逍遙の殺人鬼

こあら

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着替えを終えた私は、衣装部屋を出た
お店の準備も兼ねて、春さんは地下にあるバーへと向かった

暇になった私は頂いた自室へと帰る
あの知人の方に出会したら気まずいと思って、泥棒の如くそろりそろりと警戒心を尖らせていた
素早く動いて部屋に入り、中から右左、もう一度右を見て扉を閉めた

「ふぅ…」(何で私がこんなに挙動不審にならないといけない…)

クレセント錠のつまみを動かして、窓を開く
少し肌寒い風が部屋の中へに駆け巡って、真っ直ぐになった髪の毛を少し浮かせて演出してみせる
空気は冷めているのに、太陽の日差しが暖かくて目を瞑れば道路を走る車の音や人の話し声、風がぶつかり合う音が耳に届く

昨日までの居場所とは全く違う所
少しうるさくて、静けさとは程遠い場所
その違和感に必死に応えようとしていた









この涼しい風と暖かい太陽の温もりが好きだ
違う物だけど、共に共存していて安らぎを与えてくれる
この季節が1番好き
目を閉じれば風が私の肌をくすぐって来るのを感じられるし、寛大に見守る太陽の存在すらも心に溶け込んでくる

それは教会あそこに居た時とそう変わらない
耳を澄ませば、微かに聴こえてくる葉音と鳥のさえずる音
都会の音を除けば同じに感じる

今にも私を呼んでくれそうな2人の声が聴こえそうで、涙が出た
もう…亡くなってしまったかも知れない
燃え盛る教会に埋もれて、苦しんでたかも知れない…
そう思うだけで、心が締め付けられるみたいに呼吸が苦しくなった

「そうだ、ニュースか何か」(…調べられるかも)

その小さな希望に賭けたくて、昨日着ていたワンピースのポケットを漁った
1番最初に出て来たのは透さんの口紅
次に出てきたのがスマホだった
よし、と両手で確かに持って不思議に思った
もう1つ、入っているはずの物が見当たらなかった

あの時、一瞬の事でそのつもりは無かったけれども確かにポケットに入れた
なのに、いくらポケットの底に手を突っ込んでも一向に見当たらないのは…どうして?
私の物では無い
けれど、無くなるのは何だか微妙な気持ちにさせる

「落としちゃったかな?」

部屋中を探し回っても、見つからなかった
部屋を出て、私が歩いた道全てを足取りを辿るように確認する
それでも中々姿を現してくれない

呼びかけたら出てきてくれるかな?とか、馬鹿みたいな事が頭を過る
いやいや、動物や人じゃないんだから…と自分にツッコミを入れた
まさか、お風呂場!と思いつき、ダッシュで向かうもやっぱり本は無かった

あの時落としたんだと思ったのに、予想が外れてしまった
もう他に思い当たる節が無い
凄く古いものだし、大切なもののように思えたから無くしたくなかった…

途方に暮れて部屋へ戻ろうとした時、春さんの知人の方が廊下を歩いていて咄嗟に身を隠した
でも、彼が手に持っている物を見て驚愕した
私が探していた本を今まさにその手に持っていたのだ

「その本ッ!」

「女、神出鬼没だな。何故まだここに居る。」

「その本…」

「"本"?ああ、これか。風呂場で見つけた物だ。」

「探してたんです!ありがとうございます!!」

そう言って手を伸ばしたのに、それに逆らう様に本と共に手を引き距離を保つ
え…、とキョトンとする私に「誰がやると言った。」と、私を見下ろす春さんの知人の方
って言ったよね?
なのにどうして返してくれないの?
新手の意地悪か何かですか?
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