逍遙の殺人鬼

こあら

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その品の良い女性はコツコツとヒールを鳴らせながら「あら、レイモンド!」とジャンさんに近づいてくる
そんなアラフィフ女性に作り慣れた営業スマイルをする彼は、距離を縮めるように歩き出す
軽く差し出された女性の手の甲にちゅっ、と口づけをし「お久しぶりです。」とあいさつをした

「今日も変わらずお綺麗ですね。」

「もお。ならどうして会いに来てくれないのよ。」

「最近忙しくて。」

その言葉にジャンさんの後ろに居た私を見て「それは後ろの子のこと?」とその場の空気が凍りつくような目で、私を見てくる
背中がゾクッと反応し、戦慄した

ゴクリと唾を飲んで、女性に改めて挨拶をした
それに「ふぅんー」と興味なさ気な回答をもらったことになる









「こんな子が好みだったのね。」

「誤解ですよ、彼女は私の助手に過ぎません。私には貴方だけということをご存知でしょ?」

「助手?こんなパッとしないが?」

頭から足先まで上下に私を見渡すと、納得がいかないみたいで腕を組み始めた
ジャンさんの方に身体を向けたかと思ったら「あなたに助手はいらないと思うけど?」と、怒りとも捉えられるそれを彼に向ける

そんなアラフィフ女性に負けずに「彼女の記憶力は何かと役に立ちますので」と引く気はないようだ
そんな言葉を聞いて「そう。」と腕組みを外した
納得してくれたと思ったのもつかの間で、今度は私の方に歩いてくる

コツコツと先ほどとは違って、威圧的に聞こえるそれは私を極限に緊張させる
「記憶力がいいのね、あなた」と私を見下すような態度に、何だか居づらい気持ちにさせてくる
「この部屋の右側にある棚の中のものは?」と後ろを振り向くことなく答えろと、試験官のように質問してきた

「どうしたの?記憶力がいいんでしょ?」

「…、政治家のビジョン、なぜ世界はあるのか?、日本国憲法新装版、世界大地図1巻、世界大地図2巻、日本地図帳、旧約聖書、人の心理、心理を知れ……です。」

(本、気になって見ていてよかった……)

全てを言い終えると、不機嫌な顔で腕を組んで「…そう。」と少し距離を取る
私に背を向けて「それじゃぁ、」とまた何やらやな予兆を告げる

「1階の受付の壁にかけてある、銀色の額縁の物は何だった?」

「…それは」

「分からないの?」

大したことないわねと鼻で笑われる
そんな私を黙ってみているジャンさん
なにか言ってくれればいいのに…。

言えないわけじゃない、覚えていないわけでもない
嫌というほど覚えさせられたものだもの…忘れるはずない

「……福音書20章17節、"イエスは女に言われた、「女よ、なぜ泣いているのか。だれを捜しているのか」。マリヤは、その人が園の番人だと思って言った、「もしあなたが、あのかたを移したのでしたら、どこへ置いたのか、どうぞ、おっしゃって下さい。わたしがそのかたを引き取ります」"……。」

私が言えるとは思わなかったみたいで、悔しそうな顔をしている
「満足ですか?」とジャンさんが言うと、フンッと私を睨みつけた

できることなら私だって言いたくなかった
これを言う時は決まって誰かが罰せられた時だった
罪を犯したと全員を集めては心を無にして朗読せよと、ロウソクの明かりしかない部屋に閉じ込められた

度々聞こえる叫び声に、心が張り裂けそうだった
戒めと言いその子に償わせた
私も一度だけ罰則部屋に入ったことがあるが、地獄以外の例えなど無かった

こんな時までつきまとうとは思わなかった…

「まぁいいわ。今日はこれを取りに来たんでしょう。」

「これを口実に会いに来たんですよ。」

「まぁ、お上手ね。一緒に行けなくて残念だわ。」

封筒を受け取るジャンさんに、女性は近づき背伸びをして互いの距離を縮めるように顔を近づける
唇と唇が触れ、軽いリップ音を鳴らし「うふ」とご機嫌な様子をあらわにする
そのすぐ近くに居る私の目に写ったものに、ちくりと胸が痛んだ気がした

「また近いうちに会いましょう」と彼から離れると、私を見て勝ち誇ったような顔を見せる
私はそれを黙って見ていた
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