逍遙の殺人鬼

こあら

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人混みから離れた私は、トイレを目指していたはずだったのに何処にあるかなんて分からなくて、左右をキョロキョロしながら歩き進んでいた
別にトイレに行かなくても良いんだけど…と、自ら自分にツッコんだ
ただいつもと違う臼田うすたさんから逃げたくて、移動しただけだ

そもそも今自分が何処に居るのかすら、把握できていない
どうしよう、と悩んでいると壁際に添えられたソファーに座り込む、輝くブロンド女性が座っていた
別に知り合いでもないその女性は、仮面を着けているのに何だか哀しそうで話しかけてしまった









「あの…大丈夫ですか?」

「ア…アノ、ワタシ…」

「っあ!」

私はそのなまりの入った日本語に察しがつき、すぐに英語で"大丈夫ですか?"と再度聞き直した
女性はその質問に英語で答えてくれた
"大丈夫です…"と口では言っていたが、そのうれいの入った瞳が嘘だと言っていた

『私で良ければ、お話聴きますよ。どうせ、言いふらす知り合いなんて居ませんから。』

『…あの、私…彼氏と来たんですけど、その……場違いな気がして…』

『分かります……。私も、最初は場違いな気がしてました。でも仮面つけてますし、今だけは自分じゃないって考えたら、少しは……楽しめた気がしました。』

仮面を着けた私は私じゃない他の人
そう考えたほうが楽だった

だから、この爽やかな青の肩が出たドレスもいつもと違う下ろした髪型も、私じゃないから受け入れられた
そうじゃなきゃ、今頃裸足で走って会場から脱出していただろう
仮面を着けていても…と落ち込み続ける彼女は、どこか自分と似ている気がしてほっておけなかった

『彼の横に…堂々とした態度で居られないんです…。彼は、どうして私なんかを側に置いてくれるのか…』

("どうして…")

『私はまだまだ日本語は不慣れで、気持ちなんて全然伝えられなくて…どうしていいか……』

『でも、お好きなんですよね?』

その単刀直入の質問に彼女は仮面越しに顔を赤らめ、無言で頷いだ
『好きです…』と頬を抑えながら言うのは、同じ女の私でも可愛いと思わせるほどの愛らしさがあった

私よりも人間味のある彼女でも、こうやって悩むんだと改めて思った
私なんて日本生まれで日本育ち、勿論日本語を話しているけど自分の気持ちなんて伝えられたことは少ない
そんな私を好きだと言った臼田うすたさんには、まだあの返事はできていない

『私…大木になりたいって思うときがあるんです……』

『え?…』

『木ってひと粒の小さな種から葉を育たせて大きくなっていくんです。土の下には根っこを生やして、周りの木とコミュニケーションを取ってるって言われているんです。』

『根っこが?』

『あの物静かな木ですらできることを…私はできていないんです…』

コミュニケーションを取れるどころか、色々なものに使われる木は私より有能で、どれだけ自分が無駄な存在なのかを考えさせてくる
そんな分かりづらい私の話に、何故か共感してくれる彼女は『分かります…』と拳を握りしめた

でも、彼女は私とは違う
彼への気持ちは確かで、私は不確かだ

『どうして彼氏さんと一緒にいないんですか?』

『彼は…有名人で、私はその他大勢なんです。そんな彼の横なんて、私には恐れ多くて…』

『でもそんな彼氏さんに選ばれたのなら、もっと誇って良いんじゃないですか?』

"選ばれた"、それは羨ましくて手の届かない立場
臼田うすたさんの言葉だって、信じられない
他人には言えているのに、受け入れられない自分は矛盾を
極めていた
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