逍遙の殺人鬼

こあら

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バタバタと走り回る足音が、すぐ近くまで聞こえてくる
それはジャンさんを追いかけているファンで、まだ諦めていない様子だ

一瞬止まったジャンさんは触れ合う唇を離し、無意識にぎゅっと握ったままだった私の両手を掴むと、横に倒れる形で私を押し倒す
痛みはなく彼の重みを若干感じ、身体を重ねる
泣きっ面の私の顔を見るや否や、涙で濡れた目尻を指の腹で拭いギュッと抱きしめた
状況がよく分かっていない私は、なんで…と口を開くが「静かに」とジャンさんの言葉によって阻まれる

耳をすませば、微かに足音がすぐそこに聞こえていた
追っかけがここを怪しんだのか、徐々に近づく音は大きくなって来た
何故か恐怖に襲われ彼の服を掴んだ
だって何かを掴んでいないと、不安で…









私たちを見つけられなかったのか、足音は遠のいて行く
ジャンさんの全身黒ずくめが私の洋服を隠し、見事に建物の影と同化していてようだ

「行ったな」と身体を離し、起き上がる
もう泣き止んでいたが、微かに熱を持った目元はきっと悲惨なものだろう
そんな目尻に触れた冷たい指が、心地よかった

「泣き虫」

「誰のせいですか……」

「俺のせいにするんだー。勝手に泣いたのはあんただろ」

私は泣きたい時に、泣いてはいけないのか
どうして泣くのにジャンさんの許可を得ないといけないのか…
そう思っていると、つばを掴んで帽子を深く被せてくる
「不細工」だなんて言い放つジャンさんは、意地悪だ

サングラスをかけ直すと「こっち」と私の手を取り引っ張る
それに必死でついて行くが、彼の足の速さは尋常ではなく、手を掴んでいなければ簡単に離れてしまうだろう

ジャンさんの追っかけは、反対方向に群がっているようで、今のうちに逃げる
こんなに走ったのはいつだっただろう
あの時もこうやって手を取って走っていたのに、人混みに飲まれて離してしまった
今でもあの時のことを後悔している
そのせいで、一度会えたあの子とまた引き離されているのだから

今は掴む方ではなく掴まれている方だったが、あの時と重なって見える
人の行き交う道をすり抜け走っている
私は手を引いてくれているジャンさんの後ろを、精一杯ついて行く

だけど人の流れとは恐ろしいもので、158cmの私は周りより小さかったみたいで後ろに追いやられてしまう
人の流れに逆らって入っていたせいだ
人混みの圧に揉まれ、掴まれていたはずの手には何もなく虚しいものだった

「ジャンさんっ……」

そう呼びかけても返事は返ってこない
追いやられて通りの端に居る私は、一人ぼっちになってしまった
今1人になるのはとても心細い

_____怖い………

だけど何もできない
車がどこにあるのかも、家の帰り方だって分からない
今居る場所だって、分からない…

「ジャンさん……」

どこにいますか?そう聞いても答えはこないことは分かっている
何もできない不甲斐ない自分に嫌気が差し、思わずその場にしゃがみ込んだ

ブーッブーッとポケットの中で揺れ動くそれに気づき取り出す
はい…、と出るとそれはジャンさんだった

《…今どこだっ?》

少し息の切れた感じで聞いてくるが、そんなの私が一番知りたい
知っていたら、こんなに困っていない

「分かりません…」

《”分からない”じゃねぇ!近くにある物言え!》

「ジャンさんっ、どこにいるんですか?…」

くそっ、とキレ気味のそれを最後にジャンさんの声は聞こえなくなった
通話は続いていると言うのに、全く聞こえない
ジャンさん……どこにっ、と泣くことしかできない自分はこれほどまでに子供だったのかと、私をどん底に突き落とす

どれだけ待っても来ないのかも…
そんなネガティブな考えしか出てこないこの脳は、またもや使い物にならない
迷子の子供だって、まだマシな行動を取れるだろうに…

「ジャンさんっ、うぅ…」

《「泣くとブスが増すぞ」》
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