逍遙の殺人鬼

こあら

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手紙が製本されている本を春さんの知人の方が持っている
返してもらいたいのに、何故だかそれは許されなかった

「自分の物だって証拠でもあんのか?」

「それ、は…」(持ってただけで、私の物じゃない。)

「そんなに返して欲しいなら。」

「"欲しいのなら"?」

「対価を払え。」

「っえ!?」

いきなり手を掴まれたかと思えば、物凄い勢いで引かれた
何処へ?と聞いても答えてはくれず、書斎のような部屋へと招かれた
その途端に私は、自分でも分かるくらい目を見開いて瞳を輝かせるかの如く、部屋中を見渡してお菓子を貰った子供みたいに顔がほころんだ









ジャンさんの部屋みたいに壁一面に大きな本棚がテトリスみたいに置かれて、窓の下には文机がポツンとあった
よく見れば見ば畳の部屋で、その香りが本の匂いと相まって私の好きな匂いとなっり、鼻の奥底までやってくる

しかもしかも、文机の脇に積まれた本は私が大好きと言っても過言じゃない、あの作家である朔夜さんの小説が積み上げられていた
背表紙に書かれたタイトルを読めば、初の書籍化小説であり出世策のから最近出た新作までオールコンプリートしていた
まだ読んだことのない物もあって、自然と体は前のめりに、足は交互に前に出ていた

しかも、まだ終わりでは無かった
文机には、次の小説であろうネームが置かれていて、これまた興味と好奇心を掻き立てる

「朔夜先生と知り合いなんですか!私、この作家さん好きなんです!!」

「それ俺。好きとかどうでもいいから、これやってくんない?」

「っえ…。春さんの知人の方が、先生?ご本人!?本当ですか!?」

「"先生"とか気持ちが悪い。俺パソコンとか無理だから、このネーム打って担当に送っとけ。」

心酔する私に、文机の下から出したノートパソコンを私に渡すとパスワードを口頭で伝え、書斎から出ていこうとする
そんな先生…いや、朔夜さんにこれをこなせば本を返してくれるのかを問えば、まだやってもらう事があるとだけ言って部屋のドアを閉めた

("やってもらう事"って…なに?……。)
まぁ、憧れの小説家にも会えたし、こうやって仕事を手伝えてるなんて…と悦びに負けて了承してしまった
パチパチとタイプ音を鳴り響かせて、私は貴重な貴重なネームを一文字一文字打っていく

内容を見ながら、それを画面越しで文章にして何ページにも及ぶ物語を打ち、完成させる
どうやら短編小説らしく、書籍にしたらそこまで厚さは無いだろうと思った

ネームの1枚目に【Web用】と書かれていた
今までネットでの掲載をしてこなかった朔夜さんだった為、初の試みなのでは?と私は驚き半分、感心半分で打ち間違いがないかを確認した

「あの…ネーム打ち終わりました。担当って、」

「小西にメールで送れ。あとは奴が読んで終わりだ。」

「メールで送る…、ファイル添付して送信。出来ました、本を返してください」

「鳥頭か、女。って言っただろ。ネタの為にな。」

今頭が What でいっぱいだ…
"ネタの為"って、どういう事ですか?
ハテナ状態のマヌケな私に、朔夜さんは言った
小説の話をより濃くよりリアルにする為に、自身でいろんな場所に赴いていたそうだ
それをこれからは私にやってもらうという事だ

なぜ私がそんな事をしなければならない
逃げているのに
姿を隠さなければならないのに…

「ここに居たいなら少しは働け。穀潰しはいらん。」

「働きますけど、でも……。春さんと1度話してみます」

「オカマに縋っても働かないなら強制的に追い出すから。」

「分かり…ました……」

選択肢なんて無いじゃん…とか思いながら、トボトボ歩き春さんの居るバーへと向かった
一応ここに置いてくれている春さんに確認を取った方がいいから

タイプに時間がかかっていたみたいで、もうお昼過ぎ
そろそろお店が開く時間だと思い、小走りで移動し春さんを呼んだ

「どうしたの~」と軽い声で応える春さんはばっちしメイクアップされていて眩しかった
本領発揮した春さんは女神とも思えるほど、透き通った肌と神々しい輝きに思わず手を合わせて拝みそうになった
そんなことを考える頭を振り払って、朔夜さんのことを話した

「あんのクソニートが、まあた変なことして。気にしなくていいのよ、あの犬歯野郎は後でシメるから。」

「別に私はやっても良いんですが、春さんには話しておいた方が良いと思って」

「まぁ…ちーちゃんがしたいならしていいけど、無理しないでね。あと、あの気持ち悪い男になんかされたら、顔面パンチお見舞いしちゃいなさい。」

いい?と私の両手を握って「あいつはサンドバッグだから」と何ともその姿にそぐわない言葉ばかり出てくる
大丈夫ですよと返す中、カランッと扉の音を鳴らして誰かが入って来た

もう開店の時間?と思いながら後ろを振り返れば、金色の髪が目に入った
高すぎる身長に、見上げる私の首が可哀想だった
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