青灰の魔女

夜風 りん

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ep1-3 平穏な日々

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 リュヒータは恍惚とした表情でお腹を擦り、大きく欠伸をした。

 「美味しかった」

 リュートがわしゃわしゃと妹の頭を撫で、撫でられたリュヒータは髪の毛がぐしゃぐしゃになったことで憤慨しながら振り返った。

 「何!?」

 「何、じゃない。まったく、食い意地を張りすぎだ」

 呆れ顔の兄にリュヒータは不貞腐れたように口を尖らせた。

 「だって、お母さんの料理…美味しかったから」

 「そりゃあ、俺だって。でも、物事には限度ってものがあるだろう? ご飯をおかわりして俺たちの倍を食べたなら、女の子なら太ることくらい気にしろよな?」

 「うっ…」

 しょんぼりと俯いたリュヒータを優しく撫でて手櫛で髪の毛を整えてやったリュートは、ちょっと肩をすくめてポンポンッと妹の頭に手を乗せた。

 「まあ、リューらしくていいと思うけど。でも、いざ遠くない未来で誰かに恋をして、その人が太っていても愛してくれるならいいさ。けど、綺麗な人の方が人間は誰だって好感を持ちやすいだろう?」

 「…まあ、そうね…」

 リュヒータは否定しきれなかったので、それなりに話を合わせるとリュートはくいっと片方の眉を上げ、苦笑した。

 「まあ、リューにはまだ早かったかな?」

 「そんなことはないと…思う?」

 「だといいんだけど」

 そう言いながら少しだけ寂しそうな笑みを浮かべたリュートの横顔を見やり、彼女は不思議そうに小首を傾げた。

 「変なの」

 「どこが?」

 すかさずツッコミを入れるように言葉で畳みかけてきた兄を華麗にスルーしたリュヒータは大きく欠伸をして、カルラの、

 『次、誰が(風呂に)入るの?』

 という声へ返事をして勢いよく立ち上がった。

 「はーい! 入る、入りまーす!」

 そして兄を振り返ると、リュートはいつものすまし顔で『どうぞ?』と促すように肩をすくめた。
 それに対して真似をするように肩をすくめてみせると、二人はしばらくじっとお互いを探り合うように見つめた後、クスクスと同時に笑い出す。

 「兄さんも遅くなりすぎないようにね?」

 「お前が長風呂をしすぎなければ。それより、今度のリューの誕生日、何が欲しい?」

 そう返され、リュヒータは目を見開いた。


 「え、いつもはくれないのに、どうしちゃったの!?」


 素っ頓狂な声を上げたリュヒータに、母親と一緒にお風呂に入って出てきたらしい、寝間着姿のメーアが不思議そうに二人を交互に見やった。

 「どうしたの?」

 リュヒータは珍妙なものでも見るような、驚きで目を真ん丸に見開きながらビシッと兄を指さして妹を振り返りつつ言った。

 「どうしたもこうしたも、兄さんが私に誕生日プレゼントを買ってやると言ったんだよ!? 世界仰天、摩訶不思議! 魑魅魍魎だね!」

 「…魑魅魍魎は違うと思う」

 軽くツッコミを入れた兄を無視した妹二人は身を寄せ合って大げさに驚いた素振りをした。

 「えー、意外!」

 「でしょー?」

 不機嫌そうにリュートが口を尖らせる。

 「…お前らなぁ…。俺だってアルバイトくらいしているし、来年から家を出るんだから最後くらい可愛い妹たちや弟に何かプレゼントを買ってやってもいいのかなって、そう思っただけだ」

 「えー、ほんとうかなぁ?」「かなぁ?」

 取り合おうともしない妹たちに苛々し始めた兄だが、彼が言葉を発する前に呆れ顔をした母親が茶番へ終止符を打った。


 「どうでもいいから、さっさとお風呂を済ませちゃって。冷めちゃうし、片付けるのも遅くなっちゃうでしょ?」


 リュヒータは「はーい」と間延びした返事をしてトントンと軽やかな足取りをしながら風呂場へ向かう。
 カルラは呆れたように肩をすくめた。

 「まったく、もうっ。…ほら、メーアも寝る時間なんだから、お部屋に戻りなさい? ノークはもう寝ちゃったわよ?」

 「はーい」

 姉の真似をするようにひょいひょいと独特の足付きでリビングを出て行ったメーアを見送り、カルラは少し暗い表情になったリュートを見つめた。

 「…あ、あのさ、母さん」

 「なあに?」

 「俺宛ての手紙、見ちゃった?」

 勇気を振り絞ったような、そんな今にも泣きそうな顔をしている息子の表情を見つめ、カルラはゆっくりと首を横に振った。
 そして、優しく頭を撫で、横に座り珍しく縋ってきた我が子をしっかりと抱きしめる。

 「大丈夫。大丈夫だからね。――リューちゃんが戻ってくるまで…よ? あの子が心配しちゃうから」

 「…うん」




     ☆



 そう言えば、あの時は兄の目が泣き腫れていて、コショウをひっくり返しちゃったのよなんて、お母さんはそう言っていた。

 でも、この時にはもう、全てが始まっていたことに未熟で世間知らずだったあたしはまだ、何一つ気が付くことはできなかった。

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