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閑話 白薔薇の溜息 その3
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***
淡い象牙色の薔薇が微か揺れる。
ミルラとティーが入り交じった芳香がクリスティアーナの鼻腔を擽る。
まるでクリスティアーナを慰める様な優しい薔薇の薫りに気付き、クリスティアーナはほうと息を吐く。
涙に濡れた頬に触れて独りごちる。
「フランシス様が心配している。
泣いたらフランシス様が悲しむ事は解っている。
だけど……」
ふと誰かの叫ぶ声が聞こえる。
「クリスティアーナ様」
己を呼ぶ侍女の声にクリスティアーナは現実へと引き戻される。
息を弾ませ汗を額に滲ませてクリスティアーナの元へ駆けつけた侍女に、クリスティアーナは一瞬、眉を顰める。
(こんなに息を切らせるまで走らせて。
ミアの様子を見ると、招かざる客の訪問って事かしら……)
「ミア」
乳姉妹であり2つ歳上のミアは、結婚後も侍女を辞める事なくクリスティアーナに仕えている。
朗らかで心優しいミア。
幼い頃から献身的に尽くすミアにクリスティアーナは心から信頼を寄せている。
フランシスが急死し、一時、心を閉ざしていたクリスティアーナを案じ、懸命に支えてきたミア。
ミアに悟られない様にクリスティアーナはそっとハンカチで涙を拭う。
(涙の跡を残したら、きっと心配するわね)
「クリスティアーナ様、は、早く、お部屋にお戻り、を」
必死になって自室に戻る様に促すミアに、クリスティアーナは「招かざる客」が誰かを知る。
知った途端、クリスティアーナの体温が下がっていく。
声のトーンも少し、いや、かなり低い。
「……、それ以上言わなくても良いわ、ミア。
また、性懲りも無く訪ねて来たのね、彼の方は」
煩わしく応えるクリスティアーナにミアはさっと顔を青褪める。
不機嫌な様を隠そうともしないクリスティアーナに、ミアは泣きたい心境に陥っていた。
「クリスティアーナ様あ……。
お、お願いです!
ど、どうか、お部屋にお戻りになって、エ、エドヴァス様のお相手を!」
クリスティアーナの両手を握り必死になって懇願するミアに、クリスティアーナはほとほと困り果てていた。
相手にしろと言われても、毎回、決まった言葉で始まり、締め括られる言葉はクリスティアーナにとって迷惑極まりないとしか言えない。
クリスティアーナは心の中で毒突く。
(ああ、もう!
どうして彼の方はこうも人の迷惑を顧みず、何度も何度も訪ねて来るの!
いい加減、鬱陶しい……)
自然と口調が強くなる。
「もう、どうしてミアを追い詰める様な事を彼の方はするのかしら?
本当に大人気ない」
辛辣なクリスティアーナの口調にミアはオロオロと狼狽え始める。
普段、クリスティアーナは余り感情を表に出す事をしない。
白銀の髪に透明度の高い橄欖石の様な神秘的な瞳を持つクリスティアーナは、社交界では「レガーリス家の白薔薇」と謳われ、貴公子からは熱い視線が注がれる。
クリスティアーナの優雅で洗練された仕草に、女神の様に気高く美しく気品のある姿に、自然と貴公子達から嘆息が洩れる。
麗しい白薔薇姫。
どうか貴女の手を取る権利を私に与えてください、と、貴公子達はクリスティアーナの前で跪く。
だが、クリスティアーナは誰の手も取る事は、無い。
淡く微笑み、ただ一言、こう告げる。
「私は今でも亡き婚約者を愛しています」、と。
フランシスに操を立てているクリスティアーナにとって、貴公子達の熱烈な求愛は困惑でしか無い。
いいや、はっきり言って迷惑である。
度重なる貴公子たちの求婚にクリスティアーナは辟易し、口元まで出そうになる言葉をグッと抑え、その場を優雅に立ち去る。
見知った相手でも無く、全くの赤の他人に感情を吐露する程、クリスティアーナは愚かでは無い。
そんなクリスティアーナは令嬢達の注目の的でもある。
氷の様に頑ななクリスティアーナの心を溶かし射止めるかは誰かと社交界での関心も高まって、令嬢達からは嫉妬と好奇の視線を注がれる。
それもクリスティアーナにとって社交の場を厭う要因となっている。
(ああ、困ったわ。
無下にあしらう事も出来ないし、本当にいい加減、諦めて欲しいのに……)
「クリスティアーナ」
低いバリトンの声。
温室内に響き渡るクリスティアーナの名を呼ぶ声に、クリスティアーナは優雅にカーテシーをする。
洗練されたクリスティアーナの動作に男の口元から嘆息が漏れる。
「相変わらず完璧なカーテシーだな……」
満足げな男の言葉にクリスティアーナは淡々と応える。
「お褒め頂き恐縮です、エドヴァス殿下」
感情の読み取れないクリスティアーナの声音に、エドヴァスは苦笑を洩らす。
不躾にこの温室に来た事がクリスティアーナにとって気が障る事を、エドヴァスは嫌になる程、知っていた。
招かざる客では無い事も重々承知している。
(ティアに一刻も早く会いたくて、つい、ここに来たが、それがティアの機嫌を損ねたか)
この温室が何を物語っているのか、エドヴァスは幼い頃から知っている。
クリスティアーナが対なる君の呪いの保持者である事も、亡き婚約者を今でも変わらぬ愛を抱いている事も。
「ここに足を踏み入れた事を許して欲しい。
ティア。
我が愛しい君……」
ふっと目を細め、揶揄いの言葉でクリスティアーナに告げる。
ああ、また始まったか、とクリスティアーナはエドヴァスを軽く睨め付ける。
そんなクリスティアーナの態度にミアの顔色は既に失われ、真っ青を通し越している。
今、この場で倒れる事が許されるのならそう願いたい、と。
「く、クリスティアーナ様あ……」
ミアのか細い声音に気付き、クリスティアーナは気持ちを落ち着かせるが、発する言葉は辛辣である。
「王太子殿下ともあろう方が、こう、度々、執務を放ってここに来ては、臣下に示しがつかないと思いますが」
「今日の執務は既に終えてきた。
それに俺には休息が必要だ。
貴族の義務として、俺の相手をする事が其方の役目だとは思わないか?
ティア」
嫌味を含んだ口調にクリスティアーナの柳眉が軽く上がる。
「相変わらずの暴君ぶりね、エドヴァス殿下。
ああ、お父様の苦労が偲ばれるわ」
「それも臣下の役目だ。
それに殿下とはなんだ、エドと言え」
「エドヴァス殿下」
「敬称をつけるな、ティア」
「あら。
先程、臣下である貴族の義務云々を私に告げた貴方の言葉を私は尊重しているだけ」
「いつもいつも、お前はどうしてこうも減らず口なんだ、ティア」
「貴方が毎回毎回、私の機嫌を損ねる事しかしないでしょう!」
「ティア、俺はお前と口論する為にここに来ているのでは無い」
クリスティアーナの言葉を遮るエドヴァスの口調にクリスティアーナはハッとする。
自分を射抜くエドヴァスの熱の籠った瞳。
クリスティアーナに恋焦がれる、恋情を灯した瞳に気付き、俯く。
「どうしてお前は何時も俺の気持ちを知って逸らすんだ……。
解っているだろう、俺の本心を」
「……」
「ティア」
「……、やめてください」
「いや、やめない」
「お願い、やめて!」
「駄目だ、お前に拒否権は無い」
「エド、やめて!」
クリスティアーナとの距離を詰めてエドヴァスが迫って来る。
目の前のエドヴァスにそっと頤を取られ視線が交錯する。
逃れないエドヴァスの恋情に。
クリスティアーナの感情が一瞬、揺れる。
だがそれも瞬時の事。
既にクリスティアーナの気持ちは決まっている。
「……、追い詰めている訳では無い。
俺はお前を愛している、ティア」
真摯な瞳で愛を請うエドヴァスにクリスティアーナはキッパリと告げる。
「……、私の気持ちはずっと決まっている。
エド、貴方の想いを受入れる事が出来ない」
「それも知っている。
だが気持ちを抑える事が出来ない……」
「私の気持ちは変わらない。
私は婚約者であるフランシス・シェイラーズ様を今でも愛している。
私の唯一は彼の方だけ」
クリスティアーナの拒絶の言葉に、エドヴァスは苛立ちを隠せない。
「対なる君の呪いが定めた相手であろう。
その男が亡くなって13年の歳月が経つ。
もう既に過去の遺物だ。
今ある現実を受け入れろ……。
俺はずっとお前を愛している。
幼い頃からお前だけを見詰め、愛してきた」
クリスティアーナを強く抱き締め耳元で囁く。
エドヴァスの情熱的な愛の告白にクリスティアーナは静かに告げる。
「……、呪いからは逃れられない。
私はこの先も対なる君の呪いに殉じて生きるだけ。
……。
エドヴァス、私は呪いが関与して彼の方に愛を貫いているのでは無い。
初めて会った時から私は彼の方に恋をしたの。
愛を抱いたの。
私の愛は彼の方だけのもの。
だから、エド。
これ以上私に愛を告げても無意味でしかない」
揺るぎないクリスティアーナの告白にエドヴァスは抱擁を解き、対峙する。
静謐な目で自分を見詰めるクリスティアーナにエドヴァスの感情は静まり冷静さを取り戻す。
そして冷ややかな口調でクリスティアーナに告げる。
「まやかしの愛に意味など存在しない。
呪いが定めた相手に正常な感情など抱く筈が無い。
ティア。
俺は来月、成人する。
その時、お前との婚約を国中に宣言する」
自分勝手かエドヴァスの発言にクリスティアーナが反論する。
「……、な、何を勝手な事を!
誰も赦しはしない。
対なる君の呪いの惨劇を、繰り返してならない事を貴方は知って」
「それでも俺はお前と婚約する。
俺の妃になる相手はお前だけだ、ティア。
そして俺がお前の呪いを打ち砕いてみせる……」
何処か仄暗い目でクリスティアーナを見詰める。
ああ、この瞳を私は知っている、と一瞬、クリスティアーナは心の中で呟く。
恋情の狂気に堕ちた瞳である、と。
「また、来る。
ティア……」
静かに告げて立ち去るエドヴァスを、クリスティアーナはただその場に立ち尽くす事しか出来なかった。
ふわり、と花弁が散る。
淡い象牙色の花弁は静かに散る。
嵐の様なエドヴァスの訪問に、クリスティアーナの気持ちは、重く沈んでいた……。
淡い象牙色の薔薇が微か揺れる。
ミルラとティーが入り交じった芳香がクリスティアーナの鼻腔を擽る。
まるでクリスティアーナを慰める様な優しい薔薇の薫りに気付き、クリスティアーナはほうと息を吐く。
涙に濡れた頬に触れて独りごちる。
「フランシス様が心配している。
泣いたらフランシス様が悲しむ事は解っている。
だけど……」
ふと誰かの叫ぶ声が聞こえる。
「クリスティアーナ様」
己を呼ぶ侍女の声にクリスティアーナは現実へと引き戻される。
息を弾ませ汗を額に滲ませてクリスティアーナの元へ駆けつけた侍女に、クリスティアーナは一瞬、眉を顰める。
(こんなに息を切らせるまで走らせて。
ミアの様子を見ると、招かざる客の訪問って事かしら……)
「ミア」
乳姉妹であり2つ歳上のミアは、結婚後も侍女を辞める事なくクリスティアーナに仕えている。
朗らかで心優しいミア。
幼い頃から献身的に尽くすミアにクリスティアーナは心から信頼を寄せている。
フランシスが急死し、一時、心を閉ざしていたクリスティアーナを案じ、懸命に支えてきたミア。
ミアに悟られない様にクリスティアーナはそっとハンカチで涙を拭う。
(涙の跡を残したら、きっと心配するわね)
「クリスティアーナ様、は、早く、お部屋にお戻り、を」
必死になって自室に戻る様に促すミアに、クリスティアーナは「招かざる客」が誰かを知る。
知った途端、クリスティアーナの体温が下がっていく。
声のトーンも少し、いや、かなり低い。
「……、それ以上言わなくても良いわ、ミア。
また、性懲りも無く訪ねて来たのね、彼の方は」
煩わしく応えるクリスティアーナにミアはさっと顔を青褪める。
不機嫌な様を隠そうともしないクリスティアーナに、ミアは泣きたい心境に陥っていた。
「クリスティアーナ様あ……。
お、お願いです!
ど、どうか、お部屋にお戻りになって、エ、エドヴァス様のお相手を!」
クリスティアーナの両手を握り必死になって懇願するミアに、クリスティアーナはほとほと困り果てていた。
相手にしろと言われても、毎回、決まった言葉で始まり、締め括られる言葉はクリスティアーナにとって迷惑極まりないとしか言えない。
クリスティアーナは心の中で毒突く。
(ああ、もう!
どうして彼の方はこうも人の迷惑を顧みず、何度も何度も訪ねて来るの!
いい加減、鬱陶しい……)
自然と口調が強くなる。
「もう、どうしてミアを追い詰める様な事を彼の方はするのかしら?
本当に大人気ない」
辛辣なクリスティアーナの口調にミアはオロオロと狼狽え始める。
普段、クリスティアーナは余り感情を表に出す事をしない。
白銀の髪に透明度の高い橄欖石の様な神秘的な瞳を持つクリスティアーナは、社交界では「レガーリス家の白薔薇」と謳われ、貴公子からは熱い視線が注がれる。
クリスティアーナの優雅で洗練された仕草に、女神の様に気高く美しく気品のある姿に、自然と貴公子達から嘆息が洩れる。
麗しい白薔薇姫。
どうか貴女の手を取る権利を私に与えてください、と、貴公子達はクリスティアーナの前で跪く。
だが、クリスティアーナは誰の手も取る事は、無い。
淡く微笑み、ただ一言、こう告げる。
「私は今でも亡き婚約者を愛しています」、と。
フランシスに操を立てているクリスティアーナにとって、貴公子達の熱烈な求愛は困惑でしか無い。
いいや、はっきり言って迷惑である。
度重なる貴公子たちの求婚にクリスティアーナは辟易し、口元まで出そうになる言葉をグッと抑え、その場を優雅に立ち去る。
見知った相手でも無く、全くの赤の他人に感情を吐露する程、クリスティアーナは愚かでは無い。
そんなクリスティアーナは令嬢達の注目の的でもある。
氷の様に頑ななクリスティアーナの心を溶かし射止めるかは誰かと社交界での関心も高まって、令嬢達からは嫉妬と好奇の視線を注がれる。
それもクリスティアーナにとって社交の場を厭う要因となっている。
(ああ、困ったわ。
無下にあしらう事も出来ないし、本当にいい加減、諦めて欲しいのに……)
「クリスティアーナ」
低いバリトンの声。
温室内に響き渡るクリスティアーナの名を呼ぶ声に、クリスティアーナは優雅にカーテシーをする。
洗練されたクリスティアーナの動作に男の口元から嘆息が漏れる。
「相変わらず完璧なカーテシーだな……」
満足げな男の言葉にクリスティアーナは淡々と応える。
「お褒め頂き恐縮です、エドヴァス殿下」
感情の読み取れないクリスティアーナの声音に、エドヴァスは苦笑を洩らす。
不躾にこの温室に来た事がクリスティアーナにとって気が障る事を、エドヴァスは嫌になる程、知っていた。
招かざる客では無い事も重々承知している。
(ティアに一刻も早く会いたくて、つい、ここに来たが、それがティアの機嫌を損ねたか)
この温室が何を物語っているのか、エドヴァスは幼い頃から知っている。
クリスティアーナが対なる君の呪いの保持者である事も、亡き婚約者を今でも変わらぬ愛を抱いている事も。
「ここに足を踏み入れた事を許して欲しい。
ティア。
我が愛しい君……」
ふっと目を細め、揶揄いの言葉でクリスティアーナに告げる。
ああ、また始まったか、とクリスティアーナはエドヴァスを軽く睨め付ける。
そんなクリスティアーナの態度にミアの顔色は既に失われ、真っ青を通し越している。
今、この場で倒れる事が許されるのならそう願いたい、と。
「く、クリスティアーナ様あ……」
ミアのか細い声音に気付き、クリスティアーナは気持ちを落ち着かせるが、発する言葉は辛辣である。
「王太子殿下ともあろう方が、こう、度々、執務を放ってここに来ては、臣下に示しがつかないと思いますが」
「今日の執務は既に終えてきた。
それに俺には休息が必要だ。
貴族の義務として、俺の相手をする事が其方の役目だとは思わないか?
ティア」
嫌味を含んだ口調にクリスティアーナの柳眉が軽く上がる。
「相変わらずの暴君ぶりね、エドヴァス殿下。
ああ、お父様の苦労が偲ばれるわ」
「それも臣下の役目だ。
それに殿下とはなんだ、エドと言え」
「エドヴァス殿下」
「敬称をつけるな、ティア」
「あら。
先程、臣下である貴族の義務云々を私に告げた貴方の言葉を私は尊重しているだけ」
「いつもいつも、お前はどうしてこうも減らず口なんだ、ティア」
「貴方が毎回毎回、私の機嫌を損ねる事しかしないでしょう!」
「ティア、俺はお前と口論する為にここに来ているのでは無い」
クリスティアーナの言葉を遮るエドヴァスの口調にクリスティアーナはハッとする。
自分を射抜くエドヴァスの熱の籠った瞳。
クリスティアーナに恋焦がれる、恋情を灯した瞳に気付き、俯く。
「どうしてお前は何時も俺の気持ちを知って逸らすんだ……。
解っているだろう、俺の本心を」
「……」
「ティア」
「……、やめてください」
「いや、やめない」
「お願い、やめて!」
「駄目だ、お前に拒否権は無い」
「エド、やめて!」
クリスティアーナとの距離を詰めてエドヴァスが迫って来る。
目の前のエドヴァスにそっと頤を取られ視線が交錯する。
逃れないエドヴァスの恋情に。
クリスティアーナの感情が一瞬、揺れる。
だがそれも瞬時の事。
既にクリスティアーナの気持ちは決まっている。
「……、追い詰めている訳では無い。
俺はお前を愛している、ティア」
真摯な瞳で愛を請うエドヴァスにクリスティアーナはキッパリと告げる。
「……、私の気持ちはずっと決まっている。
エド、貴方の想いを受入れる事が出来ない」
「それも知っている。
だが気持ちを抑える事が出来ない……」
「私の気持ちは変わらない。
私は婚約者であるフランシス・シェイラーズ様を今でも愛している。
私の唯一は彼の方だけ」
クリスティアーナの拒絶の言葉に、エドヴァスは苛立ちを隠せない。
「対なる君の呪いが定めた相手であろう。
その男が亡くなって13年の歳月が経つ。
もう既に過去の遺物だ。
今ある現実を受け入れろ……。
俺はずっとお前を愛している。
幼い頃からお前だけを見詰め、愛してきた」
クリスティアーナを強く抱き締め耳元で囁く。
エドヴァスの情熱的な愛の告白にクリスティアーナは静かに告げる。
「……、呪いからは逃れられない。
私はこの先も対なる君の呪いに殉じて生きるだけ。
……。
エドヴァス、私は呪いが関与して彼の方に愛を貫いているのでは無い。
初めて会った時から私は彼の方に恋をしたの。
愛を抱いたの。
私の愛は彼の方だけのもの。
だから、エド。
これ以上私に愛を告げても無意味でしかない」
揺るぎないクリスティアーナの告白にエドヴァスは抱擁を解き、対峙する。
静謐な目で自分を見詰めるクリスティアーナにエドヴァスの感情は静まり冷静さを取り戻す。
そして冷ややかな口調でクリスティアーナに告げる。
「まやかしの愛に意味など存在しない。
呪いが定めた相手に正常な感情など抱く筈が無い。
ティア。
俺は来月、成人する。
その時、お前との婚約を国中に宣言する」
自分勝手かエドヴァスの発言にクリスティアーナが反論する。
「……、な、何を勝手な事を!
誰も赦しはしない。
対なる君の呪いの惨劇を、繰り返してならない事を貴方は知って」
「それでも俺はお前と婚約する。
俺の妃になる相手はお前だけだ、ティア。
そして俺がお前の呪いを打ち砕いてみせる……」
何処か仄暗い目でクリスティアーナを見詰める。
ああ、この瞳を私は知っている、と一瞬、クリスティアーナは心の中で呟く。
恋情の狂気に堕ちた瞳である、と。
「また、来る。
ティア……」
静かに告げて立ち去るエドヴァスを、クリスティアーナはただその場に立ち尽くす事しか出来なかった。
ふわり、と花弁が散る。
淡い象牙色の花弁は静かに散る。
嵐の様なエドヴァスの訪問に、クリスティアーナの気持ちは、重く沈んでいた……。
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