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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!

3-226.クトリア議会議長、レイフィアス・ケラー(81)「しかし困ったな」

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「───と言うワケで、本日はこの監視塔から遠隔での監視業務をやっていただきたいと思います」
「あ、はい……」
 
 この監視塔の高さは大体3階建てぐらい、約10メートル、つまりは3パーカほど。
 魔力中継点マナ・ポータルをベースにそれをさらに魔術で大型化し、僕の仮の居室でもある半地下のドームと隣接して繋がっている。
 これを昨日の夜、そして一旦休んでから朝方にかけて、なんとか一人で作り上げたので、すでに結構ヘロヘロである。
 
 魔力中継点マナ・ポータルベースなので、監視塔の最上部には、魔力中継点マナ・ポータルへアクセス出来るパネルもある。
 これを監視塔としたのはまさにそれが狙いで、目視のみならず魔術的な力を含めた形で周囲の状況を監視しながら、魔力中継点マナ・ポータルの力の一部を使うことができるからだ。
 つまり、監視塔兼司令塔。
 
 まずはルーズ氏に仮のアクセス権限を与えて、魔力中継点マナ・ポータルの能力の一部を解放。
 そしてサポートにヤーン君と狩人の中からもう1人つけて上階へ。間に合わせての天幕の屋根付きだが今の所は吹きさらし。
 一通りの使い方をレクチャーし、まずはお試しでの運用テストから。
 
『え~……、おはようございます、朝食も済み、皆さん仕事、出立の準備も整ったことと思いますが、体調など問題はございませんでしょうか……』
「わ、ホントだ、聞こえる!」
「うは、何の話してんだよ、バーカ!」
 その声に笑いつつそう驚くカリーナさんとティーシェさん。
 聞こえて来るのは受信端末でもある耳飾りからで、これは所謂【念話】、思念だけでやりとりをする“伝心の耳飾り”ではなく、発声器からの声を一方的に受信して聞こえるようにするもの。
 “伝心の耳飾り”が、テレパシーのトランシーバー、だとすると、これは小型イヤホン型ラジオ端末か。制作コストや手間暇、必要とする魔力等々が、“伝心の耳飾り”に比べると少ない。こういう魔力中継点マナ・ポータルの運用方法は以前から考えていたので、イベンダーにも頼んでそこそこの数を量産しておいた。
 
 司令塔であり監視塔でもあるそこの操作パネルからルーズ氏が出来る事は三つ。
 一つは緊急時に白骨兵部隊を五体一班編成で召喚すること。
 もう一つはパネルの画面で僕から送られる映像を見ること。
 で、もう一つがこの野営地周辺、そして近くにある受信機の耳飾りへと声を伝えること。
 つまり、彼は今回、「広範囲を監視しつつ、同時にこちらから送られた情報などを統合して判断し、それらをさらに発信する」と言う役割をして貰う。
 
「けど……そのぉ~……」
「何です?」
「いや……昨日、俺の方からあんなこと言っといて何ですけど……良いンすか、【浄化】の手伝いしなくって……?」
「ええ。今日はミカさんに来て貰いますから」
 まー、昨日は【浄化】無し、魔力汚染への守りのみでどこまで出来るかを確認しただけで終わったので、本日はもっと調査を進めなければならない。
 
「き……危険、じゃ、無い……すか?」
 大きな体を縮ませるかにしてそう聞いてくルーズ氏。
「はい、まあ、相応には。けれども備えは十分してますし、その危険を回避する為にもあなたの役割が重要になります」
 そうは言っても、不安げな顔は変わらない。
「大丈夫よ~、ルーちゃん、魔力の扱いの基礎は十分出来てるから~」
「ル、ルーちゃん、は、止めろって……!」
 ほわほわしたミカさんの誉めに、まるで思春期の中学生っぽく反応するルーズ氏。
 
「何にせよ、今日は3人で監視塔の任務、よろしくお願いします」
 ルーズ氏含めた3人へとそう念を押して外階段を降りる僕ら。
 さて、この試みうまく行くかどうか。
 
 ◇ ◆ ◇
 
「レイフ」
 出発前、何やら改まった感じてエヴリンドがそう聞いてくる。
「今日はアルゴードではなくレフレクトル側の調査。それで良いんだな?」
「ええ、そうですよ」
 機能のこともありやや警戒しているのか、エヴリンドはまたいつもより強めに眉根をしかめている。
 まあ護衛としては気になるだろう。
 レフレクトルはアルゴードの渡し場よりも汚染度、危険度が共に高い。だからこそ、昨日の【浄化】なしでの調査はアルゴードで行ったのだ。
 
 まずは昨日同様に白骨兵部隊で隊列を囲む。その範囲はやや広く取り、内側をミカさんの【聖なる結界】でカバーするのだが、これはけっこう負担の多い魔法。他の皆さんの負担を考えると常時発動がベターではあるけど、そうもいかない。ただ事前にミカさんから個々に【聖なる加護】をかけてもらい基本的な魔術、魔力への抵抗力を上げては貰う。
 
 それから、まずはかつての城門周りへと向かって移動して調べる。カリーナさんのあやかしによる事前調査で見たとおりに、もはや門とは言えない瓦礫の山だ。
 そこから城壁を辿るが、形を残してるのは半分もない。
 
「やっぱ、レフレクトルの復興はかなりの手間暇予算が必要だねぇ。昨日話した通り、今の野営地を砦化、常駐出来る防衛兵力の確保、そこから平行しつつアルゴードの渡し場の浄化、復興……になるんじゃないの?」
 恐らく頭の中で即座に計算しただろうテジリーさんがそう言う。
 レフレクトルを放置するのは魔力の淀みによる魔獣の増加もあるので厄介ではあるけど、それらの封じ込めも砦の常駐兵力で行う方向で考えるしかないか。
 
『えー、皆様へのご報告ですが、南西の方向、岩……岩蟹? と、か、言う……汚染岩蟹? 数体が、たむろしているとの事です』
 不意に聞こえてくるルーズ氏の声。監視塔、と言うか野営地からの距離はおおよそ15、6アクト、500メートル前後ほどで、普通に目視するには遠く思えるが、長年クトリアの不毛の荒野ウェイストランドで狩人をやってた者達には、めちゃめちゃ視力の良い人たちが少なくない。今監視塔で手伝ってもらってる南方人ラハイシュの狩人、ヘリ・ムト氏もそういう視力自慢の一人。その狩人に目視して貰った情報を、ルーズ氏から音声で伝えて貰う。
 
「あいあい、確認してくるね~」
 そう答えて小さなツバメのようなシルエットの使い魔、あやかしを飛ばすカリーナさん。彼女のあやかしは索敵、偵察にはもってこいな使い魔だけども、全方位を広範囲にカバー出来るワケでもない。
 なので、基本は僕らの上空をずっと飛んで周辺の警戒をしててもらい、何か怪しいものなどを見つけたり、今みたいにルーズ氏経由で僕らからの死角や、やや離れた位置に何かがあると連絡が来たときに確認する……と言う手順で索敵をする事にしている。
 なんでこんな手間のかかるやり方をしてるかというと、昨日のアルゴードの渡し場でもそうだったが、やはり魔力汚染の強い場所では、魔力関知による索敵が上手く出来ないと言うことが一つ。それとまあ、この新しい砦の監視塔からの監視システムのテスト、そしてルーズ氏のテストを兼ねているからだ。
 
「うわ~、いたいた。岩蟹……しかも、面倒なタイプだわ~」
 嫌そーな顔で、うぇえ、と吐くようなジェスチャー。
「どのように“面倒”なのですか?」
 僕がそう聞くと、
「えー……とね、通常のが四体で、あとの三体は赤目。目が真っ赤で、全体もやや赤っぽい。大きくて硬いくて凶暴。普通に手強い奴ね。
 少し離れたところにコケ蟹が二体……これは、超臭い。身体に生えてるコケが、超ォ~~~臭い。だから近づきたくないのよね~」
 あらま。前者はいわゆるゲーム的に言えば「色違い上位互換」系の手強さで、後者はこちらに精神的ダメージを与える感じか。
 ふむふむ、と関心して聞いていると、さらに続けて、
「もっと面倒なのが“寄生”種……」
「寄生種?」
「なんかさ、蛇だか長虫だかみたいな奴が寄生しててさ。そいつがまた、焼ける毒の泥みたいなの吐きかけてくるんだよね。元々岩蟹は甲羅が硬くて普通の矢はイマイチ通じないし、強力な投げ槍でならなんとか倒せるんだけど、その遠距離からの攻撃に焼ける毒泥で反撃してくるから、トムヨイみたいにかな~り遠くから射抜ける凄腕じゃないと、難しいんだよ」
「その上、寄生種の肉はめちゃ臭いし、寄生虫の卵もあるから触るのもヤバい。そんなによくある事でもないけど、その卵が間違ってアタシ等の身体に入っちゃうと、体内で孵化して病気にさせたり、虫下し上手く出来ないと死んだりするし」
「うへぇ、そうなの?」
 やべーじゃない、それ。
「まあ、そうしょっちゅう遭遇する事もないし、寄生虫の卵が体内で孵化するのもそうあるワケでも無いんたけどさ」
 だとしても、だわ。
 召喚してた中に紛れてなくて良かった。てか、大蜘系や羽虫系と違って、岩蟹は基本の岩蟹しか召喚されたことないなぁ。そーゆーシステムなのかな?
 
 しかし困ったな。エヴリンドの魔力の矢が岩蟹に通用するのは確認してるけど、投げ槍使いは居ないし、正面からぶつかり合う場合に白兵対応出来るのが、岩蟹相手には即座にやられる白骨兵と、山刀使いでやや武器の相性の良くないエヴリンドの他は、ミレイラさん、ダグマさん、ティーシェさん。ティーシェさんも東方の山刀だが、ダークエルフ流のそれより刃が肉厚で重い。
 僕、カリーナさん、デジリーさんは白兵には不向き。ミカさんは【聖なる結界】にかかりきり。僕はまあケルッピさんが居るし、カリーナさんも方術が使えるから身は守れるけど、デジリーさんは完全な戦力外。
 
「回避する方が良さそうですけど、まだ入り口入ったばかりですしねぇ……」
 う~む、と考えると、
「腐肉袋でも使う?」
 と、カリーナさん。
「腐肉袋?」
「仕掛けのある網袋に、ちょっと腐りかけの肉詰めたヤツ。
 岩蟹って、目はあんま良くないけど匂いには結構敏感でさ。それを近くに投げつけたりすると、行動をある程度操れるんだよね」
 カリーナさんの説明にほへー、と関心。確かに言われてみると、敵がすぐ近くにいるのに全く反応しないとか、逆に離れた位置の相手に何故か妙に強い反応を示すこともあったりして、その辺の差が視力と嗅覚の極端な違いにあったのか、と納得する。
 
「それを使って、誘導して間を抜けるのですか?」
「いや、今回はもっと探索続けんでしょ? なら、きっちり始末しとかないと後々邪魔になんじゃない?」
 ダグマさんの質問に、ティーシェさんがそう返す。まあ確かに、入り口からそう離れてない位置に残ってるのを放置しておいたら、仮にもっと進んだ先でさらなるトラブルに遭い、急いで撤退……みたいな事になったとき、またこいつらの脇を通り抜けなきゃならなくなるので、あまりよろしくない。
 
「腐肉袋で分散させつつ……そうねー、あたしの弓じゃあちと弱いけど、エヴィーの魔法弓なら上手く仕留められるンじゃない?」
 これまたティーシェさんに雑な略し方をされるエヴリンド、やや睨み付けつつも、
「まあ、可能だろうな」
 と返す。
 
 大まかな作戦は決まる。
 カリーナさんが野営地の狩人仲間の所まであやかしを飛ばして数個の腐肉袋を受け取り持ってくる。
「……くっさ!」
 嫌そうな顔で遠巻きにするデジリーさん他。
 そのうち一つを再びカリーナさんのあやかしが運んで、一つの群れの近くへ。ふらふら周りを飛んで誘いだしながら、そこから移動して見通しの良い大路へ。
 地面へと腐肉袋を落とすと四体の通常岩蟹が群がり、そこへ魔力を込めた矢を撃ち込むエヴリンド。
 火の魔力を纏った矢は寸分違わず岩蟹へ突き刺さるが、やはり一矢、二矢で倒れるほどには甘くない。平均すると一体につき三矢ほど使ってなんとか倒す。
 岩蟹を敵に回して戦うのは結構久し振りだけど、こうなるとあのでっかい棍棒でバチコーンと甲羅ごと粉砕出来たガンボンの頼もしさがよく分かる。こちら側にそれなりの破壊力無いと、かなり厄介な敵なのね。
 続いて上位互換の赤目岩蟹を三体、苔岩蟹二体の群れを同じように処理。
 さすがに硬い赤目岩蟹は、二体がこちらの攻撃に反応して走り寄って反撃して来たため、白骨兵とダグマさんが盾で防壁となり、そこへミレイラさんが二股の剣を突き刺して仕留める。この剣は、斬撃よりも受けと刺突を目的とした武器のようだ。曲刀の多いクトリア文化圏では独特で珍しい。
 白骨兵は三体が粉砕される。やはり岩蟹相手には脆い。
 苔岩蟹も走り寄ってまでは来るも、反撃する間もなくエヴリンドの魔法矢で仕留められるが、その死体がかなり近くにあるもんで、
「……くっさ!」
 と、確かに臭い。
 
 なので、ちょっと位置を変えて最後の寄生岩蟹の処理をしようかとすると……。
『あー……元の場所からはいなくなってるね~。別のところに移動したみたいだ……です』
 再びカリーナさんのあやかしで探るも、確かに居なくなってるようだ。

「岩蟹は、動かないときは全く動かないんだけど、動き出すとひょいひょい場所変えるんだよね。まあ、そんな離れてないと思うから要警戒なのは変わらないけど、妖《あやかし》で索敵してればまた見つかるよ」
 そう言うカリーナさんに、再び警戒を続けてもらいながら、城壁跡を左回りに移動を続ける。暫くは特に問題もなく、また、魔力汚染、淀みの強い場所ではミカさんによる【浄化】も試しておく。ある程度は汚染を除去するが、部分的に汚染を軽減しても、周りが汚染されたままだと暫くすればまた汚染は進んでしまう。
 
『えー、皆様、再びの警戒警報でございます』
 ルーズ氏からの無線連絡。
『その寄生岩蟹を含む群れが……んん、さっきより……減ってる、のかな? 増えてる?』
 やや混乱した情報に、
「どっちだよ」
 と、ティーシェさんが呆れ気味にボヤくが、
『あー、その寄生岩蟹が一体別れて……他の……普通の岩蟹と群れと一緒になって……合計三体。別れたのが……ん? え? 反対側?』
 反対側、との言葉に振り向くと、真後ろ、と言うにはまだ遠いいが、無視するには近すぎな位置で威嚇のポーズではさみを掲げる寄生岩蟹。
 目視で確認した瞬間に、岩蟹の甲羅の内側にうねるおよそ太さ10センチ、長さ1メートルはありそうなパイプ状のものから、ヘドロの塊が放物線を描いて噴出され撒き散らされる。
 
「毒泥! 避けて!」
 カリーナさんがそう叫ぶが、いや思ってたより一気に大量に飛んでくるな。これはヤバい。
 そのとき、ぶわっと広がるうっすらとした仄かな光の輪。中心に居るミカさんから広がったそれが、幾つかの泥飛沫を防ぐ。
 僕は白骨兵部隊を全面に出して盾を掲げさせる。白骨兵は毒や魔力汚染には強い。多分この毒泥飛沫が物理的な、また、魔力的な毒であっても、それにはなんら影響も受けないはず。
 カリーナさんはあやかしを飛ばして攪乱しつつ、肩掛け鞄から取り出した術具、木片のようなものを投げて短い呪文。その木片は子供くらいの大きさの鎧武者に変化し盾と槍を構える。あやかしとはまた異なる、使い捨ての召喚兵のようだ。
 ティーシェさん、エヴリンドはそれぞれに矢を放つ。ミレイラさんはデジリーさんを庇うようにその前に立ち、やはり軽盾を掲げて毒泥を避ける。
 
 寄生岩蟹はかなりの量の毒泥飛沫をぶっ放しながら、じわじわ近付いてきて、こちらもほぼ身動きとれない状況。これはなかなか厳しい。思ってた以上に厄介だ。
「ちょっとコレ、聞いてた印象より……激しくない!?」
 思わず愚痴が出てくるが、カリーナさん、
「や、わたしもこんなの初めてだよ!」
「寄生してる管虫の数が……普通より、多いしデカいぞ、アレ……!」
 ティーシェさんの言葉から類推するに、寄生岩蟹のこの毒泥飛沫攻撃の量は、寄生してる管虫の数や個体の大きさに依るらしい。
 僕はケルッピさんを一旦召喚解除してから、大蜘蛛アラリンさんを呼び出す。作るのは蜘蛛糸ネット。土魔法の【土の壁】も併用するが、角度的には斜め上から放射状に浴びせられるようなかたちなので、基本的に地面から垂直に立ち上がる防壁の【土の壁】ではやや相性が悪い。上手くやれば角度を変えたりも出来るけど、視界が遮られるのも良くない。
 飛沫なので大蜘の蜘蛛糸ネットだと完全には防げないが、ゲル状の毒泥は網に引っかかるとゆっくりと糸に沿って垂れてくるので、直接浴びる危険性はかなり減る。
 緩い放物線を描く毒泥飛沫を蜘蛛糸ネットで防ぎ、【土の壁】の防壁の隙間からティーシェさんとエヴリンドが弓で攻撃。寄生岩蟹は管虫の毒泥飛沫を発射しながら、徐々に距離を詰めてくる。
 
『あー、待って、ヤバいって! そこ、反対、反対も!』
 またも騒がしく聞こえるルーズ氏の声。
 すると先ほど「別れた別の群れ」と言われてただろう岩蟹の数体が、反対側からノソノソと近付いて来ている。
 白骨兵の一班をそちら側へ展開。
「ティーシェさん、逆側お願い!」
「あいよ!」
 数は多いがまだ距離はあるし、寄生岩蟹ではないから遠距離攻撃は無い。元々魔力を込めた破壊力のある矢を放てるエヴリンドに寄生岩蟹は任せ、ティーシェさんには反対側からの岩蟹に集中してもらう。
 僕は南側の建物側へと【土壁】を伸ばす。これで、上から見ればコの字型に壁に囲まれたかたちになる。これならば、岩蟹が近接の距離まで来たときも、周り全体を囲まれる事はなく、一方向からの攻防のかたちになる。
 距離としては寄生岩蟹の方が近い。
「ちょっとデカいの行くぞ」
 エヴリンドはそう宣言すると、やや長めの詠唱。放たれた矢は赤黒い魔力の炎をまといながら、寄生岩蟹へと命中し突き刺さると、殻の中と外から延焼をする。
 ダークエルフの秘技、【獄炎の矢】。闇属性と火属性の魔力を合わせた、延焼し長く燃え続ける獄炎は、絶妙な魔力制御が必要で、これを使いこなせる術士はそう多くない。エヴリンドはあくまで補助的に魔術を使う魔法戦士で、得意技と言うまでには使いこなせていないが、いざという時の隠し玉として修得している。
 
 【獄炎の矢】を受けた寄生岩蟹は悶え苦しむかに蠢く。何よりも甲羅の内側に居た寄生虫にダメージを与えているようだ。
 続けて【獄炎の矢】を撃ち込みダメージを重ねると、寄生岩蟹はさらに動きが遅くなる。
 しかし止めを刺すよりも先に、エヴリンドが息切れを起こす。【獄炎】はエヴリンドにとっては得意な魔術ではないから、他の魔術よりも疲弊しやすいのだ。
 
「……すまん、次を撃つのは、少し、時間がかかる……!」
「大丈夫、もうあとちょっとだし!」
 エヴリンドの言葉にカリーナさんがそう返す。確かにあと少し。ただ、そのあと少しをどうやるか。
 僕は不得意ながらも【石飛礫】の魔法を準備しておく。破壊系統がめちゃ苦手な僕は、土魔法の中では比較的初歩の【石飛礫】ですら上手く扱えない。
 けれどもあれだけ【獄炎の矢】を撃ち込んであるのだから、止めの一発くらいはイケルだろう……と思ってたが、その矢先。
 【土壁】の上をくるりと飛び越えて二股の剣を構えたのは、おさげにした髪を揺らすミレイラさん。
 間近にまで迫って来ていた寄生岩蟹の真正面へと着地すると、コンパクトな少ない動きでその身体の正面真ん中にある顔の部分、つまりは堅い甲羅に覆われていない“弱点”を正確に突いて止めを刺した。
 おお、と心の中で歓声をあげる僕。そのままステップバックするように戻って来て、再び本来の任務、デジリーさんの護衛としてその横に侍る。無口な彼女は特に誇るでもなく平時の通り。ただすれ違うときに小さくぼそりと、「あ~……ダルい」と呟いたのが耳に入った。
 
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