意図せず、どんどんチート化してしまう。
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