上 下
2 / 19

第2話:転校生は魔獣ハンター!-月光怪鳥ルナキラス登場-(中編)

しおりを挟む
「つまりですね、学校の近くに異次元へのトンネルが開いてるかもしれないんですよ!」

 宮内究太郎は、白熱していた。
 隣でははじめが置いてけぼりになって白目を剥き、正面の教員机に座る児嶋こじま先生は若干困惑したような苦い笑いを浮かべて話を聞いている。
 そこは放課後の教室だった。

「新学期が始まって二週間、学校中でワンパスキャットとジャージーデビルの目撃情報が集まってるんです。それにこないだの超自然発火現象、あれは異次元から流れ込んだエネルギーの影響で……」
「待って、待って、待って」

 はじめは流石にちょっと堪え切れなくなって、究太郎を制止した。本人は不満げな顔をしているが、この際知ったことではない。

「さっきも訊いたけど、ワンパスキャットって何?」
「北アメリカのUMA、つまり怪獣だよ!」
 究太郎はまたしても興奮気味に解説し始める。どうでもいいけれど、頭ひとつ分背が高いのだからあまり飛沫を飛ばさないように気を付けて喋って貰えないものか。

「全身が真っ黒なネコの姿をしてて、異次元からやって来てワープするんだ!」
「じゃあ、ナントカデビルっていうのは」
「ジャージーデビル、つまりニュージャージー州の悪魔だよ。馬とコウモリと鳥を合体させた見た目をしてて……」
 馬かコウモリか鳥か、せめてどれかひとつに絞って貰えないものか。

「やっぱりこれも、北アメリカに出るUMAなんだ」
「なんでアメリカの怪獣が日本にいるんだよ?」
「だから、ワープしてきたんだって!」

 はじめは段々頭痛がしてきた。これを先生もいる目の前で大真面目に主張するから、始末が悪い。はじめは助けを求めるように、担任でありクラブの顧問でもある児嶋先生の方を見た。

「先生、どう思います?」
「何かその、証拠になるようなものはあるのかい?」
 先生はやんわりと究太郎の目を見て言った。

「例えば、写真とか」
「目撃証言はいっぱいあるんです」
 究太郎は小さなノートを取り出して、何かの名簿みたいなものを見せてきた。

「時間はいつも夕方。日にちはバラバラだけど、男とか女は関係なくて、あと下の学年になるほど数が多いです」
「こんなに沢山調べたのか?」
 はじめは素直にビックリした
「それに学校で写真撮れるのは俺たちMPAだけって、先生も知ってるじゃないですか」

 メイセイ・プレス・アソシエーション。略称MPA。
 またの名を命星小学校報道協会。まあ簡単にいえば、校内で独自の壁新聞を発行する一種のクラブ活動であり、はじめと究太郎はそのメンバーなのだ。

 顧問は担任でもある児嶋先生。先生が許可を取ってくれたお陰で、ふたりは休み時間などであればクラブ活動の延長線の名目で、取材目的でのカメラ使用が認められている。
 が、逆にいえば他の生徒たちは校内で何を目撃しようとも、基本的には写真など残せないということになる。小学生とは本来そういうものだ。

「うーん、載せてもいいけど、決定的証拠がないなら『ウワサです』ってちゃんと書かないとかな」
 児嶋先生は迷った様子を見せた末に、そう結論づけた。

「あと、こないだのボヤ騒ぎはあくまでも事故だよ。窓ガラスがレンズになって、太陽の光が集まったから机が偶然燃えたんだ。理科で習わなかったかい?」
「でもあの教室、何年も使われてなかったって聞きましたよ。もっと前に火事が起きていても不思議じゃないって」

 こういう話題になると究太郎はとてもしつこい。
 児嶋先生も大変だな、とはじめは同情した。実をいえば今は、クラブ活動の時間でも何でもない。正式な活動は他のクラブと合わせて二週間に一度、MPAの場合ならパソコンルームに集まる形で開催される。

 が、熱量の凄い究太郎は正式な活動日以外でもはじめと先生を呼びつけ、時々こうしてプレゼンをしてくることがあるのだ。
 はじめはそのエネルギーが正直うっとおしくもあり、同時に少々羨ましくもあった。

「上城ひかるさんをインタビューしてみるっていうのはどうかな?」
 児嶋先生が極めて常識的な提案を試みる。
「新しく転校してきたのがどんな子なのか、みんな知りたがっているんじゃないかな?」
「それは、ぼくも考えたんですけど」
 今度は、はじめが究太郎の代わりに答える番だった。

「あの子、気付くといつもどっか行っちゃうんで、しようと思っても話が出来ないんですよ」
「やっぱりレプティリアンなんだって!」
「まだ言ってるのかよ!?」
 はじめが呆れていると、児嶋先生が興味を示した。
「なんだい、レプティリアンって」

 そこで究太郎は、はじめにした時のように宇宙トカゲ星人の地球侵略説を先生に熱弁。すると案の定「こらこら」と穏やかではあるが、叱られてしまっていた。

「UFOや怪獣が好きなのはいい、だけどクラスメイトの悪口になるようなことを、ちゃんとした証拠も集めずに言うもんじゃないよ。いいね?」
「レプティリアン……」

 究太郎はたちまちしょげてしまっていた。
 そんなに落ち込むことなのか。むしろ当たり前じゃないか……。

 はじめが微妙な顔をしていると、児嶋先生は微笑むようにその大きな手を伸ばし、究太郎も含めたふたりの頭をガシガシと撫でてくる。
 先生は優しくさわやかな人で、たとえ厳しいことを言っても不思議と人を安心させてくれるところがあるのだ。はじめは照れくさくなって、思わず首をすぼめてしまう。

 自分まで慰める必要は無かったと思うが……。
 ともかくこんな具合で、その日のMPA活動はお開きとなった。

* * *

 昇降口で上履きをクツに履き替えると、沈みかけの太陽で一面オレンジ色に染まった校庭がはじめの視界を埋め尽くす。秋の季節は夕方になるのがとても早い。地球と太陽の距離がどうとか理科で習った気がするが、はじめはあまりよく覚えていない。

「はじめ、はじめ」
 後ろから、同じくクツを履き終えた究太郎が話しかけてくる。

「本当にしてみる? 上城さんのインタビュー」
「究太郎はそれで大丈夫なの?」
「また怒られるのイヤだし、はじめが良いなら良いよ」
 なんだか責任を互いに押しつけあってるみたいだなぁ、とはじめは段々よく分からない気持ちになってきた。

 上城ひかるが奇妙なのは、休み時間にいつも行方不明になることだけではない。簡単にいうと、彼女は給食を一切食べないのだ。

 より正確には、学校から出される献立を決して口にしようとしない。いつも、家から持ってきたという小さなおにぎりだけをモソモソと、しかもあまり美味しく無さそうに食べている。先生は「ご家庭の事情」とだけ説明したが、それが何なのか誰も知らない。

 ひとりひとつ配られる牛乳も当然飲まない。代わりに首から提げた竹筒のようなものから、偶にちょっとずつ水らしき何かを、小さな喉を鳴らしてゴクゴク飲んでいる。しかもはじめは見たのだが、その竹筒には青い星のような形をした謎のマークが描かれていた。

 いくらなんでもちょっと怪しすぎる。けれども、よく確かめようとすると本人に気付かれてにらまれてしまったため、結局それ以上は何も分からなかった。
 とにかくもう、何から何までが謎なのが上城ひかるという少女だった。究太郎ではないが、彼女が宇宙人だとウワサする生徒が出ても正直不思議じゃない、とはじめは思った。

 そんな彼女がインタビューなんて受けてくれるのかと、疑わしい気持ちを抱きながら校門へ向かおうとしたその時、
「はじめ! はじめ!」
 急に背後で究太郎が大声を上げた。振り返ると、彼が何故か昇降口を出たばかりのところで空を見上げ、ボケーッと立ち止まっている。

「なんだよ、UFOでも見つけたのか?」
「月だよ!」

 究太郎に言われて空を見ると、確かに夕空には光る月が出ていた。沈みかけの太陽の脇に、ポツンと浮かぶ三日月だ。しかし、それがどうしたというんだろう。夕方に月が出るなんて、キレイではあるが珍しくもなんともないじゃないか。

「月の上にウサギでもいた?」
「ふたつあるんだよ!」
 はじめは、言われてからしばらくして状況に気が付き、ギョッとした。

 黒と青と、オレンジのグラデーションの空にもうひとつ、別の三日月が浮かんでいるのだ。しかもその月は、太陽の近くのものよりも異常に大きく、その上動いていた。はじめは思わずメガネを外して一旦拭いてから、またかけなおす。どうも見間違いではないらしい。

「こっちに来る」
 究太郎の指差す方向から、巨大な三日月がぐんぐんと近づいて来て、遂には甲高い叫び声を上げた。想像を遥かに超えた事態に、はじめは戦慄する。

 それは、怪獣だった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

冴えない俺と美少女な彼女たちとの関係、複雑につき――― ~助けた小学生の姉たちはどうやらシスコンで、いつの間にかハーレム形成してました~

メディカルト
恋愛
「え……あの小学生のお姉さん……たち?」 俺、九十九恋は特筆して何か言えることもない普通の男子高校生だ。 学校からの帰り道、俺はスーパーの近くで泣く小学生の女の子を見つける。 その女の子は転んでしまったのか、怪我していた様子だったのですぐに応急処置を施したが、実は学校で有名な初風姉妹の末っ子とは知らずに―――。 少女への親切心がきっかけで始まる、コメディ系ハーレムストーリー。 ……どうやら彼は鈍感なようです。 ―――――――――――――――――――――――――――――― 【作者より】 九十九恋の『恋』が、恋愛の『恋』と間違える可能性があるので、彼のことを指すときは『レン』と表記しています。 また、R15は保険です。 毎朝20時投稿! 【3月14日 更新再開 詳細は近況ボードで】

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...