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41話

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「ははは、見事に振られたな、コゼット」

くつくつと笑いながら近寄ってくる人物にコゼットは顔を歪ませる。
厄介な人物達に己の無様な姿を見られてしまった、とコゼットは心の中で舌打ちした。

「え、エドヴァス様……」

不遜な笑みを浮かべたエドヴァスがコゼットの兄であるエリオット・ケンティフォリアを従えコゼットと向き合う。
チラリと冷ややかな目でエリオットがコゼットに視線を注ぐ。
由緒あるケンティフォリア家の令嬢とは思えないコゼットの言動と振る舞いに、エリオットの口元から嘆息が漏れる。

「……、ケンティフォリア家の令嬢としての自覚が足りない様だな、コゼット。
相変わらず騒がしい問題をよく起こす。
全く、嘆かわしい」

淡々と告げるエリオットに、コゼットの頬にさっと朱が走る。
常に冷徹で厳格なエリオットはコゼットにとって煙たい存在である。
侯爵家の一人娘で両親に溺愛され育ったコゼットは、幼い頃から自分に厳しく小言が多いエリオットが苦手だった。
漆黒の髪に深い翠玉の瞳で怜悧な美貌を持つケンティフォリア家の後継者であるエリオット。
コゼットの、艶やかで華やかな美貌とは異なる性質を持った、性格も容姿も考え方も何もかもがエリオットとは真逆だとコゼットは思っている。
エリオットの前で醜態を晒していた事にコゼットの中で苛立ちが募っていく。

(どうしてお兄様とエドヴァス様がここにいるのよ!
クリストファー様に拒絶されて気持ちが落ち込んでいるのに、なんて間が悪いの!)

一瞬、浮かんだ言葉にハッと我に返る。
クリストファーに拒絶された事に自分は落ち込んでいる、と。
最後にはクリストファーが自分を選ぶと過信しても、今のままではマリアンヌにクリストファーを奪われたままだ。
クリストファーとマリアンヌを婚約破棄させ、己と婚約を結ぶにはマリアンヌに決定的な瑕疵がなければならない。
自分よりも全てが格下であるマリアンヌ。
だが、王国屈指の名家でありレガーリス家の分家であるピアッチェ家の令嬢と言う身分は爵位では下とは言え、それ以外ではケンティフォリア家をも凌駕するものが、ある。
本家の当主あるマルグリット・レガーリスは現国王の叔母であり、未だに王室で多大なる影響力を持っている。
息子であり時期当主でもあるセオドラ・レガーリスは国王の従兄弟であり宰相として国王を補佐をしている。
そしてピアッチェ家は肥大な領地を有し、農産物、特に上質なワインの産地として利益を生み出していると聞く。
国で消費されているワインの半分以上がピアッチェ家で生産されたものだ。

(本当に忌々しい。
母親の身分が平民で平凡以下の容姿でありながら、ただ家柄だけが取り柄である女にクリストファー様を奪われた。
美貌も魅惑的な肢体も洗練された物腰も備えていない野暮ったい女に……)

「……コゼット?」

急に名を呼ばれコゼットは我に返る。
考えに耽っていた事を悟られない様にコゼットは艶やかに微笑む。

「……、エドヴァス様とお兄様は何故、この様な場所にいらっさるの?
来週の祝賀会のご準備でお忙しいのでは」

敢えて誕生日パーティーと言わないのは、この日にエドヴァスが何を目論んでいるのか、察しがつくからである。
昔からクリスティアーナ・レガーリスに恋情を募らせているのは知っている。
王妃であるフェリシアが茶会にでエドヴァスの婚姻に嘆息をもらしていた。
隣国の王女との婚姻を勧めるにもエドヴァスが首を縦に振らない、と。

「私の妃になる女性はクリスティアーナ・レガーリスだけだ。
勝手に隣国の王女との婚姻を成立させる事は許さない」

剣呑な目で告げるエドヴァスにフェリシアから短い悲鳴が上がる。
冷たい空気がエドヴァスから漂う。
亡き婚約者に変わらぬ愛を抱き操を立てているクリスティアーナの心情を知ってのエドヴァスの恋情にフェリシアは幼い頃からエドヴァスに諦める事を何度が促したが決して受け入れる事は無かった。
それだけでクリスティアーナとの婚姻を承諾しないのでは、無い。
クリスティアーナが対なる君の呪いの保持者と言う事も要因だと。
「レガーリス家の呪い」について初めて国王から告げられた時のフェリシアの衝撃。
奇病に侵され若くして命を落とす、クリスティアーナがその呪いの保持者である事も拍車が掛かり、エドヴァスとクリスティアーナとの婚姻を認める事が出来なかった。
だが、エドヴァスの狂気とも言えるクリスティアーナへの恋情を止める術が無い事もフェリシアは深く理解していた。

「ふん、準備など周りに任せていれば良い。
……、何故、俺がここに居るかと言えば、クリスティアーナがここの焼き菓子をいたく気に入っているからだ」

直接買いに来た、とあっさりと告げるエドヴァスに控えているエリオットから何度目かの嘆息がこぼれる。
時期国王とも有ろう者が女に現を抜かして、全く、嘆かわしい、と。

「相変わらずクリスティアーナ・レガーリス嬢にご執心なんですね、エドヴァス様」

「ああ、お前と同じく、な」

ニヤリと口角を上げエドヴァスはコゼットに告げる。
何処か人を小馬鹿にしたエドヴァスの口調にコゼットは苛つくが、これ以上、ここに居ればエドヴァスの嫌味とエリオットの小言が酷くなると察し、軽く会釈をし早々と立ち去った。

立ち去るコゼットにエドヴァスは苦笑をもらす。

「コゼットも諦めが悪いな。
クリストファーがピアッチェ家の令嬢に惚れ込んでいる事は今の発言で分かっただろう」

しれっと言うエドヴァスにエリオットは淡々と言う。

「……同じ事を貴方に申し上げたいと存じます、エドヴァス様」

「……」

「来週の祝賀会にて本当に告げるのですか?」

「……ああ、気持ちは変わらない。
クリスティアーナとの婚姻をその場にて宣言する。
クリスティアーナに拒否権等、無い」

俺はこの国の皇太子だから、と寂しげな口調で言うエドヴァスにエリオットはため息を吐く。
揺らぐ瞳にエドヴァスの心情を汲んだエリオットは思う。
ああ、この愚かで何処か憎めない不器用な男の恋情に理解など到底出来ないが、それでもエドヴァスがクリスティアーナを望むのなら、心の赴くまま行動すれば、いい、と。
その為に己はエドヴァスに仕え従っているのだから。
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