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40話

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(ど、どうしてコゼット・ケンティフォリアと会ってしまったのよ!
折角、クリストファーと街での散策を楽しんでいたのに…。
もう、最悪だわ!)

はああ、と盛大な溜息を吐くマリアンヌに対し、クリストファーに至っては顔中に何処となく殺気が立っている。
ねっとりと嫌らしくクリストファーの腕に絡み、自慢の胸を惜しみなく寄せるコゼットにクリストファーの苛々は今にでも爆発しそうな勢いだ。

「クリストファー様。
あちらのカフェでゆっくりお話を致しませんか?
来週の王太子殿下の誕生日のパーティーの事でクリストファー様にご相談があって」

強請る様な甘い声に媚を含んだコゼットの申し出にマリアンヌは目を丸くさせ唖然となる。
ぷるぷると肩が震え出す。
小刻みに身体中に震えが走り、止める事が出来ない。

(な、何、急に言い出すの~!
私の存在をまるっきり無視しての発言よね、あれは!
クリストファーは私の婚約者よ!
私の恋人なのに、クリストファーになんて事を言うのよ!)

もおお、絶対に許せない、とマリアンヌはぐっと拳を握る。
ずんずんとコゼットの側に行きクリストファーの腕から強引にコゼットを引き離す。
マリアンヌの行動にコゼットが顔を真っ赤に染め怒りを露わにする。

「あ、貴女、急にわたしくに何をなさるの!」

コゼットの発言にマリアンヌは「それはこっちの台詞よ!」とコゼットに反論する。
自然と口調が荒くなっていく。

「な、何を言ってるのですか?コゼットさん!
クリストファーは今、私と大切な買い物をしているんです!


ここははっきりと強調しないといけないと思ったマリアンヌは声を大にして言う。
恥ずかしい発言だと自負している。
マリアンヌとクリストファーは家同士が決めた婚約者同士であるが、今では互いの思いが通じ合い恋人同士でもある。
コゼットの自分本位の行動と言動を指を咥えて黙って見過ごす事なんてマリアンヌには出来ない。

マリアンヌの剣幕にコゼットは一瞬、たじろいでいたが、ふん、と鼻を鳴らし不敵な笑みを零す。

「あらあらご大層な発言をなさる事。
マリアンヌさん、貴女こそご自身の立場を弁えていらっさるの?」

明らかにバカにした口調で言葉を放つコゼットにマリアンヌの怒りが頂点に達する。

「ど、どう言う意味ですか?」

「私は貴女とクリストファー様よりも格式の高い侯爵家の令嬢ですのよ。
その私がクリストファー様にお願いを申し出ているの。
格下の貴女がとやかく言う事では無いでしょう?
マリアンヌさん」

くすくすと嘲笑うコゼットをマリアンヌは睨み付ける。
コゼットが何を含んで格下かの理由が解るが故にマリアンヌは歯を食い縛りグッと我慢する。
コゼットの母親は現王妃とは従姉妹の間柄であるが、マリアンヌの母親であるセシリアは平民だと言う事を強調しての発言だとマリアンヌは気付いていた。
愛する母親を侮辱された事に対して言えない己にマリアンヌは悔しさの余り涙を滲ませていた。

自分の事を罵り馬鹿にすればいい。
それでコゼットの気が晴れて満足するのなら受け流す事が出来る。
だが、セシリアの事は別問題では無いか!
自分達の問題にセシリアの事を持ち出すのは筋違いでは無いか!
クリストファーに恋情を持つのは勝手だが、クリストファーには既にマリアンヌと言う相思相愛の婚約者がいる。
コゼットが認めて無くてもマリアンヌとクリストファーは恋人同士でもあり来年には婚姻を結ぶ事が決まっている。

それにクリストファーの愛はマリアンヌのものだ。

そう……。

クリストファーの全てはマリアンヌのもの。
そしてマリアンヌの全てもクリストファーのもの。
2人の愛を引き裂く事なんて誰にも出来ない。
コゼット・ケンティフォリアが高位貴族の令嬢で、マリアンヌよりも美しく蠱惑的な肢体の持ち主であってもクリストファーの気持ちがコゼットに靡く事なんて絶対にあり得ないと今のマリアンヌは確信出来る。

「……、いい加減、私の婚約者を貶める発言を控えていただけませんか、コゼット嬢」

冷ややかで怒気を含んだクリストファーの口調にコゼットの顔が蒼白になる。

「く、クリストファーさ、ま」

マリアンヌの肩を強く抱き寄せコゼットを剣呑な雰囲気を漂わせている。
明らかにクリストファーがコゼットに怒りを抱いている事に気付き、コゼットはカタカタと身体を震わす。

「貴女は何をもってマリアンヌを侮辱する」

「え、わ、わたくしは、事実を申し上げただけで、」

「私の婚約者であるマリアンヌを侮辱する事は私を、いいえ、ピアッチェ家とシャンペトル家を侮辱されている事に気付かれないのか」

忌々しげにコゼットに視線を注ぐクリストファーの瞳の冷たさにコゼットの唇がわなわなと震える。
恐怖で背中にじっとりと汗が滲み出す。

「な、何をクリストファー様。
わたくしはただ、クリストファー様にはわたくしの様な高位貴族の令嬢が相応しい、と」

(そ、そうよ!
社交界の薔薇姫と謳われ麗しの佳人と貴公子達から称賛を浴びるわたくしこそ、美の化身であるクリストファー様に相応しいのに、何故、クリストファー様は気付かない!
何故、あんな貧相な娘に心を奪われるの!)

納得なんて出来る訳が無い!
一目で心を奪われた、クリストファーに。
自然と上気する頬が何を物語っているのか、コゼットには最初、解らなかった。
クリストファーの美しさに魅入られていた、それだけだと思っていた。
魂が奪われた瞬間だと悟ったのは、クリストファーが既にマリアンヌと言う婚約者がいる現実を知った時。
明らかに自分が怒りを抱いている事に気付いた。
平凡な、平凡以下の地味で冴えない容姿のマリアンヌがクリストファーの婚約者だと知った時の衝撃。
それもクリストファーがマリアンヌに愛を捧げている。
家同士が決めた婚約者であるマリアンヌに真実の愛を抱いている。
認めない、絶対に認めるものか!
初めて恋情を抱いた男性。
愛を請いたいと願った……。

「私が愛しているのはマリアンヌだけだ!
貴女にも、他の令嬢にも全く興味も関心もない。
これ以上、私に不愉快な思いをさせる事を控えていただきたい」

はっきりと拒絶された言葉にコゼットはただただ呆然と立ち尽くしていた。
クリストファーはマリアンヌの肩を抱き寄せ去ろうとするのを止める事が出来ない。

「クリストファー様……」

自然と名を呼んでいる。
だが、クリストファーにはコゼット声は届かない。

愛おしそうにマリアンヌを見詰めるクリストファー。
側にいるのが何故己では、無い。

「諦めるもの、か」

誰が認めるものか……。
己にはクリストファーと結ばれる絶対的な自信が、ある。
クリストファーはコゼットを拒む事は、出来ない。
何故なら……。

「ふふ、ふふふ……。
今だけだけよ。
クリストファー様も熱病から醒めて、現実を知る事になるわ。
わたくしがクリストファー様にとって、唯一の女性である事を、知るのは時間の問題。
そう、今、抱いている真実の愛が、まやかしだと言う事を」



マリアンヌ・ピアッチェが貴方の唯一では、無い事を。
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