龍騎士の花嫁

夜風 りん

文字の大きさ
上 下
34 / 123
第一部 第三章 初めてのデート

ep6

しおりを挟む

 スーヴィエラが途中までリアラに送ってもらい、龍騎士が帰る前に集まってきた人垣の少し離れたところで佇んでいたスーヴィエラだったが、後ろから声を掛けられてビクッと震えた。

 「スーヴィエラ」

 振り返ると、ヴィンセントがいた。
 「こっそりと裏口から抜けてきた」
 ヴィンセントは肩をすくめてそう言うと、スーヴィエラを手招きした。
 二人は並んで歩き出す。

 「待たせたか?」

 「いえ、リアラに送ってもらって来たばかりですから」
 「そうか…」
 気まずそうな顔をしたヴィンセントにスーヴィエラは柔らかい声で尋ねた。

 「ヴィンセント様、展望台はどちらに?」

 「こっちだ」
 夕暮れの中、二人は並んで歩いた。影法師が長く二人の足元を支点に伸びる。
 「あのさ」
 「はい」
 「会わせたい人がいるんだ」
 スーヴィエラはギュッと握り拳を固め、笑顔を貼り付けてコテンと首を傾げ、震える手にもう片方の手を重ねた。
 「そうなんですね」
 悲鳴をあげる心に蓋をして、頭を空っぽにする。
 そうでなければ、覚悟していても辛いから。

 展望台にたどり着いた時、同じ龍騎士の制服を纏った少し軽そうな印象のある若い龍騎士が佇んでいた。
 「やあ、ヴィンセント。話って?」
 「…スーヴィエラ。彼が俺の上司。団長のトルフェト・ラーキンだ」
 「え? 奥方も一緒…? あ、僕はトルフェト・ラーキン。第六師団団長をしているんだけど…まさか、昨日のお詫びってこと? …ヴィンセント、いい加減にしないと怒るよ?」
 団長が穏やかな口調に怒りを込めると、ヴィンセントは苦い表情を浮かべた。
 「スーヴィエラ。君に刺し殺されても文句は言わない。だから…」
 スーヴィエラはフッと小さく笑った。

 「だから、3、4年で離婚して、その後は団長さんなんてどうか、ってことですか?」

 ヴィンセントは目を見開いたが、小さく頷いた。
 「そうだ」
 「そんな話をするためにわざわざ連れて来てくださったんですね。団長さん、旦那様に付き合ってくれてありがとうございます」
 団長が悲しそうな顔をした。
 「…スーヴィエラさん…僕は…僕でよければ力になりたいだけなんだ」
 スーヴィエラは団長の顔を見てブルリと震えた。
 「でも、離婚した後は一人で生きていくのでご心配なく」
 「……そう。でも、力になれることがあればいつでもおいで」
 「はい」
 冷ややかにそう言ったスーヴィエラは団長が立ち去った後、ヴィンセントを見上げた。
 ヴィンセントが噛みしめるように告げる。

 「スーヴィエラ、俺は、まだ、忘れられない人がいるんだ。だから、君は…俺のそばにいると、もっと傷つくことになる。だったら、君のことを考えてくれる人と一緒になった方がーー」

 スーヴィエラが無表情で尋ねた。
 「偽善者の妻になるつもりはありませんよ」
 「ぎ、偽善者?! 団長はそんな人じゃない」
 「…本当にヴィンセント様は知らないんですね、何にも」
 スーヴィエラは噛みしめるようにそう言うと、遠い目で空を見上げた。
 「まあ、知らない方が幸せですけどね」
 そして、いつになく鋭い瞳でスーヴィエラは団長の去った方角を見ていた。

 「次に会ったら、殺してしまうかもしれませんから」

 胸の内をドロリと流れる怒りや憎しみの怨念をスーヴィエラは自覚しながら、ギュッと手を握り合わせた。

 スーヴィエラの感情の変化を感じつつ、ヴィンセントは戸惑っていた。
 「…スーヴィエラ?」

 「ヴィンセント様はディアナさんと言う人が好きなんですよね? じゃあ、その人と最初から結婚すれば…」
 「出来なかった」
 「…なぜ、ですか? リアラから聞きましたよ? ディアナさんが亡くなったのは二年前だ、と」
 「貴族の愛人として囲われていた」
 「…え?」

 ヴィンセントは苦笑いを浮かべた。
 「俺は、さ。彼女を守るために騎士になった。悪い貴族から取り戻す王子様になりたかったから」
 沈みゆく夕日を眺めながらヴィンセントは泣きそうな顔をした。

 「よくある話さ。父親の再婚相手が酷い女で、父親の手伝いをして一緒に暮らしていた娘を疎み、貴族の元に追いやったっていう、な」
 「…そんな」
 「よくある話。その彼女が美人で、その貴族は彼女を夜に理由をつけて呼び出し、力づくで手篭めにした。彼女は強姦され、それをバラされたくなかったらこの関係を続けるようにって、そう言われて泣く泣く続けた」
 ヴィンセントは力なく笑った。
 「俺が迎えに行った時には家にいなかった。そして、母親を問い詰めて探し出して彼女を取り戻そうとした頃にはもう、手遅れで…彼女は死んでいた。自殺か他殺か教えてもらえなくて、でも、その貴族のせいで死んだってことはわかっている。だから…彼女の仇を討つために、嫌がらせとして君を娶った」

 「…ヴィンセント様」

 「我ながら幼稚だよな。でも、可愛い妹を滅茶苦茶にしてやれば奴も苦しむんじゃないかと思ったんだ。出来る限りの痛みを与え、生きているのが辛いくらい、生温い場所で生きてきたお姫様を滅茶苦茶に壊して、同じ目に合わせてやれば、奴を苦しめられると本気で思っていた」

 ヴィンセントは柵にもたれた。
 「でも、違った。君と結婚式を挙げて奴の前でキスを交わしても、奴は楽しげに笑っているだけだった。しかも、嫌がっているそぶりもなく、そんな人形でよければどうぞって、そう言いやがった」
 ギュッとヴィンセントは柵を握りしめた。
 「結局、無駄だった…。でも、ディアナの仇をとってやりたいのは変わらない。そして、まだ、誰かを愛せる状態じゃない。だから、くだらない復讐に君をいつまでも付き合わせられない」
 「だから、離婚。…そうですか」

 スーヴィエラはヴィンセントに背を向けた。

 「じゃあ、なぜ、お兄様の言った通りに滅茶苦茶に壊さなかったんですか?」

 「…君の死んだような目を見たら、葬儀の時、ディアナの死に顔を思い出すんだ。でもさ、やっぱり関わりがあったんじゃないか、とか、あの家の出身だからすごく甘やかされて育ったんだろうとか…そう思ったら、僻みだって気が付いて自分が嫌になった」

 「ヴィンセント様は兄様さえ死ねば満足ですか?」

 「え?」

 「私が必要ないんですよね? それに、兄様が死ねば満足できるというなら、もう、手立ては一つ」

 スーヴィエラが振り返らずに感情のない顔で言い放った。

 「私が兄様を道連れに死ねばいい」

 「そ、それは違う!」
 ヴィンセントはスーヴィエラを振り返ったが、彼女は足を止め、不思議そうな顔をして微笑んだ。


 「だって、私は生まれなければよかったんだから」


 くるりと背を向けて彼女は去っていく。
 ヴィンセントは惚けたように彼女へと手を伸ばしたが、スーヴィエラの方に伸ばしかけた手は届くことはなかった。

 そして、その夜、ヴィンセントが屋敷に戻った時、リアラが縋り付いてきて、胸ぐらを掴みあげられ、不安が現実になったことを知った。

 「スー様が、まだ戻っていないんです! 一緒にいたのよね!? 何で一緒じゃないの!?」

 リアラを振り払ったヴィンセントは踵を返すと、駆け出した。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

貞操観念逆転世界におけるニートの日常

猫丸
恋愛
男女比1:100。 女性の価値が著しく低下した世界へやってきた【大鳥奏】という一人の少年。 夢のような世界で彼が望んだのは、ラブコメでも、ハーレムでもなく、男の希少性を利用した引き籠り生活だった。 ネトゲは楽しいし、一人は気楽だし、学校行かなくてもいいとか最高だし。 しかし、男女の比率が大きく偏った逆転世界は、そんな彼を放っておくはずもなく…… 『カナデさんってもしかして男なんじゃ……?』 『ないでしょw』 『ないと思うけど……え、マジ?』 これは貞操観念逆転世界にやってきた大鳥奏という少年が世界との関わりを断ち自宅からほとんど出ない物語。 貞操観念逆転世界のハーレム主人公を拒んだ一人のネットゲーマーの引き籠り譚である。

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜

茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。 ☆他サイトにも投稿しています

私が根性を叩き直してやります!

真理亜
恋愛
一つの国が一人の毒婦の手によって滅亡の危機を迎えていた。そんな状況の中、隣国から嫁いで来た王女は国を立て直すために奔走する。毒婦によって愚王になり果てた夫をハリセンで叩きながら。 「私は陛下の教育係ですから」

つがいの皇帝に溺愛される幼い皇女の至福

ゆきむら さり
恋愛
稚拙な私の作品をHOTランキング(7/1)に入れて頂き、ありがとうございます✨ 読んで下さる皆様のおかげです🧡 〔あらすじ〕📝強大な魔帝国を治める時の皇帝オーブリー。壮年期を迎えても皇后を迎えない彼には、幼少期より憧れを抱く美しい人がいる。その美しい人の産んだ幼な姫が、自身のつがいだと本能的に悟る皇帝オーブリーは、外の世界に憧れを抱くその幼な姫の皇女ベハティを魔帝国へと招待することに……。 完結した【堕ちた御子姫は帝国に囚われる】のスピンオフ。前作の登場人物達の子供達のお話に加えて、前作の登場人物達のその後も書かれておりますので、気になる方は是非ご一読下さい🤗 ゆるふわで甘いお話し。溺愛。ハピエン♥️ ※設定などは独自の世界観でご都合主義となります。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...