逍遙の殺人鬼

こあら

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こちらから近づこうとすると離れるくせに、私が避けると寄り添って来る
磁石の様に、N極とS極の様にくっつくことは少なく、逆に反発し合うことの方が多くて、無理につけようとすれば反動が大きすぎて壊れてしまいそうなくらい傷つく
それはかすり傷なんて生優しいものじゃなくて、動くもんなら傷口から生々しい血液が出てくるみたいに深い

なのにそれを癒すみたいに優しく接してくるから、また近づいてしまう
バカな私はそれを繰り返しては”傷ついた”と泣き叫んでいる
実に馬鹿げた話だ

逃げれば良い
走って逃走すれば良いのに、それをしないで嫌なことに目を瞑ってしまう
何に期待しているのか自分でも分からないが、私が我慢すればそれでうまくいくと思いたかった









「……ん?」(何…?)

微かに揺れる振動とバイブ音
その感覚が妙に近くて、少し不快感を覚えた

その犯人はベッドの端に置かれたスマホで、重たい目を半分開かせて確認した
それは電話で、知らない番号
はい…と電話に出る
こんな朝早くから誰?…

《昨日ぶりだね。君からの折り返しを待とうと思ったんだけど、つい気になってね。》

「…鳩屋、さん?」

《あれ?もしかして寝てた?》

「…鳩屋さんは、朝、お早いんですね」

《君は何を言ってるんだい?もう13時だよ、お寝坊さん。》

今なんて?1時じゃなくて、13時?
まさか朝からドッキリでも仕掛けに来ているのか?

(だって私はお昼まで寝るタイプじゃ…)
そう思って時間を確認したら、驚きどっこい

「13時17分!?っやだ、あ、鳩屋さんすいません。失礼します‼︎」

《え、ちさちゃっ》

プツッと通話を終わらせると、うねる髪の毛をなびかせながら廊下を走った
2人の朝食を作ってないどころか、もうお昼…
これじゃ職務怠慢と言われても仕方ない

居間に着くと2人の姿は無く、とりあえず台所に向かうと聴き慣れたまな板と包丁が奏でる音だった
トントンとリズミカルな音とグツグツと何かを煮ているのか、料理音が充満している
居間と台所の境にある扉をスライドさせて中に入ると黒髪の後ろ姿を見せる男性
流し台の位置が低いからか少し前のめりの男性は、臼田うすたさんなのかジャンさんなのかすぐには分からなかった

刻まれたネギの良い香りが、ズキズキと痛む頭を鎮めてくれる
何故か痺れている脚は、今になって歩行を邪魔してきて食器棚にぶつかってしまいガタッと音を立てた
その音に気づいた彼は振り返り、座り込む私を立たせてくれる

「…すいません、ジャンさん。脚が痺れてて…」

「別に」

「ジャンさん、料理できたんですね。」

「ああ」

私を居間のソファーに座らせると、台所に戻るジャンさん
相変わらず単調な返事しかくれなかった

(なんでこんなに体が重いんだろう…)
まるで激しく動いた次の日みたいに、体全身の筋肉が強張っているかのように悲鳴を上げていて、頭も数多の針で刺されてるみたいに痛む
走ったせいなのか、正直気持ち悪くムカムカとした感覚が居座っている

唐突に隣に若干の振動を感じた
それはジャンさんで、手には美味しそうな匂いを放つお粥と思われるものが入った器を持っている

「ん」

「え…。あの、これは…」

「食え」

「自分で、食べます。」

「痺れてんだろ」

いつもみたいに意地悪な顔をしていないジャンさんは、お粥をレンゲですくうとフーフーと冷まして、私の方にそれを向けてくる
痺れてるとは言ったが、まさかジャンさんが食べさせてくれるだなんて、誰が予想できただろうか
戸惑う私に「熱くねぇ」と言ってくるが、そこじゃない
熱い熱くないかじゃなくて、ジャンさんが食べさせようとしていることに驚いているんだ

まさか毒でも入ってるんじゃ…と何とも失礼な考えしかできない私はお粥を見つめ続けている
真っ白で柔らかくなったお米と、刻まれたネギ・小さく切った鶏肉に黄色い玉子が乗ったレンゲは、正直美味しそうで朝を食べていなかったせいなのか、私のお腹はそれを求めていた
ええぇい!と目を瞑って食べると、口一杯に香ばしさが広がってスルッと喉を通った

「美味しい…」

「もっと食え」

「どうして、ジャンさんがここまでしてくれるんですか?…」

「何でだと思う?」

「っえ。え、…わか、らないです…」

はむっと2口目のお粥を食べる
そう言えば、前にもこんな感じで身体がだるくなったことが…
確かあの時もジャンさんと一緒に居て、それで…と私は考えを巡らせた
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