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第一部 第三章 初めてのデート
ep6
しおりを挟むスーヴィエラが途中までリアラに送ってもらい、龍騎士が帰る前に集まってきた人垣の少し離れたところで佇んでいたスーヴィエラだったが、後ろから声を掛けられてビクッと震えた。
「スーヴィエラ」
振り返ると、ヴィンセントがいた。
「こっそりと裏口から抜けてきた」
ヴィンセントは肩をすくめてそう言うと、スーヴィエラを手招きした。
二人は並んで歩き出す。
「待たせたか?」
「いえ、リアラに送ってもらって来たばかりですから」
「そうか…」
気まずそうな顔をしたヴィンセントにスーヴィエラは柔らかい声で尋ねた。
「ヴィンセント様、展望台はどちらに?」
「こっちだ」
夕暮れの中、二人は並んで歩いた。影法師が長く二人の足元を支点に伸びる。
「あのさ」
「はい」
「会わせたい人がいるんだ」
スーヴィエラはギュッと握り拳を固め、笑顔を貼り付けてコテンと首を傾げ、震える手にもう片方の手を重ねた。
「そうなんですね」
悲鳴をあげる心に蓋をして、頭を空っぽにする。
そうでなければ、覚悟していても辛いから。
展望台にたどり着いた時、同じ龍騎士の制服を纏った少し軽そうな印象のある若い龍騎士が佇んでいた。
「やあ、ヴィンセント。話って?」
「…スーヴィエラ。彼が俺の上司。団長のトルフェト・ラーキンだ」
「え? 奥方も一緒…? あ、僕はトルフェト・ラーキン。第六師団団長をしているんだけど…まさか、昨日のお詫びってこと? …ヴィンセント、いい加減にしないと怒るよ?」
団長が穏やかな口調に怒りを込めると、ヴィンセントは苦い表情を浮かべた。
「スーヴィエラ。君に刺し殺されても文句は言わない。だから…」
スーヴィエラはフッと小さく笑った。
「だから、3、4年で離婚して、その後は団長さんなんてどうか、ってことですか?」
ヴィンセントは目を見開いたが、小さく頷いた。
「そうだ」
「そんな話をするためにわざわざ連れて来てくださったんですね。団長さん、旦那様に付き合ってくれてありがとうございます」
団長が悲しそうな顔をした。
「…スーヴィエラさん…僕は…僕でよければ力になりたいだけなんだ」
スーヴィエラは団長の顔を見てブルリと震えた。
「でも、離婚した後は一人で生きていくのでご心配なく」
「……そう。でも、力になれることがあればいつでもおいで」
「はい」
冷ややかにそう言ったスーヴィエラは団長が立ち去った後、ヴィンセントを見上げた。
ヴィンセントが噛みしめるように告げる。
「スーヴィエラ、俺は、まだ、忘れられない人がいるんだ。だから、君は…俺のそばにいると、もっと傷つくことになる。だったら、君のことを考えてくれる人と一緒になった方がーー」
スーヴィエラが無表情で尋ねた。
「偽善者の妻になるつもりはありませんよ」
「ぎ、偽善者?! 団長はそんな人じゃない」
「…本当にヴィンセント様は知らないんですね、何にも」
スーヴィエラは噛みしめるようにそう言うと、遠い目で空を見上げた。
「まあ、知らない方が幸せですけどね」
そして、いつになく鋭い瞳でスーヴィエラは団長の去った方角を見ていた。
「次に会ったら、殺してしまうかもしれませんから」
胸の内をドロリと流れる怒りや憎しみの怨念をスーヴィエラは自覚しながら、ギュッと手を握り合わせた。
スーヴィエラの感情の変化を感じつつ、ヴィンセントは戸惑っていた。
「…スーヴィエラ?」
「ヴィンセント様はディアナさんと言う人が好きなんですよね? じゃあ、その人と最初から結婚すれば…」
「出来なかった」
「…なぜ、ですか? リアラから聞きましたよ? ディアナさんが亡くなったのは二年前だ、と」
「貴族の愛人として囲われていた」
「…え?」
ヴィンセントは苦笑いを浮かべた。
「俺は、さ。彼女を守るために騎士になった。悪い貴族から取り戻す王子様になりたかったから」
沈みゆく夕日を眺めながらヴィンセントは泣きそうな顔をした。
「よくある話さ。父親の再婚相手が酷い女で、父親の手伝いをして一緒に暮らしていた娘を疎み、貴族の元に追いやったっていう、な」
「…そんな」
「よくある話。その彼女が美人で、その貴族は彼女を夜に理由をつけて呼び出し、力づくで手篭めにした。彼女は強姦され、それをバラされたくなかったらこの関係を続けるようにって、そう言われて泣く泣く続けた」
ヴィンセントは力なく笑った。
「俺が迎えに行った時には家にいなかった。そして、母親を問い詰めて探し出して彼女を取り戻そうとした頃にはもう、手遅れで…彼女は死んでいた。自殺か他殺か教えてもらえなくて、でも、その貴族のせいで死んだってことはわかっている。だから…彼女の仇を討つために、嫌がらせとして君を娶った」
「…ヴィンセント様」
「我ながら幼稚だよな。でも、可愛い妹を滅茶苦茶にしてやれば奴も苦しむんじゃないかと思ったんだ。出来る限りの痛みを与え、生きているのが辛いくらい、生温い場所で生きてきたお姫様を滅茶苦茶に壊して、同じ目に合わせてやれば、奴を苦しめられると本気で思っていた」
ヴィンセントは柵にもたれた。
「でも、違った。君と結婚式を挙げて奴の前でキスを交わしても、奴は楽しげに笑っているだけだった。しかも、嫌がっているそぶりもなく、そんな人形でよければどうぞって、そう言いやがった」
ギュッとヴィンセントは柵を握りしめた。
「結局、無駄だった…。でも、ディアナの仇をとってやりたいのは変わらない。そして、まだ、誰かを愛せる状態じゃない。だから、くだらない復讐に君をいつまでも付き合わせられない」
「だから、離婚。…そうですか」
スーヴィエラはヴィンセントに背を向けた。
「じゃあ、なぜ、お兄様の言った通りに滅茶苦茶に壊さなかったんですか?」
「…君の死んだような目を見たら、葬儀の時、ディアナの死に顔を思い出すんだ。でもさ、やっぱり関わりがあったんじゃないか、とか、あの家の出身だからすごく甘やかされて育ったんだろうとか…そう思ったら、僻みだって気が付いて自分が嫌になった」
「ヴィンセント様は兄様さえ死ねば満足ですか?」
「え?」
「私が必要ないんですよね? それに、兄様が死ねば満足できるというなら、もう、手立ては一つ」
スーヴィエラが振り返らずに感情のない顔で言い放った。
「私が兄様を道連れに死ねばいい」
「そ、それは違う!」
ヴィンセントはスーヴィエラを振り返ったが、彼女は足を止め、不思議そうな顔をして微笑んだ。
「だって、私は生まれなければよかったんだから」
くるりと背を向けて彼女は去っていく。
ヴィンセントは惚けたように彼女へと手を伸ばしたが、スーヴィエラの方に伸ばしかけた手は届くことはなかった。
そして、その夜、ヴィンセントが屋敷に戻った時、リアラが縋り付いてきて、胸ぐらを掴みあげられ、不安が現実になったことを知った。
「スー様が、まだ戻っていないんです! 一緒にいたのよね!? 何で一緒じゃないの!?」
リアラを振り払ったヴィンセントは踵を返すと、駆け出した。
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