心理学概論

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心理学の『過去』

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「今日は、心理学の『過去』をやる。高校で倫理や現代社会を取っていた人ならわかると思う話が多い。思想史と被るものが多いから。なぜかは、前の授業で行ったはずだから割愛する」
 哲学と一緒にされていたから、だ。前回のノートを開き、メモを確認する。
「時代の順にいこう。人数が多いが、その分重要なところは絞られる。一問一答で答えられたら十分だ」
 僕はノートに下敷きを通し、シャーペンを取り出した。
「まずは、プラトンだ。古代ギリシャ時代の哲学者だ。この人の重要な事柄は一つ。生得説を唱えたということ。心というのは、人が生まれた時から持っているという説だな」
 生得説。僕個人としてはあまり好きになれない説だ。心がそうだからといって何にでも適用されるわけではないのはわかっているが。天才、という言葉の根拠になってしまう。
「雑談程度に流してくれればいいが、プラトンさんは、ある根拠をもってこの説を考え出している。『イデア』という考えだ。この世界には真実・真理があり、それを『イデア』という。私たちの魂はこれを知っていながら、肉体を持つと同時に忘れてしまう」
 ……。
「世界の理を知る、魂そのものが『こころ』というわけだ。これをどれくらい思い出せるかが、この世界で天才、と呼ばれる基準になるのかもしれんな」
 ……嫌いだ。
「次は、その弟子のアリストテレスという人だ。この人は、生得説とは正反対の説を考えた。それが、『経験説』」
 生得説と経験説の言葉の間に、両向きの矢印が入れられる。
「言葉の通り、経験をすることで、心が得られるという考えだ。体が在って、経験ができるものなら何でもいい。だからこの説は拡大的で、人間以外の動植物にも心は在る、としていた」
 違和感があるが、生得説よりは好きになれる説だ。アリストテレスの周辺語句だけ、少し丁寧に書いた。
「この人で半分だ。今日は五人覚えてもらう」
 教授は、ホワイトボードに、アウグスティヌス、と書いた。
「心身二元論。心と体は完全に別物、という考え方だ。これはさっきのプラトンさんと同じ考え方だな。このあと、もう一人二元論者が出てくるからグループで覚えておくといい」
 心身二元論か。僕の考えは、生得説に一歩近かったのか。少し、自分が嫌いになった。
「そして、デカルト。文系じゃなくても一度は聞いた名前だろう。この人も二元論者だ」
 確か、現社で聞いたことがあったような、……ないような。
「『心身二元論』という考えを確立させたのが、デカルトさんだ。名言は、『我思う、ゆえに我あり』」
 教授は大きくため息をついた後、その名言をホワイトボードに書いた。
「『私は本当に実在しているのか』と疑っている自分は確実に存在している、というややこしい理論だ。心のことを考えているのに、やたらとめんどくさそうだろう。これも、哲学に混ざっていた証拠だな」
 僕は、少し苦い顔をしながらノートを取った。
「最後に、ロック。この人も現社で出てきただろう。この人は経験説を唱えた人だ。アリストテレスさんと同じだな。ちなみに、経験説を支持する人も多いだろうから、今のうちに言っておく」
 そう言って、教授はこちらを向いた。その表情は深刻そのものだった。
「経験説は、非常に危険だ。次回はこの話もしよう」

「では前回同様、調べる課題を出すぞ」

・プラトン/生得説/イデア/アナムネーシス

・アリストテレス/経験説

・アウグスティヌス/心身二元論

・Descartes.R/フランス/生得説/心身二元論/“我思う、ゆえに我あり”

・Locke.J/イギリス/経験説/タブラ=ラサ


「やることは前回と同じだ」
 僕は、語句に線を引くだけすると、足早に教室を後にした。
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