「貴方に心ときめいて」

華南

文字の大きさ
上 下
70 / 73

49話

しおりを挟む
「ジェラルドお兄様」

自分の名を呼ぶ少女にジェラルドは、一瞬、目を細める。

「マリーベル」

「先程から何度も名を呼んでもお兄様ったら上の空だから。
珍しく考え込んでいたから、何かあったのか心配になって」

心配げに自分を気遣うマリーベルに、ジェラルドは笑みを深くする。
可愛いマリーベル。
生前、妹が居なかった泰斗にとってマリーベルは従兄弟で有りながら、実の妹の様に可愛がっていた。

マリーベルもまた、先妻の息子であるクラウスよりもジェラルドを実の兄の様に慕っていた。
華やかな美貌で目を奪うマリーベル。

社交界デビューを果たしたら、一番、注目を集めるのはマリーベルだとジェラルドは信じて疑っていない。

いや、もしかしら……。

マリーベルとはまた違う性質を持つ可憐で清楚な雰囲気を纏うエレーヌも貴公子達の心を奪うので無いだろうかと内心、ジェラルドは穏やかでは無い。
ふと浮かんだ言葉に気持ちが揺らぐ。

(馬鹿な、俺とした事が……)

らしくも無い感情に苦笑が漏れる。

前世での縁で繋がれた存在。
ただそれだけ。
颯斗の様に、そして保科祥吾の様に激しい感情では、無い。
だが、漣の如く心に波紋が広がる。
まだ一度も会合を果たしては居ない。
今世での久保紗雪に。

正直、生前の気持ちの燻りに泰斗は心を持て余していた。
ジェラルドとして、この世界に転生した時に、泰斗は前世と完全に決別した。
この世に転生した時点で己はジェラルドであって、一柳泰斗では無いと。
ジェラルドとしての人生を受け入れた泰斗は既に前世の泰斗では無かった。

双子の弟である颯斗に対する激しい嫉妬と憎しみと、そして憐憫を抱く事は無かった。
既に過去の遺物だと前世を思い出してもブレる事は無かった。
最早、ジェラルドである己がここで生きる全てだと泰斗は思った。

(颯斗……)

生前の颯斗を思い出す。

一人の女に人生を狂わせ身の破滅を招いた。
心穏やかで理知的な颯斗の、性格を覆す程の激情に泰斗は身震いをした。
粗野で荒々しい己とは対極だと両親には思われていた。

だが、本来の颯斗は……。

(お前は何処までも貪欲な迄に久保紗雪を愛した。
俺にはお前のその、禍々しい迄の愛が恐ろしかった……)

そして、そんなお前が心底羨ましいとは思っていたとは……。

「エレーヌ、か……」

久保紗雪の前世の名前。
今の俺が求めれば、多分、結ばれる事が出来る。
そう、久保紗雪が俺を、ジェラルドを望めば……。

そこにジェラルドとしての感情は如何だろうか?
未だに燻っている一柳泰斗としての感情だろうか?

それともジェラルド・アルバンとして、エレーヌ・グーベルトを求めるのだろうか?

恋情としてか。

「もう、ジェラルドお兄様ったら、さっきから顰めっ面をして。
何をそんなに思い悩んでいるの?
あら、お兄様。
もしかして、意中の女性の事でも考えていたのかしら?」

くすくすと可笑しそうに笑うマリーベルの意味ありげな視線に、ジェラルドは訝しげにマリーベルを見詰める。
何をどう考えてそう言う思考に至ったのか、皆目検討がつかない。

「どうしてそんな風に思う?」

ジェラルドの問いにマリーベルは笑いを収める事なく、ジェラルドに言う。

「だってお兄様の表情が私と同じだから」

頬を染めながらジェラルドに伝える。

「マリーベル」

「私がルーファン様に注ぐ視線と同じだとお母様が言っていたの。
最初、何故お兄様が?と一瞬、考え込んで、でも、よくよくお兄様の表情を見たら心ここに在らずで、溜息を吐いて。
ぼんやりと考え込んでいると思えば、ふとした表情が、とても優しくて……」

「……」

「ああ、お兄様にも心を奪われる女性が居るのねと少し寂しい感情に陥って。
お兄様も私だけのお兄様では無いのねと思ったら、相手の女性に少し嫉妬してしまって」

「おいおい、マリーベル、それは」

「お兄様も意外に鈍感なのね。
ご自身がどんな表情をしているのか、気付かないなんて」

「……」

「お兄様は恋をしているの。
私と同じく、お兄様にも恋焦がれる方がいらっしゃるのよ」

「……」

「私、お兄様の恋を応援したいの。
だから、誰なの?
お兄様の意中の女性は?」

ずんずんとマリーベルに追い詰められて、珍しくジェラルドは言葉を失ってしまう。

(俺が恋をしている?
一柳泰斗では無く、ジェラルドとして恋を……)

まだ見ぬエレーヌに。

いや違う。

俺はずっと恋をしていたのか?
久保紗雪に……。

マリーベルの言葉にジェラルドは動揺を抑える事が出来ない。

(俺は……)

戸惑いながらも俺に微笑んで、お菓子のお礼を告げた紗雪。
野暮ったい女の、澄んだ目が眩しくて。

ああ、俺はずっとこの視線が欲しかった。
こんな風に打算で近付く女達とは違う、純粋な気持ちがずっと欲しかった。

俺は恋に落ちていた。
既に、俺は久保紗雪に心を奪われていたんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ

朝霞 花純@電子書籍化決定
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。 理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。 逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。 エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。

このやってられない世界で

みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。 悪役令嬢・キーラになったらしいけど、 そのフラグは初っ端に折れてしまった。 主人公のヒロインをそっちのけの、 よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、 王子様に捕まってしまったキーラは 楽しく生き残ることができるのか。

執着系逆ハー乙女ゲームに転生したみたいだけど強ヒロインなら問題ない、よね?

陽海
恋愛
乙女ゲームのヒロインに転生したと気が付いたローズ・アメリア。 この乙女ゲームは攻略対象たちの執着がすごい逆ハーレムものの乙女ゲームだったはず。だけど肝心の執着の度合いが分からない。 執着逆ハーから身を守るために剣術や魔法を学ぶことにしたローズだったが、乙女ゲーム開始前からどんどん攻略対象たちに会ってしまう。最初こそ普通だけど少しずつ執着の兆しが見え始め...... 剣術や魔法も最強、筋トレもする、そんな強ヒロインなら逆ハーにはならないと思っているローズは自分の行動がシナリオを変えてますます執着の度合いを釣り上げていることに気がつかない。 本編完結。マルチエンディング、おまけ話更新中です。 小説家になろう様でも掲載中です。

【完結】名前もない悪役令嬢の従姉妹は、愛されエキストラでした

犬野きらり
恋愛
アーシャ・ドミルトンは、引越してきた屋敷の中で、初めて紹介された従姉妹の言動に思わず呟く『悪役令嬢みたい』と。 思い出したこの世界は、最終回まで私自身がアシスタントの1人として仕事をしていた漫画だった。自分自身の名前には全く覚えが無い。でも悪役令嬢の周りの人間は消えていく…はず。日に日に忘れる記憶を暗記して、物語のストーリー通りに進むのかと思いきや何故かちょこちょこと私、運良く!?偶然!?現場に居合わす。 何故、私いるのかしら?従姉妹ってだけなんだけど!悪役令嬢の取り巻きには絶対になりません。出来れば関わりたくはないけど、未来を知っているとついつい手を出して、余計なお喋りもしてしまう。気づけば私の周りは、主要キャラばかりになっているかも。何か変?は、私が変えてしまったストーリーだけど…

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)

夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。 ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。  って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!  せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。  新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。  なんだかお兄様の様子がおかしい……? ※小説になろうさまでも掲載しています ※以前連載していたやつの長編版です

処理中です...