7 / 59
7話
しおりを挟む
(うーん、いい風)
シャンペトルの屋敷から少し離れた小高い丘。
ここから見渡すと一望できる。
シャンペトル家の領地が。
目の前に広がるシャンペトル家の雄大な眺望に思わず感嘆を漏らしてしまう。
ふと、屋敷に視線を落とすと外壁には薄紅色の蔓薔薇が誘引され艶やかに咲き誇っている。
(赤い煉瓦の壁面に絡む蔓薔薇が防壁の様に屋敷を守っている様に感じるのは気の所為かしら。
まるでピアッチェ家の蔓薔薇と同じだわ。
ピアッチェ家の蔓薔薇は黄金色なんだけど濃く馨しい香りに、八重咲きのそれは見事な花を咲かせて……)
うん?
何だろう?
何かが引っ掛かるのよね……。
幼い頃からずっと。
ピアッチェ家もシャンペトル家も好んで蔓薔薇を植えている。
どうしてだろう……。
(あんまり深い意味はないか。
ただ単純にお互いの家が薔薇を好んで植えている。
それだけの理由だわ、きっと)
本当に壮観だわ。
まるで一服の名画の様に田園の中に佇む屋敷の美しさにうっとりと魅入ってしまう。
頬をそよぐ風は薔薇の香りと共に丘を靡いていく。
ふわりと漂う芳醇な薔薇の香りが一瞬、私を夢の世界へと誘う。
(雲一つもない空……。
本当に天気が良くてよかったわ。
だって……)
ちらちらと周りを見渡す。
「そろそろ、クリストファーが来る時間。
今日はここでお昼にしようと誘ったんだけど」
ちらりとバスケットの中を見る。
シャンペトル家の料理長にこっそりと教えて貰った、クリストファーの好きな食べ物。
食事の時も全然表情を崩さないし、残さず綺麗に食べるから食の好みが分からなくって。
(だって、何を食べても無反応だもの……)
ううん、違う。
無反応では、無い。
私が焼いたクッキーには、一瞬、表情が緩んだ。
初めて焼いて渡した時、戸惑う様に手を彷徨わせて。
そして摘んで咀嚼したわ。
あの時のクリストファーは確かに口元を緩ませていた。
ああ、気に入ってくれたんだと胸を撫で下ろした事を思い出した。
だから今朝早く起きて、あの時と同じチョコレートとくるみを刻んだクッキーを焼いたの。
そして、私が好きな紅茶にも目を細めていたわ。
よくよく考えるとクリストファーは甘いものが好きなんだと。
そっと微笑んでしまった。
だって意外で可笑しくて、そして可愛くて。
バケットには卵とハムとトマトを挟んだサンドウィッチと、焼きたてのスコーンにジャムと蜂蜜と、クリームチーズをトッピングにと準備して。
デザートとには季節の果物を、ビッチャーには冷たい紅茶を淹れてきた。
(少しは喜んでくれるかな?)
一昨日、クリストファーの急用でシャンペトル家の訪問が急遽取りやめとなり来月まで当分会えないと思ったら急に会いたくなって。
(だ、だって、焼き菓子と紅茶のお礼がしたかったもん!
く、クリストファーに会えなくて寂しいだなんて、そんな事……)
や、やだ、耳朶が赤くなっている。
ち、違うもん!
クリストファーに会えないのが寂しいだなんて、絶対に。
「マリアンヌ」
え?
い、今、名前を呼ばれた?
空耳では無いよね。
う、嘘、し、信じられない……。
「く、クリストファー?」
ドキドキドキドキ。
や、やだ、心臓に悪い!
気持ちの準備が出来てないのに名前を呼ばれたら。
「きゅ、急に誘って御免なさい。
お菓子のお礼が言いたかったから、だから……」
何時もの様に言えないよ。
だ、だって、こんなのって私……。
「……」
「……」
何を話せばいいの?
う、上手く言葉が出来ない!
「……、お、お菓子と紅茶、と、とても美味しかった。
あの焼き菓子と紅茶って令嬢達にとても人気で、中々手に入らなくて……」
「……」
「私の為にわざわざクリストファーが買いに行ったの?」
目が合わせ無い、こ、こんな恥ずかしい。
「……、マリアンヌ」
「え……」
(きょ、今日2度目だわ、名前を呼ばれたの……。
こ、こんな事って、今まで、な、無かった。
一体、クリストファーの中で何があったの!
何の心境の変化なの!)
「クリストファー?」
恐る恐るクリストファーの顔を見詰める。
視線を合わせる。
何時もと同じ無表情の筈なのに、どこか違う。
「あのね、これ、私が焼いたクッキーなの。
ランチの後に一緒にと思って」
「……」
「む、昔、焼いた時、クリストファーが残さず食べてくれたから、好きなのかなって。
焼き菓子と紅茶のお礼をしたくて……」
「……」
「サンドウィッチもスコーンも全て私の手作りだから。
もし、気に入らなかったらそのまま残して……」
「……」
「迷惑だったら御免なさい……」
「……」
(も、もう恥ずかしくて、い、言えない!
な、何なの?
ま、まるで恋する乙女じゃ無いの、私って!
……。
え、ええええっ!
こ、恋する乙女って、わ、私………)
ぼっと顔から火が吹く様に顔が熱いわ。
こ、こんな……。
「……」
「……」
や、やだ。
沈黙が怖いよ。
恥ずかしくて死にそう……。
ふわり。
(え……。
あ、す、ストールが風に靡いて、や、やだ。
早く立って追いかけないと)
飛ばされると思い立ち上がる前に、クリストファーが風に靡くストールを掴んでくれて。
「あ、ありがとう、クリストファー」
一瞬、間近にクリストファーの顔があって。
(え、な、何なの……。
クリストファーが目の前に、いる)
とくんとくん。
心臓の音が騒がしくて抑えられない。
クリストファーに気付かれてはいないよね……。
(綺麗な瞳。
光の加減で紺碧に見える瞳がアメジストの様に煌めいている……。
……。
ど、どうしてそんな感想が浮かんでいるの?)
……。
え?
何が起こっているの?
一瞬、何が起こったのか分からない。
ふわりと温かい感触が……。
違う。
こんな事って、絶対にあり得ない……。
だって、クリストファーが私の唇に触れているなんて。
これは都合のいい、夢の出来事。
シャンペトルの屋敷から少し離れた小高い丘。
ここから見渡すと一望できる。
シャンペトル家の領地が。
目の前に広がるシャンペトル家の雄大な眺望に思わず感嘆を漏らしてしまう。
ふと、屋敷に視線を落とすと外壁には薄紅色の蔓薔薇が誘引され艶やかに咲き誇っている。
(赤い煉瓦の壁面に絡む蔓薔薇が防壁の様に屋敷を守っている様に感じるのは気の所為かしら。
まるでピアッチェ家の蔓薔薇と同じだわ。
ピアッチェ家の蔓薔薇は黄金色なんだけど濃く馨しい香りに、八重咲きのそれは見事な花を咲かせて……)
うん?
何だろう?
何かが引っ掛かるのよね……。
幼い頃からずっと。
ピアッチェ家もシャンペトル家も好んで蔓薔薇を植えている。
どうしてだろう……。
(あんまり深い意味はないか。
ただ単純にお互いの家が薔薇を好んで植えている。
それだけの理由だわ、きっと)
本当に壮観だわ。
まるで一服の名画の様に田園の中に佇む屋敷の美しさにうっとりと魅入ってしまう。
頬をそよぐ風は薔薇の香りと共に丘を靡いていく。
ふわりと漂う芳醇な薔薇の香りが一瞬、私を夢の世界へと誘う。
(雲一つもない空……。
本当に天気が良くてよかったわ。
だって……)
ちらちらと周りを見渡す。
「そろそろ、クリストファーが来る時間。
今日はここでお昼にしようと誘ったんだけど」
ちらりとバスケットの中を見る。
シャンペトル家の料理長にこっそりと教えて貰った、クリストファーの好きな食べ物。
食事の時も全然表情を崩さないし、残さず綺麗に食べるから食の好みが分からなくって。
(だって、何を食べても無反応だもの……)
ううん、違う。
無反応では、無い。
私が焼いたクッキーには、一瞬、表情が緩んだ。
初めて焼いて渡した時、戸惑う様に手を彷徨わせて。
そして摘んで咀嚼したわ。
あの時のクリストファーは確かに口元を緩ませていた。
ああ、気に入ってくれたんだと胸を撫で下ろした事を思い出した。
だから今朝早く起きて、あの時と同じチョコレートとくるみを刻んだクッキーを焼いたの。
そして、私が好きな紅茶にも目を細めていたわ。
よくよく考えるとクリストファーは甘いものが好きなんだと。
そっと微笑んでしまった。
だって意外で可笑しくて、そして可愛くて。
バケットには卵とハムとトマトを挟んだサンドウィッチと、焼きたてのスコーンにジャムと蜂蜜と、クリームチーズをトッピングにと準備して。
デザートとには季節の果物を、ビッチャーには冷たい紅茶を淹れてきた。
(少しは喜んでくれるかな?)
一昨日、クリストファーの急用でシャンペトル家の訪問が急遽取りやめとなり来月まで当分会えないと思ったら急に会いたくなって。
(だ、だって、焼き菓子と紅茶のお礼がしたかったもん!
く、クリストファーに会えなくて寂しいだなんて、そんな事……)
や、やだ、耳朶が赤くなっている。
ち、違うもん!
クリストファーに会えないのが寂しいだなんて、絶対に。
「マリアンヌ」
え?
い、今、名前を呼ばれた?
空耳では無いよね。
う、嘘、し、信じられない……。
「く、クリストファー?」
ドキドキドキドキ。
や、やだ、心臓に悪い!
気持ちの準備が出来てないのに名前を呼ばれたら。
「きゅ、急に誘って御免なさい。
お菓子のお礼が言いたかったから、だから……」
何時もの様に言えないよ。
だ、だって、こんなのって私……。
「……」
「……」
何を話せばいいの?
う、上手く言葉が出来ない!
「……、お、お菓子と紅茶、と、とても美味しかった。
あの焼き菓子と紅茶って令嬢達にとても人気で、中々手に入らなくて……」
「……」
「私の為にわざわざクリストファーが買いに行ったの?」
目が合わせ無い、こ、こんな恥ずかしい。
「……、マリアンヌ」
「え……」
(きょ、今日2度目だわ、名前を呼ばれたの……。
こ、こんな事って、今まで、な、無かった。
一体、クリストファーの中で何があったの!
何の心境の変化なの!)
「クリストファー?」
恐る恐るクリストファーの顔を見詰める。
視線を合わせる。
何時もと同じ無表情の筈なのに、どこか違う。
「あのね、これ、私が焼いたクッキーなの。
ランチの後に一緒にと思って」
「……」
「む、昔、焼いた時、クリストファーが残さず食べてくれたから、好きなのかなって。
焼き菓子と紅茶のお礼をしたくて……」
「……」
「サンドウィッチもスコーンも全て私の手作りだから。
もし、気に入らなかったらそのまま残して……」
「……」
「迷惑だったら御免なさい……」
「……」
(も、もう恥ずかしくて、い、言えない!
な、何なの?
ま、まるで恋する乙女じゃ無いの、私って!
……。
え、ええええっ!
こ、恋する乙女って、わ、私………)
ぼっと顔から火が吹く様に顔が熱いわ。
こ、こんな……。
「……」
「……」
や、やだ。
沈黙が怖いよ。
恥ずかしくて死にそう……。
ふわり。
(え……。
あ、す、ストールが風に靡いて、や、やだ。
早く立って追いかけないと)
飛ばされると思い立ち上がる前に、クリストファーが風に靡くストールを掴んでくれて。
「あ、ありがとう、クリストファー」
一瞬、間近にクリストファーの顔があって。
(え、な、何なの……。
クリストファーが目の前に、いる)
とくんとくん。
心臓の音が騒がしくて抑えられない。
クリストファーに気付かれてはいないよね……。
(綺麗な瞳。
光の加減で紺碧に見える瞳がアメジストの様に煌めいている……。
……。
ど、どうしてそんな感想が浮かんでいるの?)
……。
え?
何が起こっているの?
一瞬、何が起こったのか分からない。
ふわりと温かい感触が……。
違う。
こんな事って、絶対にあり得ない……。
だって、クリストファーが私の唇に触れているなんて。
これは都合のいい、夢の出来事。
10
お気に入りに追加
678
あなたにおすすめの小説
【完結】美しい人。
❄️冬は つとめて
恋愛
「あなたが、ウイリアム兄様の婚約者? 」
「わたくし、カミーユと言いますの。ねえ、あなたがウイリアム兄様の婚約者で、間違いないかしら。」
「ねえ、返事は。」
「はい。私、ウイリアム様と婚約しています ナンシー。ナンシー・ヘルシンキ伯爵令嬢です。」
彼女の前に現れたのは、とても美しい人でした。
婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話
ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。
リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。
婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。
どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。
死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて……
※正常な人があまりいない話です。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
貴妃エレーナ
無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」
後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。
「急に、どうされたのですか?」
「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」
「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」
そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。
どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。
けれど、もう安心してほしい。
私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。
だから…
「陛下…!大変です、内乱が…」
え…?
ーーーーーーーーーーーーー
ここは、どこ?
さっきまで内乱が…
「エレーナ?」
陛下…?
でも若いわ。
バッと自分の顔を触る。
するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。
懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる