「貴方に心ときめいて」

華南

文字の大きさ
上 下
48 / 73

45話

しおりを挟む
「う、ん……」

「エレーヌ」

魘されるエレーヌの手を強く握る。

「エレーヌ。
お前を護る事が出来なくて済まない」

唇にエレーヌの手を寄せる。
そっと口付けを落としエレーヌに視線を注ぐ。
薄らと汗を滲ませ、苦渋に満ちた表情で吐息を漏らしている。

そんなエレーヌにオリバーの表情が歪む。

(何故、あの男と出会った。
何故、あの男がこの世界に転生している。
何故……)

何度も心の中で問いただしても答など出ない。
紗雪がエレーヌとして転生して、己がエレーヌの兄として転生して。

(ああ、だからなのか。
あれ程エレーヌに心を奪われていたのは。
エレーヌが紗雪だから、か)

「紗雪……」

君はずっと俺の存在に気付いていなかった。
俺の事をずっと、「一柳泰斗」と思い、信じて。

(君との関わりと持っていたのは、泰斗では無く俺だった。
君が初めて俺にコーヒーを淹れてくれて。
緊張で震えながらも、君は何人分のコーヒーをトレイに載せて持ってきてくれた。他部署の君の心遣いに俺は)

泰斗には感謝していた。
あの時、泰斗が体調を崩し、期日が差し迫った企画を俺に依頼しなければ君ともう一度再会する事は無かった。

直に君と……。

(24年前の事故が全てを狂わした。
俺達親子も、紗雪も、そして
あの事故さえ無ければ、俺達は出会わなかった。
君は両親と幸せに暮らし、君を心から愛する男性と出逢い、結婚し家庭を築き。
そんな未来を潰した俺達親子が居なければ。
欲に眩み、人の命の重さを軽視し容易く奪った俺の父親が、いや、あの女達が居なければ君は)

後悔でしか無い。
自分が出会った事で紗雪の人生に翳りを与えてしまった。
ひっそりと静かに生きたいと願う、紗雪の人生を、エレーヌの人生を俺は奪ってしまった。
現世でも己の想いに気付かなければエレーヌを窮地に追い込む事は無かった。
王太子ラルフのエレーヌに対する関心も、元を正せば己がグーベルト家を出て王都に上がった事が起因である。
己の気の緩みが浅はかな行動がエレーヌの存在を王太子に知られた事が原因では無いか。
前世でも、そしてこの現世でも俺の存在はエレーヌの人生を歪ませてしまう。

エレーヌを哀しませてしまう。

俺がエレーヌに恋をしなければ。

前世でも紗雪に恋をしなければ、紗雪は……。

保科祥吾に囚われてる事なく自由に生きていく事が出来たのでは無いか。
哀しみの涙を流し、感情を喪ってこの世を去った人生を歩む事は無かったのでは無いか。

(何度も後悔した。
だが後悔しても何を変える事が出来る?
事が及んだのであればこれから先どうすればエレーヌにとって、紗雪にとって最善と言えるか。

……。

俺がエレーヌにを告げれば、この世でエレーヌと結ばれる道が開ける。
だがそれはエレーヌの望む人生では、無い。
エレーヌには、静かに、心穏やかに生きて欲しい。
王室に関わる事なくエレーヌの事をこよなく愛する存在と……)

エレーヌをこよなく愛する存在……。

紗雪が望む相手、と。

「ああ、そうか」

くつくつと嗤いが出る。

ここは紗雪がプレイしていたゲームの世界を模倣した世界。
生前の紗雪が執心だった男が存在するのでは無いか?

王太子ラルフも、第2王子ルーファンも存在している。
他のキャラクターも遜色なく存在している。

そして、も。

紗雪が頬を染めながら攻略していた。

アルバン侯爵家のジェラルドがいるでは無いか。

ずっと望んでいた相手が目の前に存在したら、紗雪は哀しみの連鎖から逃れる事が出来るのでは無いか。

俺と言う存在からも、保科祥吾からも解き放たれる事が出来る。

「エレーヌ、俺は」

そっと頬に唇を落とす。
君の幸せを願っている。
君を誰よりも愛しているから、俺は。

俺の命を賭しても君の幸せを護るよ。

紗雪。

君を愛している……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)

夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。 ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。  って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!  せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。  新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。  なんだかお兄様の様子がおかしい……? ※小説になろうさまでも掲載しています ※以前連載していたやつの長編版です

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

義弟の為に悪役令嬢になったけど何故か義弟がヒロインに会う前にヤンデレ化している件。

あの
恋愛
交通事故で死んだら、大好きな乙女ゲームの世界に転生してしまった。けど、、ヒロインじゃなくて攻略対象の義姉の悪役令嬢!? ゲームで推しキャラだったヤンデレ義弟に嫌われるのは胸が痛いけど幸せになってもらうために悪役になろう!と思ったのだけれど ヒロインに会う前にヤンデレ化してしまったのです。 ※初めて書くので設定などごちゃごちゃかもしれませんが暖かく見守ってください。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

処理中です...