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33話

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「どうしてこんなアザがクリストファーの胸にあるの?」

つい問いただしてしまう。
余りに痛々しいクリストファーの胸のアザ。
脈打つ度に淡い光を放ち、そこから漂う仄かな薔薇の薫り。

「僕達、一族の宿命だから……」

ぽそりと呟くクリストファーの目に透明な雫が止まる事を知らずずっと頬に流れていて。
美の化身の如く美しいクリストファーの涙。
人とは違う際立つ美貌がこのアザにも関連されているのかとマリアンヌは考え込んでしまう。

(お父様も、おじ様も、そしてクリストファーも、人よりも優れた美貌の貴公子だと思えてならなかった。
確かに気高い薔薇の如く麗しく己の身を護る荊を潜めていると思えてならない、何処か近寄り難い美貌だとずっと思っていた。
だけどそれだけでは無い何かがずっと引っ掛かる)

「ねえ、クリストファー。
私には教えてくれないの?
そのアザ以外のクリストファーの秘密を。
……、何故、先程、私を対なる君だと呼んだの?」

マリアンヌの言葉にクリストファーが息を呑む。
クリストファーの戸惑う表情にマリアンヌがすっとクリストファーの身体を抱き締めて。

柔らかいマリアンヌの胸がクリストファーの顔を包み込む。
直に感じるマリアンヌの乳房に一瞬、クリストファーの顔が赤く染まり、狼狽えてしまう。
我ながら大胆な行動に出ているとマリアンヌは自覚しながらもクリストファーを抱き締める力を弱めようとしない。

「ま、マリアンヌ?」

明らかに動揺しているクリストファーにやっと涙が収まったのね、と心の中で安堵の溜息をマリアンヌは零していた。

「ねえ、クリストファー……。
私に告白するのが辛い?
それとも怖いの?」

柔らかに問うマリアンヌにクリストファーは顔が歪みだして、また、眦に涙を浮かべる。
本当に繊細で弱々しくて、でも、心の葛藤をずっと隠し通す意思の強さは誰よりも強固であって。
多分、マリアンヌに知られるのを恐れていたに相違ないと察してしまう。

今まで、ずっと知らなかったクリストファーの本心。
清廉で孤高な精神を抱く事を由とする気難しい気性だと思っていた。
それがクリストファーの知られざる性格が暴かれて違うと思っていたが、本当は。

繊細で子供っぽくて、純粋で優しい気性もクリストファーの本来の性格であり、そして清廉で孤高な精神もクリストファーの性格の一部だと思えてならない。

「……、君がきっと僕の愛を疑うから。
君が僕の対なる君であるから、君を愛していると君が誤解するのが僕は何よりも恐ろしかった」

「どうしてそう思うの?
対なる君って、一体、何なの?」

マリアンヌの問いにクリストファーはゆっくりとマリアンヌの抱擁を解く。
じっとマリアンヌの目を見詰め、静かに語り出す。

対なる君に関する哀しくて、禍々しい愛の呪いを。

「僕達、レガーリス家の血を引く人間には、時折、対なる君と言う宿命の相手を得られないと奇病に侵され命を落とすと言うアザを持って生まれてくる。
君の父上も、僕の父上もそしてレガーリス家直系の血を引くクリスティアーナも、その禍々しいアザを胸に刻まれ生をこの世に受けた」

「……」

「対なる君の呪いは、自らの思考を奪われ理性を失わせ相手の全てを求め奪ってしまう。
僕はそんな対なる君の性質が恐ろしかった。
歪んだ愛の哀しい宿命。
対なる君を得られないと精神が破綻し朽ち果てる様に身体は腐敗していき、そして若くして命を落としてしまう。
だから僕の母様は僕が対なる君の呪いを持って生まれた事に嘆き哀しんで……。
……。
僕が生まれた数ヶ月後、君が生まれた時、僕の胸のアザが異様に輝いて。
それに呼応する様に君の身体が淡い紫色の光に包まれていた。
君の母上は僕の対なる君として君が生を受けた時に動揺されたよ。
ふふふ、確かにそうだ。
自由を奪われ対なる君以外愛する存在を許せない性質に異常性を感じない人間が存在しないとは到底思えない」

「クリストファー……」

「僕はずっとそんなが自分が怖くて、そして何よりも君に知られるのが怖かった。
君に対する想いがずっと対なる君の呪いだと思いたくなかった。
だって、そんな呪いで君に惹かれるなんて、愛しているなんて、僕はそんな不純な愛を認めたくなかった。
決して対なる君の呪いでマリアンヌを愛している訳では無い。
だけど君には言えない。

だって、君は母様似の僕の事をずっと苦手だと思い、僕を避けていたから。
そんな僕が君に愛を告白しても決して受け入れて貰えない。
僕は……」

「……」

「性を意識し始めた時から、自分の心臓が異様に脈打つ事に僕は動揺したよ。
君の事が欲しくて欲しくて全てを奪ってでも君を触れたい身体の隅々まで僕のモノだと刻印を刻みたい。
衝動に駆られて君を奪いそうになる自分を抑える為に僕はなるべく君に近づかない様にした。
君に会いたいのに、君との時間を何よりも大切に思っていても対なる君の呪いが僕を暴走させる。
僕は、僕は……」

「クリストファー、泣かないで!」

ボロボロと涙を流すクリストファーの眦にそっと口付けを落とす。
啄む様に何度も何度も労る様に優しいマリアンヌの口付けにクリストファーの心の傷が癒やされていき。

「君を愛しているよ、マリアンヌ。
対なる君ではない、マリアンヌを僕は愛している。
君が誰よりも愛おしい……」

「クリストファー…」

自然と互いの唇が重なっていき、互いを強く抱き締めベッドに身体を沈めて。

「ああ、マリアンヌ、マリアンヌ!」

狂った様にマリアンヌの名を叫びながらクリストファーはマリアンヌの唇を激しく求める。

「もっと、私の名を呼んでクリストファー……。
もっと私を強く抱き締めて!
私を奪って……」

そう、私を全てを奪ってクリストファー……。
貴方の苦しみを心の傷を私が癒したい。
貴方の愛を身体中に深く刻んで。
だって、貴方は……。

対なる君として私を求めている訳では無いから。

私達は互いを愛しているから求め合う。
ただ純粋に互いを欲して……。

(ああ、貴方の愛が私を満たしていく。
ああ、何故、こんなにも貴方が愛おしいのだろう)

ふと漂う薔薇の薫り。
甘やかで優しい、クリストファー本来の性質を物語る。

その時、私は気付いていなかった。
部屋に置いてある蔓薔薇から蕾が綻んでいる事に。
ずっと頑なに閉じていた蕾が淡い紫色に変化している事に。

そしてその薔薇が私達の運命を切り開く鍵となる薔薇とは。

愛し合う私達は、気付く事が無かった……。




「愛のない婚約かと、ずっと思っていた。」


第一部、完。
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