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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!

3-248. マジュヌーン(94)混沌の渦 - ぼくの好きな先生

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 ボロボロの汚れた布を頭からかぶり、やや脚を引くようなもたついた歩き方。顔には泥汚れもあるが、それだけではなく顔の半分には古い火傷の痕がある。
 猫背で目立たぬ、ひっそりとした佇まいはもとからあまり人目を引かないが、それはその雰囲気だけによるもんでもない。
 
 これも幻惑魔法の一種だそうだが、エリクサールが俺にかけたのは周囲からの認識を阻害するもの。
 一言で言えば、「あまり気にされなくなる」と言う魔法だ。
 もちろんそれはあくまで「あんまり気にされなくなる」だけなので、あからさまに目立ったり戦闘でも始めようモノなら即座にバレる。
 顔の火傷なんかは変装による。前世で言うところの特殊メーキャップみてぇなもんで、“闇の手”は隠密、潜入、暗殺を得意とする組織。この手の変装用の道具や技術には長けている。
 変装と幻惑魔法の合わせ技で、俺は今、ボロ着の汚ぇ老いた猫獣人バルーティとして、このアルゴードの渡し場の魔人ディモニウム砦に潜入している。
 
 目指すのは“黄金頭”アウレウムのねぐら……ではなく、まずは金田、小森らの居る作業場。
 見張り、と称する手下たちは、半分は酒を飲みだらけているし、残りの半分も半ば寝ている。
 酒に酔った連中の何人かは、捕虜らしい連中が閉じこめられた檻にくだらないちょっかいを出しているし、そういう捕虜なのか賊の一部なのか分からない女といちゃついてたり力任せに乱暴してるかのような奴らも居る。
 さらに胸糞悪いのは、檻の中の捕虜には明らかにまだ幼いガキまで居るってことだ。
 バールシャムの海賊やリカトリジオスのように、いずれは洗脳し使い捨ての少年兵にするつもりなのか、もっと別の目的なのかは分からねぇがな。
 
 それらを横目に歩いて行くと、酔った背の高い男が俺の足元に長い柄の槍をすいっと回す。
 露骨な引っ掛けだ。「あまり気にされなくなる」幻惑魔法だが、見えなくなるワケじゃあない。そいつは特に意味も理由もなく、ただたまたま目に付いた「汚く年老いた猫獣人バルーティ」にちょっかいを出したんだろう。
 その長槍の柄に足を取られもつれる俺。避けるのは簡単だが、そんな事すりゃ無意味に目立つ。派手に転ぶのも当然ダメだ。適度に弱々しく、目立たないようによたついてからなんとか持ち直したように振る舞う。
 けらけらと軽く笑う男の声が、突然ひきつった様に止まる。
 
「いい、いじ、め、良くない」
 相変わらずうわずったような声でそう言うのは日乃川だ。
「おい、テメー、何してくれてんだよ、あぁ?」
 並ぶ別の声は、当然大野のもの。
 
「あ……いや、べ、別に、なんてことねぇよ、なぁ?」
 あからさまに怯え、また声を潜めるようにして、周りに同意を求める背の高い男。
「言ってるよな~、テメー、“弱い者いじめ”すんのは“糞”だってよォ~、あぁ~?」
「く、くそ、くそ、は、こんがり、こんがり……焼け、くそ……」
 不意に大きな炎の塊が噴き上がると、それが十字に分裂して四方に散る。そしてそのままうねる4つの炎が俺へとちょっかい出した男へと躍り掛かった。
 眩い閃光。
 夜でも光をよく拾う猫獣人バルーティの目にはかなりキツい瞬間だが、その光が収まってから露わになるのは、焼け焦げた地面と、腰を抜かし小便を漏らしている一人の男。
「いじ、いじめ、っこ、もら、した……ひひ」
「なんだぁ~、俺たちの火をそいつで消そうって思ったのか~?」
 2人して下品に笑う大野と日乃川。しばらく見てねぇうちに、随分と変わったみてぇだな。
 俺を転ばそうとした背の高い男も、その周りのお仲間も、完全にびびり上がってまともに口もきけねえ。
「……おい、だんまりかよ、ああ? この程度のおしおきで済ませてやったんだからよ、あんだろ、言う事がよ?」 
 言葉の内容とは裏腹に妙に甲高い、凄みも威厳もないような声にしゃべりだが、あの炎を浴びせられた後じゃあ刃向かう気力も湧かないだろう。
 案の定、男とその仲間は、震える声で
「わ……悪かった、いじめは、しない、許してくれ……」
 と詫びを入れる。
 
「弱いものいじめはやめろ」なんぞと言ってるが、明らかに今ここでそれをやってるのは大野たち2人の方だ。
 みじめったらしく顔も上げられずにいる男とそのお仲間たちに、日乃川は再び火炎を浴びせる素振りをしてビビらせ笑う。
 流れ上、2人が「助けた」ような形になっている俺は、隅の方で気配を消して様子を見ているが、どちらも……いや、誰もコッチを気にしちゃいねぇ。
 まあ忍び込んでる俺としちゃありがたい話。このままコッソリ気付かれずにこの場を離れたいが……そうはいかなかった。
「ねこ、ねこは、へいき……」
 気配を察知するのが鋭いのか、日乃川が俺へと気付いて話しかけてくる。たどたどしいクトリア語はいまいちはっきりしねぇが、一応はこっちを気にかけてるかのようだ。
「へいき、問題、ない」
 別に日乃川に合わせてるワケじゃないが、こっちも「あまりクトリア語の巧くない猫獣人バルーティ」っぽくそう返すと、
「おい、助けられといてそれだけかよ?」
 と横から絡むのは大野の方。
 一応どうやら本人的には助けたつもりがあるらしいが、言っちゃなんだがありゃ完全にやりすぎだ。別に血が出るだの怪我をするでもなく、くだらねぇちょっかいでしかねぇ。学生時分の感覚ならそりゃいじめだが、山賊のアジトであの程度なら騒ぐほどにも思えねえ。だいいちそれを言うなら、檻に閉じこめられてる捕虜なんかどうすんだ、てな話だ。
 とは言え、
「感謝、する」
 とは言っておく。
 変装もあるから今のところ気付かれてないし、そうなるとも思えねぇが、ここでコイツらに面が割れでもしたら面倒くせぇ。
「ひひ、猫、無事、無事、良い……」
 ボソボソ呟く日乃川に、大野がまた何事が囁いてから笑う。そのまま二人とその連れの山賊達は酒を飲み炙った肉を齧りながら去って行く。
 
 残されたのは俺と、その俺に先ほどくだらないちょっかいを出したせいで殺されかけた背の高い男と数人。
 “黄金頭”アウレウムが事実上のトップだが、もともと複数の山賊野盗集団の寄り合い連合みたいな集まりだというだけあり、中の統制も取れてない。
 まあだから、それぞれ仲間意識も低く、俺みたいなのが紛れていても怪しまれないワケだが、それでもそれぞれに実力や派閥的な序列はあるようだ。
 それで言えば、おそらく大野とその連れの集団は上の方。そりゃそうだ。“黄金頭”アウレウムを除けば、大野と日乃川の「巨大な炎を生みだし、操る能力」は、かなりヤバい。それこそさっきは敢えて寸止めにして居たが、2人の気に入らない奴が一瞬で消し炭に変えられてもおかしかぁねぇ。
 
 大野一行が立ち去るのを見守ることもなく、俺は俺でまたそそくさと移動。余計なことに巻き込まれないよう、前以上に目立たないよう注意をはらう。
 アルゴードの渡し場の山賊砦、その区画の崖の近くのやや外れた辺りに、金田たちが作業場としてる建物がある。半分は屋根もなく崩れ落ちた、日干し煉瓦と土壁のクトリアっぽいその建物には、ほとんど人の気配はない。あるのは建物の中で小さく動いている金田と小森、それからその建物を囲むような小さな気配……さほど大きくない獣のそれだ。
 3年以上前、別れる直前の小森は、大ネズミの群れや、尻尾が毒蛇になってる犬みてぇな魔獣数体を操っていた。
 今周りにある気配は多分20はくだらねぇ。だが反応からするにそう強力な魔獣ってな感じでもねえ。数は多いが、やはり大ネズミかそれに似た感じのもんだろう。
 
 建物にもたれ掛かるようにして中の様子を伺う。音は小さく、たまにボソボソと囁くかの声がするが、大きな動きはない。定期的に魔力の反応があるのは、金田が置いてある武器防具を金属へと作り替えているんだろう。
 まるで2人きりで居残り補習でもさせられてるかの状況だ。しかし何故他の連中は手伝わないのか。“黄金頭”アウレウムはノルマが足りてねぇと喚いていた。本当の本気でそれが問題だと言うなら、もっと大人数でやらせりゃ良い。そりゃあ「作った武器防具を金属へと作り替える」ことそれ自体は金田にしか出来ない。だがそれ以外の、今、小森が手伝ってるような雑務なら誰でも出来る。
 結局、ありゃ見せしめなんだろう。金田の能力は有用だし、その点で言えばさっき俺にちょっかい出してきたような一山いくらの雑魚山賊なんぞより役に立つ。そんな有能な魔人ディモニウムたちでも、この俺には逆らえない……。それを見せ付けることで、より自分の凄さを周りに見せつける。
 分からねぇのは……何故金田も小森も、その地位、立場に甘んじているのか? そこだ。
 そりゃ、確かに全身をドワーフ合金だかに変えちまうってー“黄金頭”に対して、獣を操るとかモノを鉄に変えるとかってのは弱い。だがそれでも、他の一山いくらの山賊どもに比べりゃあ十分驚異だろう。
 あの下水道でのときに操ってた大ネズミの群れだって、単体ならそう強くはないが、数で攻められりゃあ食い殺されてもおかしかねぇし、手にした道具を鉄に変えるってのも、そこに前世で培った投球技術やらバッティング技術やらを組み合わせりゃ、完全武装の戦士相手ならまだしも、さっきの山賊程度なら片手間だろうぜ。
 それでもこうも冷遇されてるってんなら、考えられんのはまあ二通り。
 この世界で記憶が目覚めて三年してもまだ、生身の誰かとの戦い、殺し合いに馴染めてねぇか───何かしらあの“黄金頭”に弱みを握られているか。
 大野と日乃川は、“黄金頭”の下には居るが、かといって他の有象無象には好き勝手やってるし畏怖されてもいるっぽい。それは奴らの能力が「炎を操る」という、まあ馬鹿でもすぐ分かるような恐ろしさのある能力だからってのもあるだろうが、それだけって話でもないだろう。
 良くも悪くも、大野達の方が早くに「この世界の流儀」を身に付けた。それは、例えばアールマールでリカトリジオス軍による破壊工作に従事するような経験から……かもしれねぇがな。
 
 そのちょっとした考え事のせいで、まず一手しくじる事になる。
 取り囲んでる数はおよそ5か6……。魔獣じゃねぇから魔力も殆ど無い、小さく素早く見つかりにくい存在。だが、本来なら無いはずの僅かな魔力反応は、そいつらを覆い、また鎖のように繋がって伸ばされている。
 その伸びた先は、建物の中の南方人ラハイシュの女……小森。
 攻撃じゃなく監視か。つまりは小森の目であり耳。2人っきりで地味な作業をして居ながら、この建物やそれよりもさらに広い範囲に“魔力の鎖”と“首輪”をつけた魔獣や小動物を放ち、また巡回警備をさせている……ってなとこか。この建物周りに居たのは穴掘りネズミ。戦力としちゃ強か無ぇが、地中を素早くコッソリ移動出来るから、まさにこんな風に気付かれずに近づき、中の様子を伺うようなコソコソ野郎を見つけるのには最適だ。
 
「───ダレ?」
 
 あんまりこなれちゃあいないクトリア語で中から問う小森。
 俺はゆっくり慎重に動きながら、けれどもその慎重さを気取られぬように建物の入り口……扉もしきりもなく、どこが入り口なのか分からねぇーそこへ足を開いて踏み入れる。
「ダレ?」
 繰り返される小森の言葉。響きそれ自体は素っ気ないが、周りを囲む小さな気配はさらに包囲を固めてる。
 
「───しごと、ある? 手伝う、くいもの、もらう」
 何か仕事を手伝って報酬が欲しい。そういう目的でうろついてる……と、まあそういう“設定”だ。
 
猫獣人バルーティか……」
 金田が俺を確認し、小森へと目配せ。
「獣人ならジャヤカルの手下か? 何でこっちまで来てる?」
 ジャヤカル、てのは、エリクサールによると……まあ、あいつはジャカジャーンとかジャバカーとか、と、かなり適当な覚え方をしていたが……本当か嘘かは知らねーが、元“砂漠の咆哮”の強者、と言う触れ込みの野盗集団のボスで、なかなか筋肉質で大柄な、灰色混じりの縞柄の猫獣人バルーティ。今このアールゴードの渡し場砦に集まってる獣人系の賊のほとんどを纏めている。数はあまり多くないがある種の少数精鋭。単純な身体能力なら頭一つ抜けている。
「ジャヤカル、けち。食べ物、少ししかくれない。俺、お前手伝う。お前、食べ物よこす」
 ジャヤカルがケチってのもエリクサール情報だが、まあ多分間違ってないだろうし、間違っててもそう問題もない。
 金田は軽く頭を掻いて、今度ははっきりと小森を見る。無言で頷きあうと、小森は集めていた穴掘りネズミを再び周りへと散らし、金田は
「ヴィオレトに指示を聞け」
 と言う。
 
 ヴィオレト、てのは小森が今名乗って名前のようだ。金田も確か、ネフィルとかなんとか呼ばれてたな。前世の名前を未だに名乗り続けてるような奴はもうほとんどいねぇのかもしれねぇ。
 
 俺は小森に言われた通り、出来上がった鉄の武具を整理し、また必要な補修をする。猫獣人バルーティは一般的にゃ手先の技には長けてねぇが、俺は前世での感覚もありゃ、カシュ・ケンにある程度習った物作りやらの経験もある。胸当てや兜に革紐を通したり、武器の持ち手を補強したり程度なら問題なく出来る。
「ウマい、よくデキてる」
 小森がそう感心したように言い、今度は金田と日本語でひそひそ話。小森は金田や大野よりもクトリア語が上手くねぇが、2人だけのときなんかはこうして日本語で話してるのかもしれねぇ。そうすりゃ、他の連中に聞かれても内容はバレねぇ。
 もちろん俺には分かるが、ただ今は別に他の連中に聞かれて困るような話は特にしてない。他愛のない、どうでも良い会話だ。前世で世話してた猫の話だの、そんなことをボソボソと、だ。
 
 作業の手を休めずにしばらく、ただこうしてても意味はないから、軽く話を切り出す。
「お前、へん。なぜ、へつらう?」
 突然のその言葉に、金田と小森が顔を上げまたお互い顔を見合わせる。
「お前、スゴイ、魔術使う。武器たくさん、作れる。なぜ、“黄金頭”へつらう?」 
 一般的な猫獣人バルーティへの印象、あるいは偏見。物事を単純にしか考えず、強いか弱いかでしか関係を捉えてない……てなイメージからはそう外れてない物言いは、それが人間の価値観からして失礼に思えても、たいていの奴らは「猫獣人バルーティだから仕方ない」と受け流す。実際、アティックみてぇな奴も少なくないから、変に猫獣人バルーティの態度物言いに文句付けても不毛なのは間違いないがな。
 
「おれ、むかし怪我した。まだ足痛む。だからジャヤカルに逆らわない。お前、違う。弱くない。なぜ、へつらう?」
 
 金田は確かに、ここで少し不快感を現す。いや、厳密には猫獣人バルーティの目では、暗がりは見通せてても形を上手く見定められない。だから感じたのは匂いで、僅かだが怒りや嫌悪の感情があふれ出ていた。
 その不快感は俺の問いへか? 違う。“黄金頭”アウレウム本人、そしてそいつに従ってる自分自身へだ。
 
 その怒りもすぐに顔を引っ込め、次に出たのは自嘲気味の吐息のような乾いた笑い。
「……ふん、お前ら猫獣人バルーティは単純で良いよな。うらやましいぜ」
 やはり作業の手は止めないままそう返す。
「分からない。強いやつに従う。みなおなじ。なのにお前は、“黄金頭”以外の弱い奴らにも従う。分からない」
 続ける俺の言葉に、またもやや自嘲気味のため息と間。それからまた小さく、
「静修さんが言わなきゃ、あの糞先公の下になんか居るもんかよな」
 と、日本語で呟いた。          
 
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