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第1章 初めての商品

4.【覚醒】

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 そんな生活を4年ほど続けていたある日。

 12歳となった俺は、いつも通り朝起きて、スープだけの朝食を食べて、ユリと一緒に開店の準備を始める………………はずだった。
 
 しかし、その日は、スマートフォンを探していた。朝、仕事に行く時に必ず持っていたスマートフォンを探していたのだ。
 
(昨日充電せずに寝ちゃったんだよな。コンセントなかったし、仕方ないか。あれ?? いつもどこで充電してたっけ??…………あれ????)
 
 そして気付く。スマートフォンなんてものは、この世界には存在しない。だけど確実に知っている。毎朝、起きて触っていたものだ。それに気付いた俺は、自分の記憶に知らないはずの記憶がある事に気付いた。
 
(あれ…………俺、異世界転生してる?)

 自分の中にある『知らないはずの記憶』が前世の記憶である事は、何となくわかった。
 
 前世では、ラノベで異世界転生の小説を読んでいたためか、今の状態は漠然と理解できる。おそらく、記憶を保持したままの異世界転生だろう。今までの記憶はしっかり残っていて、自分が『アレン』という少年であるという自覚はある。前世の自分の死因については、記憶が定かではないが、確か30歳のおじさ……青年だったはずだ。

 …………どうやら価値観が12歳の『アレン』より、前世の自分の価値観に依っているらしい。30歳はまだまだ若いと思う自分がいる。
 
(この世界では30歳は十分おっちゃんのはずだけどな)
 
「お兄ちゃん? どうしたの? 早くお店開けよ?」
 
 いきなり新しい記憶が増えたことにより、自分の中でいろいろ整理していた俺は、はたから見るとぼーとしているように見えたのだろう。ユリが声をかけてきた。
 
「大丈夫? 何かあったの?」 
「あー、うん。ごめん、考え事をしてた。」
 
 そういって俺は普段通り開店準備を始めたが、内心は普段通りではなかった。
 
(いや、ちょっと待て。異世界転生だよな? 神様は? 女神様は? 誰にもあってないぞ? 

 チートは? 転生特典は? 確かこの世界って魔法あるよな? この前魔法使いっぽい人見たぞ。魔道具もあったはす……え? 俺使えないの? ステータス的なのはないみたいだけど……。

 いやいやそれ以前に今の生活は辛すぎる! 米! 毎日食ってた米!! 最後に食ったのいつだ? けっこうな高級品だし、1年以上食ってない……。

 娯楽だってほとんどないし、毎日見てた動画もない! プレミア登録してたのに……。

 そういえば、甘味なんて食べたことすらないぞ。今までの俺、よく平気だったな。でも、前世を思い出した以上このままの生活を続けるのは無理だ……。



 この世界の生活水準は、決して低くはないはず。街中も汚くはないし、数は少ないが娯楽施設や甘味もある。ただ、うちが裕福じゃないってだけだ。これはあれか? 知識チートで、うちの店を繁盛させていけばいいのか? 

 …………そう考えると両親が商人で店を営んでいることは幸いだったかも。いや、それどころか、優しい両親に可愛い義妹がいる家庭とか、転生先としては優良物件じゃないか? 

 王族貴族に転生して、貴族を相手に腹の探り合いをするより、知識チートで商人として成功した方が、自由で楽しい生活が送れるかもしれない!)
 
 パニックになりかけるも、何とか表情に出さずに耐えて、開店準備を終わらせる。記憶が混濁していても、いつものルーティンは問題なくこなせるようだ。だが、ユリが心配そうに見つめていた事に気づく余裕すらないような状態だった。
 
(商人として成功を目指すとして……何をする? 王道だと商品の開発だよな。武器の作り方なんてわからないし、食品系も衛生面とか大変そうだから……よし、娯楽系を作るか!)
 
 すぐにでも両親と話がしたかったが、今日は商品の買い出しに行く日だ。小さな店だが利用してくれる人がいる。その人達の信頼に応えるためにも買い出しに行かないわけにはいかない。ひとまず、買い出しの準備をする。
 
 いつものように、ユリに見送られて馬車で隣町に行き、必要なものを買う。買い出しを終えて家に帰り、夕食を済ませた後さっそく両親に話をしてみる。
 
(ここだぞ。普通は12歳の子供の提案なんて受け入れられないだろう。でも、俺は精神年齢42歳で親より年上だし、知識チートもある。何より今後の生活はこのプレゼンにかかっているんだ! やってやる!)
 
「お願いがあるんだけど……」
 
 普段あまりお願いをしない俺の発言に、両親は驚いた顔を浮かべる。
 
「お店に俺が作った商品を置いてほしいんだ。『リバーシ』っていう商品なんだけど」
「使い方は簡単で子供でも遊べるよ!」
「価格は誰でも遊べるように安くするつもり!」
「駒は1種類しかないから駒をなくしちゃっても簡単に補充できるよ!」
「絶対に売れると思うよ……」
 
 途中から焦って捲し立てるようなプレゼンになってしまう。焦りを自覚し、さらに焦ってしまった。最後はろくに声が出なかったと思う。正直、精神年齢40歳の大人のプレゼントしては落第点だ。しかし、12歳の子供のプレゼンとしては十分だったのだろう。父さんから

「よし! じゃあ、とりあえず置いてみるか!」
 
 と言ってもらえた時はうれしくて泣きそうになった。
 
(やりきったーーー! よくあのプレゼンでOKしてくれたな。失敗も経験だとか思ってくれたのかな。まぁ絶対売れると思うし、とりあえずよかった)
 
 その日は、ユリと協力して、何とかリバーシを2つ作る。木を彫って色を塗っただけの駒と、板に線を描いただけの簡素なリバーシだったが、十分楽しめる代物ができた。
 
(作るのって意外と大変なんだな。これは自分達で作ってたら製造が追いつかないぞ……隣町の工房とかに依頼しないとだめだな)
 
 リバーシが爆発的に売れる未来を想像しながら、その日は眠りについた。
 
 
 
 翌日、父さんは隣町で予定があるとのことで、朝早くに出かけて行った。俺は、ユリと開店準備をした後、自作のリバーシを店頭に並べる。

(ふふふ。さぁ、知識チートで商売繫盛するぞ!)

 ルールについては、こう説明しよう。模擬戦をしてみてもいいかもしれない。そんなことを考えながら店番をした。少しすると、いつものお客さんが店にやって来る。

(お、ついにリバーシが売れるぞ!)

 だが、俺の期待は裏切られた。お客さんは、リバーシに全く興味を持ってくれなかったのだ。

(……あれ? おかしいな……い、いや。あの人がたまたま興味を持たなかっただけさ。次のお客さんはきっと……)

 そう期待して待つも、リバーシに興味を持ってくれるお客さんは一向に現れない。
 
(なぜだ!! ラノベだと、爆発的に売れる展開だろ!?)
 
 俺は理解していなかったが、この店にくるお客さんは生活必需品を買いに来ているお客さんだ。娯楽品を求めて来ているわけではない。リバーシをおいても、興味を持ってもらえるはずがないのだ。
 
 結局その日は、売るどころか、だれにも興味を持ってもらずに店じまいの時間となった。
 
「元気出して、お兄ちゃん! 明日はきっと売れるよ!」
 
 夜、ユリが慰めてくれるが、なかなか立ち直れない。それに、昨日、一緒に作ってもらったのに全く売れなかった申し訳なさから、ユリの顔を見ることができなかった。
 
「ま、今のままじゃ売れないだろうなぁ」
 
 父さんが明るく言う。どうやら父さんには、リバーシが売れないことはわかっていたようだ。
 
「お父さん! なんでそんなこと言うの!? リバーシ面白いよ!」 
「そうだな。確かにリバーシは面白い。だけどそれだけだからな」 
「え??」
「面白いだけじゃ商品は売れないんだよ。宣伝や集客をしっかりやらないと」
「――っ!?」 
「???」
 
 ユリは理解できなかったようだが、俺はなんとなく理解できた。面白い商品を開発すれば、口コミで勝手に広がって、たくさん売れると思っていたが、現実はそんなに甘くない。
 
「そうだなぁ……よし! 明日は母さんが店番をしてくれ。アレンは俺とリバーシを作るぞ! そしてユリには宣伝版を描いてもらおう。リバーシで遊んでいる様子を描いてくれ」
 
 父さんの指示に皆がうなずく。
 
(そうだよな。知識チートがあるからってそんな簡単に金儲けできるわけじゃない。前世で商売の経験があったわけでもない。世の中を舐めちゃいけないよな……)
 
 心のどこかでこの世界を舐めていたのだろう。知識チートを持っている俺は、簡単に商売繁盛できるはずだ……と。しかし、現実は甘くない事を痛感する。

 俺は反省しながらその日は眠りについた。
 

 
 翌日、俺と父さんはリバーシを10個作成した。もっと作りたかったが、最初はこれくらいで十分と父さんに言われたのだ。
 
 ユリは宣伝版を描いてくれた。リバーシの盤の上で駒達が踊っている、見ただけで楽しくなる絵だ。
 
「上手いもんだな。よし、それじゃ明日は俺、アレン、ユリの3人で隣町に行くぞ」 
「「え!?」」
 
 一昨日買い出しに行ったばかりなので、まだ、買い出しに行くには早かった。
 
「食料品の売れ残りと今日作った10個を露店で売る。露店の許可はとってあるから安心しろ」
 
 小さなこの町ならともかく、隣町で露店を開くためには、役所の許可が必要だ。父さんは一昨日の時点でこうなることを予想していたのだろう。昨日、隣町の役所に行って、露店出店の許可をもらってきたらしい。

「あ、それからリバーシの特許権を申請しておいたぞ。開発者はアレンで権利の保有者は俺になってる。アレンが成人したらちゃんと返すから安心しろ」

 特許のことなど考えてもいなかった。確かに大々的に売っていく前に必要だろう。
 
「ユリにとって、初めての隣町だからな。早めに売り切って、暗くなる前に帰ろう」
 
 そこまで計算しての10個だったのか。父さんの思慮深さに尊敬の念を覚える。
 
「全部売切れたら何か買って帰ろう! 母さんには内緒だぞ」 
「……あなた?」
 
 初めての事に緊張している俺とユリを和ませる為に、あえて母さんの横で言ったのだろう。父さんも母さんも笑っていた。
 
(この家に生まれてきてよかった)
 
 前世を思い出した俺に、この家の貧乏な生活は辛かった。しかし、頼りになる父に優しい母、そして、可愛い義妹に囲まれた生活は、悪くないと本気で思えた。
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