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4話
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あれから何事も無く、当然の如く、クリストファーとは無言のまま馬車は屋敷に到着した。
「送ってくれてありがとう、クリストファー」
一応、お礼は述べる。
「……」
お礼を述べても何の反応も無い。
ひたすら無言。
無性に腹が立ってきた。
一体、私を何だと思っている訳?
まさか以心伝心で伝わっていると思っているの?
魔法使いではあるまいし、何をふざけた事を考えているのかしら。
……。
コゼット・ケンティフォリアとは会話してたじゃないの!
口元が動いたのが見えたのだから!
一体、何を話していた訳?
も、もしかしたら!
コゼット・ケンティフォリアみたいな女性が好みなの?
派手やかな美女だし、それに……。
豊満な胸を惜しげもなく際立たせるドレスを纏い、クリストファーにぐいぐいと迫っていたもの。
男の人ってぽわんぽわんなマシュマロ感触の胸を愛でて味わいたいのだと、侍女のエマが言っていたわ。
エマの恋バナに耳を傾けていたらいつの間にかそんな話になって……。
……。
私、自慢出来る胸では無いわ…。
クリストファーがもし、マシュマロ感触を味わいと思っていたら……。
(もおお、イライラする!
どうして胸の大きさを気にしないといけないの?
仕方ないじゃ無い、こればかりは。
はああ、もう無理。
我慢ならない!
一方的な会話を婚約者だと紹介された日からずっと行ってきたけど、我慢の限界を超えたわ。
お、思い知らしてあげるんだから!
無言の重圧がどれ程堪えるのか、クリストファーに気付かせてやる。
そ、そうよ、マリアンヌ!
クリストファーが何も言わないのなら、わ、私だって無言を押し通してやるんだから!)
「……」
「……」
「……」
(な、何なの?
何、この威圧感……。
なんか急に寒くなってきた。
只ならぬ空気を纏っていて、こ、怖いんだけど……)
「……、あ、明日のお昼には、お、お邪魔するから。
おじ様とおば様に宜しくお伝えしてね」
「……」
「クリストファーの好きな茶葉を持参するから、ね。
……。
お、おやすみなさい、クリストファー……」
一体、私は何を必死になって取り繕うとしているの。
クリストファーの機嫌を窺う私って……。
だって、いつにも増してクリストファーの目がこ、怖いもの。
目が据わっている様に見えるのは気の所為では無いわよね?
もう、何をそんなに怒っているの?
私の態度がクリストファーの機嫌を損ねた訳?
怒っているのはクリストファーでは無くて私でしょう?
な、なのに何故、そんなに不機嫌な……。
はああ、結局、私って。
クリストファーに無言を押し通す事は、私には至難の業だと改めて自覚させられました。
***
ちゃぽん。
(ああ、気持ちいい……。
うーん、今日の入浴剤、本当に良い香りだわ。
心も身体も物凄く癒されてリラックス出来る。
……。
疲労困憊していたのね。
どれだけの苦行を強いられているの、私って……)
ああ、長かった……。
屋敷までの道のりが長いったら。
馬車の中で無言でずっとクリストファーと対面していて、あの美貌を間近で見せつけられたら変に緊張してしまって。
お母様の血を強く受け継いでいるのか、未だに無意識に構えてしまうのよね。
恐ろしい程整った顔は成長するに連れておば様とおじ様の良いとこどりの、正に完璧な美貌で。子供の頃はおば様の血を濃く受け継いだ顔だったのに今は精悍さの中に男性の色香が仄かに漂ってきて……。
あら、嫌だ。
頬がほんのり熱を帯びて……。
昔に比べたら好みの境界線が少し緩くなったのかしら、私。
ドキドキドキドキ。
(な、何、ドキドキさせているの!
ま、まるでクリストファーにときめいているみたい。
あ、あり得ない!絶対にあり得ない!
あんな表情筋が1ミクロンも作用しない無表情、無口男に一体、何がどうあって惹かれるって言うの?
何処にそんな要素があるの。
顔が全てを凌駕するなんてそんな理屈は通用しないんだから。
クリストファーって顔だけの男で、それ以外に何が……)
何、一人で狼狽えているの。
馬鹿みたい。
クリストファーの事を顔だけ男と罵るけど、本当はそれ以外の事を何も知らないから。
クリストファーは自分の事を何も話さない。
趣味は何か、好きな色は、食べ物は、好きな動物は。
ほんの些細な事でも良い。
知りたいと思いクリストファーに聞いても、一切、返事が返ってこない。
ただじっと私の一方的な会話を聞いているだけ。
初めて会った時から自分の事を語らないクリストファーに最初、どう接していいか考えあぐねていた。
精巧な人形の様に整った美貌、それにおば様に似た顔が幼い私を萎縮させていた。
そんな私にクリストファーのお父様がふっと微笑んで語ってくれた。
クリストファーはマリアンヌの事をとても気に入っている、と……。
最初、自分の耳を疑ってしまった。
クリストファーが私の事を気に入っている?
そんな言葉、信じられない。
だって私の事が気に入っているのなら会話くらいするでしょう?
相手の事を知りたいと思わないのかしら?
私ならクリストファーの事を知りたいと思う。
何が好きか苦手か、趣味は何か、そして……。
どんな異性が好みかと知りたい……。
そう、どんな女性が好きなの?
私の事、気に入っているのなら、どうしてそんな態度をとるの?
ずっと悶々と悩んで、悩んで……。
そして悟ってしまったわ。
気に入っていると好きとでは意図する意味が全然、違うって気付いたの。
異性として気に入っているのでは無い。
婚約者として好ましい、ただ、それだけ。
婚約者としてはまずまずの及第点であったんだろう。
クリストファー的には。
「送ってくれてありがとう、クリストファー」
一応、お礼は述べる。
「……」
お礼を述べても何の反応も無い。
ひたすら無言。
無性に腹が立ってきた。
一体、私を何だと思っている訳?
まさか以心伝心で伝わっていると思っているの?
魔法使いではあるまいし、何をふざけた事を考えているのかしら。
……。
コゼット・ケンティフォリアとは会話してたじゃないの!
口元が動いたのが見えたのだから!
一体、何を話していた訳?
も、もしかしたら!
コゼット・ケンティフォリアみたいな女性が好みなの?
派手やかな美女だし、それに……。
豊満な胸を惜しげもなく際立たせるドレスを纏い、クリストファーにぐいぐいと迫っていたもの。
男の人ってぽわんぽわんなマシュマロ感触の胸を愛でて味わいたいのだと、侍女のエマが言っていたわ。
エマの恋バナに耳を傾けていたらいつの間にかそんな話になって……。
……。
私、自慢出来る胸では無いわ…。
クリストファーがもし、マシュマロ感触を味わいと思っていたら……。
(もおお、イライラする!
どうして胸の大きさを気にしないといけないの?
仕方ないじゃ無い、こればかりは。
はああ、もう無理。
我慢ならない!
一方的な会話を婚約者だと紹介された日からずっと行ってきたけど、我慢の限界を超えたわ。
お、思い知らしてあげるんだから!
無言の重圧がどれ程堪えるのか、クリストファーに気付かせてやる。
そ、そうよ、マリアンヌ!
クリストファーが何も言わないのなら、わ、私だって無言を押し通してやるんだから!)
「……」
「……」
「……」
(な、何なの?
何、この威圧感……。
なんか急に寒くなってきた。
只ならぬ空気を纏っていて、こ、怖いんだけど……)
「……、あ、明日のお昼には、お、お邪魔するから。
おじ様とおば様に宜しくお伝えしてね」
「……」
「クリストファーの好きな茶葉を持参するから、ね。
……。
お、おやすみなさい、クリストファー……」
一体、私は何を必死になって取り繕うとしているの。
クリストファーの機嫌を窺う私って……。
だって、いつにも増してクリストファーの目がこ、怖いもの。
目が据わっている様に見えるのは気の所為では無いわよね?
もう、何をそんなに怒っているの?
私の態度がクリストファーの機嫌を損ねた訳?
怒っているのはクリストファーでは無くて私でしょう?
な、なのに何故、そんなに不機嫌な……。
はああ、結局、私って。
クリストファーに無言を押し通す事は、私には至難の業だと改めて自覚させられました。
***
ちゃぽん。
(ああ、気持ちいい……。
うーん、今日の入浴剤、本当に良い香りだわ。
心も身体も物凄く癒されてリラックス出来る。
……。
疲労困憊していたのね。
どれだけの苦行を強いられているの、私って……)
ああ、長かった……。
屋敷までの道のりが長いったら。
馬車の中で無言でずっとクリストファーと対面していて、あの美貌を間近で見せつけられたら変に緊張してしまって。
お母様の血を強く受け継いでいるのか、未だに無意識に構えてしまうのよね。
恐ろしい程整った顔は成長するに連れておば様とおじ様の良いとこどりの、正に完璧な美貌で。子供の頃はおば様の血を濃く受け継いだ顔だったのに今は精悍さの中に男性の色香が仄かに漂ってきて……。
あら、嫌だ。
頬がほんのり熱を帯びて……。
昔に比べたら好みの境界線が少し緩くなったのかしら、私。
ドキドキドキドキ。
(な、何、ドキドキさせているの!
ま、まるでクリストファーにときめいているみたい。
あ、あり得ない!絶対にあり得ない!
あんな表情筋が1ミクロンも作用しない無表情、無口男に一体、何がどうあって惹かれるって言うの?
何処にそんな要素があるの。
顔が全てを凌駕するなんてそんな理屈は通用しないんだから。
クリストファーって顔だけの男で、それ以外に何が……)
何、一人で狼狽えているの。
馬鹿みたい。
クリストファーの事を顔だけ男と罵るけど、本当はそれ以外の事を何も知らないから。
クリストファーは自分の事を何も話さない。
趣味は何か、好きな色は、食べ物は、好きな動物は。
ほんの些細な事でも良い。
知りたいと思いクリストファーに聞いても、一切、返事が返ってこない。
ただじっと私の一方的な会話を聞いているだけ。
初めて会った時から自分の事を語らないクリストファーに最初、どう接していいか考えあぐねていた。
精巧な人形の様に整った美貌、それにおば様に似た顔が幼い私を萎縮させていた。
そんな私にクリストファーのお父様がふっと微笑んで語ってくれた。
クリストファーはマリアンヌの事をとても気に入っている、と……。
最初、自分の耳を疑ってしまった。
クリストファーが私の事を気に入っている?
そんな言葉、信じられない。
だって私の事が気に入っているのなら会話くらいするでしょう?
相手の事を知りたいと思わないのかしら?
私ならクリストファーの事を知りたいと思う。
何が好きか苦手か、趣味は何か、そして……。
どんな異性が好みかと知りたい……。
そう、どんな女性が好きなの?
私の事、気に入っているのなら、どうしてそんな態度をとるの?
ずっと悶々と悩んで、悩んで……。
そして悟ってしまったわ。
気に入っていると好きとでは意図する意味が全然、違うって気付いたの。
異性として気に入っているのでは無い。
婚約者として好ましい、ただ、それだけ。
婚約者としてはまずまずの及第点であったんだろう。
クリストファー的には。
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