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第二章 迷宮都市の救世主たち ~ドキ!? 転生者だらけの迷宮都市では、奴隷ハーレムも最強チート無双も何でもアリの大運動会!? ~

2-67.J.B.(42)Critical Beatdown.(会心の一撃)

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 どろりとした液体と、鉄錆びた血の匂い。
 ネフィルの投げた槍が貫いているのはアルバの身体。その貫いた切っ先はそのまま俺の内股を抉る。
 アルバがその身を盾にして槍の軌道を逸らさなければ、太股が貫かれ壁に打ち付けられていたかもしれない。
 じわりと。状況を脳が認識し始めるとともに、痛みと熱がゆっくり広がっていく。
 だが、そんことより───。
 
「───すまんな、JB。
 悪いが、君を助ける為にしたことでは……無い」
 だから、気に病むな───。
 そんなふざけたことを抜かしやがる。
 
「クソッ! クソ! クソ! クソ! クソ!
 ざけんな! 死なせるかよ、クソ!」
 こんな脚の怪我なんざかすり傷だ。怪我のうちにも入りゃしねえ。
 けど、こいつのこれは───。
 
「……口が悪い。それに……この程度じゃわたしは死なん。
 少なくとも……黒の月が輝く今宵はな」
 闇の魔力の満ちる夜。しかし魔力が満ちれば怪我も治る、なんて話は聞いた事もねえ。
 俺は腰に着けていたポーチから、シャーイダールの魔法薬の中でも特級品を取り出し飲ませようとする。
 
「油断こいてンじゃねーぞ、コラ!?」
 その俺の手を、ネフィルの不細工な槍が打ち据える。
「おい、何なんだおめーはよ。
 こいつの手下じゃあねえな、ええ?
 クルス家の雇われ傭兵か? にしちゃあ……その背中の。古代ドワーフ遺物……しかもかなりのレア物だろう?
 そんなもん持ってる奴が、クルス家程度に雇われてるたー思えねえしよ」
 
 そう言いながら再び槍を振るうが、俺はそれを腰を浮かせやや無理な体勢ながらも左手の篭手で受け流し逸らす。
 この篭手もオッサンによるドワーフ合金の修復物。魔法で生成したとは言え鉄とは強度がまるで違うし、俺だって戦闘での手先の技が無いわけじゃない。
 左手で受けて逸らしたそれを、すかさず右手で握ると下半身の力で押し返す。
 思わぬ反撃にネフィルは驚き、たたらを踏みながら仰け反った。
 
 小さな陶器製だが、かつ紐を網状に巻き付けてあるのでそこそこの耐衝撃性がある薬の瓶は割れてないし、アルバの側に落としてある。
 頭上のどこに鉄の網があるか分からないから飛ぶことは出来ない。
 地上戦でやるしかない。俺を「ドワーフ遺物で飛び回るだけのボンクラ」と踏んだネフィルの油断につけ込む。
 
 奴の手の槍を奪い取り、そのまま横凪に打ち付ける。
 槍は専門的に修練してないし、巧く突きを狙える技量はねえ。なら、ただの硬い棒として使うのがベスト。
 数回程殴打した後に手で受け止められ、そのまま槍は元の土塊へと戻りボロボロと崩れ去る。
 自分の魔力で鉄化させたものは、再び任意で元に戻せる。呪文も何もなしで一瞬にして、だ。
 この、予備動作の極力少ない魔法の行使こそが魔人ディモニウムの最も厄介なところ。事前に聞かされていたそれを実感している。
 
「やるじゃねえかよ、てめえ」
 再び、散弾のように無数の小さな鉄塊を投げつけて距離を取るネフィル。
 ネフィルは高い身体能力を持っているが、所謂偉丈夫の戦士型とは言いにくい。体格そのものはむしろ小柄な方だ。
 普段なら懐に潜り込んで、瞬時に鉄化した凶器で不意をつくのもありだろうが、俺の守りがドワーフ合金と風の防護膜の二重にあることを既に知っている。
 そして同時に、俺の風の防護膜が半端な威力の攻撃を緩和し、また打撃、斬撃、衝撃よりも、刺突にやや弱い事も先程の攻撃で分かったハズ。
 つまり、ある程度の距離を取って再び強い力で槍を投げつけるか撃ち込むかをしたい。
 
 それを、やらせない。
 元々俺の入れ墨の加護は、今は“シジュメルの翼”を操ることに使っているが、本来は砂漠の砂嵐シジュメル神の風の加護。
 その効果の最たるものは、機敏さを上昇させること。
 身体能力に自信があるだろうネフィルだが、その加護を最大限に発揮させた俺の速度からは逃れられない。
 
 後ろに退く動きに追随し、そのまま頭から突っ込む。ドワーフ合金製兜の一番硬い攻撃部位。
 間一髪、奴は上体を仰け反らせてそれをかわすが、俺はその勢いのまま前方側転をしての浴びせ蹴り。奴の肩口を強かに撃つ。
「ぐッ……!!」
 息を詰まらせよろめくネフィル。着地してさらに連撃。
 
 奴は全身を細々とした布で多い、それらを鉄化させることで守りにしていた。
 だが所詮は布。幾重に重ねて鱗鎧のようにしてても、ベースとしている皮の胴当ての効果を踏まえても、実際の鉄鎧に比べて厚み、防御力がまるで足りてなかった。
 だが今は、アルバから逆流し溢れかえるほどの魔力を得て、その能力も変化して居る。
 全身が、その皮膚が、それこそ魔力的な鱗鎧そのものと化している。
 
 だから、生半可な斬撃や刺突は通じないだろう。
 通じるのは打撃。それも外側ではなく、身体の内側へ衝撃を伝える打撃だ。素早さで攪乱。体勢を崩し、隙を作り、側頭部、顎先へと痛打を入れてのノックダウン。
 気をつけるのは瞬間的な鉄化で武器を作られカウンターを取られること。
 特に例の棒状の刺突ナイフは、大きさも手のひらに収まり隠し武器として有能すぎる。
 
 余裕を与えるな。速度を落とすな。反撃をさせるな。防護を切らすな。攻め手を途切れさせるな。
 アルバの言うとおり、逃げ続けていれば過剰魔力による自滅を誘えるのかもしれない。
 だが、今の俺たちにそんな余裕も猶予もない。
 倒す。ここで、倒しきる。
 
 何度目かの痛打。ネフィルは既に荒く息を吐き、体勢も呼吸も整えられない。
「……やめろ、もう……終わりだ……」
 その息の隙間からそう洩らす声にも、全く力が無い。自慢の身体能力も、新たに得た強い魔力も、今や何の助けにもならない。
 次だ。次の隙に会心の一撃を叩き込む───。
 
 そのとき、何かがおかしいと感じた。
 終わりにしてくれ……じゃない。終わりだ……?
 全体重を乗せた痛打を入れるつもりの蹴りを、軌道を変えて踏みとどまる。
 しかし、すねに当たる感触に痛み。鉄化された布。しかも比較的鋭く、薄い刃物の様な形状。刃先をギザギザにした鋸刃の───檻。
 
「……チッ、勘の良い奴だな。
 けど、手遅れだぜ。もうてめーは“終わり”だ……」
 
 クソ! 焦りがあった。コイツは拙いしヤベェ。
 気がつけば俺は鋸刃の檻に閉じ込められてるかたち。
 さっきは空からの攻撃を阻害するために空中に鉄化した布で網を張られていた。
 ネフィルは俺の攻撃を避け、回避しながらそれらを回収し、今度は俺を中心に新たな檻を張り巡らせて閉じ込めた。
 闇雲に逃げているようで、俺の動きを誘導していたのか。
 
 ある程度の切り傷を覚悟すれば、やや手間取るにしても脱出し反撃は出来る。身体を切断するほどの鋭利さはない。だがその“隙”が問題だ。
 その間に数秒。奴は自由に武器を作り、俺へと攻撃する余裕がある。
 至近距離で、十分な力と狙いをもってして、俺に鉄槍を突き刺すだけの余裕が……。 
 
 両腕を身体の前面で交差させ、頭を下げて顔をカバーする。
 
 奴は両手に鉄化させた不細工な短槍を持ち、それを振りかぶる。
 
 姿勢を下げ、狙える場所を減らす。二の腕、太股から下。奴の槍が貫ける可能性のあるのはその辺り。
 
 上体を逸らし十分なバネをつけ、狙いを定める。
 
 この距離、そして周囲を鉄の鋸刃の檻に囲まれ速度も活かせない相手。もはや外すことはないと確信する顔。
 
 いいぜ、当ててみろ。けど、会心の一撃で致命傷を与えなきゃ、お前に食らいつくのはこの俺だ。
 
 放つ。それをまるでスローモーションのように捉えつつ、俺は前へと駆けた。鋸刃? 檻? そんなのは───全てぶち破る。
 
「おあああああァァァァァッッッッッ!!!!!」
「食らえやァァァァァッッッッッ!!!!!」
「どけどけどけどけぇぇぇぇぇッッッッッ!!!!!」
 
 ───何?
 
 ドシャーーン! と、閃光と衝撃が、痺れとなって俺を震わせる。痛ェッ!! 何かビリッと来たぞ!?
 
 白熱する視界。痺れ、そして震え。
 ぐわんぐわんと耳なりがするかの衝撃の余韻に、しばらく感覚を取り戻せない。
 
「おうらァ! 仕事終わりィ!!」
 
 何やら気だるそうな、それでいて調子外れにデカい声は───ああ、聞き覚えあるわ、そりゃよ。
 不潔で垢まみれの埃まみれでやたらに臭い匂いもする。
 スティッフィだ。ハコブチームの脳筋攻め担当。顔立ちは美人なのにとにかく汚いガサツな無神経女。
 
「おーう、間に合ったな、JB」
 続けて聞こえるのはいつもの調子のイベンダーのオッサン。
 いや……確かに、「調整を済ませたらすぐに追う」とは言ってたな。うん、言ってた。
 鎧の付呪で空を飛んできた。そしてメンバーの中で特攻攻撃に向き、最近手に入れた強力な“雷神の戦鎚”を持つスティッフィも抱えて連れて来た。
 
 そして───うわぁ、マジでひでえ。こりゃゾンビの次はスラッシャー系のスプラッタホラーだ。
 身体の右半分くらいをぐちゃぐちゃに潰され、一部には焼け焦げも出来、血泥の海に仰向けに倒れてるネフィル。
 俺もそうだが、ネフィル自身も何が起きたかまるで分かっちゃ居ないだろう。
 
「前にトムヨイ達との狩りで、鰐男の群れに岩蟹を落としてたろ?
 ま、アレの応用だ。今回は岩蟹の代わりにスティッフィで“爆撃”した」
 ……やんねーよ、普通、そんなこと。
 “雷神の戦鎚”による、上空から加速してのまさに“会心の一撃”だ。
 そんなもん食らったら、そりゃ……こうもなるか。
 助かったは助かったが、なんつうか……。
 
「上から見たけどよー、おめーんとこ以外だいたい片付いてたぜー?
 本当に魔人ディモニウムなんか居たんかー?
 雑魚相手にちんたらやってンじゃねーぞ。怪我までしやがってよー」
 
 ───空気読めなさすぎだろ、おめえはよ!?
 
 
 全く空気を読まないスティッフィを後目に、血溜まりに倒れたネフィルに視線をやると、まだ僅かに息がある。
 しかしもうこれは普通に見て致命傷。例えシャーイダールの特上魔法薬でも治りゃしないだろう。
 その側に、いつの間にかうずくまり顔を寄せたアルバの姿。
 その全身黒の装束とも相まって、死に向かう男にその宣告をする死神でもあるかに見える。
 
 だが───仮面に隠された表情を伺い知ることは出来ないが、おそらくそこにあるのは……想像される死神のそれとは、まるで異なるものなのだろう。
 
「……寒ィ……な」
「ああ、そうか……」
 二人の囁くような声が聞こえてくるのも、“シジュメルの翼”による効果。
「すげェ……疲れたわ……なんかよ」
「そうだな。ゆっくり休め」
 二人の関係性を、俺はただうっすらと聞いただけだ。
 その奥底の心情、思い、葛藤、苦悩。何も知る由もなく、知りようもない。
 俺にとってネフィルは、俺の知り合いの町を襲った魔人ディモニウムの賊のボスであり、その流れでお互いに命のやりとりする事になった敵。それ以上でもそれ以下でもない。
 
 ネフィルはもはや何も見えていないだろう目で虚空を見上げ、震える左手をゆっくりと持ち上げると、小さく……本当に小さな声でぽつり、
 
「……雪が……降ってらぁ……」
 
 そう呟いた。
 
 黒の月が空に在る闇夜の中、クトリアの不毛の荒野ウエイストランドに三悪有りと呼ばれた魔人ディモニウムの一人、“鉄塊の”ネフィルは、そう言葉を残してこの世を去った。
 
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